ハイスクールD×D 呪われし鉄刃   作:椎名洋介

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第一二章 業火:1

       

 

 

 こんなにも早く動いてくるとは思わなかった、というのが、通信を切ったリアスが最初に抱いた感想だった。

 ライザー・フェニックスの『女王(クイーン)』のことだ。

 序盤(オープニング)から最強の駒である『女王』を迂闊(うかつ)に動かすというのは、チェスにおいてあまり好ましい手であるとは言えない。盤上で味方が密集しているタイミングで動かそうとしてもあまり意味がないのと、早い段階で矢面に立たせるとかえって狙われやすくなるからだ。

 それだけのリスクを孕んでいるにもかかわらず、ライザーは『女王』を直接ぶつけてきた。

 つまり、冒したリスクよりも得られるリターンの方が大きいと奴は判断したのだ。

 ()められている。

 どこまでも、どこまでも、リアス・グレモリーはライザー・フェニックスという悪魔に嘗められている。

 ソファに背を預け、ふう、と息をつく。

 ちらり、と正面を見やる。

 リアスが座るソファとテーブルを挟むように置かれた向かいのソファには、塔城小猫(とうじょうこねこ)が横たえられていた。腹の上で組まれた手を包み込むようにして両手を重ねて、彼女の(かたわ)らで見守るのはアーシアだ。

 かけられた毛布が規則正しく上下しているのを見る限り、その呼吸は穏やかなようだ。

 大丈夫。

『彼』のおかげで、最悪の事態だけは避けられた。

 

「どうだ?」

 

 その『彼』が、タオルで顔を拭きながらシャワー室から出て来る。小猫を部室まで運んだ後、煤だらけの顔を洗っていたのだ。

 どうだ、とは、つまり眠っている小猫が目を覚ますか否か、ということだ。

 アーシアは、首を横に振った。

 

「まだです」

「お前さんの神器(セイクリッド・ギア)でも無理か」

「私の『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』は、消耗した体力などは回復出来ないんです。怪我の方はほとんど治療したので、あとは小猫ちゃんが自然に目覚めるのを待つしか……」

「そうか……」

 

 タオルをテーブルに置くと、黒鉄斬輝(くろがねざんき)はリアスの隣に腰を下ろす。前屈みになって膝の上に肘をつき、組んだ手の親指に顎を引っ掛けて、だ。

 とはいえ、ライザー陣営は残り九名。対するこちらは、まだ一人も戦闘不能(リタイア)していないとはいえ、七名。眠っている小猫を除けば六名だ。

 もともとは朱乃の回復を待ってから各個撃破するという算段だったが、向こうの『女王』の相手をしている以上、そうもいかない。

 いつ小猫が目覚めるか判らないこの状況で、レーティング・ゲームの勝利をより確実なものへとするにはどうすればいい?

 ライザー・フェニックス。

 不死身の力を持つ男。

 不死身であることは、それだけで脅威だ。現にフェニックス家は、その不死身の特性を活かしてこれまでのレーティング・ゲームで白星を挙げてきたのだから。

 だが。

 不死身であるのは、あくまでその肉体だけだ。

 ならば、不死身の殻に守られた精神はどうだ?

 刺されようが、撃たれようが、穿たれようが、首を()ねられようが、決して死ぬことのない(からだ)に際限のない『死』を与え続ければ、あるいは戦意を失わせ、心をへし折ることは出来るのではないか?

 そして、とリアスは思う。

 私には、それを可能にする『滅びの魔力』がある。

 だとしたら……、

 

「直接叩くしかねえか」

 

 ふいに、斬輝がそう言った。

 

「叩くって……なにを?」

「フェニックスの野郎に決まってんだろ。どちらにしろ、このゲーム中に俺は奴と闘うことになる。ありがたいことに、向こうのご指名でな」

「それって、あの時部室でライザーが言っていた?」

 

 必ず殺してやるから、首を洗って待っておけよ。

 ああ、と斬輝はうなずいた。

 

「奴が相当な自信家なのは、見りゃ判る。だがそうなるだけの実力があるのも事実だ」

 

 これまでライザーは、公式のレーティング・ゲームに一〇回参加している。そしてその戦績は、接待試合でわざと負けたことを除けば、実に全勝という結果を出しているのだ。

 それは事実上、彼の無敗を意味していた。

 実力は申し分ない。

 

「そんな男がわざわざ、殺してやる、なんて言ってきたんだ。悪魔ですらない、たかが変な二つ名がついただけの人間に、だぞ?」

 

 黒き血濡れの魔人。

 冥界の悪魔にいつの間にか名付けられ、広まった彼の異名。

 それは警戒か、はたまた純粋な興味かは判らないが、ライザーが少なからず斬輝を意識していることは、リアスも理解していた。

 

「奴の狙いは俺だ。俺が動けば、奴も動く。動かざるを得なくなる」

「そう思う根拠は?」

 

 リアスの問いに、

 

「勘だよ」

 

 対する斬輝の答えは、あまりにあっさりとしていた。

 そういうわけだからよ、と彼はそのまま立ち上がって、リアスの執務机に放り投げたままのマントを手に取り、巻き付ける。金色の留め金で留めると、全身を覆い隠してしまった。

 

「俺は行くぜ」

 

 どこへ、とは訊かなかった。

 訊かなくても判るからだ。

 闘いへ行くのだ。

 ライザー・フェニックスのもとへ。

 戦場へ。

 ……彼は一人で行ってしまう。

 私は、とリアスは思う。

 どうするべきなの?

 レーティング・ゲームも中盤戦に差し掛かった今、たしかに『(キング)』であるリアスが本陣を離れることは、望ましくない上にリスクが大き過ぎる。

 でも。

 それでも、私は待つだけなの?

 今この瞬間にも、イッセーが、朱乃が、祐斗が……みんなが必死に闘っているのに、私はただ待っているだけなの?

 みんなが傷ついてゆくのを、黙って見ていることしか出来ないの!?

 違う。

 違うでしょう、リアス・グレモリー!

 そのまま扉へと向かおうとする斬輝の、

 

「待って!」

 

 その手をマント越しに摑んで、呼び止める。

 こちらを振り返る斬輝は、言われた通り待っていた。

 続く言葉を口にするのを。

 リアスを見つめて。

 その瞳を見つめて。

 そして、リアス・グレモリーは宣言した。

 

「考えがあるの」

 

 それは、決意だった。

 

 

 それからすぐ、グラウンド脇に設置された体育倉庫で合流した一誠と木場に、リアスから新たな作戦が告げられた。

 

 

 

       

 

 

 彼の眷属になってからどれだけの年月が経ったのか、細かいことは覚えていない。

 強い相手と剣を交えることが出来れば何でもよかったからだ。

 正面から。

 正々堂々と。

 剣莫迦と言われようとも。

 ゆえに、戦術とはいえ『兵士(ポーン)』を『犠牲(サクリファイス)』にすることには気が引けた。

 だからこそ、ライザー・フェニックスの『騎士(ナイト)』であるカーラマインは歓喜した。

 文字通り莫迦正直に敵の前に姿を現して、正々堂々勝負しろ、と申し込まれたのだ。

 リアス・グレモリーの『兵士(ポーン)』、兵藤一誠(ひょうどういっせい)

 リアス・グレモリーの『騎士(ナイト)』、木場祐斗(きばゆうと)

 そんなことを言われてしまっては、こちらも出て行くしかあるまい。

 一人の騎士として。

 

「ぃやぁああぁああぁああっ!」

 

 人間のそれを超えた強靭(きょうじん)な脚力で、カーラマインは数メートルの間合いを一気に詰めた。

 右足を踏み込み、裂帛(れっぱく)の気合とともに振りかざす彼女の剣には、刀身がない。炎の渦が『刃』を形作っているのだ。

 そのまま、上段で斬りかかる。

 超高速で迫る炎の剣を、リアス・グレモリーの『騎士(ナイト)』は闇のような刀身を持つ魔剣で迎撃に入る。

 だが、

 

「なっ!?」

 

 打ち合いの衝撃を利用して後方へと跳んだ木場祐斗が驚愕の声をあげる。

 彼が握る魔剣の刀身が砕かれ、霧散したのだ。

 

「残念だが、私に貴様の神器(セイクリッド・ギア)は通用しない」

 

 獲物を失った今、彼は身を守る術もなければ攻撃する手段もない。

 兵藤一誠は、残りのライザーの眷属達が相手をしているから、木場祐斗への助っ人は期待出来ない。

 カーラマインの口元に、笑みが浮かぶ。

 剣を持たぬ『騎士(ナイト)』など、恐れるに足りない。

 

「もらったぞ!」

 

 どん、とカーラマインが地面を蹴る。それはまさに、水平方向への跳躍である。

 左の二の腕に刀身を沿わせながら、それはこのまま突っ込んで、横ざまに薙ぐ進路だ。

 

「でぇええぇええぇええいっ!!」

 

 腹の底から張り上げる叫びは、勝利の勝鬨だ。

 カーラマインの剣が相手の胸を斬り裂く、まさにその瞬間、カーラマインは見た。

 木場祐斗の顔を。

 そこにあるのは、来る衝撃と痛みに備えた表情ではなかった。

 笑みだ!

 

「……なにっ!?」

 

 がくん、と標的が崩れ落ちた。

 いや、自ら仰向けに倒れ込んだのだ。おかげでカーラマインの炎の剣は空を斬り、彼女の上体が完全に開いてしまう。

 そして倒れ込んだ木場は、何とも器用なことに両手を地面に突いて軀を支え、限界まで膝を曲げた両足を真上へと向けていた。

 その先にあるのは、剣を振り抜いたことでガラ空きになったカーラマインの上半身だった。

 ずどん、と衝撃が叩きつけてくる。

 五メートルほど上空へと蹴り上げられたカーラマインは、痛みに顔をしかめながら、自分が打ち上げられた地点へと視線を送る。

 すさまじい勢いで、木場祐斗が追いすがってきていた。ぶおん、と鳴るのは、相手が大気を切る音だ。

 体勢を立て直し、迎え撃つこちらは滑空である。

 だが構えた剣を垂直に振り下ろした時、カーラマインは己の耳を疑った。

 がきん、と響くのは、金属どうしの打ち合う音だ。

 そう。

 彼の手には、先ほど叩き折ってやったはずのグリップが握られていたのだ。

 そしてそこには、刀身がある!

 最初と違うのは、色だ。さっきの奴はすべてを飲み込んでしまいそうな漆黒だったのに対して、今度は冷気を伴う薄い水色だ。

 そして、

 

「莫迦な……」

 

 カーラマインは愕然とした。

 炎の剣が、凍ってゆく。奴の剣と打ち合ったところから冷気が刀身を覆い、炎の剣が文字通り氷の剣と化した時、カーラマインの得物は音をたてて崩れ去った。

 お互いに着地し、にらみ合う。互いに間合いの外だ。

 グリップだけになった剣を捨て、腰に携えていた短剣を抜き放つ。一瞬で炎が刀身を包み、それは炎の短剣と変わった。

 胸の前で構えて、

 

「複数の神器(セイクリッド・ギア)を操る剣士か……驚いたな」

 

 それはカーラマインの素直な賞賛だ。

 

「剣を砕いてやった時も、まさかあのタイミングで切り返されるとは思わなかった」

「それは光栄だね。ウチにはその手に厳しい先輩がいるから……実際、かなりしごかれたんだ」

「あの魔人とやらか?」

「そういうこと」

 

 それと、と構える木場祐斗は青眼(せいがん)だ。

 

「キミは一つ大きな勘違いをしている」

「なに?」

「僕は複数の神器(セイクリッド・ギア)を持っているわけじゃない。(つく)ったのさ」

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ」

 

 言うなり、奴の氷の刀身が砕け散った。瞬時に、また新たな剣が形成される。

 今度のは、切っ先に奇妙な円状の刃があった。中心には黒い渦が漂っている。

 

「『魔剣創造(ソード・バース)』。すなわち、意思通りに魔剣を創り出すことが出来る!」

 

 言いながら木場祐斗が左の掌を地面に突くと同時に、カーラマインは後方へと飛び退(すさ)った。それはほとんど本能によるものだ。

 次の瞬間、さっきまで女剣士が立っていたグラウンドを、いくつもの魔剣が剣山のごとく突き破ってくる。統一性はなく、どの刀身も独特な形状だ。

 

「魔剣の創造、か……面白い神器(セイクリッド・ギア)を持つ者もいるものだ。斬り甲斐がある」

「言っておくけど、僕達の(あるじ)のためにも負けるつもりはないよ」

「もとより、こちらもそのつもりだ」

 

 向き合うは、お互いの『騎士(ナイト)』。

 柄を、しっかりと握る。

 いざ、と音頭を取るのは女剣士だ。

 

「尋常に!」

 

 カーラマインに、

 

「勝負!」

 

 木場祐斗も応える。

 地を蹴ったのは、同時だった。




 そういえば、今月に入ってから非ログイン・ユーザーでも感想を書き込めるように設定を弄りました。

 ああそれと。
 もうしばらく話が進んだら、おそらくいくつかタグ増えます。
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