ラターナ王国領海内の漁港はこのところ賑わいを見せてない、原因はわかっている、時化だ。毎年季節の変わり目になれば海が荒れて船を出すには厳しい状況となる。当然漁師達は海に出ようとしない。ではその間どうするかといえば、実は時化が明ける頃にちょっとした金のアテがある。
さて、この世界にも人魚と呼ばれる種族がいる。正確には鯨や海豚の獣人であり呼吸する為空気が必要だ、なので海底に排水設備の整った(さながらスペースコロニーのような)ドーム状の集落を作って暮らしている。人間や陸地の獣人とも古くから交流があり商売もしている。海上が時化になる頃、彼らの集落では珊瑚や真珠等の海底資源の採取が行われる。彼らにとっては大した価値はないが陸地の連中が欲しがるので代わりに海中暮らしでは手に入らない布地や陸の食べ物、酒などと物々交換するのだ、その取引を何百年と繰返す事で互いに交友関係を続けていた。
時化のシーズンが過ぎて漁港に人魚が集まってきた。陸地の漁師達と互いに持ちよった品を等価交換する、その中に越後屋の常連の2人組、ディーンとフンダーもいた。
「それじゃ、これとこれを交換な。後以前頼んでおいたモノは手に入ったかね?」普段は扱わないがこの日の為仕入れた獣肉を1人の人魚に引渡しディーンは聞いてみた。彼らの取引相手で友人でもある男性人魚のピスキーはそれを渡しながら尋ねた。
「おぅ、だがお宅らこんなモンどうする気だ?これを欲しいなんて初めて聞いたぜ、まさか食う訳でもあるまい?」深海に生息するこの魚は人間以上に多種多様な魚介を食する人魚でも食べた事がない。
「食うだよ。馴染みの店にこれをご馳走に変えちまう料理人がいるでな」
「んだ。マスターに話はついてるで、今夜はこいつのミニコースと洒落混むべぇ」ポカンとするピスキーを残し2人は漁港を去ろうと踵を返す。
「ディーンさんにフンダーさん、ちょっと待ってくれ!」好奇心旺盛な人魚の中でも特にその傾向の強いピスキーはあれをどうしたら食えるのか気になった。
「いらっしゃいませ、あれディーンさんにフンダーさん、荷車に桶なんて積んでどうしたんですかってどちらさま?」
「よぅマスター、こいつは俺達のダチで取引相手のピスキーってんだ」桶に入っていたのは上半身が人間で下半身が魚のいわゆる人魚という生き物だった。
「ピスキーです、以後お見知りおきを」初めて会う人魚に驚いた大輔だったが伊達に十数年接客はやってない。すぐに手を差し出し握手を交わす。
「当店マスターの大輔です、本日はご来店ありがとうございます」
「それよかこの前話してたのが手に入ったで、早速うメェの作ってくれや」ディーンとフンダーがもう1つの小さい桶で持ってきたのは今回の取引で手に入れたこちらではコンギーラと呼ばれる魚、穴子である。以前大輔が賄いで食べてたのをたまたま目にした2人が問合せたのが切っ掛けで作る事になった。コンギーラは自分達が持ってくるから調理してくれと頼まれたのである、大輔は現在食材を全て裏口の日本で仕入れているが以前からこちらの食材も色々研究していて意外と同じ物が多い事に気付いていてこっちでもいずれ仕入れルートを確保するつもりだったので予行練習も兼ねてこの提案を受け入れた。
「お待たせしました、まずは白焼きと天麩羅から、熱燗でどうぞ」サウルのみで味付けされたシンプルな焼き魚と2人も何度か食べた事のある揚げ物料理が並んだ。
「ささ、ピスキー今日はお前ぇが主賓だ、最初に手をつけてくれ」
「そ、そうか?じゃ遠慮なく、おぉなんだ身に甘味がある、それにふわりと柔らかい。コンギーラってこんな旨いモンだったのか?」
「アツカンもぐっと呑ってくれ、この細身の容器に入ったのを小さい取手のないカップに移して一息にな」
「温かい酒とは珍しい、ウンこれもまたイケる」
「焼いたのも揚げ物もアツカンによく合うだ、こんな事ならもっと多く獲ってきてもらえばよかった」
「俺も同意見だ、次のシーズンには沢山捕獲しておこう。同胞達にもこの旨さが伝われば取引の幅が広がるだろう」
「こちらは今日のメイン、穴子丼です」この店で〇〇ドンといえば大抵オリゼ料理だ、蓋を開けると黒い液体を絡めたコンギーラが頭を除いて丸々一匹乗っている、その下には白い粒がこれでもかというくらい詰まっている、
「そうか、ピスキーはオリゼさ見るのも初めてだったか」既にかっ込んでいる2人を真似てコンギーラとオリゼを合わせて口へ運び咀嚼してみる、
「オリゼがコンギーラや黒いソースと一体化してる、2人共少しでいいから融通してくれ、上手くいけばこれからオリゼの取引が増えるかもしれん!」
「勿論だ、それぞれの生活向上の為お互いに頑張るべぇ」3人は手を取り合い改めて契約と友情をより深く交わしたのであった。
投稿前に穴子食べました、丼ではありませんが。あと人魚と聞いて美女を期待した方々スミませんm(´◇`)m