女神様を最高にして唯一の神とする宗教の僧侶であるサイケイは約30年に渡り大陸一帯を回る巡礼の旅を続けていた、その間にすっかり年老いて近頃は体力の限界を感じる。
「巡礼の旅はそろそろ終わりにしよう。どこかで下働きしながら余生を過ごすのも悪くなかろう」
ラターナに入る前、僅かばかりの金が入った財布を掏られてしまいエドウィンの街に到着した頃にはパン一つ買う事もできなかった。腹を空かせて道端に座り込んでいると40才くらいの貴族の男性がサイケイに気づいて馬車を降りて声をかけてきた。
「お坊さん、こんなところでどうなさった?」サイケイはありのままを話した。
「私はこの街の領主をしているコルトンだ、さあ馬車に乗り給え」馭者をしていた家来に抱き上げられ馬車に乗ってどこかへ向かう。しばらくしてついたのは女神様を祀る教会だった。
「貴方に出会えたのは運がいい、この教会は何年も使われていないのだが取り壊す訳にもいかなくてね、よかったらここで住職を務めてもらえないか?」サイケイは手を重ね膝をついて天を仰いだ。
「ああ!女神様は私を見放してはおられなかったのだ。感謝致します」
「手続きやら掃除は明日からでもいいだろう、食事にでもいかないか?私も昼を食べ損ねたのでね、ご馳走しよう」サイケイは公爵にも礼を述べる、再び馬車に揺られて一軒の料理店に着いた。
もう昼時を過ぎたというのに客席は結構埋まっている、特に甘い菓子目当ての女性が多いようだ。彼女達はそれぞれの望みの菓子がでてくると目の色を変え、各自思いのままに口に放っている。
「いらっしゃいませ、ご領主様」迎えるウェートレスにコルトンは告げる。
「ホットドッグとアイスコーヒーを2人分頼む」やがて腸詰めと刻んだプラッカを挟んだパンと赤と黄色の奇妙な形のボトル、見慣れない黒い飲み物に白い小さな壺が2つ運ばれてきた。公爵はパンを手にとると赤いボトルからだした液体をかけて飲み物に浸ける事なくいかにも旨そうに食べ始めた。
「我が街のパンは何かに浸けなくても充分に柔らかい、騙されたと思って食べてみるといい」サイケイが恐る恐るパンをかじると呆気なく歯で千切れた、口の中には腸詰めの肉汁が広がってパンやプラッカの甘味と調和していく。
「好みでこれをかけてもいい。赤いのはルシコンで作ったソース、黄色いのは香辛料だ」残ったパンに黄色い液体を少しだけかける、
(香辛料とかいったな、見た目はあまり辛くなさそうだが)もう一度食べると甘さと一緒にほんのりピリッとした辛さを舌の上を走った。それは決して不快ではなくむしろクセになりそうだ。
飲み物にもサイケイは目を見張る。こんな黒いのはみた事がないし何より春も半ばのこの季節にどうやって調達したのか氷がふんだんに使われている。一口飲むと苦さの中に爽快さが感じられた。
「多少苦い変わった茶だがそれがまたいいのだよ、また眠気覚ましにもなる。お好みで壺の中の濃縮されたラクや蜜を入れても良かろう」ものは試しとばかりに壺のラクと透明な蜜を入れてストローとかいう棒でかき混ぜてから再び飲む、すると爽快感はそのままにグッと優しい味わいになった。
「私はラクと蜜を入れた方が好みですな、この腸詰め入りのパンも柔らかくて美味しいです」サイケイの感想に公爵は満足そうな笑みを浮かべる。
やがて教会の仕事にも慣れてきたサイケイは街の人々とも交流するようになりすっかりエドウィンの住民に納まった。そして朝晩の祈りを欠かさない、これも全て女神様がお導き下さったからなのだと。
「ワタチ、導いた覚えないでちゅけど」当の女神様が下界を見下ろしながらそう呟いているとも知らずに。
教会なのにナゼ住職?とか言われてもそもそも異世界の宗教なので突っ込み禁止とします(笑)