ハイスクールD×D 呪われし鉄刃   作:椎名洋介

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終章

 掃除の行き届いた誰もいない玄関を抜け、

 ホコリのない階段をたった一人で昇り、

 クモの巣一つ見当たらない廊下を誰に見られることなく抜けて、扉の前に立つ。

 ここへ来るのも、と斬輝は思う。

 慣れたもんだな。今じゃ誰に変な視線を向けられようが、平気でいられるようになった。

 分厚い木製扉についた金属のノブを押して、斬輝はオカルト研究部の部室へと入った。

 まっさきに、紅が映る。

 

「うーっす」

「あら、来たのね」

「おう。てか、あいつらはまだ来てねえのか」

 

 迎えたのは、リアス・グレモリーただ一人だった。それもソファーに腰掛け、脚を組みながら優雅に紅茶を飲んで。

 

「半分正解よ」

 

 応えて、また一口。

 

「裏では朱乃が色々と準備してくれているから」

「準備?」

 

 いつも閉めきっているカーテンが開け放たれていることに気づいたのは、その時だ。窓の向こうには風に揺らめく緑の枝が見えていて、その向こうから射し込んで来るのは柔らかな日射しである。

 月曜日の朝。

 出欠確認のホーム・ルームが始まるには、まだ一時間以上余裕がある。

 

「準備って、いったい何の?」

「それは後のオタノシミよ」

 

 それよりも、とリアスは尋ねてきた。

 

「あなた、軀の方は大丈夫?」

 

 向かいのソファーに腰を下ろした時に、ちらり、とこちらに視線を投げて。

 

「まあな。軀ン中の虫が、せっせと働いてくれたよ」

「もう、女の子の前でそういうことは言わないの」

 

 ティー・カップを置いて、リアスはジト目でそう言ってきた。

 

「へいへい」

 

 苦笑して、こちらも脚を組む。

 堕天使達の一件が終結したのは、まだ先週のことだ。この間の土日は一誠達も悪魔としての仕事は休んで、二日を休暇にあてた。特に傷を癒す意味でも、一誠と斬輝にはその必要があったのだ。

 だが実際のところ、斬輝が安静にしていたのは土曜だけで、日曜には比較的自由に動けていたが。

 斬輝の場合は『鋼鉄虫(メタル・セクト)』によるものだが、一誠の傷が癒えた最大の原因は、リアス・グレモリーの眷属に新しく加わった『僧侶(ビショップ)』の力だった。

 アーシア・アルジェントの持つ、『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』である。

 彼女の神器によって、一誠の両太腿に穿たれた傷は一分とかからずに完治したのだ。自身も体験したから言えることだが、あの力はかなりヤバい。種族の隔たりなく治療を行えるというのは、まさに驚異的だ。

『魔女』として教会から追い出されたのも、悔しいが納得出来るところがある。

 そんな規格はずれのチカラなんぞを内輪の者が使っているとなれば、気味が悪いを通り越しているだろう。

 だから初めて逢った時こそアーシアはそのことに関して諦念していたが、けれど彼女は今与えられた新たな『生』を充分に楽しんでいるようだった。

 それが如実に判るのは、やはり彼女が一誠と話している時だろう。その時の彼女は、いつにも増して笑顔になるのである。

 そういえば、

 

「なあリアス。たしか、アルジェントの奴もここに入るんだよな?」

「そうよ? それがどうかしたの?」

 

 そんな話を、ゆうべ彼女から聞かされたんだっけか。

 

「兵藤には言ったのか?」

「まさか」

 

 即答だった。

 

「あの子への、ちょっとしたサプライズだもの。言ってしまっては意味がないわ」

 

 ふ~ん、と呟いて、背もたれに寄りかかる。

 サプライズね。

 

「おめぇもずいぶん人間臭いんだな」

「どうして?」

「いや、そういう趣向を凝らすあたりが何となくな。あーお前もオンナなのか、って考えるとよ」

「なによ、それ」

 

 苦笑だった。

 つられて、斬輝も微笑む。

 

「でもよ」

「なに」

「アルジェントを悪魔に転生させたのだって、結局はそういうことなんだろ?」

「え?」

 

 ティー・カップを持ち直して訊き返すリアスは、いったい何を言ってるのあなたは、とでも言いたげだ。

 残念だったな。

 俺は『聞いて』るんだよ。

 

「教会でおめぇが最後に言ったことだよ」

 

 斬輝の言葉をリアス・グレモリーが完全に理解するまで、時間がかかった。

 たっぷり、五秒。

 ちょうど最後の一口を口に含んでいた彼女は一気に顔を紅潮させていた。

 それだけではない。

 

「ぶふぅうぅううッ!?」

 

 口の中の紅茶を、思いきり噴き出したのだ!

 こちらに向かって!!

 

「わっ! たっ、なー!?」

 

 顔の前で両手を突き出して、けれどその穴だらけのバリアーを突き抜けて紅茶が顔面に襲いかかって来る。

 あまりに咄嗟の行動だったので、少しでも自分の身を逃がそうと後方へ床を蹴ったのが間違いだった。ソファーに座ったままの斬輝はその勢いで、ソファーごと引っ繰り返ったのである。

 ソファーの質量が、斬輝の体重よりも軽かったのだ。

 ごつん!

 背もたれが床に激突し、後頭部をしたたかに打ちつけた。

 

「あだぁっ!?」

 

 がん!

 と派手に音をたててから炸裂するのは、激痛である。畜生、ドーナシークの奴に落とされた時よりも痛いと感じるぞ!

 

「ざ、ざざざ、ざざ……」

 

 視界の外で、リアスは狂ったノイズのような声を出している。

 しかしそんな彼女が正気に戻った時、

 

「……はっ! 斬輝!?」

 

 急いで駆け寄ってきた。

 

「ごめんなさい、大丈夫!?」

 

 対する斬輝の応えは、後頭部を手でさすりながらの呻きである。

 う~ぅう。

 あーらら、触ったらちょっとタンコブ出来てるや。猛烈に痛いぞ、こいつは。

 脇の下に腕を割り込まれ、なんとか起こしてもらう。床の上で腫れた頭を覆いながら、尻目にリアスが頑張ってソファーを直そうとするのが見えた。

 こういうところを見ていると、斬輝はふと思うのだ。

 俺の前だと、なんだか『お姉さま』という肩書もかすんでくるな。

 まあもっとも、同い年である時点で『姉』というイメージはないがな。

 立ち上がって、頭を抑えながらリアスとは反対側に立ってソファーの淵を摑む。

 

「ぃよいしょっと」

 

 直した。

 空いている方の手でバッグから汗拭きようのタオルを取り出して、顔面についた紅茶のしぶきを拭った。

 

「だ、大丈夫?」

「まあ、何とかな」

 

 けっこう痛いが。

 

「で、でも、あなたが悪いのよ! いきなりあんなこと言い出して!!」

「はあ!? 俺のせいかよ!!」

「そうよ! 酷いじゃない、私の独り言を盗み聞きするなんて!!」

「盗むって何だよ! おめぇが聞えるような距離で言うのが(わり)ぃんだろうが!!」

 

 お互いに言い合って、けれどそれで決着がつくわけではない。いつもならこのままヘンテコな勝負に出るのが常なのだ。

 それは一年生のころからの、リアスとの付き合い方だった。いちばん最近なのは、どっちが早く『寿限無(じゅげむ)』を速く言いきることが出来るか、だったっけか?

 その時は、テスト勉強の時に日本史の問題で彼女が質問してきた時だ。あまりにも呑み込みが悪かったリアスに対して、ついに斬輝がキレたのだ。

 サムライは居るわ!

 サムライは居ないっつってんだろが!!

 いいえ居るわよ! そう聞いたもの!!

 誰だお前にそんなこと吹き込んだ奴ぁ!?

 けっきょく『寿限無』では彼女に滑舌で負けたわけだけど。まさか、あんなに舌が回るとは思わなかったぞ。

 だが今回は、それがない。

 先に折れたのは、斬輝の方だった。怒鳴り返したことで頭に響いたのだ。

 よっこらせ、と腰を下ろした斬輝は、しかしリアスの顔を見るなり笑みがこぼれた。

 その笑みに気づいたのか、

 

「な、なによ……」

 

 座りなおしたリアスが、こちらを見つめてくる。

 頬が赤い。耳まで真赤に見えた。

 だが、そのことについて斬輝は何も言わなかった。

 

「やっぱし、楽しいわ。こういう何もない時が一番……な」

 

 視線をずらして、その窓の向こうの風景を見つめる。

 それを追うように、リアスも肩越しに外を見た。

 窓は閉め切っているが、しかしその向こうでたしかに流れるのは風である。

 その流れに揺られ、木々がさざめくのだ。

 そして今、こうやって他愛のない話をし、ちょっとした言い合いになる。

 でもこれが、と斬輝は思った。

 日常だ。

 悪魔と堕天使との闘い、などという非現実的な世界に投げ込まれながらも、その間に訪れる静かな平和は、紛れもなく『日常』そのものなのだ。

 リアスはこちらに向き直ると、

 

「そうね」

 

 笑顔でそう言った。

 今回みたいな闘いは次から次へと来るに違いない。人外達との戦闘など、これから先ずっと付きまとって来るだろう。

 そんなことはどうでもいい。

 大切なのは、その場面に放り込まれてどうするかだ。

 その行動を決めるのは、覚悟だ。

 覚悟はしているつもりだった。

 力を持つことの覚悟も。

 人間を襲うような連中と闘う覚悟も。

 人間は、誰でも死ぬ。

 いつ死ぬか、どこで死ぬか、なぜ死ぬか、それが違うだけだ。

 そしてそれは、運命によって決定されるものではない。

 それを決めるのは、自分自身だ。

 積み重ねてゆく行為、積み重ねて行く言葉、積み重ねてゆく思い、積み重ねてゆく時間そのものが、少しずつ少しずつ、その日その場所へと導いてゆくのだ。

 だったら。

 俺が生きてるうちは、全力で闘おうじゃねえか。

 このチカラで。

 望まずして得た、鋼の軀で。

 

「さて、と」

 

 でもその前に、

 

「どこか行くの?」

「保健室。滝浦(たきうら)先生呼んで、氷もらってくる」

「ああ、判ったわ」

 

 頭を冷やさねば。

 

「行ってらっしゃい」

 

 早く戻ってらっしゃいね、と彼女は言った。

 

 

 黒鉄斬輝がアイシング用の氷のうをもらうまでに、一〇分ほどかかった。二階の端にある職員室から一階の反対側の端にある保健室に行くまでに時間がかかったからだ。

 適当に、足を滑らせたのだ、と言っておいた。

 そして斬輝が部室に戻った時には、すでに一誠をはじめとするオカルト研究部のメンバーが勢ぞろいしていた。その中には、アーシアも含まれていた。

 駒王学園の制服に身を包んだ彼女は斬輝に、ありがとうございます、と言ってきた。

 イッセーさんからお話は聞きました、と。

 それからホーム・ルームの直前まで、ささやかながらアーシアの歓迎会が行われることになった。

 朱乃がワゴンに乗せて持って来たのは、イチゴのホール・ケーキだった。

 リアスの手作りなのだと言っていた。

 イチゴの酸っぱさと生クリームの甘さのバランスが絶妙で、べらぼうに旨かった。

 

 

 感想を聞いたリアスは少し顔をうつむかせて恥ずかしそうに、ありがとう、と言った。




 思うに「原作と変わらないイッセー」の状態で二次創作を始める時、それがオリ主ものかクロスオーバーものかに拘らずこの『旧校舎のディアボロス』においては彼が主役を張るべきだと思う。もしも既に力を覚醒させているならば話は別だが、この巻は彼にとって初めての闘いであり、同時に彼にとって初めての「力の目覚め」になるからだ。
 だから、これはあくまで「オリ主ものだけどメインはイッセー」なオハナシになっている。
 いえ、もちろんオリ主にもスポットは当たってますけどね(汗)。


 さて。
 次回は、いよいよこのシリーズのメインとなり得る『戦闘校舎のフェニックス』である。構想どおりに事が進めば、この話で斬輝はさらなる力の「覚醒」を見せてくれるはずだ。
 ここ最近で思いついた展開なんだけどね。
 しかし現在ちょっと準備が手間取って、何ヶ月か開いてしまうことになるだろう。お気に入り登録してくださった方には申し訳ないが、今しばらくお待ちいただきたい。


 あ、そうそう。
 お気に入りで思い出したのだが、このリハビリ作品に早くもお気に入り登録してくださった方が、この「あとがき」を書いている時点でおよそ三〇名いらっしゃる。そしてその中には、評価をつけてくださった方もおられるのである。
 ありがとうございます。
 リハビリ作品ゆえにアレな出来ですが、最後までお付き合いいただければ幸いです。


 では、また。
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