ボタモス元公爵には妻との間に設けた息子達とは別に他の女性との間に出来た子供がいる。いわゆる私生児だ、(この世界に非嫡出子という言葉はない)14年前にボタモスがお付きのメイドに手を出して産まれた娘で名をリモーネという。
リモーネの母は妊娠が分かるとすぐに公爵家から追い出された、援助もなく母娘2人で慎ましく暮らしていたがボタモスが逮捕されてしばらく経ったある日、母が仕事にでてリモーネが1人で家事をこなしていると長男が母子の家を訪ねてきた。そして2人を家族として受け入れたいと申し出た、貴族から平民となった息子達に没収された爵位を返還してもらえるよう国王にとりなしてやる代わりに娘を自分に嫁がせろとさる大公からいわれたそうだ。ボタモスには恨みこそあれ恩や義理は全くない、勿論リモーネは断った。そう告げると腹違いの兄は高らかに笑いながら
「アッハッハッ、そうだろうな。イヤすまない、あまりに予想した通りの返事だったから大笑いしてしまったよ。俺達は兄弟揃って商売で成功しているから貴族に戻れなくても一向に構わん」兄もこの話を最初から断るつもりだったそうだ、話を切り出したのもあくまで先方に筋を通したにすぎないという。
「俺達の母は既に亡くなっているし君のお母さんも一緒に我が家で暮らさないか?これには妻と子供達も賛成している、ウチが嫌なら弟のところでもいい」ボタモス本人は大嫌いだが息子達まで恨むほどリモーネは陰湿な性格じゃない、この申し出も嬉しくはあった。しかし
「お気持ちはありがたいのですが私も母も今更新しい生活に馴染めるとは思えません。これからも母と2人でいつも通りの生活を続けていきます」その瞳から強い意志を感じ取った兄は軽くため息を吐くと
「分かった、君の気持ちを尊重しよう。けどせめてお母さんと一度食事に付き合ってくれないか?」
しばらくして2人の兄に連れられ母と越後屋にきたリモーネ、彼らは店に入るなり店主に頭を下げて侘びていた。何でも以前ボタモスが大変な迷惑をかけたそうだ、店主は過ぎた事だからと頭を上げてほしいと恐縮していた。
「さて、料理を頼もうか」許しを得た兄弟はメニューを見る、リモーネと母はこの世界の殆どの一般市民同様文字が読めないので2人に任せる事にしたが
「君、ちょっといいかい?」次男が指を鳴らして年若いウェートレスを呼ぶ。
「我々は生憎初来店でね、何かお薦めの料理を頼みたい」これを受けたラティファは厨房の大輔にその旨を伝える。
「お薦めか、じゃ久し振りにアレを作ろう」ちょうどパプリカがあって黒酢も手に入れていたので料理を完成させてからラティファに届けるように指示する。
「お待たせしました、スブタです。付け合わせはマントーパンをお持ちしました」出てきたのは猪肉をメインにしながらも何ともカラフルな野菜を合わせた料理である。
「色合いが実に綺麗だ、肉と甘酸っぱい味付けのバランスがいい」
「これ何の野菜だろ?切り口や食感はカプシンに似ているが、辛くはないな」
「この付け合わせの真っ白な丸いパンもいいな」それ単体では味気ないパンだがどちらかといえば濃い味付けの肉料理に合わせると最高の組み合わせになり不思議とパンの風味と甘さを感じる。
「これは!ドラゴンスターキーか、南にある常夏の土地でしか採れないと聞くが」
「逆に寒冷地の方が実りのある小麦で作るパンか。なあ兄貴、リモーネ」次兄に話しかけられ夢中で頬張っていたパンを詰まらせるリモーネは水の入ったグラスを手にし慌てて胃の奥に流す。
「育った環境が違ってもこんな風に組み合わせがいいモノもある、俺達もそんな兄妹になれないか」
「そうだな、一つ屋根の下で暮らせなくても家族付き合いはしてくれると嬉しい」リモーネ母娘はこの提案を喜んで受け入れた。
大輔が持っている世界地図を眺めながら首を捻る女性従業員一同、ナゼここまで精密で細かい地形まで判明しているのか彼女達には理解できない。
「そんなの、空で、見る、すぐ分かる」元は人工生命体のパックスは生まれつき地球の知識をある程度持っている為宇宙とかの概念も知っているがこの世界の人々からすれば夢物語よりも奇なりである。
「地面から数万メートル高いトコから観測したんじゃないかな」涼しい顔で答える大輔。
「それ、どんな魔法なの?」
「お姉ちゃん、マスター達の世界に魔法はないんだって」
「数万メートルって、カカンザの奥地にあるフィンガ山より高いんですか?」
「想像もつかない…」今度日本に帰ったら宇宙関係のDVDとかレンタルして見せてみようか、どんな顔するだろうな?大輔は珍しくいたずらっ子な笑みを浮かべてしまっていた。
・ドラゴンスターキー→パイナップル
・マントーパン→饅頭(まんとう)という中国の蒸しパンの事。具なしの中華まんだと考えていいと思います
~追記~
パイナップル入りの酢豚って好みが分かれますよね、私は肯定派なので異世界でもアリとしましたけど否定派の方々のご意見はどうでしょう?