ハイスクールD×D 呪われし鉄刃   作:椎名洋介

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第一八章 鉄刃:3

       

 

 

 ふらつく頭を押さえて、何とか立ち上がる。

 立ち眩みがしたが、それも一瞬のことだ。

 

「ふう」

 

 斬輝は溜め息をついて、ぐい、と口元を(ぬぐ)う。垂れた血を拭こうとして、ライザーの火炎でずる剝けた頬もいっしょに触ってしまった。

 

「いでで……」

 

 呻いて、斬輝は対戦相手を見た。

 ライザー・フェニックス。

 不死鳥の力をその身に宿す上級悪魔。

 仰向けに倒れたまま、奴は起き上がることはなかった。

 

「なあ」

 

 だが意識はあるのか、しっかりした口調で話しかけてきた。

 

「なんだよ」

「一つ、教えろ」

 

 上空に展開されていた大きなウィンドウは、もうない。二人の勝負が決したのを確認したのか、すぐに消えてしまった。だから二人の会話は、第三者に聞かれることはない。

 

「ずっと不思議に思ってたことがある」

「……は?」

「何がお前を、そうまでして闘わせるんだ。お前の力の源は、何なんだ……?」

 

 その問いに、斬輝は苦笑して、よっこらせ、と地面に腰を下ろした。あぐらだ。

 

「何なんだろうな」

 

 斬輝は、そう答えた。

 

「なに?」

 

 ライザーが、目線だけをこちらに寄越す。

 

「まあでも」

 

 斬輝の言葉は、しかしまだ続いていた。

 

「一つだけ言えるとすりゃあ」

 

 言いながら、斬輝は肩ごしに背後の観客席を振り返る。

 その先に見つめるのは、紅の髪を持つ少女だ。

 

「あいつに笑ってて欲しいから、かもな」

「あいつ?」

「リアス」

「ああ……」

「けっこう気持ちいいもんだぞ、誰かのために闘うってのは」

 

 それから、

 

「知ってるか?」

 

 ライザーに向き直って。

 

「あいつの笑った顔、けっこう可愛いぜ」

「俺は見たことないぞ……」

 

 そりゃそうだ、と斬輝は笑った。

 

「あんたフラれてんだぜ? 無理に決まってんだろ」

「……そうだな」

 

 その時だ。

 斬輝とライザーの間に、炎が割り込んだ。

 ライザーと同じ炎の翼を広げた金髪の少女が、その両腕をいっぱいに広げて、彼をかばうようにこちらを睨み据えている。

 

「お兄さまはやらせませんわ!」

「レイヴェル、やめろ……」

 

 レイヴェルと呼ばれた少女に、斬輝も掌を向けた。

 

「よせよ。見りゃ判んだろ? もう終わってる」

 

 これ以上闘うつもりはないぞという意思表示で、全身のスパイクをひっこめた。イレズミはそのままで、気がつけばライザーに殴られた頬の痛みもいくらか和らいでいる。

 それを認めた彼女は、すぐさま背後のライザーを振り向いて抱き起こす。

 

「ずいぶん兄想いの妹じゃねえか」

 

 斬輝の皮肉に、

 

「うるさい」

 

 ライザーは苦笑で返した。

 そして、

 

「黒鉄斬輝」

 

 妹に支えられ、上体だけ起こしたライザーが顔を上げた。その表情には、初めて会った時のような刺々しさが、いくらか消えているように思える。

 

「認めてやる。今回の賭け、勝ったのはお前だ」

「おう」

「だが、次あいつを泣かしてみろ。その時はこの俺が容赦なく焼き殺してやる」

「その原因を作ったのはあんただろうが」

「黙って聞け」

 

 それは、ライザーなりの餞別(せんべつ)なのかも知れない。

 

「元婚約者からの、最後の警告だよ」

 

 お前が、と言うライザーの、その声にはかすかな哀愁の響きがあった。

 

「これから歩いてく人生は、きっとロクな道じゃない。なにしろ、俺と同じ……」

「おおっと、そこまでだ」

 

 斬輝は、イレズミを歪めて、にいっ、と笑って見せた。

 

「心配しなくても、そんなこたぁ俺がいちばんよく判ってらあ」

「そうか。まあともかく、あいつをこれ以上悲しませるな。いいな?」

「言われなくても、そのつもりだよ。あいつに泣かれるのは、もう勘弁だからな」

 

 その返事に、ライザーも笑みで返した。

 この時、二人の間で、言葉では言い表せないような何かが繫がったような気がした。

 

 

 バトル・フィールドが解除されてパーティ会場のフロアに降り立った時、

 

「おっとっと」

 

 両足の力が抜けて、たまらず前へ倒れ込みそうになった。

 それを寸前で受け止めたのは、

 

「大丈夫ですか」

 

 小猫だった。片腕を斬輝の胴に回して、たったそれだけで一三〇キロの重量を支えてしまったのである。

 彼女が悪魔だから出来ることだ。

 

「みんな、心配してました」

「ああ、知ってる」

「……早く行ってあげてください」

 

 少女の肩を軽く叩いて、大丈夫、という意思を伝えた。

 両足で踏ん張って、今度こそ斬輝は一人の少女のもとへ歩いてゆく。

 がつん。

 がつん。

 革のブーツの足音を、大宴会場に響かせて。

 ちらり、と目を向けると、オカルト研究部のメンバーが笑みを浮かべている。

 そのまま、斬輝は歩いた。

 紅髪の少女は、兄の側で、じっとこちらを見つめていた。

 強い意志の宿った瞳で。

 その正面に立って、斬輝は言った。

 

「待たせたな」

 

 次の瞬間、斬輝の左頬から、ぱあん、と鋭く乾いた音が鳴った。

 ぶたれたのだ。

 目の前の少女に。

 

莫迦(ばか)

 

 それが、リアスの応えだった。

 そして近づいて来たかと思うと、そのまま細い腕で抱きしめられる。

 

「あなたって人は……、どれだけ心配したと思ってるの……!」

 

 彼女の声は、震えていた。

 斬輝を抱きしめる、両腕も。

 

「……すまん」

 

 そう応えることしか出来なかった。

 だけど、とリアスは涙を流しながら、斬輝の胸板に頬を押しつけた。ドレスに包まれたバストも、押し潰さん勢いでだ。

 

「あなたが無事で……本当に、本当によかった……」

 

 一瞬、自分がどうするべきか迷った。

 けれどほんのわずかのことで、だから次の瞬間には、斬輝も両腕を彼女の背中に回して、抱き寄せていた。

 視界に自分の腕が入って、その時初めて、全身のイレズミも消えていたことに気がついた。足の力が抜けたのは、このせいだろうか。

 

「斬輝くん」

 

 声をかけてくるのは、サーゼクスである。

 

「おめでとう。勝負はキミの勝ちだ」

「どうも」

 

 リアスと抱き合ったまま、顔を上げて応える。

 

「ライザーくんとの賭けの内容は、リアスとの婚約について、だったね」

 

 ライザーが勝てばリアスとライザーの婚約は成立、逆ならナシ、だ。

 

「約束どおり、今回の縁談は白紙に戻させてもらうよ」

「ずいぶんあっさりしてるんだな。魔王の職権乱用、とか言われたりしないか?」

「心配はいらない」

 

 応えたのは、サーゼクスではない。会場の奥にいた、紅髪の中年男性だ。

 

「私とフェニックス(きょう)とで話し合って決めたことだ」

 

 斬輝の腕の中で振り返ったリアスが、お父さま、とこぼす。揺れた彼女の髪が、斬輝の鼻をくすぐった。

 

「すまなかったね」

 

 父は娘を真っ直ぐに見つめて、それから申し訳なさそうに呟いた。

 

「お前の気持ちを知っていながら、それでもお互いの欲を優先してしまった。すでに純血種の孫がいるにも拘わらずに」

「お父さま……」

「約束を破ってしまったのはこちらだ。縁談もなくなった今、どうしたいのかは、お前自身が決めなさい」

 

 父の言葉に、娘は斬輝との抱擁を解いて、父と向き直る。左手は斬輝の右手と繫いだままで、彼女は斬輝の隣に立った。

 私は、とリアスは言った。

 

「……私は、ここにいる黒鉄斬輝くんといっしょに行きたいです」

 

 そうか、とリアスの父親は頷いた。

 

「それが、お前の『答え』なんだね」

「はい」

 

 しっかりと、父を見据えて。

 

「判った」

 

 それから彼が向く相手は、斬輝だ。

 

「黒鉄斬輝くん、だったかな」

「ええ、まあ」

「……娘のこと、よろしく頼む」

 

 彼の言葉の意味を汲み取るのに、少し時間がかかった。

 二秒ほど。

 

「判りました」

 

 ただ、と斬輝は付け加えた。

 

「今度またこんなことがあったら、そん時ゃこっちも容赦しないんで」

 

 相手が魔王だろうが、

 リアスの家族だろうが。

 

「ああ、判った」

 

 リアスの父の、それが答えである。

 それから斬輝は、心配させたことに対する軽い謝罪を部員の連中に済ませて、会場を後にした。

 リアスを連れて。

 外に出た二人は、斬輝が持っていた紙の裏面に書き込まれていた魔方陣を発動させ、そこから出て来た『グリフォン』という魔獣に乗って冥界の空へと飛び立った。

 

 

「行ってしまったな」

 

 空を飛ぶグリフォンを見送りながら、ぽつり、とサーゼクスが呟く。

 パーティ会場の屋上である。

 

「あのグリフォン、最悪の場合の逃げ道として用意したんだがな」

「もしそうなっていたら」

 

 応えるのは、銀髪のメイドである。

 

「後が大変だったでしょう」

「そうだな」

 

 目を伏せて、それからサーゼクスの口元に浮かぶのは、笑みだ。

 

「とりあえず、彼が間に合ってよかった」

「本当です。あのまま目覚めなかったら、どうするつもり……」

「キミの目には、彼はどう見えた?」

「……正直、驚きました。あれほどの火傷を自力で治してしまうなんて」

「ああ、あれは私も驚いた」

 

 回復魔法もなしに、である。

 しかし、二人はその力に見覚えがあった。

 

「懐かしいな。あの頃を思い出す」

 

 まだ魔王になる前。

 それどころか、グレイフィアと結婚する前。

 魔王軍と反政府軍の内戦が勃発していたころ。

 

「『彼』ですね?」

「ああ」

 

『彼』と会ったのは、後にも先にも、その時限りだった。

 今、どこで、何をしているのかは判らない。

 けれど、確信した。

 

「よく似ているよ、彼の力は」

 

 似ている、なんてもんじゃない。

 

「サザンにかけられた、不死の呪いに……」

 

 それとは別で、妹の眷属に赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)がいることにも驚いた。

 おそらく、白い龍(バニシング・ドラゴン)が目覚めるのも、時間の問題かも知れない。

 

 

 

       

 

 

『冥界』と呼ばれるこの世界には、()の光が()さない。

 そのため『人間界』と違い、空は澄んだ青ではなく紫色である。だが(よど)んでいるというわけではなく、視界いっぱいに広がるのは無数の星々の光なのだ。

 この世界に『惑星』という概念があるかどうかは知らないが、しかし空に浮かぶ光達は斬輝の基準で考えれば充分に『星々』たり得るもののように思える。

 そんな世界を、二人は一匹の魔獣の上に乗って飛んでいるのだ。

 空気は独特だが、しかし見える景色は申し分ない。

 それが、斬輝が抱いた感想だった。

 グリフォンを召喚してパーティ会場を飛び出してから、緊張の糸が切れたのか疲れが一気に襲いかかってきたのか、斬輝はたまらずグリフォンの背の上で仰向けに横になった。

 その頭を、リアスが優しく持ち上げて、自分の膝に乗せる。

 膝枕だ。シルクの生地と彼女の太腿(ふともも)の感触が、妙に心地いい。

 頭に添えていた両手を頬へと滑らせて、リアスがこちらを覗き込だ。垂れた紅髪が、斬輝の首筋を()でる。

 

「莫迦ね」

 

 最初の一言が、それだった。

 

「なんだよ、いきなり」

「本当に、もう駄目かと思ったんだから」

「ああ、わりぃ」

「無茶するからよ」

「そうだな、無茶したからだな」

 

 リアスの片方の手が、斬輝の手を握る。

 その指が柔らかく華奢(きゃしゃ)だったことに、斬輝は初めて気がついた。

 

「言ったじゃない。死なないで、って」

「ああ」

「それなのに、死にかけて」

「死ななかっただろ」

「私なんかのために、命を張る必要なんて、なかったのに」

「そうはいかん」

「どうして?」

 

 約束だから、とは言わなかった。

 気恥ずかしくて、言えなかった。

 だからゆっくりと身を起こした斬輝は、腰をひねって、リアスの方を振り向いて。

 

「ヒーローってのは、そういうもんだ」

「なによ、それ」

 

 リアスが笑った。

 だから斬輝も、笑みを返す。

 

「ねえ」

「おう」

「遅くなっちゃったけど、あの時の続き、話してもいい?」

「あの時?」

「レーティング・ゲームの前にした話」

「ああ」

 

 あの時か。

 

「いいぜ。俺も、ちょうどそうしようと思ってた」

「じゃあ、お先にどうぞ」

「やだよ。言い出したのはお前だろ?」

「こういうものは男性からするものでしょう?」

「レディ・ファーストって言うだろ」

「使いどころが違うわ」

 

 じゃあ、とリアスが目を伏せる。

 

「いっしょに言う?」

「そうするか」

 

 斬輝の左手は、リアスの左手が握ったままである。

 そんな体勢で、二人は見つめ合うことになった。

 一〇秒ほどそうしていただろうか、ついにリアスは深呼吸して、斬輝も、ふう、と息を()らした。

 そして、

 

「俺はお前さんのことが好きだ」

「私、あなたのことが好きなの」

 

 二人、同時に。

 言ってしまってから、お互いに目を見開いた。

 それから、自然とにやけてしまう。

 

「なんだよ、いっしょだったのか」

「でも、嬉しい……あなたも、好きでいてくれたのね」

 

 リアスの空いている右手が、向かい合う斬輝の頬に触れる。斬輝も尻を動かして、リアスの方へと寄った。同じように右手を彼女の頬に当てて、しかしその親指はリアスの頬に光るものを拭って。

 

「ねえ」

 

 笑みを浮かべて。

 繫がれた左手が、指を絡ませてくる。

 

「せっかく両想いの二人なのだし……キス、しない?」

「ああ」

「……ファースト・キスなの」

「そうなのか?」

「ええ。でもね」

 

 ふいに、少女は目を伏せる。

 

「本音を言うと……キスだけじゃ、いや」

「それって、そういうことか?」

「うん」

 

 判った、と斬輝は言った。

 

「正直、俺も、したい」

 

 こちらは、苦笑で。

 リアスの(あお)い瞳が、こちらを見上げる。

 

「『向こう』に戻ってから?」

「そうだな」

「じゃ、そうしましょうか」

 

 でも、とリアスは言った。

 

「キスは今がいいの」

 

 目を閉じて、顔を重ねてくる。

 

「大好きよ、斬輝。愛してる」

 

 しがみついてくる腕も、柔らかな唇も、斬輝はそのまま受け止めた。




 そんなわけで、新しいタグ「クロスオーバー」と「鉄刃サザン」が追加になります。


「鉄刃サザン」は、HJ文庫から刊行されている故・大迫純一氏のライトノベル作品。
 斬輝の神器も、サザンの持つ「輝精虫(きせいちゅう)」がモデルになっていたりするわけですな。武装変も、サザンの持つ能力の一つです。


 さて、次回はおまけ程度の「終章」の予定。ようやくこの作品も、一区切りです。
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