だがしかし -ひと夏の思い出-   作:natsuki

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四十円と土用の丑の日

 土用の丑の日。

 ウナギを食べる日――ってくらいの曖昧なことしか覚えていないけれど、しかしながら駄菓子屋稼業では食べていくこともなかなか難しい昨今、ウナギを食べることなんて夢物語に過ぎなかった。

 

「ウナギかあ……」

 

 ふと、そんなことを呟いた、ちょうどその時だった。

 

「あら、ウナギだったら簡単に食べられるじゃない?」

 

 そこには、一人の少女が立っていた。

 年頃は僕と同じか、少し上。

 白いブラウスに黒いジャンパースカート、黒いタイツに黒いヘアバンド、ヘアバンドにワンポイントとして薔薇のモチーフがあしらわれている。

 そして、その少女は――何より胸が大きかった。

 少女――ほたるさんというのだけれど、ほたるさんはラムネを一気飲みして、

 

「あるじゃない! ここに立派な蒲焼が!」

「いや、ほたるさんはそりゃ簡単に食べられるかもしれないですけれど、駄菓子屋じゃそんな稼ぎも――え?」

 

 今、ほたるさんは何と言った?

 

「だーかーら、ここに立派な蒲焼があるでしょう!?」

 

 そう言ってほたるさんは両手でそれ――『蒲焼』を持っていた。

 ……蒲焼は蒲焼でも『蒲焼さん太郎』だったけれど。

 

「……ええと、蒲焼さん太郎、ですよね……? それって」

「そうっ! この蒲焼さん太郎、食感がまるでウナギの蒲焼を食べているような味わい! それでいてリーズナブル! 徐々に価格が上昇しつつある業界ではあるけれど、この駄菓子は今でもほぼ十円台をキープしている! 少年少女紳士淑女たちの懐を考えた値段設定になっている、というわけねっ!」

 

 相変わらず、駄菓子の話になるとほたるさんは楽しそうに話をする。

 ま、それを楽しいと思っている僕も僕だけれど。

 あれ……でも、ちょっと待てよ?

 

「でも、ほたるさん」

 

 僕は一つ引っかかったことがある。

 それはそのほたるさんが持っている駄菓子についてだ。

 

「なに、ココノツくん?」

「蒲焼さん太郎って確かに蒲焼ではありますけれど……、それって『スケトウダラ』じゃなかったでしたか?」

 

 それを聞いたほたるさんが一瞬硬直する。

 ……もしかして、知らなかった?

 

「し、知らなかったなんてことはないわよ? ただ蒲焼さん太郎って……ほ、ほら! ウナギの蒲焼『風』じゃない! パッケージにも蒲焼のイメージ写真が載っているくらいだし!」

 

 ほたるさん、再始動。

 まあ、確かにパッケージには写真が載っている。

 

「けれど、それはあくまでもイメージじゃないですか? 実際、掲載されているものとイコールじゃないですし、さすがにそれを土用の丑の日にするのはこじつけな感じが……」

「ココノツくんも強情ねえ……」

 

 ほたるさんは溜息を吐いたのち、カウンターに両手をつく。

 ぷるん、という効果音がついてもおかしくないような感じで、ほたるさんの胸が揺れた。

 

「解ったわ。それじゃ、この『蒲焼さん太郎』を使ってうな丼を作りましょう」

 

 そう言ってほたるさんは十円硬貨四枚をカウンターに置いた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ほかほかのご飯が盛り付けられたどんぶりが二つ。

 そしてそこに載せられたのは、電子レンジでチンして炙った蒲焼さん太郎が数枚。焦げ目もきっちりついている。香り的にはなんかほんとうにうな丼っぽい。

 

「山椒が無いのは残念なところだけれど……、これでうな丼の完成よ! 駄菓子が生んだ、高級料理とはこのことをいうのかしら!」

 

 そうなんでしょうか、と僕は言いながら両手を合わせさっそく食べてみることにした。

 蒲焼さん太郎を箸で取り、そのまま口の中に。

 噛もうとしたが――硬い。

 

「ほ、ほたるさん。硬いです、硬いですよ、これ。プラスティックみたいです」

「そんなことはないわよ!」

 

 ほたるさんは僕の言うことを無視して同様に蒲焼さん太郎を口に入れた。

 結構な回数噛んでいるが、どうやら噛み切れることは無いようだ。

 仕方がないので僕はそれが残っているまま、ご飯を入れていく。

 でも、正直味は悪くない。そりゃそうだよな。味付けがまんま蒲焼のたれだし。今思えば、蒲焼さん太郎のモチーフにウナギの蒲焼があるのって、これが大きいんじゃ……。

 ほたるさんも結局噛み切れなかったらしく、そのままご飯を食べていた。

 そして水――いいや、この場合は水じゃない。ほたるさん本日二本目のラムネで蒲焼さん太郎を胃に流し込んでいった。

 そして、一言。

 

「……美味しかったわね! 改良が必要な点はあったかもしれないけれど……、どう、ココノツくん。少しは土用の丑の日を楽しめたのではないかしら?」

「そう……ですね。まあ、本物のウナギが食べたい気持ちはやっぱり残っていますけれど」

「それは仕方ないわね。ココノツくんがここを継ぐと言ってくれれば毎日でもウナギを食べさせてあげるけれど」

「それは却下で!」

 

 ……ちなみにちょっとだけ心が揺らいだのは、言わないでおくことにしよう。

 

 

 こんな日常を送りながらも、僕たちの夏休みは続いていく。

 これは、その夏休みの、ほんの一幕に過ぎなかったのだった。


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