「「「お願いします、付き合ってください!!!」」」
「はっ?」
いつもと変わらずセンチュリオンの整備をしていると突如、背後からの大声が聞こえた。体をビクつかせながら振り返るとそこには土下座をかますお馴染みの3姉妹。
ありえない光景を目にしてやや目を細めていると急にルミが顔をあげた。
「あっ、本気で言ってるんじゃないのよ。あくまで『形式上』付き合ってって言ってるの。」
よく言ってる意味がわからないので詳しく話を聞こうとしたが
「やだ!! 勘違いさせちゃったかしら?」
「大丈夫よアズミ。こいつロリコンだから。」
続いたアズミ、メグミの言葉でその気が失せた。
「さ~て、整備も終わったし帰るか。」
「「「すみませんでしたーーーー!!! お願いだから帰らないで!!」」」
「だーーー!!!わかったから足を離せ!!」
血眼になって作業着の裾を引っ張ってくる3姉妹の狂気から話を聞くことになってしまった。
場所を食堂に移し、席に座るなり各々捲し立てるように喋りだしたので頬杖を突きながら窓の外を見る。最初から真面目に聞く気なんてないしな。
落ち行く夕日を見ながら「最近は陽がのびたなぁ。」と初孫を見るおじいちゃんのような穏やかな顔をしてると机の上からドンッと衝撃と共にメグミの声が聞こえてきた。
「ちょっと!!聞いてるの?」
「あー、聞いてるよ。要約すると各々の高校時代の友達に彼氏が出来て、見栄を張って自分にも彼氏が出来たと言ってしまい、偶然にも各自今度の連休初日に会おうということになってしまって俺に彼氏のフリをして欲しい。そういうことだろ?」
「い、意外と話聞いてるのね。」
「まあそういうことなの、だから」
「「「お願いします。」」」
「メンドクサイ。断る。」
席を立って出口に向かって数歩進むとバスケのディフェンスのごとく横からフェードインし、俺と対峙する3姉妹。
「ちょっと待ちなさいよ!!美女3人がこんなにも頼んでいるのに即答で断るってどういうことよ!!」
声を荒げるルミ。そしてコクコクと頷くアズミとメグミ。
「別に俺じゃなくても他の男に頼めばいいだろ。 美女さん達なら楽勝だろ?」
「「「・・・・・・。」」」
「・・・嘘だろ? おまえらまさか!!」
「やめて!!それ以上は言わないで!!」
「男の知り合い多かったらとっくに彼氏が出来てるわよ!!」
「だいたい男との出会いがないのよ!!」
地雷を踏んでしまったようで取り乱す3姉妹。こんなにも男友達がいなかったとは。まあいい、この間に通り抜けよう。そろりと足を動かしてゆっくりと進む。しかし
ガシッ
そうは問屋がおろさなかった。女子とは思えぬ握力で腕を掴まれ、ゆっくりと振り返ると満面の笑みのバミューダトリオ。
「何もタダでお願いを聞けって言ってるんじゃないの。メグミ!! アズミ!!」
ルミがパチンと指を鳴らすとどこから持ってきたのか紙袋を取り出してきた2人。
まずアズミが紙袋から物を取り出す。
「これは大洗の期間限定のボコグッズ。ちなみにその期間はつい最近終わったわ。」
「なっ!!」
何てことだ。ここ最近整備が忙しかったせいかそんな最大重要事項の情報を見逃してしまうとは、不覚!! 大洗の期間限定・・・ボコミュージアムか!!!くそー遠いぜ!!
頭を抱えながら自己嫌悪に陥っているとさらにメグミが追い打ちをかける。
「こっちにも同じ商品が入っているわ。これをアンタから愛里寿隊長に渡せばどうなるかしら。」
俺から愛里寿に? ボコグッズを? しかも大洗の期間限定商品のやつを? ・・・そんなの。
「大洗!!」
「期間限定!!」
「ボコグッズ!!」
「「「With A !!(愛里寿の分も)」」」
「集合時間と場所を教えろ、ダメウーマンズ!!」
こうして俺は3姉妹の彼氏のフリをすることになった。
***
当日の朝になり、指定された場所に向かう。最初はメグミからだ。5分前には着いたのだが気合の入った服装のメグミがもうそこには居た。おそらく残る2人も同じような感じなんだろうなぁと早くも今日1日について憂鬱になっているとメグミがこちらに気づいたようで寄ってくる。
「約束の5分前・・・その服装・・・まぁいいわ。及第点をあげる。」
「そりゃどうも。で、お友達は?」
「近くの喫茶店で落ち合うことになってるの。たぶん先に着いてると思うわ。行きましょう。」
言い終わると手を差し出された。 一瞬の思考停止。しかしすぐに理解する。
「まだ早くねぇか? フリは喫茶店前ぐらいからでいいだろ?」
「何言ってるの!! 万が一喫茶店入る前から目撃されたら怪しまれるじゃない!!」
「さいですか。じゃあはい。」
差し出された軽く手を握って歩き出そうとするがメグミが少しビクつき足を進めようとしない。
「? どうした?」
「な、何でもないわ。(体格の割には手、かなり大きいのね。)」
立ち止まったメグミを少し不思議に思いつつもあまり気に留めることはせず、今度は俺の方から行くぞと声をかけ喫茶店に向かった。
喫茶店に着き、扉を開けると来客を知らせる小さなベルが鳴る。するとこちらを凝視するカップルが1組。女性の方が立ち上がりこちらに駆けてくるとメグミも駆けだした。
「キャー!!久しぶりメグミー!!」
「キャー!!本当、久しぶりー!!」
お互いに指を絡めて小刻みにジャンプをする。いつも思うが何なのコレ?儀式なの?再会するたびにキャッキャッしないと女子って死ぬの?
あっ、他のお客さんの視線が痛い。店内は結構空いていて人は少ないが、故に落ち着いた雰囲気をこちらがぶち壊してしまった。すみませんすぐに修正いたします。
俺は2人の肩を叩いて人差し指を立て、鼻の前に持ってきてジェスチャーをする。2人もすぐ気付いたようで赤面しながら席に向かう。
俺も席に向かう途中で向こうの彼氏さんが苦笑していたのを見て何故か親近感が湧いた。
席に着き、まずは自己紹介からという流れになった。
「・・・で、こ、こっちがワタシノカレシノ」
「ヒロアキです。はじめまして。」
緊張してカタコトになってるメグミを遮って俺は話し始めた。あぶねえあぶねえ。
「ふーん。」
お友達が品定めをするような目で俺を見てくる。鑑定に出される骨董品ってこんな気持ちなのか? オープンザプライス。
「ねぇねぇ彼のどういうところが好きになったの?」
いきなり直球のストレートを投げてきたお友達。隣にいるメグミの顔を見ると笑顔のまま冷や汗をかきながら固まっていた。おいおい返しは大丈夫なのか?
「そ、そうねぇ・・・妹・・!!・・・そう!家族思いなところかしら!彼は年の離れた妹がいるのだけどその子の為にマメに贈り物とかしてるから私も大事にしてくれるかなぁ?って」
「(普段から人のことロリコンって言ってる口がよく言うぜ。だいたいこんだけ口が回るなら大学にいる男どもをちょっと引っ掛ければなびきそうなもんだが・・・いや、そういう時はよだれ垂らしてハァハァ言ってるから男たちが逃げ)ゴフッ!!!」
俺の考えていることを読んだようでメグミからの肘打ちが脇腹に決まり、飲みかけていたコーヒーを少し吐く。
するとすぐに彼氏さんがおしぼりを差し出してくれた。あっ、この人絶対いい人だ。いい男を捕まえたな彼女さん。
俺と彼氏さんのやり取りなんて気にも留めず女子たちは笑顔で話を続ける。
「えー!!それってまるで結婚を前提に考えてるみたいじゃん!!激アツ!!」
「ゴバッッ!!!」
今度はメグミが飲みかけのカフェオレを吐き、咽ながら俺の方を睨んできた。何とかしろということか? しかたない
「そういえばお二人の出会いとかも聞いてみたいんですけど・・・。」
そう言うとお友達は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて話し始めた。それはもう止まらないほどに。
そのまま上手く話題をそらしてこちらが聞き役になり解散までの時間を稼ぐことが出来た。
「じゃあねー、メグミ―。また会おうねー。」
「うん、また今度。」
喫茶店前で別れて仲良く手を繋いで去っていく本物のカップルを見送る。そして見えなくなった途端、脱力感が襲ってくる。
「「はぁー。」」
「なんでこんなに疲れなきゃいけないのかしら。」
「俺のセリフだ!!しかも俺は同じようなことが今日、あと2件も残ってるんだぞ!!」
「彼氏が出来てもこんなに疲れるのかしら?」
「聞いてねぇし・・・・そりゃあ偽物だからな。」
「偽物?」
「本物の彼氏だったら友人を騙してる罪悪感なんてないし、彼氏が一緒にいるだけで楽しいんだと思うぞ。お前の友達みたいに。」
「・・・・。」
「(なんだ?また黙りやがった。っと、もうこんな時間か。やばい、急がないと次のアズミの時間に遅れる!!)」
俺はメグミを置いて次の場所を目指した。
「(一緒にいるだけで楽しいねぇ・・・。まあ少なくともコイツといるときにつまらないことはなかったか。)ねぇ、あんた。実験的、あくまで実験的で一時的にだけどあたしと・・・いないし。あーーー!!!もう!!」
***
「はっ、はっ。」
道行く人々の間をすり抜けながら走る。メグミのところで思いのほか時間を取られたせいで間に合わないかもしれない。いや間に合わせねば!! ボコグッズの為にも!! というわけで俺は今走っている。見えた!!あそこが集合場所だ!アズミもいる!!
「はぁ、はぁ。ま、待たせたな。」
「ちょっと遅・・・どうしたの?汗だくじゃない!!」
「メグミのとこが長引いてな。歩いてると間に合わないから走ってきた。友達は?」
「まだ来てないわよ。」
「そりゃ良かった。」
膝に手を突き、地面とにらめっこしながら話す。噴き出す汗が止まらない。すると首裏に冷たい感覚が襲う。
アズミがボディペーパーで拭いてくれているようだ。
「も~う、彼氏が汗まみれなんて印象悪いじゃない。ほら、顔あげなさい。」
「すまない。助かる。」
ボディペーパーをもう2~3枚取り出して俺の首筋を拭いてくれる。するとそこへ
「ひゅー。お熱いね、お二人さん。」
1人の女性が話しかけてきた。
「久しぶり、アズミ。」
「!!。久しぶり!!・・・あっ、いやこれは違うのよ。これは・・・」
「そんなに照れなくていいって!!こんにちは、彼氏さん。」
視線をアズミから俺に移し、挨拶されたので俺も軽く返す。後ろの方を見ると彼氏と思われる男性が退屈そうにスマホをいじってた。俺と同じで無理やり連れてこられたのだろう。
対して女性陣は楽しく話を進め、ショッピングモールに行くことが決定したようだ。
「・・・・。」
「・・・・。」
店の売り場前に無表情の男が2人。対照的に中ではアズミ達が満足げな表情で絶賛買い物中。ちらりと彼氏さんを横目で見ると相変わらずスマホをいじって俺にしゃべりかけるなオーラを滲み出している。
まあ、正直俺もそれはありがたいことだった。深く突っ込まれた質問をされればボロが出るからな。こうして大人しく時間が過ぎるのを・・・
「ん?」
何気なく店内の方を見るとガラス越しにアズミの友達が手招きをしている。彼氏の方ではなく俺に。店に入れということだろうか。
店に入り彼女の近くまで来ると
「ねぇねぇ、どっちの服がアズミに似合うと思う?」
とそれぞれの手に服を持って問うてきた。
出た!!女子の儀式その2。これどっち選んでも正解ないんだよなぁ。
「ちょっと、何聞いてるのよ!!」
「いいじゃん別にこれくらい。ねぇ、ヒロアキさんはどっち?」
答えねばならぬか聖なる審判。
「こっち。」
「ほう? 理由は?」
「こっちの色がアズミが好きそうだからな。俺はファッションは詳しくないから本人が好きに着ればいいと思ってる派でね。」
「なるほど~。」
ニヤニヤと俺とアズミを交互に見ながら頷くお友達。何なんだ?アズミも何か言えばいいのに・・・
「・・・・。」
いや何で顔を赤くしてんだ!!何か言い返せ!!
そんなやり取りがありつつもどうにかバレずに時間まで押し通せた。
「バイバイ、アズミ~。」
「またね。」
今度は手を振って見送ってもらう側になった。笑顔を作りながら早歩きで移動し、急いで角を曲がって建物に身を隠す。
「「はぁ~。」」
やはりため息が重なった。
「どうにか上手く騙せたな。」
「・・・・。」
「どうした?」
「何で私の好きな色知ってたの?」
「ん? ああ。アクセサリーとかペンとかあの色が多かっただろ? だからそうかなと。」
「(愛里寿隊長以外も見てるのね。本当に意外。)」
「(おっと、今度はルミの時間か。また汗だくになるのは嫌だから早めに行こう。)」
「じゃあ試しに私が好きな食べ物とか戦車を当ててみな・・・いない。はっ!!私、今何を聞こうとしてた?いやーーー!!」
***
「おー、約束の10分前にいるとは感心感心。」
「同じこと1日で2件もやってれば嫌でも学習するわ。」
「はははっ。結構結構。」
指定された場所で待っていると軽快な口調でルミが現れた。改めて思うが女子たちは本当に服装に気合が入ってるな。
お互いの彼氏見せ合うのってある意味、戦場に赴くのと同じなのか? 勝ち負けがあるのか? だとしたら俺は一生足軽だわ。
「んで、どういう予定なの?」
「一緒に夕飯食べて終わり。だから長くならないと思うわ。あっ、ファミレスだから安心して。」
「それは良かった。んじゃ、はい。」
そう言って手を差し出す。
「おーおー、本当に学習してる!!」
「・・・別に繋がなくてもいいんだぞ。」
「いやいや失礼。予防線は張っておきたいから。」
ケラケラと笑うルミに若干イラつきながら手を繋ぐ。そして友達が待っているという場所へ向かった。
無事に友人と再会し、ファミレスで注文を終えて楽しく談笑しているとまた例の質問が今度は俺にとんできた。
「ヒロアキさんはルミのどこを好きになったの?」
チラリとルミを見る。あっ、案の定、今朝のメグミと同じ顔をしてる。とてもじゃないが助け舟は出してもらえそうにない。
しかたないどうにかひねり出すか。
「そうですねー。一見知的でクールに見えて実は熱く、周りが見えなくなることが多いんですけど、でも後輩とかのフォローとかしっかりしててそういうギャップにやられた・・・といったところですかね。」
「素敵~!!ちゃんとルミのこと理解してくれてるじゃん!!」
「・・・え? あっ、ああ。そうなのよねー。あは、あははは。」
「じゃあルミはヒロアキさんのどこを「目玉焼きハンバーグのお客様~。」
「はい!!俺です!!」
ナイスタイミングぅぅぅぅ!!!店員さん!!! しかしこのままでは同じ質問をされて終わりだ。だが俺は今日1日で学習した。こういうときは
「そういえばお二人の出会いとかも聞きたいんですけど~!!」
お友達の目の色が変わった。やはりこれは鉄板の質問のようだ。自分たちのことを喋りたくてしょうがないのだろう。
楽しく話し出したお友達に安堵を覚え、ルミを見てみると何やら俯いてモジモジしていた。何だ?まだ不安要素でもあるのか。それはさすがに勘弁してくれよ。
少しの不安がありながらも無事に食事も終わり、お友達カップルを駅の改札まで見送った。
「じゃあねルミ~。」
「じゃあねー。」
最後まで気を抜かず、ちゃんとホームまで上がり終えるところを確認する。そこで俺の仕事が終わったことを実感し、疲労が一気に四肢を駆け巡る。
「あー、本当に疲れた。3徹するのといい勝負だぜコレ。」
両腕を天に突き上げ、ポキポキと肩を鳴らす。さて仕事が終わったからとっとと帰るか。
「・・・あんたさ、あの時言った言葉ってもしかして本心で思ってること言ってくれた? だとしたらあたしらもうちょっと仲良く・・・いない!!!ちょっとどこいったー?」
こうして俺のハードな1日が終わった。
これがきっかけで俺と3姉妹の関係が少し変わったのか、それとも変わらなかったのかはまだわかりそうにない。
***
おまけ
「えっ? このボコグッズ全部持ってるの?」
「うん。だってボコミュージアムのスポンサー、ウチだから。」
「あっ。」
あの3姉妹、気づいててハメやがったなぁぁぁ!!!!!