この時点ではまだパックスは越後屋にいません
ザンディーのセリフが履歴書と微妙に違う点に関する突っ込みはご容赦を(笑)
*CM*「ひだ3」パラレルワールド編最終回を一部修正しました、ウメテンテーがなんと…
昼間にはこの夏一番の暑さとなったその日の晩、エドウィンの街で医者をしているザンディーの自宅兼診療所の戸がけたたましく叩かれていた。出ていってみると金物屋の長女マティスが幼い自分の娘を抱いて半狂乱で助けを求めていた。急患ならば仕方ない、白衣を着ると幼い子供を診る。
「こりゃ体中の水分が枯渇して衰弱しとる、ここに来る前に水は飲ませたかの?」
「は、はいあの私の雇い主がピクルスと砂糖の入ったのを飲ませてくれました」
「ホウ、良い対応じゃ。その方が真水より効果があるからの、ならワシがする事は特にないわい。後は寝てれば自然と元気になろうて」緊張が緩んで腰を抜かすマティスを立たせるザンディー、駆けつけた両親に引き渡すと再び戸に鍵をかけて人心地ついた。
その頃晩ごはんを食べ損ねていた大輔は1人厨房でざる蕎麦を作り軽く一杯呑っていた、蕎麦はアレルギーが心配でお客には出せないから自分用にだけ仕入れている。ましてこの世界には蕎麦自体あるのかも分からないので尚更可能性は否めない。
「今度ヴァルガスさんか農家のカリーナさんに聞いてみよう」ふとあるモノが頭に浮かぶ。あれなら小麦で出来ている、この辺は本来パンが主食だからアレルギーの心配もない。安堵した大輔は適度に酒が回るのを感じつつ床についた。
次の日も猛暑であった、街の商店はどこも開店休業である。そんな中エアコンのある越後屋だけはいつにもまして賑わいを見せるがこの暑さのせいか注文が入るのは冷たい飲み物やアイスばかりだ。これでは却って体に悪い、ザンディーも仕事柄それは百も承知だが流石に食欲がわかない。とはいえ医者の自分が暑さにだらけていては示しがつかない、ここはみんなの手本にならねば。カウンター席に座るザンディーは大輔に相談する事にした。
「マスター、こんな日でもしっかり食べられる料理はないかの?」
「はい、しばらくお待ち下さい」
「お待たせしました、素麺です。ジベリと梅干しはお好みでどうぞ」透明な皿に美しくもられた白いパスタに氷が添えられていて、取っ手のないカップには蓋代わりにすりおろしたジベリと細かく刻んだ真っ赤なピクルスが乗った小さい皿が被せてある。注がれた濃いめのスープにつけながら食べるように薦められた、まずはスープだけで味わう。
「こりゃ随分細いパスタじゃの、ウムこれは程好く冷やされている。これなら胃にスルッと入るわい」今度はジベリと赤いピクルスを合わせてみる、健康にも効果があるジベリの爽やかな辛みが元気をくれる。ウメボシとかいうピクルスの強烈な酸味は食べるほどクセになりそうだ、ふと隣でアイスを準備していたマティスが大輔に問う。
「そのピクルス、昨日マウリが飲んだ水にもはいってたわよね?」
「ウン、酸味のあるものは体力回復に効くからね」
「マスターは医術の心得があるのかの?」ザンディーも尋ねる。
「ありません、ただの経験則です」大輔は飄々と言ってのけるがザンディーは深く感心した。
店の外から暑い空気が入ってくる、コルトン公爵が来店してきた。
「マスター、以前ルカ殿から聞いたのだが、異っ、イヤ君の故郷にはナガシソーメンとかいう涼しさを演出するモノがあるそうだな」
「あっはい、ありますが?」
「実は近い内に私の元へに来客の予定があって、何か良いもてなしはないかと考えていたのだよ。後でゴッシュをよこすから教えてやってくれないか?」
「ええ、いいですよ。ただお屋敷では難しいでしょうから川の近くを会場にした方がいいと思います」そう公爵にアドバイスして一度店内を見渡すと再び公爵と向き合い
「せっかくですから予行練習も兼ねて皆さんを一度お呼びしてもいいですか?」
「私は一向に構わん、時間のある者は是非足を運んでくれ給え」翌日大輔はガーリンの協力を得てゴッシュと竹を切って樋を組み、会場となる河原へ運ぶ。常連一同が集まっていて早速流し素麺が開始された。
氷水と一緒に竹の樋を流れる素麺を取ろうと夢中でフォークを突っ込む子供達、酒好きな大人は焼酎やウィスキーをロックで楽しんでいる。ザンディーは炎天下での呑みすぎには気を付けるようヴァルガスやガーリンに注意する、公爵もこれなら当日も良いもてなしができるとほくそ笑んだ。
~いよいよ夏本番である~
個人的に素麺の薬味はしば漬けと葱が好きです