7
ふらつく頭を押さえて、何とか立ち上がる。
立ち眩みがしたが、それも一瞬のことだ。
「ふう」
斬輝は溜め息をついて、ぐい、と口元を
「いでで……」
呻いて、斬輝は対戦相手を見た。
ライザー・フェニックス。
不死鳥の力をその身に宿す上級悪魔。
仰向けに倒れたまま、奴は起き上がることはなかった。
「なあ」
だが意識はあるのか、しっかりした口調で話しかけてきた。
「なんだよ」
「一つ、教えろ」
上空に展開されていた大きなウィンドウは、もうない。二人の勝負が決したのを確認したのか、すぐに消えてしまった。だから二人の会話は、第三者に聞かれることはない。
「ずっと不思議に思ってたことがある」
「……は?」
「何がお前を、そうまでして闘わせるんだ。お前の力の源は、何なんだ……?」
その問いに、斬輝は苦笑して、よっこらせ、と地面に腰を下ろした。あぐらだ。
「何なんだろうな」
斬輝は、そう答えた。
「なに?」
ライザーが、目線だけをこちらに寄越す。
「まあでも」
斬輝の言葉は、しかしまだ続いていた。
「一つだけ言えるとすりゃあ」
言いながら、斬輝は肩ごしに背後の観客席を振り返る。
その先に見つめるのは、紅の髪を持つ少女だ。
「あいつに笑ってて欲しいから、かもな」
「あいつ?」
「リアス」
「ああ……」
「けっこう気持ちいいもんだぞ、誰かのために闘うってのは」
それから、
「知ってるか?」
ライザーに向き直って。
「あいつの笑った顔、けっこう可愛いぜ」
「俺は見たことないぞ……」
そりゃそうだ、と斬輝は笑った。
「あんたフラれてんだぜ? 無理に決まってんだろ」
「……そうだな」
その時だ。
斬輝とライザーの間に、炎が割り込んだ。
ライザーと同じ炎の翼を広げた金髪の少女が、その両腕をいっぱいに広げて、彼をかばうようにこちらを睨み据えている。
「お兄さまはやらせませんわ!」
「レイヴェル、やめろ……」
レイヴェルと呼ばれた少女に、斬輝も掌を向けた。
「よせよ。見りゃ判んだろ? もう終わってる」
これ以上闘うつもりはないぞという意思表示で、全身のスパイクをひっこめた。イレズミはそのままで、気がつけばライザーに殴られた頬の痛みもいくらか和らいでいる。
それを認めた彼女は、すぐさま背後のライザーを振り向いて抱き起こす。
「ずいぶん兄想いの妹じゃねえか」
斬輝の皮肉に、
「うるさい」
ライザーは苦笑で返した。
そして、
「黒鉄斬輝」
妹に支えられ、上体だけ起こしたライザーが顔を上げた。その表情には、初めて会った時のような刺々しさが、いくらか消えているように思える。
「認めてやる。今回の賭け、勝ったのはお前だ」
「おう」
「だが、次あいつを泣かしてみろ。その時はこの俺が容赦なく焼き殺してやる」
「その原因を作ったのはあんただろうが」
「黙って聞け」
それは、ライザーなりの
「元婚約者からの、最後の警告だよ」
お前が、と言うライザーの、その声にはかすかな哀愁の響きがあった。
「これから歩いてく人生は、きっとロクな道じゃない。なにしろ、俺と同じ……」
「おおっと、そこまでだ」
斬輝は、イレズミを歪めて、にいっ、と笑って見せた。
「心配しなくても、そんなこたぁ俺がいちばんよく判ってらあ」
「そうか。まあともかく、あいつをこれ以上悲しませるな。いいな?」
「言われなくても、そのつもりだよ。あいつに泣かれるのは、もう勘弁だからな」
その返事に、ライザーも笑みで返した。
この時、二人の間で、言葉では言い表せないような何かが繫がったような気がした。
バトル・フィールドが解除されてパーティ会場のフロアに降り立った時、
「おっとっと」
両足の力が抜けて、たまらず前へ倒れ込みそうになった。
それを寸前で受け止めたのは、
「大丈夫ですか」
小猫だった。片腕を斬輝の胴に回して、たったそれだけで一三〇キロの重量を支えてしまったのである。
彼女が悪魔だから出来ることだ。
「みんな、心配してました」
「ああ、知ってる」
「……早く行ってあげてください」
少女の肩を軽く叩いて、大丈夫、という意思を伝えた。
両足で踏ん張って、今度こそ斬輝は一人の少女のもとへ歩いてゆく。
がつん。
がつん。
革のブーツの足音を、大宴会場に響かせて。
ちらり、と目を向けると、オカルト研究部のメンバーが笑みを浮かべている。
そのまま、斬輝は歩いた。
紅髪の少女は、兄の側で、じっとこちらを見つめていた。
強い意志の宿った瞳で。
その正面に立って、斬輝は言った。
「待たせたな」
次の瞬間、斬輝の左頬から、ぱあん、と鋭く乾いた音が鳴った。
ぶたれたのだ。
目の前の少女に。
「
それが、リアスの応えだった。
そして近づいて来たかと思うと、そのまま細い腕で抱きしめられる。
「あなたって人は……、どれだけ心配したと思ってるの……!」
彼女の声は、震えていた。
斬輝を抱きしめる、両腕も。
「……すまん」
そう応えることしか出来なかった。
だけど、とリアスは涙を流しながら、斬輝の胸板に頬を押しつけた。ドレスに包まれたバストも、押し潰さん勢いでだ。
「あなたが無事で……本当に、本当によかった……」
一瞬、自分がどうするべきか迷った。
けれどほんのわずかのことで、だから次の瞬間には、斬輝も両腕を彼女の背中に回して、抱き寄せていた。
視界に自分の腕が入って、その時初めて、全身のイレズミも消えていたことに気がついた。足の力が抜けたのは、このせいだろうか。
「斬輝くん」
声をかけてくるのは、サーゼクスである。
「おめでとう。勝負はキミの勝ちだ」
「どうも」
リアスと抱き合ったまま、顔を上げて応える。
「ライザーくんとの賭けの内容は、リアスとの婚約について、だったね」
ライザーが勝てばリアスとライザーの婚約は成立、逆ならナシ、だ。
「約束どおり、今回の縁談は白紙に戻させてもらうよ」
「ずいぶんあっさりしてるんだな。魔王の職権乱用、とか言われたりしないか?」
「心配はいらない」
応えたのは、サーゼクスではない。会場の奥にいた、紅髪の中年男性だ。
「私とフェニックス
斬輝の腕の中で振り返ったリアスが、お父さま、とこぼす。揺れた彼女の髪が、斬輝の鼻をくすぐった。
「すまなかったね」
父は娘を真っ直ぐに見つめて、それから申し訳なさそうに呟いた。
「お前の気持ちを知っていながら、それでもお互いの欲を優先してしまった。すでに純血種の孫がいるにも拘わらずに」
「お父さま……」
「約束を破ってしまったのはこちらだ。縁談もなくなった今、どうしたいのかは、お前自身が決めなさい」
父の言葉に、娘は斬輝との抱擁を解いて、父と向き直る。左手は斬輝の右手と繫いだままで、彼女は斬輝の隣に立った。
私は、とリアスは言った。
「……私は、ここにいる黒鉄斬輝くんといっしょに行きたいです」
そうか、とリアスの父親は頷いた。
「それが、お前の『答え』なんだね」
「はい」
しっかりと、父を見据えて。
「判った」
それから彼が向く相手は、斬輝だ。
「黒鉄斬輝くん、だったかな」
「ええ、まあ」
「……娘のこと、よろしく頼む」
彼の言葉の意味を汲み取るのに、少し時間がかかった。
二秒ほど。
「判りました」
ただ、と斬輝は付け加えた。
「今度またこんなことがあったら、そん時ゃこっちも容赦しないんで」
相手が魔王だろうが、
リアスの家族だろうが。
「ああ、判った」
リアスの父の、それが答えである。
それから斬輝は、心配させたことに対する軽い謝罪を部員の連中に済ませて、会場を後にした。
リアスを連れて。
外に出た二人は、斬輝が持っていた紙の裏面に書き込まれていた魔方陣を発動させ、そこから出て来た『グリフォン』という魔獣に乗って冥界の空へと飛び立った。
「行ってしまったな」
空を飛ぶグリフォンを見送りながら、ぽつり、とサーゼクスが呟く。
パーティ会場の屋上である。
「あのグリフォン、最悪の場合の逃げ道として用意したんだがな」
「もしそうなっていたら」
応えるのは、銀髪のメイドである。
「後が大変だったでしょう」
「そうだな」
目を伏せて、それからサーゼクスの口元に浮かぶのは、笑みだ。
「とりあえず、彼が間に合ってよかった」
「本当です。あのまま目覚めなかったら、どうするつもり……」
「キミの目には、彼はどう見えた?」
「……正直、驚きました。あれほどの火傷を自力で治してしまうなんて」
「ああ、あれは私も驚いた」
回復魔法もなしに、である。
しかし、二人はその力に見覚えがあった。
「懐かしいな。あの頃を思い出す」
まだ魔王になる前。
それどころか、グレイフィアと結婚する前。
魔王軍と反政府軍の内戦が勃発していたころ。
「『彼』ですね?」
「ああ」
『彼』と会ったのは、後にも先にも、その時限りだった。
今、どこで、何をしているのかは判らない。
けれど、確信した。
「よく似ているよ、彼の力は」
似ている、なんてもんじゃない。
「サザンにかけられた、不死の呪いに……」
それとは別で、妹の眷属に
おそらく、
8
『冥界』と呼ばれるこの世界には、
そのため『人間界』と違い、空は澄んだ青ではなく紫色である。だが
この世界に『惑星』という概念があるかどうかは知らないが、しかし空に浮かぶ光達は斬輝の基準で考えれば充分に『星々』たり得るもののように思える。
そんな世界を、二人は一匹の魔獣の上に乗って飛んでいるのだ。
空気は独特だが、しかし見える景色は申し分ない。
それが、斬輝が抱いた感想だった。
グリフォンを召喚してパーティ会場を飛び出してから、緊張の糸が切れたのか疲れが一気に襲いかかってきたのか、斬輝はたまらずグリフォンの背の上で仰向けに横になった。
その頭を、リアスが優しく持ち上げて、自分の膝に乗せる。
膝枕だ。シルクの生地と彼女の
頭に添えていた両手を頬へと滑らせて、リアスがこちらを覗き込だ。垂れた紅髪が、斬輝の首筋を
「莫迦ね」
最初の一言が、それだった。
「なんだよ、いきなり」
「本当に、もう駄目かと思ったんだから」
「ああ、わりぃ」
「無茶するからよ」
「そうだな、無茶したからだな」
リアスの片方の手が、斬輝の手を握る。
その指が柔らかく
「言ったじゃない。死なないで、って」
「ああ」
「それなのに、死にかけて」
「死ななかっただろ」
「私なんかのために、命を張る必要なんて、なかったのに」
「そうはいかん」
「どうして?」
約束だから、とは言わなかった。
気恥ずかしくて、言えなかった。
だからゆっくりと身を起こした斬輝は、腰をひねって、リアスの方を振り向いて。
「ヒーローってのは、そういうもんだ」
「なによ、それ」
リアスが笑った。
だから斬輝も、笑みを返す。
「ねえ」
「おう」
「遅くなっちゃったけど、あの時の続き、話してもいい?」
「あの時?」
「レーティング・ゲームの前にした話」
「ああ」
あの時か。
「いいぜ。俺も、ちょうどそうしようと思ってた」
「じゃあ、お先にどうぞ」
「やだよ。言い出したのはお前だろ?」
「こういうものは男性からするものでしょう?」
「レディ・ファーストって言うだろ」
「使いどころが違うわ」
じゃあ、とリアスが目を伏せる。
「いっしょに言う?」
「そうするか」
斬輝の左手は、リアスの左手が握ったままである。
そんな体勢で、二人は見つめ合うことになった。
一〇秒ほどそうしていただろうか、ついにリアスは深呼吸して、斬輝も、ふう、と息を
そして、
「俺はお前さんのことが好きだ」
「私、あなたのことが好きなの」
二人、同時に。
言ってしまってから、お互いに目を見開いた。
それから、自然とにやけてしまう。
「なんだよ、いっしょだったのか」
「でも、嬉しい……あなたも、好きでいてくれたのね」
リアスの空いている右手が、向かい合う斬輝の頬に触れる。斬輝も尻を動かして、リアスの方へと寄った。同じように右手を彼女の頬に当てて、しかしその親指はリアスの頬に光るものを拭って。
「ねえ」
笑みを浮かべて。
繫がれた左手が、指を絡ませてくる。
「せっかく両想いの二人なのだし……キス、しない?」
「ああ」
「……ファースト・キスなの」
「そうなのか?」
「ええ。でもね」
ふいに、少女は目を伏せる。
「本音を言うと……キスだけじゃ、いや」
「それって、そういうことか?」
「うん」
判った、と斬輝は言った。
「正直、俺も、したい」
こちらは、苦笑で。
リアスの
「『向こう』に戻ってから?」
「そうだな」
「じゃ、そうしましょうか」
でも、とリアスは言った。
「キスは今がいいの」
目を閉じて、顔を重ねてくる。
「大好きよ、斬輝。愛してる」
しがみついてくる腕も、柔らかな唇も、斬輝はそのまま受け止めた。
そんなわけで、新しいタグ「クロスオーバー」と「鉄刃サザン」が追加になります。
「鉄刃サザン」は、HJ文庫から刊行されている故・大迫純一氏のライトノベル作品。
斬輝の神器も、サザンの持つ「
さて、次回はおまけ程度の「終章」の予定。ようやくこの作品も、一区切りです。