ハイスクールD×D 呪われし鉄刃   作:椎名洋介

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第一七章 鉄刃:2

       

 

 

 悪魔の未来、

 純血悪魔の存続、

 繁栄、

 安定。

 ライザーの歯に浮くような台詞を聞き流しながら、リアスは自分に向けられる視線を敏感に感じ取っていた。

 やっぱり、と思う。

 誰も私を『リアス』として見ていない。

 そこにいるのは、ひたすら『グレモリー家のリアス』として見てくる連中だらけだったのだ。

 例外は、わずかに三つ。

 自分の家族と、

 だいじな眷属、

 それから親友。

 ……ああ、あと従兄弟もいたっけ。

 どうでもよかった。

 

「我々悪魔の未来は!」

 

 結局、とリアスは思う。

 自分の夢一つすら叶えられずに結婚させられてしまうのね。

 

「今日! ここから! 新たに始まるのです!!」

 

 だが、

 

「そいつぁ違うなあ!」

 

 群衆の中から、突然、応じる声があった。

 鋭い、しかしどこか緊張感に欠ける男の声だ。

 聞き覚えのある声だ。

 

「悪魔の未来云々(うんぬん)を語る前に、ケリつけなきゃならねぇことがあるだろ!」

 

 正面の人垣が、左右に割れた。

 驚愕と疑問の声が()き上がり、どよめくのは招待された悪魔達だ。

 

「てめぇ、なに人が気ぃ失ってる時に勝手に話進めてんだ、こら。賭けはどうしたよ、ああ?」

 

 フロアの中央に浮かび上がった魔方陣の上で仁王立ちするその姿を見た途端、リアスは己の目を疑わずにはいられなかった。

 背が高く、細身だが、肩幅がある。

 しかしその風体(ふうてい)は、あまりにも場にそぐわないものだと言えよう。

『彼』が身に着けるのはスラックスと革靴ではなく、革のパンツに、革のブーツだ。

 心持ち左右に開いた両腕や逆三角形に鍛え込まれた上半身にいたっては、血のにじんだ包帯に覆われていて、その上には何も着込んでなどいない。

 顔面も、くまなく包帯に覆われていた。

 そんな男が、冥界の、しかも婚約パーティの会場のど真ん中に立っているのである。

 

「ど、どういうことだ?」

「リアス殿、これはいったい……?」

 

 それぞれの身内や関係者達のどよめきの中で、ブーツの底が大理石の床を打つ音だけが、やけに響く。

 がつん。

 がつん。

 がつん。

 生きた焼死体が、人垣の間を歩いて来る。

 信じられない。

 だって、だって彼は…………、

 

「ざん、き……?」

 

 本来その場にいるはずがないからだ。

 だが、

 

「んー?」

 

 彼女の声に反応するように、男が顔を上げる。

 包帯の隙間から覗く双眸と、目が合った。

 信じられない。

 リアスを見返すその目は、白濁(はくだく)してなどいなかった。

 両方ともだ!

 

「よう、リアス!」

 

 それも……ああ、なんてこと。

 

「ドレス似合ってんじゃねえか。見違えたぜ」

 

『彼』の声には艶が戻っているどころか、それはまるでデートで待ち合わせしていた彼女を見つけた時のような気軽さなのである!

 

「でもま、ちょーっとそいつを着るタイミングは早いかもなあ」

「どうして……」

 

 自分でも、声が震えているのが判る。

 涙腺から零れる液体にも、気づいていた。

 

「あなた、どうして……」

 

 舞台の下から見上げる恰好で、男は白い歯を覗かせた。

 

「戻ってきたぜ」

 

 包帯に覆われた顔を、獰猛(どうもう)な笑みに歪めて。

 

「『斬輝(ざんき)ちゃん、地獄から帰還の巻』、ってな」

「おい!」

 

 突然、人垣の外から声があがった。

 黒衣に金の肩当てやら(すね)当てやらを着けた、常駐の衛兵である。入口に立っていた二人と、騒ぎを聞きつけたのか廊下側の警備を担当していた二人も、いっしょになってやって来る。

 舞台袖に控えていた六人も、リアスやライザーの脇を縫うようにしてフロアに降り立ち、騒ぎの元になった人物を取り囲んだ。

 あっという間に斬輝を中心にした一〇人の包囲網が展開された。

 携えた槍の穂先を、一斉に闖入者(ちんにゅうしゃ)へと構える。

 

「あ。ああ。あー、そういうことか。やれやれ、参ったなあ」

 

 だが斬輝は、武器を向けられているのにも(かかわ)らず、包帯に覆われた指先で包帯に覆われた頬を()くばかりだ。

 

「貴様、ここがどこか判っているのか!」

「すぐに立ち去れ!」

「さもなければ、力ずくでも追い出すぞ!!」

「立ち去れ、つってもなあ」

 

 相変わらず間延びした喋り方にしびれを切らしたのか、斬輝の背後に回り込んでいた三人が動いた。

 半身(はんみ)に槍を構えた刺突(しとつ)である。

 だが。

 

「っしょお!!」

 

 肉を貫く音の代わりに、聞こえた音は四つ。

 一つは、じゃりん、と金属の擦れる音。

 そして残りの三つは、金属の断ち折れる鋭い音だ。

 

「……へ?」

「そんな……」

「何が……」

 

 曲芸師の軽やかさで身をひねった斬輝の、その背後で愕然(がくぜん)と立ち尽くす三人の兵の手には、折れた槍が握りしめられていた。

 真ん中から折られた槍が三つ、がらんがらんと大理石の床に落ちる。

 

「見事……」

 

 誰かの感嘆が、人垣の中から聞こえた。

 

「おいおい」

 

 抗議の声をあげる、その斬輝の両腕が、左右に開いている。

 巻き付いた包帯に筋肉の浮き出した、(たくま)しい腕だ。

 握った拳に、銀色がきらめいている。

 四本の指の付け根を横一直線に切り()いて、拳の中から刃が突出しているのだ。それはまさに、幅広(はばひろ)双剣(そうけん)である。

 

「随分と手荒じゃねーか。もっと穏便に行こうぜ」

 

 それによ、と武器をしまった斬輝は、革のパンツのポケットから一枚の紙を取り出して見せた。

 

「俺も一応、ここの招待客なんだぜ?」

「あ、あれは!?」

 

 その紙に描かれたものを見た時、思わずリアスは声をあげた。

 王冠を被って四枚の翼を広げた悪魔が描かれ、そこから魔方陣が組み込まれている。

 その紋章に、リアスは見覚えがあった。

 あれは……、

 

「お兄さまの魔方陣!? でも、どうして……」

 

 リアスの疑問に、

 

「武器を下ろしたまえ」

 

 応えたのは寛闊(かんかつ)なバリトンである。

 

「彼は私が招いた客人だ」

 

 言いながら、一人の男が歩いてくる。

 胸のあたりまで伸ばした髪は、リアスと同じ(くれない)の色だ。

 だが彼の身にまとう派手なマントは、その場にいる誰よりも圧倒的な存在感を示している。

 

「……お兄さま」

 

 現・四大魔王の一人。

 サーゼクス・ルシファー。

 旧名はグレモリー。

 リアスの、実の兄である。

 傍らには、グレイフィアもいた。

 

「サ、サーゼクスさま!?」

 

 上擦った声をあげた衛兵達が直ちに構えを解き、サーゼクスに向き直る。

 全員、キヲツケである。

 

「よろしい。退()がっていいよ」

「は!」

 

 返事が、綺麗にハモっている。

 満足げに頷いたサーゼクスは、

 

「さて」

 

 斬輝を向いた。

 

「こうして直接顔を合わせるのは初めてだね、黒鉄(くろがね)斬輝くん。妹が学園では世話になっているよ」

「どうも」

「はぐれ悪魔の討伐にしても、キミには大いに助けられているね」

「そんなことないですよ。半分は、俺からやらせてくれ、ってとこもありましたし」

謙遜(けんそん)しなくていい。『黒き血濡れの魔人』という名は、それなりに知名度を上げて来ているんだ」

 

 その名に反応したのは、何割かの悪魔達だった。

 

「魔人だと!?」

「血塗られた剣を持った黒ずくめの男が、はぐれ悪魔を次々と討伐しているという、あの……!」

「だが、あの気配は間違いなく人間じゃないか!」

 

 ざわざわと、またどよめき始めた。

 

「ははぁん」

 

 斬輝だ。悪魔達から向けられる興味と奇異の視線から、何かを感じ取ったようだ。

 

「ひょっとして、こんなけったいな名前を考えたのって、あんたか?」

「はははっ、何のことだろうねえ」

 

 そう言って朗らかに笑うサーゼクスの姿を見て、リアスは確信した。

 ……絶対にお兄さまね……。

 彼は魔王という立場でありながら、その性格はどことなく子供っぽいところがある。好奇心旺盛と言えば聞こえはいいが、娯楽の少ない冥界において常に新しいものを取り入れようとするのである。面白そうなものがあれば、片っ端から手を出してしまうのだ。

 たまにそれが空回りして、グレイフィアにこってり絞られることもしばしば、だ。

 

「サーゼクスさま、これはいったいどういうことでしょうか?」

 

 ライザーが、サーゼクスに詰め寄る。その声には、たしかな緊張があった。

 

「なに、彼にはちょっと、私が用意した余興(よきょう)に付き合ってもらうことになっているんだ」

「余興、ですか?」

 

 余興……?

 

「ライザーくん、この間のレーティング・ゲームは実に楽しく拝見させてもらったよ。しかしながら、ゲーム経験もなく、戦力も半分に満たない妹相手ではいささか……」

「……サーゼクスさまは、あの闘いにご不満でも?」

「いやいや」

 

 サーゼクスはかぶりを振った。

 

「魔王の私が言葉を差し挟んでしまえば、レーティング・ゲームそのものが存在意義を失ってしまう。ましてや、今回は事情が事情だ」

 

 リアスとライザーの婚約をかけた勝負、である。

 

「旧家の顔が立たないだろう?」

 

 では、と口を挟むのは、中年の男性だ。

 

「サーゼクス、お主はどうしたいのかな?」

 

 リアスやサーゼクスと同じ紅髪である。

 ジオティクス・グレモリー。

 二人の父親だ。

 

「父上。私は可愛い妹の婚約パーティは派手にやりたいと思うのですよ。グレイフィアに少々段取ってもらったのも、そのためですし。それに、伝説のフェニックスと話題沸騰中の『黒き血濡れの魔人』の闘い……面白い催しだとは思いませんか? 形式的なつまらないパーティよりも、こちらの方が百倍も会場は盛り上がるでしょう」

 

 何より、と『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』の視線はライザーを射抜いていた。

 

「ゲームでは、予期せぬトラブルでキミ達は決着を付けられていなかったようだしね」

 

 その言葉が、決め手になった。

 

「いいでしょう」

 

 ライザーが、前へ出る。

 

「このライザー、身を固める前の最後の炎をお見せしましょう!」

 

 拳を握るライザーの、その声音に喜悦の色を感じたのは気のせいだろうか。

 

「さあ、斬輝くん。キミはどうする? この勝負、受けるかい?」

「当然だ」

 

 即答だった。

 

「そのために来たんだからな」

 

 不敵な笑みを浮かべて。

 

「リーア」

 

 囁きは、兄である。

 

「キミもそれでいいね?」

「わ、私は……」

 

 応えられなかった。

 どうしたいの?

 私は、どうしたいの?

 視線を彷徨わせる彼女に、

 

「リアス」

 

 正面から声をかけるのは斬輝だ。

 顔を上げると、目が合った。

 包帯に覆われた顔が、ゆっくりと頷く。

 途端に、理解した。

 だったら私は、

 

「……判ったわ」

 

 あなたを信じる。

 

「お兄さま」

 

 目線を切って、サーゼクスに向き直る。

 心は決まっていた。

 実のところ、彼がこの会場に姿を現した時から。

 

「お願いします」

 

 兄の笑みは、いつにもまして柔らかかった。

 

 

 

       

 

 

 大宴会場の中央に急遽作られた異空間のバトル・フィールドの中で、興味深そうな視線を送るのは、周囲の関係者席に座る招待客達だ。

 レイヴェルやフェニックス眷属も、それから部員のみんなも、それぞれの席に着いて事の成り行きを見守っている。

 リアスも。

 全員の視線が集まる中、包帯に覆われた男と伝説の力を宿す男は、わずかに数メートルを隔てて対峙していた。

 

《お前もしつこい奴だな》

 

 眉をしかめて、ライザーの言葉は迷惑そうだ。フィールドの上空……観客席の正面の空間にウィンドウが開き、彼らの声はそこから映像とともに聞こえてくる。

 

《そんなに俺がリアスと婚約するのが嫌か》

《いやあ、それもあるんだがな》

 

 応える斬輝は、苦笑である。

 

《さっきも言ったろ? ケリつけに来たんだよ》

 

 賭けの、だ。

 

《俺が死んだらあんたの勝ち、って話だったろ? まだ死んじゃいねえぜ。賭けは続行だ》

《……いいだろう、そもそもの言い出しっぺは俺だ。あの試合が不完全燃焼だったことも否めないしな》

 

 言いながら、ライザーは羽織っていたジャケットを脱ぎ捨てる。

 

《だが判っているのか? この婚約は悪魔の未来のために必要でだいじなことなんだ。お前のような何も知らないガキが、どうこうするようなものじゃないんだよ》

《そういうのがな、気に喰わねぇんだよ》

 

 手足のストレッチなんかし始めて、彼は吐き捨てるように言った。

 

《そもそもよ、あいつが『こっち側』の大学を出るまではそういうのはナシ、って話だったんだろ? そいつがどうして、こんなことになってんだよ》

 

 屈伸し、伸脚して、アキレス腱を伸ばす。同時に肩の筋肉や肩甲骨をほぐす運動を混ぜているのは、時間の節約だろう。

 

《契約を重んじるはずの悪魔さまが約束を破ってまで強引に婚約を進めようとして、それが悪魔の未来のためだあ? あいつの未来はどうだって良いのか、え? どうなんだい?》

 

 切りっ放しの髪から覗くのは、ネコ科の肉食獣を思わせる鋭い瞳である。

 

《そんなことのために、あいつの夢を潰されて(たま)るかよ》

「二人とも、準備は良いかな?」

 

 サーゼクスだ。リアスの隣に座る彼の声は拡声され、フィールドに反響する。

 

「では、始めてくれたまえ」

 

 その合図に、ライザーは炎の翼を広げる。

 対する斬輝は、

 

《覚悟しやがれ!》

 

 そう言って、身構えるところだった。

 半身を包帯に覆われたままで。

 全ての指を開き、両腕も大きく前後に開いて、低く腰を落す。武器も持たない素手のままで、それはあまりにも大胆な構えだった。

 だが、

 

《おうらあ!》

 

 次の瞬間、起きたことに比べれば、そんなものは驚嘆に値しなかった。

 金属を擦り合わせるような、じゃりん、という鋭い音とともに、銀色の光が包帯に覆われた斬輝の軀を駆け巡ったのだ。

 何が起きたのか、リアスには判らなかった。

 銀色の刃物が、斬輝の全身を撫でまわしたようにも見えた。

 そして、

 白い花びらが散った。

 包帯だった。

 目や鼻、口以外を隙間なく覆っていたはずの包帯が、ずたずたに引き裂かれて、無数の布の断片となって散り落ちたのである。

 

「……うそ」

 

 そしてその中から現れた斬輝の姿に、リアスは思わず声をあげた。

 側にいた一誠達も、ウィンドウに映るライザーも、そしてその眷属達も皆、一様に(ほう)けた顔をしていた。すなわち、目を見開き、口をぽかんと開けて、けれどそれをどうすることも出来ないといった様子だ。

 信じられなかった。

 彼の半身は、ライザーの炎に呑まれて黒く焼けただれた肉と化していたはずだ。

 昨日、リアスが彼の病室に行った時までは。

 それが、ない。

 綺麗さっぱり消え失せている。

 いや、治っているのだ。

 黒い革のパンツとブーツ以外は、裸体である。剝き出しの上半身には、生きた焼死体だったころの名残りなど、微塵もなかった。

 正真正銘、リアスの知る黒鉄斬輝が、そこにいた。

 思わず、口元を手で覆ってしまう。

 その時、リアスは自分がどれだけ情けない顔をしていたのか、ちゃんと判っていた。ウィンドウごしに見える無傷の斬輝に、うれし涙が零れそうになっているのだ。

 

「奇跡、なの……?」

 

 かろうじて漏らしたその言葉に、

 

「いや」

 

 サーゼクスが、やんわりと否定した。

 その口元には、(こら)えきれんばかりの笑みが浮かんでいる。

 

「こういうのはね、お約束って言うんだよ」

 

 呆気にとられたリアスは、だから兄の言葉がジョークであることを理解するのに、たっぷり三秒もかかった。

 そして、

 

「よく見ておくんだ、リーア」

 

 見た。

 

「彼の神器(セイクリッド・ギア)の真価を」

「え……?」

 

 言われてみて、気がついたのだ。

 腰を落して構える斬輝の軀が、規則的に光を放ち始めていることに。

 それはレーティング・ゲームで見たのと同じ光だ。

 リアスの髪と同じ、(くれない)の。

 似ている、と思った。

 脈拍のリズムに。

 もっと言えば、彼の心臓が血液を全身に送るたびに、彼の肉体がそれに呼応するように明滅するのである。

 全身を包むような紅い光は、やがてその範囲を縮める。風船が萎んでゆくように、彼の胸の中心へと収まってゆくのだ。

 

《おっしゃあ! 行くぜ!》

 

 そして、

 

禁手化(バランス・ブレイク)!!》

 

 真紅の閃光が炸裂した。

 

 

 光の線が、黒鉄斬輝の軀を駆け巡ってゆく。

 それは例えるなら、直線で模式化された血管だ。胸の中心から広がった細やかな(あか)い線が、胸を、腹を、肩を、腕を、拳を……イレズミのように彼の全身へと彫り込まれてゆくのである。

 幾何学的なイレズミは、さながら人体に魔方陣を描き込んだようにも見える。

 そしてそれこそが、『鋼鉄虫(メタル・セクト)』の持つ本来の力だった。

 

 

 黒鉄斬輝がリアス・グレモリーと出逢ったのは、二年前の春、駒王学園入学式の日の教室だった。

 まだ二年。

 だが斬輝には、もう二年、だと思える。

 そんなもんか?

 もっと最近のことだったんじゃないか?

 そう思うのは、彼女と出逢ってから彼の人生に『色』が戻り始めていたからだろう。

 なぜ彼女が自分に話しかけてきたのか、理由なんて判らなかった。持ち前の美貌で入学式の時から視線を集めていた彼女と違って、彼女がこちらに興味を抱くきっかけなどなかったはずだからだ。

 出席番号順で決められた最初の席が隣同士になっていなければ、あるいはこうはなっていなかったかも知れない。

 だが、

 ……一緒にお昼いかがかしら……。

 リアスは斬輝に声をかけた。

 それから色々なことがあった。

 体育祭で二人三脚を走ったりもした。

 修学旅行では一緒の班になって、自由時間の時にはペアで観光したりもした。

 気がつけば、彼の生活に彼女の存在は欠かせないものとなっていた。彼女との思い出が、心にぽっかりと空いた穴を優しく包んでゆくのが判ったのだ。

 無論、彼女を家族の『代わり』だなどと考えたことは、一度もなかった。

 しかしそれでも、全ての始まりは彼女と出逢ったことだった。

 

「おっしゃあ!」

 

 今なら判る。

 俺もきっと、お前に()かれてたんだ。

 今なら判る。

 自分のためではなく、他人のために拳を握るということの、その意味が。

 そうか。

 こんな感じなのか。

 やれやれ。

 気持ちいいじゃねぇかよ。

 

「行くぜ!」

 

 続く言葉は、短く、鋭い。

 

禁手化(バランス・ブレイク)!!」

 

 次の瞬間、

 

「うぉおぉおおぉおおぉおぉおおぉぉおおぉおおぉおおおおぉおぉおおぉおおぉおっ!!」

 

 全身に激痛が走る。

 ばすばすと音をたてて、変形した骨格が筋肉を貫通し、皮膚を破り、血飛沫(しぶき)を上げて突出する。

 いつもの刃ではない。薄く角張った、それは太く鋭利なトゲだ。

 銀色のスパイクが、彼の全身から突出してゆくのである。

 額の左右、ちょうど眉の真上から、上に向かって湾曲した二本のスパイクが飛び出した。

 耳の上から髪を分けて現れた二本は斜め後方へ、さらに後頭部からも二本のスパイクが並行に真後ろへと伸びる。

 両肩から上腕には一列、前腕には二列のスパイクが何本も並ぶ。

 肘から伸びた一本は肩に届くほど長く、さらに肩からも太いスパイクが真横へ伸びた。

 背中から突き出すのは、肩甲骨(けんこうこつ)が変形した平たい二枚の刃である。その間に背ビレのように並ぶのは脊椎骨(せきついこつ)の変形だ。

 革のズボンを破って両方の膝からも一本ずつ、短くて太いスパイクが飛び出した。

 拳から剣だけの闘いに、いつしか限界を感じていた。それだけでライザーに勝てるとは思わなかったからだ。

 合宿でも夜な夜な特訓はしていたが、それでも思ったような成果は得られなかった。

 だが。

 もしも、全身の骨が艶やかな銀色に置換されているなら?

 もしも、彼がいつもやっていることを『全身』に施すことが出来たなら?

 その『答え』が、これだ。

 あの時、一誠から譲渡された力の奔流が、きっかけを与えてくれた。

 禁手(バランス・ブレイカー)武装変(ぶそうへん)

『武器を用いる』のではなく『己自身を武器の補助とする』、究極の武装だ。彼の全身を駆け巡るイレズミは、斬輝の命令を余すことなく『鋼鉄虫(メタル・セクト)』へ伝達するための回路である。

 

「よっしゃあ!!」

 

 スパイクの()れ合う、じゃりん、という音とともに構えた斬輝の姿に、ライザーの顔から薄ら笑いが消えた。

 

「容赦しねえぞ、ライザー!!」

「ははっ、いいぞぉお! そう来なくてはなあ!!」

 

 迎えるライザーに、今度は野獣のような笑みが浮かぶ。

 

「来い、黒鉄斬輝!」

「おうよ!!」

 

 向かい合う二人は、同時に地を蹴った。

 

 

 最初に仕掛けたのは、黒鉄斬輝の方だった。

 左足で踏み切った、右の飛び足刀蹴りである。

 真っ直ぐ、こちらに向かってだ。

 

「ふっ!」

 

 咄嗟に右手を突き出すライザーの、その正面の空間に魔力の障壁が展開した。直径一メートルばかりの、炎の壁だ。触れたら当然、ヤケドする。

 

「のわっと!」

 

 それが判っているのか、奴も寸前で足を引き戻す。

 そこが狙い目だった。

 攻撃をやめたのを確認したライザーは、障壁を一瞬で解除して一歩踏み込む。

 着地しようとしていた相手を、ほとんど真下から蹴り上げた。

 

「ぐおっ!?」

 

 上空へ打ち上げられた黒鉄斬輝に追いすがろうと炎の翼を広げて飛び立とうとしたが、

 

「しゃあんなろぉおっ!!」

 

 空中で器用に体勢を立て直した相手が、物凄い勢いで急降下してくる。イレズミの紅とスパイクの銀色が光の跡を残して、さながら光のミサイルのようだ。

 後方に跳びすさって回避した。

 真正面の地面が轟音とともに炸裂し、無数の土塊(つちくれ)が飛び散って土埃(つちぼこり)が舞い上がる。

 

「なに?」

 

 相手の姿を見失った。

 

「しまった……」

「おう、しまったな」

 

 声が背後から聞こえた次の瞬間、ライザーは後頭部をどデカいハンマーでぶん殴られたような衝撃を受けて、前方へ吹っ飛んだ。

 背後に回った黒鉄斬輝が、至近距離からぶん殴ったのだろう。

 顔面から落下する寸前、ライザーは片手で地べたを叩くと、その腕を軸に軀を反転させて、何とか着地することに成功した。

 もっとも、地面に片膝を突いた状態ではあるが。

 

「ぐ、くそっ……」

 

 片膝を突いた姿勢のまま、さっきから立ち上がろうとしているのだが、出来ない。

 おまけに、ぐわんぐわんと眩暈(めまい)がする。

 あの一撃で、かなりのダメージを喰らったようだ。頭を抱えて左右に振ってみるも、一向に焦点が定まらない。

 

「効いたか?」

 

 ぐらつく視界で顔を上げると、こちらを向き、腰をひねりつつ低く落とし、組んだ両手を振り抜いた恰好の黒鉄斬輝がこちらを見据えていた。

 いくらか柔らかい笑みは、悪戯(いたずら)が成功した子供のようだ。

 

「まさか」

 

 まだ、立てない。

 

「そうか? 残念だな。並みの悪魔なら立てなくなっちまうようなのをお見舞いしたつもりなんだが」

 

 ああ、そのとおりだ。

 だから翼を再び展開して、強引に浮遊させる。

 それを見て、やぁっぱり、と相手は組んでいた手をほどく。

 

「……やっぱ効いてんな」

「バレたか」

 

 苦笑して、ゆっくりと降り立つ。翼をしまっても、フラつきはしなかった。

 

「ハンデのつもりか?」

「まさか。俺のワガママだ。こっちの方が、貴様と思う存分闘えると思ったまでのことさ」

「ふうん。ま、そういうことにしといてやるよ」

 

 忘れたわけじゃねえだろうが、と黒鉄斬輝は付け加えた。

 

「俺はハードだぜ」

「知ってるさ」

 

 先に地を蹴ったのは、相手の方だ。

 一気に間合いを詰め、拳を振り上げる。

 

「だぁら!!」

 

 銀色のスパイクを突出させた拳を、ライザーの腕がブロックする。

 

「むぅ!」

 

 反撃は、ブロックしたのとは逆の拳だ。身長差を利用してほとんど真上から頭部を狙うその拳を、しかし相手は予見していた。

 

「おらよっ!」

 

 右へと体勢をひねりながら、受けに出た左手でライザーの拳の側面を叩き、軌道を逸らす。さらに勢いに乗って振り切られる腕を、受け流す左腕のスパイクが削り、ライザーの腕から鮮血が噴き出す。

 瞬間、ライザーの振り抜いた右腕とそれを受け流した黒鉄斬輝の左腕が、仲良く並ぶ格好になった。イレズミの男の肘から伸びたスパイクは、真っ直ぐに不死鳥の悪魔の胸元に先端を向けていた。

 

「せっ!」

 

 肘のスパイクを、顔面に向かって突き出してくる。

 間一髪で避けたが、それがフェイントであると気づいた時には、左脇腹に衝撃が走った。

 

「ぐむっ!」

 

 喉の奥で詰まった音をたて、ライザーは跳びすさる。脇腹は文字どおり拳大に抉られて、何本もの太い血の線を曳いた。

 すぐに再生しようとするが、相手も猛攻を止めなかった。一瞬の隙に乗じて、さらに攻め込んできたのだ。

 後退るライザーに、追いすがる勢いで拳の連打が襲いかかる。

 ほとんど防戦一方となったライザーの、その軀から次々と血が噴き出しては傷が消え、再生されてゆく。

 だが再生されたそばからスパイクによって新たな傷が生まれるのだ。損傷と再生の無限ループの中では、反撃の炎を撃とうにも撃てない。

 これは、とライザーは思った。

 マズいぞ。

 そのすきを、見事に突かれた。

 拳による突きの連打から、突然、右の前蹴りが放たれたのだ。

 反射的に両手で叩き落したライザーの、その顔面はがら空きだった。

 そこへ叩きつけられたのは、踏み込んできた黒鉄斬輝の額だ。

 

「ぐ!」

 

 額の二本のスパイクが湾曲していたからか、大した衝撃ではなかった。

 だが生じた隙は大きかった。反射的に、もう遅いと判っていながら、ライザーの両手が顔をかばおうとして跳ね上がったのである。

 右の体側に打ち込まれたのがどんな技なのか、ライザーには判らなかった。

 鋼の骨格から繰り出される衝撃がライザーの脇腹を、さらに肉を通して内臓を直撃した。

 

「げふ!」

 

 それが渾身の後ろ回し蹴りだったことに彼が気づいたのは、物凄い勢いで宙を飛び、フィールドの壁に激突した時だ。

 石積みが揺らぎ、轟音をたててライザーの上に崩れ落ちる。もうもうと砂埃が舞い上がり、雨のように降り注ぐ石がライザーの視界を奪う。向こうからすれば、瓦礫に埋もれたように見えるはずだ。

 不死の力で、束の間の激痛が癒えてゆく。

 しかしその一方で、ライザーはの心は、いまだかつてないほどに激しく(たかぶ)っていた。

 これまで、ここまで自分を圧倒する相手と闘うことなどなかった。

 当然だ。不死の力の前では、相手の方が先に力尽き、折れたからだ。

 公式戦の記録にしても、彼にしてみれば単純に相性が良かったに過ぎないのだ。

 だが。

 あの男だけは違う。

 何度打ちのめしても立ち上がり、ついには半身を焼き焦がしたにも拘わらず復活して見せた。

 そこまで考えて、

 

「あ?」

 

 思い出した。

 三度の火傷を軀の半分に負ってもなお、それを治して見せた奴の肉体。

 ……ああ、

 そうか。

 そういうことか。

 ようやく判った。

 黒鉄斬輝。

 やっぱりお前は面白い奴だよ。

 

「……ふっ」

 

 乾いた血のこびりついた唇に、笑みが浮かぶ。次の瞬間には、唇の違和感はなくなっていた。

 魔力で瓦礫を吹き飛ばし、フィールドへと戻る。

 奴はまだ、構えを解いてはいなかった。

 

「黒鉄斬輝!」

 

 歩きながら、ライザーの拳に火炎がまとわりつく。

 

「どうやらこの賭け、そう簡単には決着がつかないものになってしまったようだな」

 

 奴は、応えない。けれど低く落としていた腰をもどして、それはほとんど素立ちである。

 

「だから、次の一撃で決めよう」

「いいぜ」

 

 応える相手も、左半身(はんみ)に上体をひねりながら右の拳を胸の前で構える。

 奴の軀から発せられる真紅の光が、その拳に収束した。

 

「お互いにぶん殴って、最後まで立ってた奴が勝ち、ってか?」

「そういうことだ」

 

 お互いの間合いをわずかに外した位置で、ライザーは立ち止まる。

 作り物の空間に、作り物の風が吹き抜けてゆく。

 まるで、とライザーは思う。

 荒野の決闘、というやつだな。

 

「うぉおおぉおぉあぁああぁああぁあぁあああ!!」

 

 黒鉄斬輝が叫び、

 

「でぇえぇええぇえぇえぇええぇえぇええぇえぃいいぃいっ!!」

 

 ライザーも叫ぶ。

 お互いに駆け出し、その距離を詰めてゆく。

 ライザーが左の拳を突き出し、黒鉄斬輝も右の拳を突き出した。

 お互いの腕が交差する。

 衝撃は一瞬だった。

 ライザーの拳が相手の顔面に寸分違わずに叩き込まれる衝撃、

 そして、

 

「ぐ……!」

 

 奴の拳が、ライザーの顔面に叩き込まれる衝撃。

 

「……がふっ」

 

 炎の拳を受けて、黒鉄斬輝は喰いしばった歯の隙間から血を噴き出した。

 

「う、が……!」

 

 ライザーも、たまらず血を吐き出す。

 それだけではなかった。

 がくん、と奴の膝の力が抜ける。

 脳震盪でも起こしたのか、立っていられなくなったのだろう。

 唇に、笑みが浮かぶ。

 だが。

 途端に、理解した。

 視界がぼやける。

 お互いの荒い息づかいも、遠くに聞こえてゆく。

 膝を突いた奴の姿が視界から外れ、両目に広がるのは作り物の空だった。

 ああ。

 そうか。

 俺は、負けるのか。

 人間に。

 黒鉄斬輝に。

 リアスを想う、その拳に。

 不思議と、気持ちは晴れていた。

 背中から地面に叩きつけられたのだと気づいた時には、もうライザー・フェニックスは立ち上がることが出来なかった。




 細かい修正とかいろいろしてたら時間がかかりました。


 二人の一騎打ち、なんか物足りないなあ、と思った、そこのあなた。
 言い訳がましいことを言わせていただくと、実は斬輝とライザーの一騎打ち、(戦闘シーンが)もうちょっとだけ長引く予定だったんだけど、それまでの修行シーンやらレーティング・ゲームのパートやらで想定以上に書き込んじゃってたんで、そのシワ寄せがきた感じです(汗)。


 あ、そうそう。
 次回更新時に新たなタグを追加するのだが、察しのいい方なら現時点で「ははぁん、ひょっとして」と思われるかも知れない。
 露骨なヒント出してるしね。


 ともあれ。
 黒鉄斬輝とライザー・フェニックス、二人の男の闘いの決着はついた。
 残っているのは当然、あの二人の決着だろう。
 無論、斬輝とリアスの。
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