行った皆様お疲れ様でした。
ピンポーン
時刻は街並みを朱色に染める頃、安アパートの安いベルの音が短く響く。銀のドアノブを回し、押し開ける。見知った顔が3人飛び出してくる。普段ならそのまま何事も無かったかのようにドアを閉めるだろうが今日は事前に約束していたのでそれはしない。
「来てやったぞー!!入れろー!」
ルミが意気揚々と日本酒の瓶を抱えて入ってくる。まさかもう酔っぱらっているんじゃないだろうな。
「「お邪魔しまーす。」」
ルミに続いてアズミ、メグミがそれぞれビニール袋と発砲スチロールの箱を持って入る。3姉妹が入ったところでようやく姿が見えた小さな体躯の少女。
「いらっしゃい、愛里寿。」
綺麗な髪を片手で撫でながらもう片方の手の手首を動かし、入っておいでとジェスチャーする。
「お、お邪魔します。」
少し顔を紅潮させながら俺に見せるために持ってきたであろうボコのぬいぐるみをギュと抱きしめ、ゆっくりと入ってくる。
「ロリコン。」
「シスコン。」
「誰がロリコンじゃ、ボケェ!!」
「シスコンなのは認めてるのね。」
ルミ、メグミと続いた言葉に反論する俺にツッコむアズミ。
事の発端は愛里寿宛てに届いた発泡スチロールの箱。要冷蔵と書かれたシールの箱を開けると中から出てきたのはグロテスクな顔の写真。あんこうだった。そしてその下にはあんこうの切り身。依頼主を見ると愛里寿のライバルにして同性のボコ同志の西住みほさんだった。一緒に添えてあった手紙を見てみると大洗で捕れたあんこうをおすそわけしてくれたようだった。
「そうか、大洗ってあんこう鍋が名物か。」
手紙を見ながら俺は何となくつぶやいた。
「こりゃあ、今日はあんこう鍋しかないっしょ!!」
「いいわね~。最近寒くなってきたし。」
「熱燗で一杯ね。」
鍋と酒の話で一気に盛り上がる3姉妹。この3姉妹の性格をよく知る俺は当然の疑問をぶつけてみる。
「・・・で誰が調理するんだ?」
「「「えっ?」」」
3姉妹がキョトン顔をしながら一斉に俺を見てくる。
「「「そんなの決まってるじゃない。」」」
人差し指を各々俺に向ける。
「・・・・場所は?」
指は動かず。
「マジかよ。」
訝しむ俺の顔を見てアズミが愛里寿に耳打ちする。
「私、ヒロアキのお家行ってみたい。」
「いいぞ。おいで。」
「「「うわーーー。即答。」」」
そんなわけで愛里寿+3姉妹が一人暮らしの俺の安アパートに来たのである。
「うひょー。コタツだー。」
言うや否やすぐにルミが入り込む。
「しかしあんまり物が無いわね。」
部屋の中をキョロキョロと見渡しながらコタツに向かっていくアズミ。実際に俺の部屋は中央にコタツ、そしてベッドと本棚ぐらいしか特色すべきところがない。
「あれ?でもベッドの上に熊の人形が置いてあるわね。男なのにこんなかわいい人形持ってるなん「ボコだーーー!!」
メグミの声を遮ってものすごい勢いで愛里寿が俺のベッドの上に乗り、置いてあったボコの人形を手に取る。そして自身の持っていたボコの人形と並べてウンウンと満足げに頷いている。ああ可愛い。
「・・・で何だって?」
「何でもないわ。」
俺と同じ気持ちなのだろう。恍惚の表情を浮かべてさっきの言葉はなかったことにしたメグミ。他の2人も同じ表情だ。
「じゃあそろそろ作るか。」
「「「そう。じゃあよろしく~。」」」
「お前らなぁ。」
コタツに入ったまま出てくる様子のない3姉妹。全部人任せですか、あーそうですか。ムカ着火ファイヤーぐらいの感情を心に燃やしつつビニール袋から食材を取り出していると
「ヒロアキ、私も何か手伝う。」
エンジェル愛里寿がご降臨なされた。俺の心のムカ着火ファイヤーはすぐに鎮火され、楽園への扉が開かれそうだ。しかし大事なエンジェルに包丁を使わせて万一の事があってはいけない。ここは安全な仕事をさせなくては。
「じゃあこれを持っていてくれるか。」
愛里寿にタブレットを手渡す。
「これは?」
「そこに調理方法が書いてあるから俺に見せていて欲しいんだ。」
あんこう鍋を調理するのははじめてなので作り方がわからない。なので元々タブレットを見ながら調理する予定だったのだが何分1人暮らしのキッチンなので狭く、タブレットを置けるスペースが無いのだ。
「それをやってもらえるとすごく助かるんだが。」
「わかった!!」
エンジェルの笑顔が眩しい。先ほど鎮火した炎が違ったものになって燃え上がりそうだ。いかんいかん。頭を振り、雑念を消して包丁を握り食材を切っていく。
「よーし、エロ本でも探すか!!」
突然発せられたルミの言葉に危うく指を切りそうになった。振り向くとベッドの下を漁っている。俺と目が合うとニヤリと悪い笑顔を見せてくる。ほほう、そんなに俺に対する愛里寿の好感度を下げたいのか。
「おっ!これは?」
「えっ? 何があったの?」
「早く見せて。」
他の2人もノリノリのようだ。同罪だな。
「じゃーん、こんなの見つけました!!」
そう言ってとびきりの笑顔で見せつけてきたのはタバコの箱。
「隊長。彼、タバコ吸ってますよ。タバコは体に悪いですし、クサい。そして何よりタバコの副流煙は周りにいる人にも害がありますよ。」
つらつらとタバコの箱の側面にでも書いてありそうなことを言ってくるルミ。確かに俺は喫煙者だがヘビースモーカーではない。あと家にいる時しか吸わない。それも1週間に1、2本程度だ。たまに吸うと頭の中がリセットされるような気がして吸っている。だが別に無くなっても困らない。
「ヒロアキ、タバコやめた方がいいよ。」
俺の裾を引っ張り、潤んだ瞳で見上げてくるエンジェル愛里寿。そしてその様子を見てしてやったり顔の3姉妹デーモン。
愛里寿と同じ目線まで屈み、できるだけ優しい顔を作りながら俺は悪魔を退治することにした。
「そうだな。やめた方がいいよな。でもな愛里寿、タバコを吸うのには理由があるんだ。それはストレス発散なんだよ。で、そのストレスの原因はあの3人がいつも飲み過ぎていつも俺が介抱しなきゃいけないことなんだ。だからあの3人がもう少し、お酒を控えてくれたら俺もタバコをやめられるなぁ。」
わざとらしく大きい声で言いチラリと3姉妹を見る。急に標的が自分たちになったことで飲み過ぎて吐きそうな時と同じ顔色をしている。
「3人とも。」
「「「は、はい!!」」」
戦車道をしている時と同じトーンの愛里寿の声が聞こえて背筋を伸ばす3姉妹。
「お酒飲むの控えて。」
「・・・はい。」
伸ばした背筋がポッキリ折れたようである。机に突っ伏してしまった。隊長に言われたらしかたない。これでしばらく大人しくなってくれればいいがどうだろうな。
「ありがとう愛里寿。じゃあコレはいらないな。」
ルミの手からタバコの箱を取り、ゴミ箱へ投げる。そしてキッチンへ戻る。
愛里寿、画面スクロールして。そう言うと小さな手が一生懸命動く愛らしい動作が数回され、できたあんこう鍋。コタツに鍋を持っていく。
「ほらできたぞ。顔をあげろ。」
先程の愛里寿の言葉がよほど効いたのか調理中もずっとコタツに突っ伏したままだった。はい、はい、とやる気のない声と共にのそのそと顔をあげはじめた。しょうがない。
「ほら、熱燗も用意したぞ。」
「「「さっすがぁ!!」」」
目を輝かせる3姉妹。鍋を中心に置き、熱燗を渡すとすぐさま飲みはじめる。くぅ~と目を閉じて味を噛みしめている。やれやれと見ているとひとつの問題に気づいた。コタツは正方形で出来たもので各所1人が座れるスペース。今はルミ、メグミ、アズミが座っており残る1つは愛里寿が座るとして・・・俺が座る場所が無いな。しかたないかと思いテーブルの少し離れたところに座り胡坐をかいていると
「んしょ。」
程よい重みが加わる。エンジェルが聖域もとい胡坐の上に降臨なされた。わーお。
「愛里寿、これは「ヒロアキ!もっとコタツに近づいて!!」
「あっ、はい。」
言われた通りにコタツに近づく。3姉妹のジト目が痛いが目を合わせないようにしよう。
「じゃあ、みんないただきます。」
「「「「いただきます。」」」」
愛里寿の声によってジト目をやめて笑顔になった3姉妹。愛里寿、大きくなってもお前だけはこうなるなよ。
鍋も食べ終わり今日は珍しく酒もそこそこにして帰ることにした3姉妹。まぁ愛里寿に言われたから当たり前か。最寄りの駅まで愛里寿と3姉妹を見送る。
「じゃあ気をつけて帰れよ。まぁ今日は酒もほどほどだから大丈夫だと思うが・・・毎回こうだといいんだがな。」
「うるさいわね。」
「私たちの唯一の楽しみが・・・」
「私たちが何したっていうのよ!!」
「日本に酔っ払い迷惑防止条例がないのが救いだな。」
クレームのオンパレードに遠い目をしながら愛里寿に視線を移す。
「またな愛里寿。遅いから気を付けて帰るんだぞ。」
「・・・・・うん。」
どこか元気がないがこればっかりは仕方ない。それに明日またすぐ会えるのだ。
「じゃあな。」
手を挙げて別れの挨拶をし、来た道を戻る。
3姉妹も改札を通り、ホームへ向かっていく。しかし愛里寿はボコの人形を抱きしめたまま動かないでいた。
「あれ?隊長どうしたんですか?」
「はやくしないと電車来ちゃいますよー。」
「これ逃したら次ないですよ。」
ルミ、メグミ、アズミの言葉に急に顔をあげて愛里寿は答える。
「私、忘れ物したから戻る。先に帰ってて!!」
そうして反対方向へ走りだす愛里寿。
「ちょ、ちょっと隊長ーー!」
ルミの声も届かず、闇に消えていく愛里寿。
ピンポーン
皿洗いをしていると急にベルが鳴り、ビクつく俺。扉を開けると息を切らして愛里寿が立っていた。
「ど、どうした?愛里寿。」
「えっと・・・・その・・・わ、忘れ物!!」
「えっ?何忘れたの?」
「・・・・ボ、ボコの人形。」
「いや、今手に持ってるよな?」
「・・・・・・。」
しばらく沈黙が続き、顔を真っ赤にした愛里寿がもう一度口を開く。
「もう電車が無いから泊めて!!」
「ええええええ!!!」
突然の発言に驚いたが
「あっ、いやちょっと待て。」
すかさず携帯を取り出しある番号へかける。
「どこにかけてるの?」
キョトン顔で聞いてくる愛里寿。
「千代さん。迎えにきてもらおう。」
俺の発言に目を大きく見開いてショックを受けているように見える愛里寿。何故だ?
まあいいとにかく千代さんと話そう。こういう時の為に前に電話番号を交換しといて良かった。数コール後、落ち着いた声のもしもし?が聞こえてきた。
「あっ、どうもヒロアキです。夜分遅くにすみません。」
俺は千代さんに今までの経緯を説明し迎えに来てほしい旨を伝えた。ちなみに俺も今日は酒を飲んだから車の運転は出来ない。
「あらそうなの・・・ちょっとまってね。」
なにやら電話越しでごそごそと音が聞こえてきてその後プシュ!!ゴクゴクという音も聞こえてきた。
「ごめんなさいねヒロアキ君。私もお酒飲んでしまって迎えに行けないわ。」
「いや明らかに今飲んだでしょ。」
「お酒を飲んでしまったという事実には変わりないわ。それにねヒロアキ君。一宿一飯の恩義って言葉知ってる?」
それをここで出してくるか。前回島田邸にお世話になった俺。一宿一飯の恩義がある事実も変わりない。
「愛里寿を泊めろと?」
「あなた恩を仇で返すような人間じゃないでしょう?」
俺もずいぶんと信用されたものだ。自分の娘を一人暮らしの男のところに泊めるなんて。
「愛里寿に代わってもらえるかしら?」
携帯を愛里寿に渡す。数回、うんと言った後 おやすみなさいお母様と言い電話を切った。
「泊まっていっていいって!!」
そんな満面の笑みをされたら答えは1つしかない。
「・・・どうぞ。」
愛里寿を家に招き入れた。
翌日、一緒に練習場まで来たところを3姉妹に目撃され、バミューダアタックから逃げることと以下略。