季節は夏、時刻は昼下がり、暑い日が続いている。こうなると越後屋は知った顔が一同に揃う。夏は涼しく冬は暖かい風を放つ魔道具(要するにエアコン)があるので店が比較的暇になるこの時間に皆涼みに来るのだ。特に気温の変化に弱いラミアのベポラなどはこの頃来店頻度が多くなっている。
彼女は相変わらず自分に靡かない大輔に対しアプローチを続けていた。大輔は色違いの粉末の入った幾つもの瓶を目の前に並べてじっと何か考え込んでいるようでベポラの言葉が聞こえていない、その光景を端から見ていたヴァルガスは苦笑しながら
「お前さん、孫もいる歳にもなって恥ずかしいとは思わんのかね」見た目は三十路そこそこで通りそうなベポラだが実際は孫娘に結婚の話が来ている程の大年増である。
「アラ、恋をするのに歳なんて関係ないわ。大体孫はいるけど夫には先立たれるし。何も問題ないでしょ」
「あります!」思わず声をあげるロティスだが姉マティスとラティファに宥められる。
「確かに、まだ若い店主さんをお爺ちゃんにするのはねぇ。子や孫も抵抗あるだろう」ロティスの気を知ってか知らずかガーリンが援護射撃する。
「俺だったらそれでも構わんぞ。なぁディーンさんよう」
「んだな、フンダー。俺ぁそれほど若くもねぇし」ベポラに惚れているこの2人はマスターにその気がないならとさりげなく自己アピールしている。
「ところで店主さん、さっきから眺めているそれらの瓶には何が入ってるんだい?」ガーリンがこの場にいた全員の疑問を代表するかのように大輔に訊ねる。
ラターナ王国の宮廷料理長を勤めるジョルジオは3人の弟子を伴い越後屋へやってきた。先代国王の舌を虜にしたという料理人を偵察するのが目的だ。あわよくばその技術を盗もうとも考えている。
以前昼時に訪ねたらあまりの混雑に偵察どころではなくやむを得ず引き返した、今日は陽が沈む少し前にやってきた、この時間も夕食を摂ろうとする客が多くいたが昼程混んではいない。従業員は4名、厨房に男女と女給が2人。男の方が常連達にマスターと呼ばれる店主だろう。
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」女給に案内されテーブルにつく。厨房からは香辛料の香りが漂ってくる。見渡すと客達は全員同じものを食べている、香りの元はあの料理らしい。だが自分が調べた限りこの店の料理は一種類だけじゃなくもっと豊富にあったはずだ。女給を呼び問い合わせる。
「君、この店は他のモノはないのか?それとも今日は品切れかい?」代わりに常連客達が答える。
「俺ぁいつも別のモン頼むんだが、今日ばかりはこいつを食わなきゃな」この街の商業ギルド長は一口毎にスプーンと酒のグラスを持ちかえる。
「オリゼとの相性が抜群だ、こいつはスプーンが止まんねぇ」お代わりを繰り返すワーウルフ、隣に座る亀の甲羅と手足に水掻きを持つ獣人は
「こりゃ肉抜きですかい、いやアッシにはありがてえ」ジョルジオらはポカーンとしながらも香りの誘惑に勝てず自分達も食べてみる事にした。
「お待たせしました、カレーライスです」オリゼに土色のソースがかけられた料理が出される、はっきりいって見た目はあまり良くないがその香りは確かに他の客達が食べていたのと同じもの。
「辛いっ、でも旨い」
「ケパがいい感じにとろけてる、それに肉が柔らかい」
「これはチューバか、それにティナーカ。ほくほくして辛い味付けにぴったりだ」4人の皿がみるみる空になる。落ち着いたところで ジョルジオは店主を呼ぶ。
「実に旨かった、ところでお客全員が同じものを食べているが今日は何か特別な日なのかい、我々も雰囲気にのまれて思わず頼んでしまったよ」
「大した事じゃないんです、この料理に欠かせない香辛料は今までいせ…僕の故郷から取り寄せていたのを地元で採れる物に変えて自分で配合したと話したら皆さんが注文して下さったんです」
「なるほど、して何種類の香辛料を使っているのだね?」
「30種類ほど。中々納得できる物にならなくて100回以上作り直しましたが」苦笑する大輔に対しジョルジオは強いカルチャーショックを受けていた、宮廷料理長という立場に胡座をかいていた自分が恥ずかしい。本物の料理人とは彼のように常に探求心を持ち精進を怠らない人物を指すのだろう。
翌日からジョルジオは仕事の合間を縫っては新しい料理の研究に取り組み始めた。あのカレーライスにも負けない先代国王陛下やエチゴヤの主人を唸らせる物を作って見せる。
因みに先代国王アルバートはライスよりカレーうどん派であった。