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その変化に最初に気がついたのは、リアスだった。
朱乃と祐斗のリタイヤを告げるアナウンスが流れても、目の前の二人は闘うことをやめなかった。
左右から迫るライザーの太い腕を、斬輝は両腕でブロックした。
顔をしかめながら、斬輝は相手の腕を強引に払いつつ、左右の剣を振り下ろす。敵の腕が肘から先を斬り飛ばされるが、けれどその切断面は炎が新たな腕を形作って、そのままもとの『腕』に再生した。
そして、
その時だ。
炎をまとったライザーの右の回し蹴りを脇腹に受けた斬輝が、呻きながらも左の刃を真正面から相手の胸に突き刺す、まさにその一瞬だけ、彼の肉体が淡く光ったように見えたのだ。
「え……?」
アーシアに支えられ膝立ちになりながら、思わず声を漏らす。
なに?
なに、今の……?
刃を引き抜きライザーと距離を取った斬輝は、舌打ちしながらをマントを引きちぎるようにして脱ぎ捨てた。さっき受けた蹴りで、ライザーの炎が燃え移ったのだ。黒いタンクトップまで破いてしまったのは、単に力が強かったせいだろうか。
筋肉の束を包んだ軀には、いくつもの痣が出来ていた。
そして、火傷も。
とくにお腹が酷い。鳩尾のあたりが、青痣を通り越して紫色に変色しているのである。
痛々しい姿だった。
しかしそれでも、黒鉄斬輝は拳を握るのだ。
ライザーが魔力弾を放つと、斬輝は信じられないほど軽やかな跳躍で回避した。
そのまま空中で一回転しながらライザーの頭上を跳び越え、彼の背後に着地する。振り返りざまに左の刃を薙ぐ時、
「あ」
また、光った。
しかも、さっきよりも明るい。
気のせいかと思った。
気のせいではなかった。
「部長さん、今のって……」
アーシアの問いに、リアスはかぶりを振った。
「……私にも、判らないわ」
「部長ぉおぉおおお!」
その呟きは、聞き覚えのある叫びにかき消された。
屋上に辿り着いた一誠と小猫が見たのは、リアスとその側にいるアーシア、そしてその先で闘い続ける二人の男だった。
黒鉄斬輝とライザー・フェニックスだ。
それは血みどろの戦いだった。
斬輝が剣をふるうたびにライザーの肉体から鮮血が舞う。
ライザーが炎をまとうたびに、斬輝の軀には新たな痣が、火傷が増える。
口から血反吐を撒き散らしながら、それでも、二人は倒れなかった。
斬輝の軀が断続的に発光していることに気づいたのは、その時だった。
赤い……いや、紅い光だ。
「ぅおぉおおらぁあぁあああぁああぁああぁああ!!」
斬輝の雄叫びに、
「だぁああぁぁぁあぁあぁあああぁああぁああああぁあぁああぁあ!!」
ライザーも雄叫びで応える。
小猫がリアスのもとへ駆け寄る中、一誠は目の前で繰り広げられる闘いを呆然と見ていた。
見ることしか出来なかった。
「す、すげえ」
それ以外に、言葉が見つからなかった。
なにか。
なにかやれることはないか!
斬輝先輩を助けることは出来ないのか!!
己の無力感に苛まれて拳を握った時、ぎしり、と左手が軋んだ。
『
鳴り響く音声に、一誠は自分の左腕を見た。
赤い手だ。
『
ここへ来るまでに……新校舎に入って『
今のは、四回めの倍加を知らせる音声だった。
「もしかして……」
閃いた。
閃いてしまったら、試さずにはいられなかった。
「斬輝せんぱぁあぁああいッ!」
叫んだ。
全員の視線が、こちらを向いた。
「赤龍帝のガキ!?」
ライザーも、
「兵藤!?」
斬輝も。
上手くいくかは判らない。
それはまさにバクチだった。
だけど!
「俺の新しい力です! 受け取ってください!!」
左腕を構える。
狙いは……斬輝だ!
「『
直後、籠手に嵌め込まれた宝玉から緑色の閃光が発せられる。一条の光は真っ直ぐに斬輝へと向かって推進し、
「ぐお!?」
斬輝の肉体に命中した。
『
途端に宝玉から音声が鳴り、一誠はどっと押し寄せてきた疲労とダメージで崩れ落ちた。あの倍加が、本当の本当に限界だったのだ。
籠手の宝玉は光を失い、そして具現化しておくエネルギーもなくなったのか籠手じたいも消滅してしまう。
「イッセー!!」
叫ぶようなリアスの声に、気づくと自分の足元に紫色の魔方陣が展開していることに気づいた。
ライザーの『女王』の魔方陣だった。
だが、こちらは文字通りのカラっカラだ。続く衝撃と熱波に、一誠は為す術もなく喰らってしまう。
それでも、やることはやった。
薄れゆく意識の中で、一誠は自身の行動の結果を目にする。
黒鉄斬輝が緑色の閃光に包まれた。
その姿に、ライザー・フェニックスは思わず動くことをやめてしまった。
黒き血濡れの魔人が止まったからではない。
ユーベルーナの爆撃で赤龍帝がリタイヤしたからでもない。
魔人の……その肉体から発せられる光に、輝きに、目を奪われたのだ。
そこにあるのは、緑色の人型の光である。
顔も見えない、
拳から生えていたはずの武器もない、
ただ、ヒトのカタチをした光だけが、そこにはあった。
赤龍帝の小僧は、ブーステッド・ギア・ギフト、と言っていた。つまり、籠手で倍加した力を相手に譲渡する技なのだろう。
息を呑んだ。
声すら出ない。
悠然とそこに佇む神々しいまでの光に、ライザーは身動きが取れなかった。
だが、なぜだ?
この得体の知れない『光』を見ていると、なぜこうも笑みが浮かぶ!?
拳を握る手に、ぼう、と炎が宿る。高密度に圧縮されたそれは、さながら炎のグローブだ。
久しく忘れていたライザーの闘争心に、火が点いた。
負けたくない、と思った。
勝ちたい、と思った。
家族以外にこんな感情を抱く日が来ようとは。
面白い。
面白いぞ、黒鉄斬輝!!
認めてやる。
貴様は強い。
俺の知るヒトという種の中で、貴様は間違いなく強い!
だから、
「かかってこい黒鉄斬輝! 貴様の本気を見せてみろ!!」
轟音が響いたのは、その時だった。
「なに!?」
弾かれたように、音の発生源へと目を向ける。
リアスの『
そんなことが可能なのは、一人しかいない。
「何をしている、ユーベルーナ!!」
ライザーは声を張り上げて、頭上にいた自身の『
「ライザーさまこそ、今のうちに早くその魔人を片づけてください!」
「待て! 俺はまだこいつとの闘いを……」
言いかけて、
「その間に私が『
遮られた。
「よせ! ユーベルーナ!!」
遅かった。
ユーべルーナの杖から展開した紫色の魔方陣から、巨大な火球が放たれたのだ。あんなものが撃ち込まれたら、間違いなくリアスはリタイヤする。
勝負としては間違った戦法ではない。むしろこのタイミングで右腕の『女王』が駆けつけてくれたのは幸運であったと言える。
だが、
しかし。
ライザーはまだ、この闘いを終わらせたくはなかった。
目の前にいる対等な『敵』と、最後まで闘いたかった。
「やめろぉおぉおおぉおおぉおおおぉお!!」
ライザーが叫びながら魔力を解き放ったのは、だから何か考えがあってのことではない。
ただ、反射的な行動だったのだ。
全身から噴き出した魔力は炎へとなり、次第にその姿を変えてゆく。
一瞬で、火の鳥と化した。
不死鳥。
フェニックスだ。
上空を滑空してリアス達へと迫るユーベルーナの火球に、ライザーの火炎がその下から水平に追いすがるコースである。
全てを焼き尽くす業火がリアスへ肉薄する火球を呑み込んだ時、
「しまった!」
ライザーはようやく己の失策に気がついた。
出力が強かったのだ。
本来であればユーベルーナの火球と相打ちになるはずのそれが、今度は標的をその真正面にいるリアス達へと変えなおも推進していくのである!
それは紛れもない、ライザーのミスだった。久しく忘れていた感情の昂ぶりが、火球のみを狙うだけの精妙さを、彼から奪ったのだ。
「リアス! 避けろ!!」
無意識に、ライザーは叫んだ。
火の鳥とリアス達までの距離は、一〇メートルを切っていた。
「早く避けろ!!」
「無理よ! アーシアと小猫を置いてなんて……」
残り八メートル。
まさにその時である。
すばん!! という衝撃とともに、大気が震えた。
「あ?」
間抜けな声で、ライザーが振り返る。
黒鉄斬輝が消えていた。
いや、
違う!
「斬輝!?」
リアスが叫んだ。
そして視線を再びリアスに戻した時、ライザーは信じられないものを見た。
残り五メートルまで迫った鳥を模した火炎とリアスとの間に、緑色の『光』が割り込んでいたのである。
「まさか」
移動したのか?
十数メートルも離れた距離を、一瞬で!?
いや、それどころか!
ライザーは、次に彼が何をするのか気づいた。
気づいてしまった。
「死ぬ気か……」
思わず呟いてしまった自分自身の言葉に、ライザーは背筋を凍らせた。
違う。
そんなもんじゃない。
自分の命と引き換えに、なんて安っぽいもんじゃない。
考えていないんだ。
黒鉄斬輝は今、リアスを救うことしか考えていない。
その結果、自分がどうなるかさえ考えていない!
死を恐れていないのではない。
今、彼は、自分の命のことなど髪の毛の先ほども考えちゃいないんだ!!
そして、
「うぉおおぉおぉおぉおぉおあぁああぁああぁあああ!!」
叩きつける炎に向かって、光に包まれた『黒鉄斬輝』は雄叫びをあげながら地を蹴った。
すでに満身創痍だったリアス達は、だから上空からの不意打ちに気づくことが出来なかった。
一誠が、追いついたユーベルーナの爆撃の犠牲になった。
続く二撃めは、側にいた小猫がリアスとアーシアを抱えて跳び上がることで何とか躱すことが出来た。だがその際に脚をやられたようで、小猫による爆撃からの離脱はもう望めそうもなかった。
アーシアも、爆風のショックで気を失ってしまった。
万事休すだ。
「よせ! ユーベルーナ!!」
ライザーが叫ぶ。
ユーベルーナの三発めは、巨大な火球だった。
追いすがるようにライザーの炎が美しい鳥の姿となって飛んでくる。
ユーベルーナの火球を打ち消した火炎の鳥は、しかし魔力の調整を間違えたのか知らないが、止まる気配がない。
今度こそ、終わりだ。
リアスは直感した。
そして彼女が心の中で詫びるのは、ライザーの前で『光』に包まれる斬輝に対してだ。
一誠が繫いでくれた『光』の中で、何が起こっているのかは判らない。けれどそれが、ライザー・フェニックスを倒せる唯一の可能性であったかも知れないことに、リアスは気づいていた。
『光』というものを嫌う悪魔でさえも『心地よい』と思わせてくれる、不思議な光だったのだ。
優しい光だった。
暖かい光だった。
そして、
力強い光だった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
それでも最後は『王』らしくあろうと、リアスは側にいる愛しい眷属達を庇うように前へ出た。
「リアス! 避けろ!!」
ライザーが叫んだ。
「早く避けろ!!」
「無理よ! アーシアと小猫を置いてなんて……」
そこまで言った時だ。
ずばん!! という大気を切る音に、リアスは思わず肩を震わせる。
次の瞬間、
「斬輝!?」
目の前に、柔らかな『光』があった。
「ざん、き……?」
零したその名に、『光』が『振り返る』。
顔は見えないが、なぜかその『顔』が、笑っているように見えた。
なにを……なにをするつもりなの?
「いや……」
突然、叩き返されるみたいにして、記憶が戻ってきた。
燃え盛る炎。
紅蓮の中に立ち上がる二人の影。
逆巻く炎の壁に阻まれた傷だらけの男と完全無欠の男が死闘を繰り広げている。
あの時の『映像』だ。
合宿の時、突然リアスに『見』えた、あの光景だ。
知ってる。
私、知ってる。
いや、
だが、
だとしたら……、
「……やめて」
まさか。
まさか!
「止まりなさい斬輝……行っては駄目……!」
そんなことをしてしまったら!!
「斬輝、お願いだから
すがるように、リアスは腕を伸ばした。
斬輝を止めるためにだ。
届かなかった。
「うぉおおぉおぉおぉおぉおあぁああぁああぁあああ!!」
そのまま雄叫びをあげて、『光』に覆われた斬輝は炎の中に突っ込んでいった。
リアス・グレモリーとライザー・フェニックスの婚約をかけたレーティング・ゲームは、リアスの
大粒の涙を零し、
半身を焼けただれさせて動かなくなった斬輝の軀を抱きしめながら。
ちょっとした裏話。
この話を書いている途中、実はこのまま斬輝がライザーに勝つ展開へと進もうとも考えていた。キーボードを叩いているうちに、自然とキャラクター達がそれっぽい動きを取り始めたからだ。
だけど。
「オラのプロットじゃねえ!」と内なる自分に尻を蹴飛ばされてしまったので、当初の予定通り斬輝にはとんでもないことになってもらいました。
いや、本当、とんでもないことになったなあ(他人事)。