異世界料理店越後屋   作:越後屋大輔

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人間の話が続いたので数話振りに亜人話を書きました


第11話パーンとホワイトシチュー

 腹を空かせたパーンの吟遊詩人サイモンは日の落ちた街の夜道を足の蹄を鳴らしつつトボトボと歩いていた、仕事を求めて酒場や料理屋を回ったが、まだ年端もなく経験浅い少年のサイモンを雇う店はなかった、廃屋の壁にもたれ腰を下ろす。手元に残った僅かアス硬貨3枚を半泣きでながめる。こんなはした金で食事をさせてくれる所なぞある訳もなく他に財産といえば愛用の竪琴だけ、これを売ってなにか食べるか、でも明日からの生活の糧を失っては意味がない。実家に戻って親の仕事を手伝うか、大口叩いて飛び出した身でどの面さげて帰れというのか。廃屋の向かい側、自分の真正面にある酒場らしき店で歌っておひねりをもらうか、門前払いは覚悟の上だ。

 裏口を探したがどうしても見つからない、妙に思いつつ玄関へ廻る。眼鏡のウェートレスが引き戸に棒を刺した布を掛けようとしている。

 「すみません、今日はもう閉店です」サイモンは項垂れてその場を去ろうとした、 

 「君、待ちなさい」店の主人らしき男性に呼び止められる。

「その様子じゃ暫く何も食べてないだろう?今夜だけでも泊まっていきなよ」

 マスター(先程のウェートレスがそう呼んでいた)に店の中を通され椅子を勧められる。

 「賄いの残り物のホワイトシチューだけどさ、これ食べてよ」皿にはパンが2つと真っ白なスープが用意してある。思わず唾を飲む、だが3アスしか手持ちのない彼に代金を払う事はできない。

 「お金ならいらないよ、明日まで残しても廃棄するしかないし」思いを見透かされていた、作って1日過ぎた料理は一部例外を除き基本的に商売物にしないのがマスターのこだわり(マスター自身は常識だと言っていた)だそうだ。腐りかけた食べ物を平気で供する店など珍しくないというのに。

 キラキラ輝くティナーカとケパは野菜本来の甘味が最大限に生きている。ホクホクしたチューバは共に口へ含んだ白いスープに溶けて瞬時になくなり旨さだけが残る。ラクがふんだんに使われたスープの見た目はさながら宝石が泳ぐ氷の湖の様。だが冷たくはなくむしろ熱い、それ以上に味わいはどこまでも優しく幼い頃両親に抱きしめられた温もりがよみがえる。スープ皿は瞬く間に空になっていた。

 「ありがとうございます、でも初めて会った僕にどうして良くしてくれるのですか?」腹のくちたサイモンはたずねる。

 「僕も借金やら何やらで苦労したよ、でもそんな時は必ず誰かが救いの手を差し伸べてくれた、それと同じことをしてるだけさ」淡々と語るマスターに衝撃を受けるサイモン、家を飛び出してから己の身を嘆くばかりで他人への優しさなど考えてもなかった、そんな浅ましい自分の歌に金を出す客などいるはずもない。吟遊詩人は廃業してこの街で1からやり直そう、働く場所ならあるはずだ。金を貯めて今度は正式な客として来よう。そしていつか家族を招待しよう。

 「オイ、新入り!新規の荷物が届いたぜ、今日配達の分は馬車に乗せてさっさと倉庫へ運んじまいな!」

「はい!」2日後、宅配業社の集積所で汗を流して元気に働くサイモンの姿があった。

 




 今回の異世界語
・ティナーカ→人参
・ケパ→玉ねぎ
・チューバ→じゃがいも
・ラク→牛乳
9月22日改稿

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