ハイスクールD×D 呪われし鉄刃   作:椎名洋介

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 お久しぶりです。
 なんだかんだで結構時間が空きました。


第一〇章 覚悟の一手

       

 

 

 同行する小猫の足が止まったのは、演壇の裏側に来た時だ。完全に再現された体育館の内装に内心驚きながら、一誠も歩みを止め物陰に隠れる。

 

「小猫ちゃん、どうかした?」

「……気配、敵」

 

 応える後輩の言葉は、わずかな囁きだ。

 

「数は?」

「四人です」

「つまり『情報』通り、てことでいいんだよね」

「はい」

 

 短い会話を交わしていると、女性の大音声(だいおんじょう)が反響して聞えてくる。

 

「そこにいるのは判っているわよ、グレモリーの下僕さん達! あなた達がここへ入り込むのを監視していたんだから」

 

 バレちゃってるんなら仕方がないか。

 一誠達はお互い見合ってうなづくと、堂々と壇上に姿を現すことにした。同時に、体育館のコートに立つ人物を見やる。

 長身で黒髪の女性は露出の多いチャイナ・ドレスで、その斜め後ろに立つスパッツ少女達は双子らしい。身長の半分以上もあるバッグを軽そうに肩にかけているあたり、悪魔の膂力というのは見かけによらないようだ。

 そして、双子と逆サイドの位置に立つ少女は一〇日前に斬輝に返り討ちにあった棍棒の少女である。何かを探しているようで、チラチラと視線をさまよわせている。

 相手戦力は四人。

 単純にこちらの二倍だ。

 チャイナ・ドレスの女性が前に出る。

 

「『戦車(ルーク)』さんと、やたらと元気な『兵士(ポーン)』さんね。私は『戦車(ルーク)』の雪蘭(シュエラン)よ」

「『兵士(ポーン)』のイルで~す!」

「同じく『兵士(ポーン)』のネルで~す!」

「……『兵士(ポーン)』のミラよ」

 

 彼女たちの名前を聞き終わると同時に、傍らの小猫が呟いた。

 

「あの『戦車(ルーク)』、かなりレベルが高いです」

 

 雪蘭のことだ。

 

「戦闘力だけなら、『女王(クイーン)』と同等……」

「マジかよ……」

 

 そんなのと今から闘わなきゃならないのか……。

 けど、

 

「こっちの不利は端から判ってたんだ。そのために修行してきたんだし!」

「イッセー先輩……」

「行こう、小猫ちゃん! 一〇日間の修行の成果、見せつけてやろうぜ!!」

「……はい。では私は『戦車(ルーク)』を。イッセー先輩は『兵士(ポーン)』達をお願いします」

「任せとけ!」

 

 言い放つ一誠の左腕に、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』が現れる。手の甲にはめ込まれた緑の宝玉はすでに淡い光を湛えているようで、いつでも準備万端といったところだ。

 

「ブースト!」

Boost(ブースト)!!』

 

 一誠の叫びに呼応するように、力の倍加が始まった。

 演壇から飛び降り、それぞれの敵と対峙する。

 格闘家は腰を低く落として腕を前後に大きく広げる。それに応えるように小猫は右足を半歩引き、握った拳を構えた。

 そいつを視界の端で捉えながら、一誠も見様見真似で戦闘態勢に入った。いつでも応戦出来るよう低く構え、右の手は拳を、龍の籠手につつまれた左手は指先をカギヅメのように曲げる。

 赤いハッピの少女も長物を構え、双子の少女は肩に提げたバッグからチェーンソーを取り出し、早速エンジンをかける。ぶるん、と一つ胴震いすると、けたたましい騒音が耳に刺さってくる。

 ……ん?

 

「ってチェーンソー!?」

 

 取り出されたまさかの武器に驚愕した一誠に、ライザーの『兵士(ポーン)』達は容赦なく突っ込んできた。

 最初にしかけたのはミラだった。間合いを一気に詰めて腹部めがけて棍棒を叩き込んできたのである。

 だが幸いだったのは、それが牽制などではなかったことだ。今の彼は、真正面からの直線攻撃を喰らうほどのシロウトではない。

 飛び退(すさ)りながら、左の籠手で棍の先端を力強く叩き落とした。

 しかし、相手は一人ではない。

 初撃をいなされたミラの背後から二つの影が跳びあがる。

 どちらも華奢な子供が持ち上げるには重いであろう殺人兵器を頭上に掲げて。

 

「こんにちは~!」

「お兄ちゃん避けないでね~!」

「ぅお、こっわ!!」

 

 空中から振り下ろされる格好になったチェーンソーを横っ飛びに飛ぶことでかろうじて回避する。受け身をとって起き上がる時には、すでに着地した姉妹が満面の笑みでこちらに向かってくるではないか!

 

「もう、避けないでって言ったじゃ~ん!!」

「避けなきゃ間違いなく死ぬでしょーが!?」

 

 そう毒づくも、解体シスターズの猛攻は止まることがない。時に頭部、時に背中、時に腕とさまざまなところを狙いながら、徐々に肉薄してくる。一発でも当たったらお陀仏してしまう自信があった一誠は、ひたすら逃げ回るしかなかった。

 だが合宿の成果か、どんなに走り回っても息切れすることがない。おかげであちら側も、あと一歩というところで斬撃を掠めているのだ。

 肩越しに振り返ると、二人の後方からミラも駆けてくる。

 

Boost(ブースト)!!』

 

 ……よし。

 ひらめいた一誠は、そのまま走り続ける。

 その先にあるのは……壁だ!

 

「行き止まりですよ~!」

「これで解体しま~す!」

 

 きっと彼女達は、こちらの判断ミスで追い込まれたと思っているに違いない。

 だが。

 

「あらよっ、と!」

 

 一誠は走った勢いと倍加の勢いを殺さずに片足を壁にたたきつけ、もう片方の足を振り上げる。同時に両腕もあげて、軀を宙へと浮き上がらせた。

 咄嗟に悪魔の羽を展開したのは、もしもの保険だろうか。

 いずれにせよ、シスターズのチェーンソーは標的を捉えることなく空を切った。

 

「え?」

 

 驚愕の声は、誰が発したのかよく判らない。

 次の瞬間、一誠は勢い余って壁に激突するイル・ネル姉妹とその手前で急制動をかけるミラを空中で目撃する。

 壁を利用したバク宙である。羽を利用して高さを稼ぎ、一気に急降下する。

 こちらを見上げてきたミラと、目が合った。

 慌てて棍を構え直すが、もう遅い。

 一誠の狙いは、初めから彼女の正面に着地することだったからだ。

 その距離、たったの一メートル!

 

「よし!」

 

 床に向かって頭から突っ込んだ一誠は、両手で着地し、すかさず右足で弧を描く。

 そいつは見事にミラの足首を捉え、宙へと刈り取る。

 

「きゃっ!」

 

 短い悲鳴を上げ、ミラの軀がバランスを失い、引力に従って背中から床に叩きつけられる。肺の中の空気が一気に吐き出され、瞬間ではあるが呼吸が出来なくなった。

 間髪(かんはつ)入れずに次の攻撃態勢に入り、衝撃で身動きが取れないミラへと拳を突き込む。

 インパクトの瞬間、どがぁん、という破砕音とともにフローリングの床が砕け散る。

 ……しかし。

 

「……手加減のつもり?」

 

 歯を喰いしばったミラのそれは、明らかな怒りを込めている。

 その拳が、彼女へ叩き込まれることはなかった。

 ミラの顔面を避け、そのすぐ隣の床に激突したのだ。

 

「やっぱり、俺には出来ないよ」

 

 拳を床に突き刺したまま、ぽつりとつぶやいた。

 

「……敵だからって、女の子を殴るなんて……」

 

 甘いな、とは自分でも思う。これは遊びではない。この勝負にはリアスの将来がかかっているのだから。

 だが、目の前の彼女は、レイナーレとは違う。

 個人的に嫌悪感を抱いているのはライザーであって、彼女には何の恨みもない。

 だから……、

 

「ふざけないでよ!!」

 

 そのミラは仰向けのまま、握った拳をガラ空きだった一誠の胴へと叩き込む。

 

「がはっ!?」

 

 思いもよらぬ反撃に何の備えも出来なかった一誠は、衝撃が背中へ抜ける感覚と同時に己の軀が宙へと浮かび上がってしまう。さっきの意趣返しのように背中から叩きつけられ、たまらず咳き込んだ。痛む軀を起こすと、すでにミラは態勢を整えていた。

 駆け付けたイルとネルも、得物を掲げる。

 ミラの軀が、わなわなと震えている。顔もうつむいて、だからその表情がどうなっているのか、こちらからは判らない。

 そして吐き出されたのは、絶叫だった。

 

「女だから殴れない? 莫迦にするのもいい加減にして! 私だって本気でやってんのよ!! 覚悟をもって、あいつにリベンジするために! こんなとこで負けるわけにはいかないの!」

 

 だから、と言葉を続けようとする時、小さく洟をすする音が聞えたような気がした。

 そしてそれは、幻聴ではなかった。

 

「あんたも本気でやりなさい!!」

 

 そう叫んで顔を上げた彼女は……泣いていた。

 

「キミ……」

 

 呆然と見つめてしまうも、すぐさま思考を切り替える。

 そうだよな。相手も本気でかかって来てるんだ。俺も覚悟を決めなきゃだめだよな。

 

「ごめん、俺が悪かった。女の子だから殴れないだなんて、ただの言い訳だったよ」

「……ふん、やる気になった?」

 

 涙をぬぐったミラに、得意げに問いかけられる。

 

「ああ。もう言い訳なんてしない、俺は俺のやり方で、部長達の日常を護る!」

Boost(ブースト)!!』

 

 その言葉が合図となった。

 お互いに地を蹴り、急接近する。

 顔面へと突き込まれるミラの棍をブーステッド・ギアの装着された腕を叩きつけることで軌道を逸らし、己の右側へ通過するように誘導する。

 

「こんな奴に手こずってたらライザーさまに怒られちゃうわ!」

「だから絶対にバラバラにする!」

 

 攻撃をいなされたミラの頭上を跳び越えて襲い掛かる姉妹の振り下ろすチェーンソーを紙一重で交わした瞬間、左手の籠手から四度目の倍加の音声が流れた。

 

Boost(ブースト)!!』

「よっしゃ。行くぜ!」

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 爆発を意味する単語が轟いた瞬間、軀の内側から力が漲ってくる感覚を憶える。

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)による一定時間のパワーアップ状態である。これによって彼の瞬発力や動体視力といった身体能力のすべてが飛躍的に向上するのだ。

 

「ミラちゃん、だったっけ」

 

 刹那、一〇日間の合宿で会得した『技』を使おうかという考えが頭をよぎるが、却下。

 今はまだ駄目だ。

 

「俺達だって同じだよ。この闘いは負けられない。負けるわけにいかないんだ」

 

 リアス部長の『これから』が懸かった、大事な闘いなんだ。

 

「だからこそ!」

 

 大きく踏み込んで、双子との距離を詰める。ぶおん、と大気を切って移動する姿に呆気にとられた二人の軀に、叩きつけたのは拳ではなく掌底だ。

 だが威力は申し分ないようで、二人の少女は声も出せずにミラの両脇を勢いよく通過、彼女達が入ってきた入り口側の壁へと叩きつけられる。

 すさまじい衝撃が小柄な体軀を襲い掛かり、二人は獲物を落として床へ倒れ込んだ。

 その軀が、光の粒子に包まれる。

 程なくして、二人の姿は体育館から消失した。

 

『ライザーさまの〝兵士(ポーン)〟二名、戦闘不能!』

「イル! ネル!?」

 

 反射的に二人が飛ばされた方へとミラが首を返した時、兵藤一誠はすでに次の動きへと移っていた。

 

「キミの相手は、俺がするべきじゃない」

 

 頼みますよ、先輩。

 

 

 目の前で、リアス・グレモリーの『兵士(ポーン)』が跳びあがる。

 彼女の頭上を越え、その向こうへと。

 振り返ったミラの視線が、そのまま彼の挙動を追って顔を仰のかせる。

 そうして彼の姿がミラの視界から外れた時、体育館の天井が見えた。

 いくつもの照明。

 屋根を支えるべく規則的に組み上げられた鉄骨。

 ちょうどそこに、いた。

 レーティング・ゲームが始まってからまだ一度も姿を見かけていない『男』の姿が。

 探していた『あいつ』の姿が。

 まさか。

 ずっといたの?

 思考がぐるぐると渦巻く中、ミラはただ、呆然と『彼』の異名を呟くしかなかった。

 

「黒き魔人……」

 

 そこから大の字で飛び降りてくる黒ずくめの男の口許には、薄く笑みが浮かんでいた。

 着地したのは、ミラの真正面、その距離は二メートルほどである。

 どん、という地震のような地響きをたてて、その振動は床を、壁面を、そしてその場にいた全員を揺らした。

 両足を限界まで曲げて、膝の間に頭を納めた格好だ。同時に彼の周囲で炸裂するのは、体育館の板張りの床である。魔人の踏みしだいた箇所で床そのものがクレーターのごとく陥没し、周辺のフローリングが放射状に砕けて飛び散ったのだ。

 

「あれは……リアス・グレモリーの協力者!?」

 

 小猫の後ろ回し蹴りをかわしつつ、雪蘭が声をあげる。

 だが警戒していたはずの男の予想外の登場に気を取られたのか、続く正拳突きをモロに受け、後退る。

 

「ぐっ……! どうして!? 私達が確認したのは二人だけだったはず!」

「おめぇらが来る前に忍び込んだに決まってんだろ」

 

 雪蘭の疑問に即答し、男は上体を起こして向かい合うミラに笑いかけてきた。

 

「よう、また会ったな。お望み通り来てやったぜ」

「あ、あ……」

 

 言葉が出てこない。

 思考がまとまらず、金魚のように口をぱくぱくさせるだけだ。

 

「俺を探してたんだろ? ほら、ちゃっちゃとやろうぜ」

 

 ぱんぱんと手を叩き、マントの隙間から片手を出して、それはかかってこいという合図だろうか。

 その音にようやく気づいたのか、ミラは落ち着きを取り戻し、視線を鋭くする。

 

「そうよ」

 

 応える、その声には落ち着きが戻っていた。

 腰を落として、得物の先端を奴の喉元へ向ける。

 

「もう(おご)りも油断もしない、今の私が持てる全力で、あんたにぶつかってやるわ」

「そいつは、あいつの眷属悪魔としてか?」

「違うわ」

 

 即答だった。

 そう。

 これは、

 

「今この時だけは、ライザーさまの『兵士(ポーン)』じゃない。下級悪魔のミラとして闘うわ」

 

 だから、と棍を握る手に込める力が強くなる。

 彼女の瞳は、まっすぐに斬輝を捉えていた。

 

「あんたも本気で来なさい」

「心配すんな」

 

 彼も両腕を広げ、拳を握る。

 じゃりん、と金属の擦れ合う音と同時に、奴の顔が一瞬しかめられたのが見えた。

 

「おめぇらが敵である以上、俺は手を抜かねえからよ」

 

 直後、三つのことが同時に起こった。

 最短距離で跳び込んできたミラが得物を魔人に突っ込んだ。

 ばざん、とマントをはためかせたかと思うと、彼女の視界が塞がれた。

 標的を失った棍棒が、銀色の閃きとともに一瞬にして真っ二つに両断された。

 

「悪ぃな」

 

 自分の武器を呆気なく破壊されたミラに、黒鉄斬輝は眉を寄せて申し訳なさそうにつぶやいた。

『武器』を引っ込めた拳が、ミラを打ち据えた。

 腹を。

 ほとんど真下から。

 信じがたい衝撃が、腹から背中へ抜けつつ、全身に拡散した。

 なに?

 なに、これ?

 こんなに呆気ないものなの?

 やっぱり、手も足も出ない……。

 それなのに、どこか気分が晴れたような感じがするのはなぜなのだろう。

 

「言った通り、手は抜かなかったぜ」

 

 意識が消える寸前、ミラが最後に聞いた言葉がそれだった。

 

 

『ライザーさまの〝兵士(ポーン)〟一名、戦闘不能!』

 

 グレイフィアのアナウンスを聞き流しながら、斬輝は無言で足元を見つめていた。

 正確には、さっきまでそこにいた者を、だ。

 一定以上のダメージを受け、審判により戦闘続行が不可能と判断された場合、対象となる者はリタイヤとなってフィールドから強制転送させられる。医療設備の整った冥界の施設へと移し、速やかな治療を行うのだ。

 さきほど斬輝が撃破した『兵士(ポーン)』も、おそらくそこへ飛ばされたのだろう。

 顔を上げて周囲を見回すと、小猫が残った『戦車(ルーク)』を押さえつけているところだった。

 

「そっちも終わったか」

「はい……」

 

 首をひねって、廊下側の入口際にいる一誠に目をやる。

 

「兵藤も、とりあえずお疲れさん。ずいぶん闘えるようになってんじゃねえか」

「へへっ、うッス!」

 

 鼻を掻いて、嬉しそうにピースサインを寄こしてきた。

 ちょうどその時、耳に突っ込んでいた通信機に連絡が入ってくる。

 

『私よ。三人とも、状況は?』

「とりあえずこっちはあらかた片付いた。いつでも行けるぜ」

『ちょうどよかったわ。朱乃の準備が整ったの、例の作戦通りにお願いね』

「あいよ」

 

 通信を切って、斬輝は一誠と小猫に目配せする。二人はうなずくと、体育館への中央口へと走り出した。

 斬輝も踵を返して外へと向かおうとすると、背後から困惑した声が飛んでくる。

 

「逃げるつもり!?」

 

 ライザーの『戦車(ルーク)』だ。

 

「まだ勝負はついていないわ! まさか重要拠点を捨てるつもりなの!?」

 

 彼女の指摘は、的を射ていた。

 リアスの陣地である旧校舎とライザーの陣地である新校舎とを繫ぐ唯一の場所である体育館は、チェスに当て嵌めれば『センター』と呼ばれる、まさしく重要拠点なのだ。

 だが。

 

「ああ」

 

 斬輝は、肩越しに振り返りながら片手をひらひらと振って見せた。

 そして、

 

「そのまさかさ」

「……何ですって……?」

 

 雪蘭の当惑に、斬輝は笑みで応える。

 

「別にここを占拠するのが目的じゃないんだわ」

 

 じゃあな、と残して、外に出る。同時に膝を折り、すでに脱出していた一誠達のもとへと跳躍した。

 二人の近くで着地した次の瞬間、

 轟音とともに巨大な雷の柱が体育館へ叩きつけられた。

 

 

 

       

 

 

 リアス・グレモリーが提示した最初の作戦は、いたってシンプルなものだった。

 囮作戦である。

 両陣営にとって無視出来ない位置にある体育館をあえて消し去り、攻撃手段として利用することによって相手側の戦力を削ごうというわけだ。

 思い切ったな、と斬輝が彼女に向けて言ったのは、つまりこのことだった。

 絶対的な人数差を補うために、自ら重要拠点を放棄したのだから。

 一誠達がわざわざ裏口から侵入したのも、あらかじめ監視されていたことを見越しての演技である。相手の下僕も体育館に入り込ませて、戦闘に発展するよう仕向けたのだ。

 ある程度戦闘すれば、あとは逃げるだけ。

 そしてリアスが話していた意外性は、果たして功を奏した。

 

「あーぁあ、ド派手にかましてらあ」

「す、すっげ……」

 

 立ち昇る黒煙を遠目に眺めながら、感嘆の声をあげる。

 さっきまで体育館だったものは、そこにはない。跡形もなく消え去ったのだ。

 そこへ。

 

撃破(テイク)、うふふ……」

 

 静かな声が。

 見上げると、そこには見慣れた女が、見慣れない姿で右手を天にかざしていた。

 姫島朱乃だ。どういうわけか、白衣に緋袴という巫女装束という出で立ちで浮遊している。

 黒い翼を広げ、

 恍惚の表情を浮かべて。

(いかずち)巫女(みこ)』。

 それが彼女の通り名だ。まだリアスが正規のゲームに参加出来る年齢に達していないにもかかわらず、その名と力は一部の悪魔の間では有名になっているらしい。

 

『ライザーさまの〝戦車(ルーク)〟一名、戦闘不能!』

 

 どこからか響いてくる、リタイヤを告げるアナウンス。

 ともあれ、これで都合四人を倒したことになる。

 順調な滑り出しといったところだろうか。残るはライザーを含めて一二名。そのうちの何人かは木場達が仕掛けた罠にかかっているだろうから、実際に相手取るのはもっと少なく見積もってもいいだろう。

 リアスから通信が入る。

 

『イッセー、斬輝、小猫。上手く脱出出来たかしら?』

「部長! はい、みんなピンピンしてます!」

「……作戦成功です」

『それは結構』

 

 彼女の声は、どこか嬉しそうだ。

 

『でも油断は出来ないわ、まだ相手の方が数は上よ。あの雷は一度放ったら二撃めを放てるようになるまで時間を要するわ。朱乃の魔力が回復ししだい私達も前へ出るから、それまで各自、次の作戦に向けて行動を開始して!』

 

 通信を切ると、一誠が大きく伸びをした。

 

「あー……何とかなった!」

「お疲れさん。結構スタミナついたんじゃねえか?」

「そうなんスよ! おかげで息切れも全然なくて! 改めて、一〇日間特訓してくれてありがとうございましたッ!」

 

 そう言って一誠は、びっくりするほど正確に四五度の角度で斬輝に対してお辞儀した。

 だが当の斬輝としては、

 

「おいおい、よせよ。勘弁してくれ。そういうの好きじゃねえんだよ、俺」

 

 早く顔上げろって、と無理やり一誠の軀を起こす。次いで声をかけるのは、小猫である。

 

「お前さんのこともちゃんと『上』から見てたぜ」

 

 体育館のことだ。彼は体育館での戦闘が始まる前から屋根を支える鉄骨に起用に手足をひっかけ、ずっと彼らの闘いを見下ろしていたのである。

 乗り込んできた敵の人数を二人へ教えたのも、彼だ。

 

「よくやったな」

 

 全身を覆うマントの隙間から手を伸ばして、透き通るような彼女の銀色の頭に手をのせる。

 

「にゃっ!?」

 

 何か珍妙な声が聞こえたが、斬輝は気にせずにわしゃわしゃと彼女の頭を撫で、それからぽん、と置いた。

 

「おめぇは強ぇよ。間違いなくな」

「……はいッ」

 

 伏し目がちにうなずいた小猫は、恥ずかしいのか顔を赤くしてうなずいた。

 そこで、斬輝は自分の手を見る。

 

「ん? ああ、悪ぃ悪ぃ。嫌だったか?」

 

 手をどけると、少女は急いで髪の毛を整えなおす。特にいじってもいないのにわざわざ制服の皴を伸ばしてから、一つ大きな息を吐いた。

 

「いえ、別に……」

「そんで、この後は? お前らはどうすんだ?」

「陸上競技のグラウンド付近で裕斗先輩と合流。その場の敵を殲滅……です」

 

 急ぎましょう、と少女はつぶやいて、一足先に歩いて行ってしまった。

 

「……にしても木場の奴、大丈夫かな」

 

 一誠である。ともに、小猫の後ろをついて歩く格好だ。

 

「そう簡単に後れを取る奴じゃねえだろ? 合宿でやり合ってみて判ったが、あの剣の腕前なら大抵の敵はどうにでもなる」

 

 塔城の莫迦力(ばかぢから)にしてもな、と前方の小猫に目をやったのは、だから偶然ではあった。

 だがその偶然が、彼に気づかせたのだ。

 考えるよりもまず、軀が動いていた。

 腰を落とし、地を蹴る。尻を蹴飛ばされたような勢いで向かうのは、銀髪の少女だ。

 マントを広げて塔城小猫を抱き込むと、彼女の身体はすっぽりと彼の纏うマントの中へと隠れる。

 

「ちょっ、斬輝先輩! どうしたんですか!?」

 

 訳が判らない一誠が声をあげ、

 

「ふにゃっ!? 何を……」

 

 突然太い腕に抱きしめられる状態になった小猫は彼の腕の中で身じろぎする。

 それらをすべて無視して、斬輝は叫んだ。

 

「歯ぁ喰いしばってろ!!」

 

 直後、爆砕音が耳をつんざく。

 真下から叩きつけてくるのは、爆風だ。

 地面が爆発したのだ、と気づいた時には、すでにどうすることも出来なかった。

 

「小猫ちゃん! 斬輝先輩!!」

 

 圧倒的な大気の圧力が斬輝の軀を吹き飛ばし、

 黒ずくめの男は宙を舞った。


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