黒いマントが、屋上を駆ける。
右足で踏み込み、右の
狙いは胸の中央、背骨の左右から回り込んだ
「おうら!」
常人では絶対に回避不可能なその速攻を、
「せいッ!」
しかしライザーは摺り足で瞬時に後退しつつ、左の内受けで流す。
体勢の開いてしまった斬輝の背中を、今度はワインレッドのスーツの左脚が打ちにかかった。
炎をまとった、それは回し蹴りだ。
突きを流された斬輝は、その勢いを殺さず右足を軸に左脚を引きながら、反時計回りに回転する。同時に、打ち込まれた蹴りを、マントから伸びた左の二の腕で上方へと
熱い。
だがライザーの体勢が、わずかに崩れた。
「効くかよ!」
蹴りを受け止めた反動で今度は右へと回転しつつ、斬輝は左脚を折って両手を地に突く。
回転に乗って身をひねり、伸ばした右足で円を描いて、重心の定まらないライザーの脚を薙ぐように払った。
いや、払おうとした。
その寸前、ライザーが炎の翼を広げて後方に跳躍する。
斬輝の脚は空を切り、敵は上空から炎の魔力をこちらに向けて放とうとしていた。
「させないわ!」
言って、斬輝の背後から飛び上がるのはリアスだ。ライザーからの砲弾は、斬輝に当たる寸前で、彼女の紅い魔力によって
爆炎が、お互いの視界を塞ぐ。
斬輝の隣に着地した彼女の制服は、すでにところどころが破れ、焼け焦げていた。修復しないのは面倒だからではなく、余分な魔力の消費を抑えるためだろう。
斬輝も似たような格好だった。分厚いマントは度重なるライザーの猛攻で裾はほつれ、カギ裂きで破れ始めているのだ。相変わらず炎の熱は遮断してくれているが、正直言ってそれもいつまで保っていられるか判らない。
だがひとたびマントから腕や足を出そうものなら、話は別だ。現に、ライザーの回し蹴りを受けた左腕がひりひりする。賭けてもいい、きっと火傷してる。
「平気?」
問いかけるリアスの、その息も荒い。斬輝は引き結んだ唇の隙間から、ふう、と大きな息を一つして、サムズ・アップして応えた。
「お前こそ、まだいけるか?」
「当然よ」
「よし」
にやり。
「行くぞ!」
「ええ!」
応えて、降り立ったライザーへと再び間合いを詰めにかかる。
今度は、二人同時に。
斬輝は地を蹴った。
相手に向かって右脚を伸ばし、上体を引き絞る。
空中を一直線に迫るその蹴りに、ライザーは炎をまとわせた右腕で顔をブロックしにかかる。
だが、
「甘い!」
足刀は、
命中の寸前に脚を引き、敵の目前に着地した斬輝は、相手の腹に左の回し蹴りを叩き込んだ。
呻きとともに、ライザーが上体を折る。
反撃は、下からだ。折った軀を伸ばしつつ、真下から拳が突き上げてくる。
斬輝は身を反らせて、それを避けた。
さらに腰のバネを効かせ、後方へ倒れんばかりの勢いで右足を振り上げる。鋼鉄を仕込んだ黒いブーツの爪先は、ライザーの顎をまともに捕らえた。
「がッ!」
敵の呻きを聞きながら、蹴りの勢いのまま軸足を蹴って、後方に一回転した。
ライザーは、よろめきつつも両足を踏ん張る。
「喰らいなさい!」
さらなる追い打ちをかけるのはリアスだ。両手に滅びの魔力を宿し、走りながら一気に振り抜く。紅い魔力弾は矢のように鋭く空間を駆けて、こちらに視線を戻したライザーの顔面に命中した。
一発。
二発。
三発。
四発。
立て続けに魔力弾を喰らったライザーは、両手で顔を覆いくぐもった声をあげる。
今度はリアスが先行する形で走り出した。
斬輝も、その後を追う。
不死身の力が、損傷を治すのにどのくらいの時間がかかるのかは判らない。それがたとえ一秒にも満たない瞬間であったとしても、奴の視界を奪えれば次の攻撃を畳みかけるチャンスになるはずだ。
だが、ライザーの反撃は思ったよりも早かった。
「なぁあめるなぁああ!!」
こちらへ突き出された両掌から、螺旋状に捩じれた炎が噴き出したのだ。
彼の魔力を媒介に、大気中の酸素が爆発的な勢いで酸化する。
爆燃である。
大気を震わせ、数メートルの距離を一気に縮めた不死鳥の炎は、先頭を走るリアスへと襲いかかろうとしていた。
咄嗟に、彼女の腕を摑む。
「あぶねえ!」
手元へ強引に引っ張りながら、こちらも一八〇度回転する。一瞬で、二人の位置が入れ替わった。
「きゃっ!?」
そのままリアスを後方へ投げ飛ばしてから、斬輝は顔の前でマントに覆われた両腕を交差させた。
炎が、彼の軀に叩きつけられる。
「むう!」
ずしん、という衝撃が、腕から肩、そして背中へと突き抜けて斬輝の鋼の骨格にまで響いた。
同時に、それまで感じなかった熱が、マントごしに襲いかかってくる。
瓦の屋根を踏み砕かん勢いで踏ん張って、何とか耐えた。
剥き出しの顔が、ひりひりと焼ける。
「だぁあらあぁああッ!」
叫んで、その腕を一気に振り抜いた。
金属の擦れる音とともに、火球が『X』字に斬り裂かれる。
炎のカーテンが晴れると、目の前までライザーが迫っていた。
「なにッ!?」
身を沈めたライザーの、その顔の真ん前に斬輝の腹があった。
この野郎、不死身なのをいいことに、自分が撃った炎に突っこんで来やがった!
それでも後ろへ跳び退ろうとしたのは、彼が格闘の天才だったからだ。
だが、反応がわずかに遅かった。
突き込まれる拳は、彼の
「がふ!」
人間をはるかに超越したそれを肘まで叩き込まれた斬輝は、たまらず血を吐いた。
瞬間、横隔膜の動きが止まって呼吸が出来なくなる。
目の前をちかちかと光る白い点が散り、同時に襲うのは気が遠くなるような痛みだった。
激痛だ。
今度は、たまらず
あっという間に、宙へと舞い上がった。
口から噴き出した血が放物線を描いて、斬輝の後を追う。
そのまま屋上に叩きつけられる寸前で、
「斬輝!」
リアスが落下地点に駆けつけた。
一〇〇キロを超える鋼の肉体を何とか受け止めたリアスもろとも、倒れ込む。
「斬輝! 大丈夫!?」
「ま、あな……」
応えて、しかし斬輝は立ち上がれなかった。
喉の奥から熱いものが込み上げてきて、助け起こしてくれたリアスの腕の中でたまらず吐いた。血やら胃液やらよく判らない体液が入り混じった奴を、だ。彼女のブラウスで赤黒いシミを広げても、リアスは嫌な顔一つしなかった。
「しっかりして! 斬輝!!」
ただ、今にも泣き出しそうな声をあげて、心から斬輝の身を案じてくれた。
安心させようと、おう、と応えたつもりだった。
だが、声の代わりに、どぼどぼと赤黒い血が噴き出した。口からあふれた血が彼の顎を塗らし、そのままマントに垂れる。
それからまた、リアスの悲鳴だ。
ああ、畜生。
軀を起こそうにも、全身に力が入らない。
人体の急所の一つを突かれたのだ。
糞っタレ、内臓がやられたか。
治療します、と駆け寄ってくるのは、アーシアである。
両手の中指に嵌められた銀色のリングが、患部にかざされると同時に、淡い光を放つ。
『
もう何度、繰り返しただろうか。
すなわち、闘い、傷ついて、治療される。
特に即効性に優れた彼女の
だが、
「ちぃっ」
舌打ちする、それは自身の肉体に対してだ。
治りが、遅い。
本来であればとっくに損傷した皮膚の修復も済んでいるはずなのに、いまだに焼けた肌はひりひりと痛むのだ。
腹の痛みも同様に、である。
直感した。
彼自身の
『
だが外部からの力で生じた傷は、そうはいかない。その治癒には、相応の時間と体力を必要とするのである。
それがどうやら、アーシアの持つ
特に、堕天使との一件の後から。
強化合宿の際にアーシアではなくリアスに傷の手当てをしてもらっていたのも、実はそれが関係していたのだ。
「隙だらけだぞ!」
痛みに呻いていると、前方からライザーの声が飛んで来た。
同時に放たれるのは、直径一メートルはあろう大きなサイズの魔力弾である。
吸い込まれるように斬輝に向かって飛んでくるそれを、
「やらせるもんですか!」
すかさずリアスが斬輝達の前に立って魔力の障壁でブロックする。
「うぐ!」
直後、障壁を展開したリアスが呻いた。
相手の炎が途切れないのだ。
無論、防御に割ける魔力も有限である以上ずっとこのままではいられない。しかしここで障壁を解けば、彼女の後ろにいる斬輝とアーシアもろとも炎の餌食になってしまう。さっきの感覚からして、マントに付与していた魔法が壊れたのだろうか、もうマントの耐熱性もアテに出来なくなってしまった。
ゆえに、リアスは退けなかったのだろう。
連続して叩きつけられる炎の弾幕に、制服のブラウスは左の肘から先が千切れ、ビスチェとブラウスを裂かれた胴は左の脇腹からヘソまで丸見えだ。右側に至っては前腕の一部を除いて彼女の柔肌が乳房ごと露わになっていた。
それでも、彼女は防御を解かない。
ふいに攻撃が止んだ時、ついにリアスは立っていることすら出来なくなった。
膝から崩れ落ちるリアスを、寸前で抱きとめる。動いても、今度は血は吐かなかった。
軀に力が入らないのか、彼女の全体重が斬輝にのしかかった。
こんなもの、己の重量に比べりゃ百倍もマシだ。
すぐにアーシアがリアスの治療を開始した。
糞っタレ。
これが不死身か。
これがフェニックスなのか!
「もう終わりか?」
訊ねるライザーは、顎を蹴られた時に口の中を切ったのか、一筋の血が口から垂れている。親指で拭うと、それきり新しい血が流れることはなかった。細胞が再生したのだ。
まさか、と斬輝は鼻で笑って見せる。
「そうじゃねえってことぐらい、てめえが一番よく判ってンだろ」
「やっぱりな」
だが、とスーツの男はじっと自身の血を拭った指先を見つめている。
「なんだよ?」
「いや、貴様が思った以上にやるもんでな。どうしたものかと考えてるんだ」
読めない。
何が言いたいんだ、こいつ?
そうだ、とライザーは顔を上げ、こちらを見据えた。
笑みの張り付いた顔だ。
続く言葉に、斬輝は己の耳を疑った。
「賭けをしないか」
「なに?」
「賭けだよ、賭け」
「うるせえ、そんなん判ってるよ。どういうつもりだって訊いてんだ」
「どうもこうも、今さっき言ったじゃないか。リアスとの婚約はそうだが、俺はお前との勝負も楽しみたいと思った。それだけさ」
「話が見えねえな、それでどう賭けと繫がるんだよ」
突然、思い出すようにライザーは目を瞑った。
「一〇日前、貴様は人間でありながらこの俺に盾突いたよな」
「俺ぁただ、そっちから売られた喧嘩を買っただけだぜ」
「それでもだ。はじめは、人間だから、と見くびっていたが、蓋を開けて見れば……なかなかどうして、面白い動きをする」
「そいつぁ、誉め言葉として受け取っていいんだな」
「勿論だ」
だから、とその瞼を開いた時、すさまじいプレッシャーが斬輝に襲いかかってきた。
「俺は、俺の全力をもって貴様を殺すことにした」
「何ですって……」
リアスだ。アーシアによる治癒を施されているその声はひどく弱々しい。相当魔力を消耗してしまったようだ。
「ライ、ザー……」
「なんだい、リアス」
「ゲームで相手を殺す攻撃が禁じられていることくらい、知らないあなたじゃでしょう……!」
「ああ、知ってる。だが、不慮の事故で死亡、なんてのはよくあることだろう?」
「そんな……」
俺はな、とライザーは腕を組んだ。
「久々に骨のある奴に出会えて嬉しいんだよ。これまでレーティング・ゲームで闘ってきた連中も、結局はこの不死の力に恐れおののいて
嘘を言っているようには見えない。
「なぁに、貴様が勝つ条件は一つ……この俺を倒せばいい。簡単だろ?」
それが出来りゃ苦労しねえんだけどな、とは言わなかった。その前に、腹の痛みで顔をしかめた。
「どうする、魔人」
不敵に笑うスーツの男は、無傷だ。
対して、黒い炎をまとったこちらは満身創痍である。
畜生。
どうするか、だと?
「やめて!」
割り込むのは、リアスである。
「耳を貸しては駄目よ! こんなの、賭けになってすらいないわ!!」
彼女の言うとおりだった。
相手はただの悪魔ではない。
不死身なのだ。
「このまま黙って殺されるか?」
ライザーの言葉に、
「やなこった」
斬輝は、あくまで退かなかった。
マントを摑むリアスの腕に、手をかける。
やんわりと、押した。
すがるような視線の、リアスの顔は鼻が触れ合うほどに近い。
「斬輝?」
不安げに見上げる少女に、斬輝が返すのは、笑みだ。
ああ、そうだ。
俺は、俺に出来ることをやるだけだ。
「大丈夫だ」
だから、心配すんな。
「ちょっくら、殴り合ってくるだけさ」
彼女を見て。
「ちゃんと約束は守る」
しばらくして、溜め息とともに苦笑を浮かべるのは、リアスだ。
「……判ったわ。あなたのことだもの、何か考えがあるのでしょう?」
「いんや、ないな」
「ないの?」
「ああ。考えるよりも殴った方が早い。とりあえずぶん殴る。後のことはそれからだ」
「なによ、それ」
でも、とリアスは笑みを浮かべて見せた。
ああ、そうだ。
その笑みに、どれだけ支えられたことか。
その笑みに、どれだけ助けられたことか。
「どこまでも真っ直ぐで、決して折れようとしない……私、知ってるもの。あなたって、そういう人だものね」
そして、
「斬輝」
「ああ」
「お願い」
リアスは、勝って、とは言わなかった。
生きて戻って来て、と言った。
それを聞いて、不覚にも斬輝は笑ってしまう。その言葉は、まさに合宿の時に彼自身が口にした言葉だったからだ。
だから、
「任せろ」
そう応えた。
「だから何があっても、絶対に
「……判ったわ」
よし。
「アーシア」
リアスの側で神器を発動している彼女に、名前で呼びかけたのは初めてだった。
「はい!」
「リアスのこと、頼むぜ」
「……判りました! ザンキさんも、お気をつけて!!」
「おう」
応えて、それからもう一度リアスと目が合った。
納得はしているが、それでもやはりどこか不安が抜けないような表情だった。
斬輝は無意識に動いていた。
思えばそれは、彼なりの決意の表れだったのかも知れない。
ふいにリアスを引き寄せ、前髪を掬い上げて彼女の額にキスしたのだ。
乾いた血のこびりついた唇で。
いきなりのことに口をぱくぱくさせて金魚みたいになった彼女の支えをほどいて、斬輝は前に出る。
足元が少しだけふらついた。こン畜生め、少しだけだ。
お互い正面に向き合って、それから最初に口を開いたのは斬輝の方だった。
「意外だな。文句の一つや二つ言われるかと思ってたぜ」
リアスの額にキスしたことについてだ。
「ふん、どうせ貴様を殺せばリアスも俺の
「どうだかな」
そして、
「受けてやるよ、その賭け」
ライザーの笑みが、
「どっちにしろやることは変わらねぇんだ。てめぇをぶっ飛ばしちまえば、それでいいんだろ?」
「そうだが、一人でやるつもりか?」
その言葉は、俺は二人がかりでも構わないぞ、とは聞こえなかった。
一人で俺に勝てるのか、と聞こえた。
「うっせ。こいつぁ俺のワガママだ」
断っとくが、と黒鉄斬輝は腰を落す。
両腕は、マントから出て左右に開いていた。
腹の痛みは、まだある。だが無理をすれば動ける程度には回復しているようだった。
無理しなきゃ、勝てっこない。
だから、言った。
「俺はハードだぜ」
途端に、両手に激痛が走った。
次の瞬間、
じゃりん、
と金属音をたてて、斬輝の拳から剣が生えた。皮膚を突き破り鮮血を滴らせたそれは、幅広の双剣である。
ほう、とライザーが感嘆する。奴からすれば、直接この光景を見るのは初めてなのかも知れない。
「それが、魔人たる所以というわけか」
「そういうこったな」
「さあて」
ごりん、と肩を回して不死鳥が笑う。
「手加減はしないぞ」
「上等だ。こうなったら、どっちかが死ぬまで殴り合わなきゃ、決着つかねぇだろ?」
「たしかにな」
片や、完全無欠の不死鳥の名を持つ悪魔。
対峙するのは、己の血にまみれた剣を『携える』人間だ。
まるでアニメかゲームか特撮番組みたいだな、と思った。強大な敵にたった一人で立ち向かう主人公の図、だ。そして彼らはその最後に、必ず勝利を勝ち取るのだ。
自身の血反吐に汚れた唇を歪めて、斬輝は笑う。
果たして、俺は主人公になれるのかね。
そして、
「賭け、成立だ」
赤が言った。
「ああ、成立だ」
黒が応えた。
「俺が買ったら、リアスとの婚約はナシだぜ」
「いいだろう」
じゃあ、とスーツの男が炎の翼を展開する。
「第二ラウンドと行こうか」
「おう!」
跳んだ。
5
びゅん、と大気を切って、白い影が兵藤一誠と彼を取り囲むライザー眷属達の間に乱入してきた。
次の瞬間、レイヴェルの右側にいたはずの『騎士』が後方に吹っ飛んだ。
「シーリス!?」
シーリスと呼ばれた『騎士』は体育倉庫へと叩きつけると、瞬間的な加重に抗しきれずに壁を粉砕して中へと突っ込んだ。
突然の乱入者に狼狽する中、レイヴェルがすぐに思考を切り換えることが出来たのは、これまでに培った公式戦の経験があってこそのものだった。
まさか!
リアス・グレモリーの『
小柄な
ようやく状況を把握した桃色の髪をした『兵士』がその乱入者へと標的を移すも、対する相手は冷静だった。
頭部を狙った足刀蹴りを、銀髪の少女は跳び箱を跳び越えるようにしてかわした。瞬間、お互いの位置が入れ替わって背中合わせの格好になった。
その背中を、見ることなく後ろ蹴りで蹴り飛ばす。バランスを崩した『兵士』は、勢い余って顔面からグラウンドに倒れ込み、痛そうに両手で顔をさすっている。
リタイヤこそしなかったが、しかしそれはたった一人の下僕悪魔にしてやられた格好になったのだ。
突如として現れた、リアス・グレモリーの『
「お待たせしました……!」
一誠の前に立って、ぽつり、と銀髪の少女が呟く。
「ううん、大丈夫だよ。もう平気なの?」
「……はい、ご心配をおかけしました」
応えて腰を落す。戦闘態勢だ。
「な、なぜですの……?」
自分でも、声がわずかに震えているのが判る。
「……リアスさまに、目が覚めたならイッセー先輩の応援に駆けつけるように言われました」
ふん、と鼻を鳴らすレイヴェルは、明らかに焦っていた。
「だ、だから何だと言いますの!? たかが一人増えた程度で、フェニックスに勝てるわけがありませんわ!」
シーリス、と言う彼女の呼びかけに応えるように、体育倉庫が爆裂する。無数の破片を撒き散らして、大振りの剣を抜き放った『騎士』が、垂直に銀髪の少女へと振り下ろされる。刀身がひらめくと、がきん、という鈍い音が聞こえた。
「なに!?」
驚愕の声をあげるのは、たった今攻撃を繰り出したシーリスだ。
銀髪の少女の軀を斬り裂くかに見えた大剣は、しかしその進路を塞がれていた。
『
「シーリスの剣を、腕で……?」
「俺は決めたんだ!」
シーリスの剣を防いだ左手が、その刀身をなぞる。
「部長のために最強の『兵士』になるって!」
思わずシーリスは距離を取ろうとするが、寸前に籠手で刃を摑まれ逃げ道をなくした。
「アーシアやみんなを護れるようになるって!」
次の瞬間、
「だからぁあ!!」
真っ赤な籠手に、幅広の大剣が握り砕かれた。
『騎士』の土手っ腹に、ケリを叩き込む。
「俺に力を貸しやがれ! ブーステッド・ギア!!」
『
大声をあげて、赤龍帝の少年が左腕を天高く掲げる。
「聞こえてんだろ赤い龍帝さんよお! 今度は部長だ! 斬輝先輩だ!! もっと、もっと俺に……みんなを護れるだけの力を寄越しやがれぇぇええぇえええぇえ!!」
金属質を帯びた男性の声は、
『
彼が身に着ける籠手の、手の甲に嵌め込まれた宝玉からだ。
次の瞬間、赤龍帝・兵藤一誠の全身が、光に包まれた。宝玉から放たれた緑色の閃光が、光の柱となってグラウンドに
眩い光に、たまらずレイヴェルも目を
時間にして、約一〇秒。
閃光が消えてレイヴェルが
全体的に、鋭利な印象を持たせるデザインだ。手首の両側に小さな突起が二つ増え、前腕にも四つ、似たようなものがある。大きく違うのは、それまで手の甲にしかなかった宝玉が、新たに腕の方にも一つ表れていることだ。
なんですの。
何なんですの、あれは!?
立ち上がったこちらの駒達も、彼の籠手から発せられる異様なプレッシャーに攻めあぐねていた。
彼はしばらく宝玉を見つめていると、
「……そうか」
ぽつり、と零した。
「小猫ちゃん、俺から離れないで」
言いながら銀髪の少女を背後に回し、それから息を大きく吸い込んで、
「木場ぁあぁあああ!」
離れたところでカーラマインと剣を打ち合うリアスの『騎士』へと声を張り上げた。
「お前の
「解放……?」
木場の問いに、一誠は頷いた。それに何かを感付いた木場は持っていた剣を逆手に握り直す。
「
気合とともに、木場は剣を突き刺した。
左手で
剣から放たれたエネルギーが地面をのたうつように這い回って、兵藤一誠へと向かってゆく。
迎え撃つは、『赤龍帝の籠手』だ。
「いくぜ!」
握った拳を地面に叩きつけると、手の甲にある宝玉にエネルギーが吸い込まれた。
「『
『
音声とともに宝玉から龍の頭を模した紋章が浮かび上がると、さっきまで吸い込まれていたエネルギーが地面へと逆流してゆく。
最初に異変に気がついたのは、もう一人の『僧侶』である
「地面が、揺れている……?」
そのとおりだった。
大地が震動し、満足に立っていられない。たまらず膝を突くと、レイヴェルの真下にある地面が薄い水色の光を放っていた。
いや、彼女の周囲だけではない。赤龍帝の少年を中心にして、その場にいるライザーの駒達を全て飲み込むように光の円が広がっているのだ。
咄嗟に炎の翼を広げて飛んだのは、だから意識しての行動ではなかった。
生存本能だ。
刹那、広がった円から一斉に、無数の刀剣が地面を突き破って生えてきた。
何本あるのかわからない……数えるのすら億劫になってしまうほどの数の剣の海が、グレモリー眷属のみを避けるようにしてフェニックス眷属に襲いかかる。
ニィを……リィを……美南風を……シーリスを……カーラマインを……、その場にいたレイヴェル以外のフェニックス眷属が、その腹を、腕を、脚を貫かれて鮮血を撒き散らした。
瞬時に彼女達の軀が光り始め、このフィールドから強制的に消え失せる。
『ライザーさまの〝
認識を改める、ですって?
とんでもない!
レイヴェルは、ついに認めざるを得なかった。
赤龍帝は……兵藤一誠は、強い。
それは実力云々の話ではない。この闘いの中で、確実に成長しているのだ。
このままライザーのもとへ行かせてしまったら、何が起こるか判らない。
ここで、確実に彼をリタイヤに追い込まなければ……、
『リアスさまの〝
審判の宣言に、レイヴェルは弾かれたように振り返る。
衣服のあちこちを焼け焦げさせ、『雷の巫女』がその身を光に包まれながら落下してゆくところだった。
「なっ!? 朱乃さんがやられるなんて……!」
驚愕の声は、兵藤一誠だ。
畳みかけるように、今度はグラウンドの方から爆発音が聞こえる。
見ると、リアスの『騎士』が爆発の餌食となって倒れ伏していた。すぐさま光に包まれ、フィールドから蹴り出される。
『リアスさまの〝
「
背後に感じる気配に、レイヴェルは笑みを浮かべる。
まだだ。
まだ、彼女がいる。
「遅かったですわね、ユーベルーナ」
振り返った先にいたライザーの『女王』は、無傷だ。とてもさっきまで『雷の巫女』と闘っていたとは思えない。
「あの『女王』、噂どおりの強さでした。やはり、これの力を借りることに」
そう言ってユーベルーナが取り出すのは、小瓶である。中身は空になっていて、だから彼女はすでにその小瓶の内容物を使ったということだ。
「な、何だよそれ!?」
小猫を庇うように、一誠が訊ねる。
「フェニックスの涙。聞いたことありません? いかなる傷も一瞬で完治する、我が一族の秘宝ですわ」
純血のフェニックス家の悪魔が、特殊な儀礼を済ませた魔方陣の中で心を無にして流した涙を落とすことによってのみ生成されるアイテムである。
無論、純血のフェニックスじたいが限られた人数しかいない上に大量生産が出来ない以上、市場に出回る絶対数は少ない。そのため悪魔の間では高値で取引され、滅多に入手出来ない希少かつ高価な代物であると言える。
「な……そんなのアリかよ!?」
「あら、ゲームでの使用もちゃんと二つまでは許されてますのよ」
いや、正確に言えば、強力過ぎるゆえに規制されたと言った方がいいだろう。
だがレーティング・ゲームへの使用が条件付きで認められた今、フェニックスの涙を求める悪魔は多く、おかげでフェニックス家の財政は潤っていた。
しかし、
「そちらだって、『
当然ながら、レイヴェルは一つ、すでにそれを持っている。もう一つはユーベルーナが……つまりこれこそが、彼女が『雷の巫女』を撃破する一助になっていたのだ。
相手を消耗させ、こちらはフェニックスの涙で復活してから叩く。
頭脳派のユーベルーナらしいわね、とレイヴェルは目を瞑り、一人ほくそ笑んだ。
「レイヴェルさま」
呼びかけてくるのは最も信頼のおける『女王』である。
振り返った。
「なにかしら?」
「一つお伝えしたいことが」
「言ってごらんなさい」
「もういません」
「え?」
何ですって?
「ですから、リアス・グレモリーの『兵士』と『戦車』は、すでにライザーさまのいる新校舎へと向かいました」
ユーベルーナの言葉に、弾かれたようにレイヴェルはグラウンドへと視線を戻した。
魔剣の海、その中で不自然なくらいにぽっかりと空いた、地面が露出している場所。
さっきまで、赤龍帝の少年と銀髪の少女が立っていた場所だ。
いなくなっていた。
無視されたという怒りと、いつからこの場を離れていたのかという疑問と、誰に向けてぺらぺらとお家事情を喋っていたのかという羞恥がない交ぜになって、レイヴェルの顔は、ぼん、と音をたてて赤くなる。
そんな