「オイ、今日で刑期明け、釈放だ」見るからに恐ろしい形相の獄卒が牢の鍵を開けて1人の女ドワーフの囚人を解き放った。彼女はかつて同族の男2人を子分にしてどこぞの街のギルド内にある金庫から金を盗み出そうとしたが失敗して衛兵隊に捕まった。子分達は初犯だったので比較的短い刑期で釈放されたが彼女はこれまで何件もの窃盗を繰り返していたのが明らかになり今日まで罪を償う為刑に服していたのだ。
久しぶりに娑婆に出るとあの時の子分2人が迎えにきていた、ズドンとヘッポールだ。
「お前達、あたしの事忘れないでいてくれたのかい?」
「当たり前だろ、セシール。俺達ゃ義姉弟の盃を交わした仲じゃないか」
「やっと出てこれたんだ、これからは真っ当に生きて行こうぜ」
「そうしたいけどさ、今更あたしに出来る仕事があるのかねえ」
「それなら心配無用だ、今度エドウィンに新しい工場を建設する計画がある。今は商業ギルド長や領主様が人足や技術者を集めてる最中だからお前もそこで働けばいいさ」セシールとて歴としたドワーフ、鍛冶や建築なぞお手のものだ、需要はあるだろう。3人は足並みを揃えて街へ繰り出す。2人に案内されて一軒の料理店にやってきた。
この世界の人々は夜7時くらいからを夜更けと見なし地球人に比べて早寝の傾向にある、ドワーフ3人組が越後屋に訪れたのもそんな時間だった。
「こんな夜中にメシを食える店があるとは珍しいね」
「ああ、この街でもここだけだがな」
「いらっしゃいませ」店員は厨房に料理人が1人とウェートレスの2人だけだ、テーブルに案内され席につくと水と蒸された布が目の前に並べられた、ズドンとヘッポールを見やると2人はその布で綺麗に手を拭いている。セシールもとりあえず2人の真似をしておく。
「さてズドンよ、今日は何を食う?」
「ヘッポール、さっき工場の話をセシールにもしただろう、ならばあれがいいんじゃないか」
「すいませーん、注文いいですか?」ヘッポールが手を上げてウェートレスを呼ぶ。
「はい、オコノミヤキミックス3人分とギンジョウシュ1本ですね、暫くお待ち下さい」ウェートレスは注文を伝えに厨房に入ると中で細々した作業を始める、料理を担当しているのがこの店の主で2人はマスターと呼んでいた。
「お待たせしました」マスターが料理を焼けた鉄板に乗せて運んできた、ウェートレスは酒とグラスに白い半液体状なものが入った小さな器を3人の前に並べる。
「こちらの白いのはマヨネーズといいます、後はテーブルに備え付けのウスターソースをご自由にどうぞ。鉄板は熱いので火傷に注意して下さい」
「それじゃ早速頂くかねえ」セシールは切れ目に沿って1/4程を鉄板から剥がす、まずはそのまま。最初はどんな料理も味付け無しで食べるのが彼女のこだわりである、
「小麦粉を練ったのを焼いたんだね、他にも混ぜてあるみたいだけど。中の具はプラッカに
「ズドン、それはなんだい?」
「こいつはウスターソースつってオコノミヤキには欠かせないモンだ、ここにマヨネーズが絡むともう旨ぇのなんのって」そのマヨネーズをヘッポールはかけずにウスターソースだけで食べ始めた。
「俺ァマヨネーズ要らねえ派なんだ」ヘッポールに倣いセシールもウスターソースをかけて食べる。
「こりゃ不思議な味だね、辛いだけじゃなく後から甘いのや酸っぱいのが追いかけてくるようだよ」次はズドンを真似てマヨネーズとやらも合わせる。
「これは卵を材料にしたのか、酸味があって少しこってりしてて、これもいいじゃないか」オコノミヤキを半分程食べてからギンジョウシュという酒にうつる。
「うーん、いい酒だ。これが呑めないくらいなら悪い事なんぞする気にならないね」
「そうだろ?あ、もう瓶が空になる、お代わりお願いします」いい感じでホロ酔いになった3人、ふとセシールはここへきて2人が話していた事を思い出す。
「それで、この料理と新しい工場がどう関係あるんだい?」
「オウ。実はその工場こそ、このウスターソースを作るために建てられるんだ」
「街ぐるみで行われる産業になる、だから人手が必要なんだ」酒を煽りながらセシールは今までの人生を振り替える、そっか、これからやり直す事もできるんだ。泥棒なんて2度とやらず今後は堅気な生き方をしよう、あたしには少なくても2人の味方がいる。コイツらとなら何だって出来るさ。
何百年か後、この産業は長くエドウィンの経済を潤して3人は名誉工場長としてその伝説が子々孫々に渡り語り継がれる事になるがもちろん本人達は知る由もない。
次回はあの連中をだす予定です