ハイスクールD×D 呪われし鉄刃   作:椎名洋介

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第一章 抜け落ちた記憶

       

 

 

 私立駒王学園。

 それが、斬輝たちが通う高校である。今でこそ共学だが、数年前まで女子高だった名残なのか女子生徒の比率が圧倒的に多かった。

 斬輝たち三年生ともなれば、その男女比率は二対八となる。当然、女子が八割である。

 そしてここには、『二大お姉さま』と称される生徒がいた。

 

「おい、知ってるか?」

 

 授業中、周りに聞こえないような声で斬輝は隣の席へとささやいた。

 

「なにを?」

 

 応える声も、同じくささやきである。しかしその声は、同年代の女子にしてはやけに大人っぽく、そして艶やかだ。

 リアス・グレモリーである。

 西洋的な顔立ちもそうだが、何より学園中が彼女に魅せられてしまうのは長く鮮やかな紅の髪だろう。いや、大半の連中はその胸の二つの隆起に目が向くか。

 北欧からの留学生である。成績も優秀、スポーツも出来る。そして滑るように白い肌。そこらの男が一度でもその姿を見たとしたら、自然とスボンの前を突っ張らせてしまうに違いない。

 まさに、理想の女性といえるだろう。

 ただ一つ、オカルト研究部と呼ばれる奇妙な部活に所属、および部長を務めていることを除けば、だが。

 

「二年の兵藤一誠にカノジョが出来たって話だよ」

「兵藤、一誠……?」

「ほら、変態三人組の。赤のシャツ着てる奴さ」

 

 実際、あり得ない話ではなかったのかも知れない。後から聞いたことだが相手はどうやら他校の生徒らしく、とどのつまり一誠の性癖を把握している可能性が少ない。

 そんな、ある意味において無知な少女が一目惚れしたというのだ。話題性としては充分だろう。

 だが。

 

「……ああ、彼ね。へえ、おめでたいじゃない」

 

 彼女の声は、どこか冷やかにも聞こえた。言葉では祝福しているものの、その裏で何かを隠しているような、そんなふうに感じたのである。

 それが一瞬、不思議に思った。少なくとも、彼女は他人を下に見るような性格をしていないからだ。

 だから気がつくと、

 

「あん……? おめぇ、何か知ってんのか?」

 

 自然に訊ねてしまっていた。

 

「いいえ」

「そう、か……」

 

 それが、彼女の答えだった。

 しかしその言葉の意味を、斬輝は近いうちに知ることになる。

 

 

 結論からいえば、デートは大成功だったそうだ。どうやら斬輝のアドバイス通りにパフェを食べたり、あとはちょっとしたプレゼントでシュシュも買ってあげたらしい。

 本来なら、良かったじゃねえか、とでも言うべきだったのだろうが、しかし斬輝がそれを言わなかったことには理由があった。

 週が明けた今日、その昼休みに後輩の……兵藤一誠の口から放たれた、あるひと言だ。

 

「先輩は、夕麻ちゃんのこと憶えてますか?」

 

 ……は?

 今、なんてった?

 

「いや、悪ぃ。耳でも遠くなったか? すまんがもっかい言ってくれ」

 

 耳の垢をほじくり返しつつ、そう頼み込む。

 だが、返す一誠の言葉はさっきと変らなかった。

 夕麻ちゃんのこと、覚えてますか?

 

「なあ、兵藤」

「は、はい……?」

「お前、頭でも打ったのか?」

 

 なぜ今さらそんな質問をされなければならないのか、斬輝にはその真意がさっぱり判らなかった。すると一誠はなぜか俯いて、

 

「やっぱ、先輩もかあ……」

 

 ぼそり、と呟いたが、あまり聴こえなかった。

 

「おめぇこないだ、初デートするからアドバイスくれ、つってたじゃねえかよ」

「へ?」

 

 今度は向こうが上擦った声を上げた。おいおい、いきなりどうしたよ。

 

「じゃあ、先輩は憶えてるンっすね!?」

「憶えてるも何も、むしろ忘れる方がおかしいって。お前に彼女が出来るなんてよ」

「ですよね! ですよね!?」

 

 いよいよ心配になってきた。

 本当に大丈夫か、こいつは?

 いきなり表情を明るくした一誠は……ちょっとまて、なんで涙なんか溜めてんだよ!?

 

「ああ、良かった……夢じゃなかったんだ……。そうか、そうかあ……」

 

 だが、彼が形だけの涙を流すような男ではないことを、斬輝は知っていた。

 

「おい」

 

 ならば。

 

「何があった?」

 

 話を聞かねばならないだろう。

 それがたとえ、未知なる世界へ足を踏み込んでしまうものだとしても。

 しばらくして、購買のパンを喰い終えた一誠は、

 

「みんな……」

 

 しずかに、語りだした。

 

「憶えてないんです」

 

 斬輝は直接会ってこそいないものの、一誠が変態仲間に紹介したという一人の女子のことを、だ。

 天野夕麻である。

 つまり、こういうことだ。

 先週、初めて出来たカノジョを自慢げに変態仲間に紹介した一誠だったが、デート当日である日曜日の夕方あたり……ちょうど近くの公園に行ったあたりからの記憶がどうも曖昧で、しかも今朝携帯を開いてみると彼女の電話番号やメールアドレスのデータがすべて消えていたのだという。

 おまけに紹介したはずの変態仲間は、紹介された彼女のことを欠片も記憶していなかったらしいのである。

 

「で? 番号とかはどっか別の紙に控えとかなかったのか?」

「いや、ちゃんと生徒手帳の方にも書いときました。でも……」

 

 何度かけても繫がらなかったのだ。

 つまり憶えているはずの人間はその存在を認識しておらず、携帯での接触を試みようとも相手にはつながる気配ナシときた。

 だとしたら、考えられることは一つしかない。

 

「よし」

 

 兵藤、と言いながら、斬輝は芝生の坂から立ち上がる。

 

「明日の放課後だ」

「ちょっ、え!? 放課後って……どこに行くンすか?」

「決まってんだろ?」

 

 そう。

 

「行ってみるのさ」

 

 兵藤一誠の記憶が途絶えた『場所』へ。

 

 

 あの日から、やけに陽の光が苦手になったと一誠は思う。

 天野夕麻との初デートの日である。

 夕方、彼女と近所の公園まで行ったことは確実に覚えている。しかしそこからの記憶が、全くと言っていいほど残っていないのだ。

 強いて言えば、目の前で彼女に殺されるなどという気味の悪い夢を見たくらいだった。

 そのうえ朝起きてみれば彼女の連絡先は消えているし、以前紹介したはずの松田や元浜からはその記憶すら存在していない。

 はじめは何かの悪い夢か、イタズラかとも思った。だが彼らの反応からするに、イタズラにしては凝り過ぎている。

 そこで、一誠は尋ねたのだ。

 彼に助言してくれた先輩に。

 夕麻ちゃんのこと覚えてますか、と。

 言ってしまえばそれは、ただの確認だった。デートのことをしつこく聞いてくるから、まさか、と思い試してみたのである。

 そして、

 そのまさかだった。

 彼には、まだ『記憶』が残っていたのだ!

 だとしたら、と一誠は思う。

 あの日見た夢も、松田達から夕麻の記憶が消えたのも……、

 

「ここ、なのか?」

「はい……」

 

 全ての答えは、ここにある。

 夢で見た公園である。日はすでに沈みきっていて、だからか暗闇の中で光る少ない街灯が中央にある噴水を照らしているように見えてなんとも不気味である。それらの光が、一誠の眼には眩しすぎるくらいだ。

 間違いない。

 ここだ。

 

「……特にこれといって変なところはなさそうだよなあ」

 

 斬輝はゆっくりと首を回してあたりを確認する。

 ああ、そうだ。

 たしかに、ここは何の変哲もない普通の公園だ。

 だが彼は、夢の中でたしかに一度死んだのである。

 しかし、なぜだ?

 何かを見落としている気がしてならない。

 いったい、何を見落としてる!?

 

「黒い、羽……」

 

 ふと思い出したかのように、そう呟いた。

 そうだ。赤く染まってゆく空の中に、ひときわ目立つ黒があったのだ。

 

「ん? なんか言ったか?」

 

 たとえば、今みたいに。

 

「いや、なんでもな……」

 

 ……なんでもないです、と言おうとした。

 だが。

 

「……え?」

 

 彼の視界にはっきりと混じり込む『黒』が、それを途切れさせた。

 

「なんだよ、これ。カラスの羽じゃあ……ないな」

 

 斬輝が不思議そうに空を見上げる。

 ああ、そうだ。あの夢も、そうだった。

 

「夕麻ちゃん……?」

 

 突如消えてしまった少女の名を呟いた時、

 

「ほう、これは数奇なものだ」

 

 背後から聞き覚えのない男の声とともに、形容しがたい悪寒が腰骨の辺りから背中を這い上がってきた。

 意識的にそうなったのではない。

 彼の『本能』が、そうさせたのだ。

 

「こんな都市部でもない地方の市外で貴様のような存在に逢うのだからな」

 

 暗闇の中でも、そいつの姿ははっきり視認出来た。

 中年の男である。真っ黒なスーツに身を包み、背中には同じく黒い何かがゆっくりと揺らめいていた。

 羽だ。

 あの夢で見たのと同じ、漆黒の翼だ!

 

「おっさん、いったい誰だ?」

「むう、これはうかつだった。まさか『人間』もいっしょにいるとは。……仕方ない、『人間』に恨みはないがここで消えてもらうか」

 

 斬輝の質問に答えることなく、翼の男はゆっくりとこちらへと歩を進めてくる。

 その時だ。

 

「おいおい、もののついでみたいに言うなよ、おっさん」

 

 無意識に後退る一誠の前に斬輝が立ち塞がった。

 

「……どういうつもりだ、『人間』?」

「さっきから聴いてりゃ、何回『人間』って言うつもりだよ、あんた。俺も兵藤も、ハナッから『人間』だってぇの」

 

 左手を前にかざし、反対の掌をこちらに向けて、押しやるように。

 逃げろ、の合図だった。

 ……駄目だ。

 

「む、無理だぜ、斬輝さん! 死んじまうよ!!」

「死ぬかどうかなんて、そう簡単に判るもんじゃねえさ」

 

 それは駄目だ。

 

「判ります!」

 

 それだけは絶対に駄目だ!!

 

「何となくだけど……俺には判るんです!!」

 

 相手が常人でないことは、その翼を一目見れば判ることだろう。

 ましてや、もしもあの夢が『夢』でなく『現実』に起こっていたとしたら……。

 

「先輩は生きてく……」

「いいから早く行けってンだ、糞っタレが!!」

 

 必死に懇願するも、彼の怒気を含んだ声に圧倒されてしまう。

 そのまま振り向きざまに一誠は斬輝に突き飛ばされた。

 

「早く!!」

「ッ……先輩!」

 

 斬輝を説得するのは無理だ、そう思った一誠は、ついに二人に背を向けて走り出した。

 

 

 

       

 

 

 咄嗟の判断とはいえ、なんとか一誠をこの場から離れさせることには成功したようだ。

 しかし問題は、ここからだった。

 どうやってこの男をまくか、である。

 格闘技なんて幼少期からの真似事ていどで、だから斬輝は深いところを知らない。

 しかし、ここまできたらやるしかない。

 後輩を護るのは、先輩の務めだ。

 

「逃がすと思うか!」

 

 すかさず一誠の後を追おうと走り出す翼の男に、

 

「させっかよ!!」

 

 斬輝は大きく踏み込んだ左足を軸に後ろ回し蹴りを放った。それはそんじょそこらのヘナチョコな蹴りとは違って、的確に目標へと四肢を叩きつける攻撃だ。

 

「ぬおっ!」

 

 だが激突の瞬間に急停止をかけて、慣性の法則には従わず強引に上体を反らすことで翼の男はこれを回避した。しかし目的を邪魔されたのが癇に障ったのか、さっきまでのいくらか冷静な態度とは変わっていた。

 

「ちぃ、下等な『人間』の分際で生意気な……!」

 

 刹那、テレビ・ゲームの機動音をさらにいくらか低くしたような奇怪な音とともに、広げた男の手に奇妙な物体が出現した。

 

「なっ……なんだよ、そりゃ」

「光の槍だ。手っ取り早く片づけてやろう」

 

 汗が頬を伝ってゆくのが判る。

 こいつぁ、思ってたよりヤバそうだな。

 男が、ゆっくりとその槍を頭上へと掲げる。

 そして、

 

「安心しろ、楽に死なせてやる」

 

 男の手から眩い槍がその姿を消した。

 だが。

 衝撃は、襲ってはこなかった。

 来る、と思った時には、すでに軀は斬輝の意思とは無関係に前方への回避行動を終えていたのだ。弾丸の勢いで飛び出し、伸ばした右手を使って、肘、肩、背中と受け身を取ったのである。

『見』えなかった槍の動きを捉え、瞬時に判断したのだ!

 瞬間、自らを包むような光と左腕に鋭い痛みを感じたが、我慢出来ないほどではなかった。

 

「……莫迦(ばか)な!?」

 

 代わりに聞こえるのは、驚愕する翼の男の声である。

 それも、真上から。

 斬輝は今、男の足元へと移動していたのだ。

 

「だぁあらぁああぁあぁあああ!」

 

 膝のバネで伸び上がるのと同時に、握った拳を奴の顎へと打ちつける。

 

「ぐぉっ!!」

 

 渾身のアッパー・カットのつもりだったが、男は痛みに呻きながら数歩後退するだけだった。

 

「お、おのれ……! 今のは確実に貴様の軀を貫いていたはずだ!!」

「知るかよ。驚きたいのは、こっちだぜ」

 

 だが同時に、斬輝は自らの肉体に違和感を覚えていた。

 あの一瞬で、急に軀が重くなったような気がするのだ。さっきまで軽やかに感じられた自らの肉体が、今はどうも鉛でも埋め込まれたみたいに重い。

 肉体的に疲れたわけでもないのに、今にも膝からくずおれてしまいそうだ。

 苦痛に顔を歪める中で、しかし男の唇がわずかにつり上がったような気がした。

 その時である。

 

「ぐぁあぁあああぁぁあっ!!」

 

 後ろの方から聴き慣れた声が、しかし聴き慣れない叫びをあげた。

 それほど遠くはない。距離からして、数十メートルといったところだろうか。

 だとしたら。

 

「兵藤!?」

 

 弾かれたように振り返る斬輝の背後から、不敵な笑い声が聞こえてきた。

 

「くくく……」

 

 翼の男だ。

 

「まさか避けられるとは思わなかったが……逃がす方向を間違えたな『人間』よ」

「……なんだと!?」

「おかげで、槍の消費を少しばかり減らせそうだ」

 

 そこまで言われて、斬輝はようやく己の行動の浅はかさに気がついた。

 単純な理屈だった。

 斬輝は、一誠を自分の真後ろの方向に向かって逃がした。ここから公園入り口までは直線に延びる一本道だから、必然的にそうするしかなかったのだ。

 だが。

 問題は、その場にとどまった斬輝と走り出した一誠の位置関係が、延長線上に重なることにあった。つまり奴が『正面』から投擲した槍を彼がかわした場合、敵に背中を向けている状況の一誠は背後から迫る凶刃に気づかず貫かれることになる。仮に気づいたとしても、どのみち避けるには距離が短過ぎるだろう。

 斬輝は鋭く舌打ちする。

 糞ッタレが!

 もう一度正面を向いた時、眼の前をいくつもの黒い羽が舞った。上空を見上げると、そこにはさっきの男が滞空していた。

 もはや、何が何だか判らなくなってきた。

 だが、今の一誠を放っておくわけにはいかないのも事実だ。斬輝は相手から目を逸らさずにゆっくりと一誠がいるはずの方向へと歩いてゆく。

 刹那、ずざん、と後ろの地面に槍が突き刺さる。

 

「……おっと、悪いがそこからは行かせんよ。どうせ行ったところで無駄なこと。光は奴らにとって猛毒だからな」

 

 威嚇だ。同時に新たな槍が二本、男の手に現れた。

 まずいな、この『重さ』ではあの二本をやり過ごせそうにない。

 

「奴も貴様も、ここで死ぬのだ」

 

 万事休すかと思われた、その時だ。鋭い風切り音が聴こえたと思うと、男がたたずむ上空で急な爆発が起こる。

 

「むう!」

 

 男の両手からは煙が上がり、同時に手放された二つの槍は地面へ落ちる前に光の粒子となって『消滅』した。

 

「そこまでよ」

 

 騒ぎに気付いたのだろうか、いつの間にか女性の声が公園内に響いた。

 張りのある、凛、とした声である。

 

「紅い髪……グレモリー家の者か」

「リアス・グレモリーよ。ごきげんよう、堕ちた天使さん」

「なるほど、そういうことか……」

 

 なんだ?

 いったい何がどうなってるんだ!?

 情報の処理が追いつかない。ゆえに彼は、その場から動くことすら出来ずにいた。

 

「これ以上私の管轄で好き勝手するのなら、容赦しないわよ」

「今日のことは詫びよう。しかし、下僕は放し飼いにしないことだな、グレモリー家の次期頭首よ。我が名はドーナシーク……再び(まみ)えることがないことを願う」

 

 鮮血を滴らせる両手を押えながらゆっくりと降下してくる男は、斬輝の背後に立つ女性を再度睨みつけると、夜の闇に溶け込むかのように姿を消した。

 途端に、緊張が解けたように全身の力が抜けた。

 とりあえず、危機はさったかに思えたからだ。

 ……だが、

 いや、

 待て。

 さっき、あいつは何と言った?

 紅い髪だと?

 それに馴染みのある、この声。

 それだけではない。

 

「グレモリー……?」

 

 聴き覚えがあるなんてもんじゃない。

 それは昨日も、今日も、それこそ彼が駒王学園に入学したその日からほぼ毎日のように聴いてきた言葉だ!

 まさか。

 まさか!

 まさか!!

 ゆっくりと、振り返る。

 思った通りだった。

 

「……グレモリー!?」

 

 それは、紛れもなく彼の知っているリアス・グレモリーだった。

 

 

 

       

 

 

 リアス・グレモリーは、北欧から日本へ留学してきた駒王学園の生徒である。

 少なくとも、表面上はそうなっていた。

 留学生であることはたしかだが、彼女の場合は冥界から人間界へとやってきた、といった方が正しい。そして同時に、駒王町は彼女の管轄でもあった。

『こちら側』へ来る際に同行させた眷族達は、リアスが部長を務めるオカルト研究部の部員として彼女と行動を共にしている。

 無論、その存在は公にされてはいない。この事実を知り得るのは、おそらく学園内では生徒会のメンバーのみだろう。

 つまり。

 

「どうして、お前がここにいるんだよ……」

 

 黒鉄斬輝には、知られたくなかった『事実』を知られてしまったのだ。

 

「ごめんなさい……」

 

 リアスの呟きには、哀しげな響きがあった。

 あなたは知らないままで良かったのに……。

 

「なにが……」

 

 徐々に彼の声が力強くなってゆくように聞こえるのは、気のせいだろうか。

 ……いや。

 

「斬輝くん、実は……」

「さっきのあいつは何なんだ!?」

 

 気のせいなどではなかった。

 言いかけるリアスを遮って、さらに斬輝は声を張り上げたのである。

 

「黒い翼に堕ちた天使……それに下僕とかお前がどっかの頭首だとか。もうさっぱりだよ!!」

 

 そうだ。

 彼の反応は、決して間違ってはいない。むしろ、未知なる世界へと踏み込んでしまったものならば誰もが当然そうなるはずなのだ。

 

「斬輝くん……」

 

 取り乱さないほうが、むしろどうかしている。

 ひとしきり叫んでから、

 

「……悪ぃ」

 

 斬輝は静かにそう言った。

 だがよ、と彼は続ける。

 ゆっくりとこちらに歩み寄って、伸びた右手が彼女の左腕の中で眠る少年へと触れた。

 背後から光の槍に貫かれた彼の腹部は真っ赤に染まり、血まみれの腹からはおそらく槍に絡みついたと思われる内臓がいくらかはみ出していた。

 生々しくて、つい目をそむけたくなってしまうのを、リアスは我慢した。

 黒鉄斬輝でさえ、眉をしかめつつもじっと見つめているのだ。

 傷ついた後輩の姿を。

 

「どうして、こいつが狙われなきゃならねぇんだよ……」

 

 ならば、彼女も逃げるわけにはいかない。

 主として。

 だからまず、

 

「……それは明日話すわ。とにかく今は、この子の治療が最優先事項よ」

「治療って……てことは!」

「ええ。まだ生きている……今のところはね。でも早くしないと、本当に消えてしまうわ、彼」

「……お前なら、それが出来るってぇのか?」

 

 こちらを見つめる彼の瞳の、その焦点がわずかに外れているように見えた。

 

「ええ」

「信じて……良いんだな?」

 

 信じてもらえなくても構わなかった。仮にもしそうなったとしても、それはリアスと彼の間における信頼関係がその程度だったというのが露呈するだけだ。

 斬輝の双眸が、リアスの二つの瞳を見据える。

 

「……判った」

 

 その時だ。

 

「兵藤のことは任せ……」

 

 ……任せる、とでも言うつもりだったのだろう。

 だが、それは叶わなかった。

 

「……ぅおっ!」

 

 彼が突然、膝から崩れ落ちたのだ。

 

「……斬輝くん!?」

 

 突然の異変に驚愕したリアスは、そこで彼の左腕の変化に気がついた。

 

「あなた、その腕……ッ!!」

「腕……?」

 

 言われて、彼はリアスの視線の先にある左腕へと目をやる。

 そこにあるのは、制服の袖を切り裂いて露出した上腕である。

 ばっくりと縦に裂けて、こちらもとめどなく真っ赤な血が溢れ出してくる。

 そして、この状況から導き出される答えは一つ。

 

「……まさかドーナシークの槍が!?」

 

 それしかなかった。

 

「マジかよ、避けたつもりだったんだがな……」

 

 遅れてやってきたような痛みに顔をしかめながら答える彼に、彼女の思考回路は一瞬ではあるが停止した。

 え?

 避けた、て……まさか槍を!?

 

「ねえ、大丈夫?」

「ああ、まあ……立てないほどじゃ、ないな」

 

 それよりも、と彼は続ける。

 

「早く兵藤を連れてけ……、俺は一人で帰れるから」

 

 血塗られた片腕を押えながらやっとのことで立ち上がった斬輝は、それからもう一つ、リアスに付け加えた。

 

「絶対に、死なすんじゃねえぞ」

「……ええ」

 

 もとより、そのつもりよ。

 だけど。

 

「あなたも……決して浅くない傷よ。申し訳ないけど、私はこれから手が離せなくなる」

「ああ。そいつの方がヤバいのは、見りゃ判るよ」

 

 リアスの足元に、彼女の髪色と同じ円が現れた。それは中に複雑な線や文字が入り混じった、転移用の魔法陣である。

 

「一人で処置をするのなら、衛生面には気をつけてね」

 

 斬輝は、おう、と返した。

 

「あとで、連絡寄越せ」

「判ったわ」

 

 最後にそう言い残して、リアスはその場から姿を消した。

 

 

 実際のところ、今にいたっても何が起こっていたのか斬輝は判らないでいた。

 一つだけ把握出来たことは、あのドーナシークとかいう奴によって一誠が殺されかけたということだけだ。

 あとは、クラスメイトが人ならざる力を持ち合わせていたこと……だろうか。

 

「明日になれば、ぜんぶ判るってわけか……」

 

 裂かれた左腕を押えながら、誰に言うでもなくそうつぶやいた。

 

 

 腕の傷を誰かに見られないよう気をつけながら帰路についていると、ふと携帯のヴァイブレーションが鳴った。

 新着メールだ。そこには、こう書かれていた。

 

『明日の放課後、いっしょに旧校舎まで来てくれる?』

 

 送り主は、リアス・グレモリー。

 適当に、おう、とでも返したかったが、腕の痛みのせいでフリック操作が出来なかった。

 

 

 簡単な縫合処置をしてから出血がおさまり傷が塞がり始めたのは、それからわずか三時間後のことだった。

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