ラターナ王国、レックス現国王の母であるシュリーは夫が時たま通うエチゴヤという市井の料理店が気になっていた。その店には今まで誰も見た事食べた事ない料理が供され、そこで食事をした客は皆満足して帰っていくらしい。
「あの人も今は悠々自適なのだから私も連れてってくれてもいいでしょうに」妻を放っておいて食道楽に走るとは、これが愛人とかなら赦しはしないが理屈は分かる。しかし浮気相手が食べ物では怒りのぶつけようがない。
ドアがノックされて息子の嫁で王妃のアンジェがティーセットのワゴンを押したメイドを伴って入ってきた。
「お
「美味しいわね、アンジェ。でもたまにはお茶よりお酒でも呑みたいわ」
「ええ、
「そうらしいわ、あれで本人は気付かれてないと思ってるのだから。そんなところが可愛いのだけど」
「まあ、お義母様ったら」しばし談笑していたがシュリーは何やら思い付く。
「アルバートはいつも途中まで馬車に乗って行くのよ、先回りしましょう」
さて、その日もこっそり出かけようとしたアルバートは馬車で待ち構えてた妻と嫁の姿をみるとがっくり項垂れたが追い出す訳にもいかず一緒に出かけるハメになる。
「ワシらが王族である事は決して気付かれてはならん、それだけは頼むぞ」シュリーもアンジェも元は一般市民の出身だからその心配はない。公爵家に馬車を止めて歩くこと数分、エチゴヤについた。
「いらっしゃいませ。ご隠居さん、今日もお連れの方が?」
「ウム、妻と娘じゃ」義理のじゃが…心で呟くアルバート、ふとカッセの焼ける香りが漂ってくる。シュリとアンジェも気づいたようだ。なら今回は他にあるまい、ウェートレスを呼び注文する。
「注文はワシに任せなさい。ピザを3人分頼む、あとは赤ワインを貰おう」ウェートレスが下がるとシュリは夫に問う。
「あなた、ピザとはなんですか?」
「薄いパンにルシコンや燻製肉、一番上にカッセを乗せて焼いた料理じゃ、赤ワインに合わすのならばこれじゃろう。」
今日はウェートレスではなく女性コックが料理を運んできた、
「お待たせしました、ピザと赤ワインです。焼きたてで熱くなってますので火傷にご注意下さい。切り分けますか?」円形のパンの上にたっぷりの燻製肉とルシコン、カッセがのってていい感じに焼き色がついている。アルバートが申し出を断ると彼女は厨房へ戻っていった
「ではワシが切り分けよう、これが案外楽しいんじゃ」アルバートはピザカッターを手にして3等分にするとカッターを妻に手渡す。
「お前達もやってみるといい、自分が食べ易い大きさになるようにな」
「車輪を回すように切りますのね、何とも変わったナイフですわ」アルバートを真似てピザの上に刃を滑らす。アンジェも同様に切ってみる。
「アラ、なんかこれワクワクしますわ」
「そうじゃろ?それはそうと早く食わんと冷めてしまうぞ、それ好みでカプシンを使った香辛料をかけてもいい」そういうと指にカッセが絡み付くのも構わず手づかみでピザ一切れとってかぶりつく。カッセが長い糸を引きそこからも湯気がたってくる、そしてもう一方の手でワイングラスを持ち口の中を洗うように呑む。こんな姿を誰も先代国王とは思うまい、尤もこの店では正体を隠しているのだから好都合ではあるが。
アルバートの様子をみていたシュリとアンジェもたまらず同じように食べてみる、
「熱っつ!カッセが熱い」慌ててワイングラスを取り口へ流し込む。カッセと燻製肉の持つ脂とルシコンの程よい酸味が渋みの強い赤ワインと相性がいい、赤い香辛料が味を一層引き締めてそのあとはもう食べる手と口が止まらない。手が汚れるのも気にしないでいたら
「ホレ、ここに来た時最初に温めた布を配られたろう?それで手を拭くんじゃ」アルバートの声でハッと我に返る2人だった。
「今日はとんだ恥をかいたわ、次はもう少し理性的になりましょう」帰り道の馬車の中で反省するシュリとアンジェ、アルバートは初心者ならよくあると笑っていた。しかし
「ちょっと待て『次は』という事は2人共エチゴヤに通うつもりか?」
「勿論ですとも、あなたが特にお好きだというギューナベも食べてみたいわ」
「お義母様、あのお店はお菓子も豊富に扱ってるそうですわ。そちらも是非頂きましょう」
「ウッいつの間にそんな情報を?」
「他のお客さん達から聞きましたわ、皆さんいい方ばかりですのね」自分の隠れ家を奪われたかのようにまたしてもガックリするアルバート。
こうして店主の大輔も知らない内に越後屋は王家御用達の店になってしまったのだった。
小ネタはまだあるのでストーリーにまとまり次第続き書きます