異世界料理店越後屋   作:越後屋大輔

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第7話河童とけんちん汁

 ある真冬の寒い朝、大輔は人参とじゃがいもを炒めていた、灰汁をぬいたゴボウに下処理した大根を出汁に加え味噌を溶かして煮込めば完成だ、越後屋では元からスープや味噌汁は所謂サービスセットに入れていない、日本では塩分の取り過ぎが懸念されていたからだが味噌自体がないこちらでは得体の知れないものとして敬遠されたからだ。その中でこいつには固定ファンがいる。

 その日の晩、河童のトゥーンは今月の給料袋を握りしめ越後屋へやってきた。河童の特性を生かし船宿の渡し守になって8年、真面目に勤めてきたので宿の主人の信頼も厚い。そんな彼にとってあの店で夕食ついでに酒を一杯引っ掛けるのが月に一度の楽しみである。

 ご先祖様達が人間達に地球とか呼ばれてた、元いた世界を捨て河童の秘術でこちらにやってきて150年、その間に同胞達も皆散り散りになりトゥーン以外の河童はここにはいない、最も生まれて30年足らずのトゥーンにはどうでもよかった。

 店の中を吹く風は冷えた体を程よく暖めてくれるしまた昼間の様に明るい、店のマスター曰く人間が150年の間に色々開発したとか、しかもそのマスターは最近までご先祖が昔住んでいた世界にいたらしい。トゥーンが伝え聞いた話では人間は妖術を使えないらしいが。カウンター席に付くとウェートレスが注文を聞きに来る、

 「まずはアツカン、グルミスとソランゲのピクルスを。その後、オリゼとケンチンスープも」

 「はい!少しお待ち下さい」元気に答えるまだ幼さの残るウェートレスをトゥーンは微笑ましく思いつついつも通りの品をたのむ。この組み合わせは肉や魚があまり好きじゃない彼にとってなによりの御馳走だ。早速ピクルスでアツカンをやる、他の酒場等で出されるのは塩や酢が強すぎて酒の味が鈍る、だがここのは絶妙な漬かり具合で酒と合わせれば互いが引き立つ、もう少し呑んでいたいが明日も仕事があるので酒は打ち切りオリゼに移る、どっちもピクルスとの相性は抜群だ。それにオリゼはケンチンスープも合う、その水面の輝きは油だが肉の匂いは全くしない、どうも花から採れる油を使ってるらしい、煮崩れる限界まで柔らかくなった根菜と一見肉のようだが、実はヒスピの煮汁を固めたという具が胃に優しく溶け込んでいく、スープの味はどこか懐かしさすら感じさせなぜか会ったこともないご先祖様を彷彿とさせる、なによりこの季節に暖かいものはありがたい。すっかり満足すると支払いをして寒空へ戻っていく、外は寒くても腹は暖かい、次に訪れる来月の楽しみへ思いを馳せるトゥーンだった。

 その日の閉店後大輔はお品書き作りの為ロティスから文字を勉強していた、今まではお客から食べたいものを聞いてそれに答える形だったが店の繁盛ぶりからそれも限界が来ていた、基本この世界の識字率は王公貴族や大商家以外は低いがそれでもないよりはいい、そこで三人で唯一読み書きができるロティスから教わる事にした、常連さん方が必ず頼む好物を含むレパートリーや注意書き等をまとめておく。

 「ひとまずこれで形になったかな、ロティス、おかげで随分楽になるよ。でも君はどこで勉強したの?学校には行ってないよね」

「引きこもってた頃に独学で覚えたんです、働きたくなかったから他にする事がなくて」

 「そっか、人間なにが幸いするか分からないな、おかげで助かるよ」嫌味なく答える大輔に対し、ロティスは顔を真っ赤にした。




 トゥーンのご先祖達が異世界に転移したのは日本が明治維新を迎えた頃ですね。
 大輔は基本自分が異世界人である事はヴァルガスや金物屋夫妻を除いて内緒にしてますがトゥーンはご先祖の影響なのか匂いというか雰囲気で気付いたようです、お互い口にはだしません。
 今回の異世界語
・グルミス→きゅうり
・ソランゲ→なす
・ヒスピ→大豆
 後、この話にでてくるピクルスは
実はお新香のこと。
9月21日改稿、12月1日再改稿

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