いろんなところの整備士さん   作:ターボー001

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テーブルマナーとかよくわかんないっす(泣)



2016.9.25 追記- 最後のあたりのセリフ少し変えました.



聖グロリアーナ
本音はお茶会の後に


ふわりふわりと泳ぐ白いレースのカーテンを制止すべく窓を閉める。換気は十分にできた。ポットから湧き出る湯気も大人しくなり先程まで行っていた作業の続きを行う。丸テーブルに白いクロスを敷き、ケーキスタンドを真ん中に置く。下からサンドイッチ、ケーキ、クッキーの順番で並んでおり、クッキーの香ばしさが一気に気品を漂わせる。人数分のティーカップを用意し、紅茶を注ぎ始めるとポットだけだった湯気が複数になり部屋全体に茶葉の香りが行き渡る。全てのティーカップに紅茶を入れ終わると見計らったかのように扉が開かれた。

 

 

 

「準備はできたかしら?ハルキ。」

 

 

「はい、できていますよ。ダージリン様。」

 

 

 

聖グロリアーナのお茶会のはじまりです。

 

 

 

 

 

 

ここ聖グロリアーナでは定期的にお茶会を開催する義務がある。英国の作法や格式に特化しており、紳士淑女の育成に力を入れている。本来であればお嬢様、お坊ちゃんしか入学できないのだが、整備の腕を買われて一般家庭の俺も入学できてしまった。ただ整備科に入った俺も例外ではなく、格式や作法を学ぶ羽目になった。ちなみに校内で『俺』と言う一人称を使ってはいけない。自分のことは『(わたくし)』と言わなければならない。これが入学当初、なかなか出来ずに言葉を発するたびに先輩に注意されたものだ。3年生になった今では使い分けができるようになったが自分のことを『(わたくし)』と言っていて恥ずかしい時が結構ある。そして今は戦車道の授業後のお茶会だ。

 

 

 

 

「ハルキさんの入れたお茶はいつ飲んでも美味しいですわね。」

 

 

 

「ありがとうございます。アッサムさん。」

 

 

 

「何か秘訣でもあるんですか?」

 

 

 

「いえ。ただ先輩たちに教えて頂いたことを守っているだけですよ、オレンジペコさん。」

 

 

 

2人の少女から賛辞を頂いた俺だが、この喋り方のせいで嬉しさよりも笑いの方がこみ上げてくる。なんて似合わない言葉で喋っているんだろうってね。

 

 

 

「ハルキ。」

 

 

 

ここで俺の名前を呼び捨てにするのはウチの隊長だけだ。無言で振り返りすぐにポットを持ち、空になったカップに紅茶を注いでいく。紅く透き通った波がカップいっぱいに広がっていき、それが落ち着くと反射でダージリンの顔を映し出す。カップを持ち上げ、香りを楽しんだ後に目を閉じて音もなく飲み始める。これくらいは朝飯前に出来ないといけないらしい。大変だね、紳士淑女の皆様は。

 

 

 

 

 

 

「そういえば・・・また今日もローズヒップが暴走したようね。」

 

 

隊長から唐突に発せられた言葉を聞いて部屋にいる全員が遠い目をする。ああ、またかと。

 

 

 

「アッサム。」

 

 

 

「・・・お呼びしますわね。」

 

 

 

みなまで言わずともわかるアッサムさんは部屋に備え付けてある電話を取った。

 

 

 

「ローズヒップ、アッサムです。・・・ええ、そう・・・来てちょうだい。」

 

 

あまり気乗りしない表情で電話を切る。その様子に周りも静かになる。

 

 

 

「・・・もう一つ、椅子とカップをご用意しますね。」

 

 

 

沈黙に耐えられなかった俺はそう言って予備の椅子をテーブル近くまで運ぶ。すると廊下からドタドタと足音が聞こえ、勢いよく扉が開かれた。

 

 

 

「お呼びでございますの?アッサム様!!」

 

 

「廊下は走ってはいけないと何回言ったらわかるのかしら・・・・。」

 

 

 

 

毎度のことなので面と向かって注意はせずに頭を抱えるアッサムさん。心中お察しします。

 

 

 

「今、紅茶をご用意しますね。」

 

 

 

予想以上に早い到着だったので紅茶をテーブルに用意できなかった。さすが聖グロ一の俊足・・・自称な。椅子に座って待つようにジェスチャーで促したが

 

 

 

「あっ、お構いなくですわ!!先輩の手を煩わせるわけにはいきませんですの!!」

 

 

 

そう言ってポットの場所まで向かい自分で紅茶を入れはじめたが、ガチャガチャ ドボドボという大きな音が響く。素人でもあんなに大きな音出すのは難しいぞ。 どうにか紅茶を入れ終えてカップを運びはじめたのだが、何故か走る。そして自分の足につまづいた。

 

 

 

 

「「「「あっ。」」」」

 

 

 

その様子を見た部屋にいた全員の心臓がキュとなる。だがあらかた予想できた事態なので体はすぐに動いてくれた。まず右腕でローズヒップを抱きとめ左手でカップを掴み、紅茶がこぼれぬよう慣性の法則にのっとり進行方向に沿ってゆっくりと減速させた。カップから紅茶の熱が手に伝わり熱くなってきたのでテーブルの上に置く。すると周りから安堵のため息が聞こえた。

 

 

 

 

 

「「「「はぁ~。」」」」

 

 

 

 

 

「ローズヒップさん、お気持ちは嬉しいのですがこれは私のお仕事ですので気になさらずに何もしない、というのも礼儀のうちなのですよ。」

 

 

 

「まぁ、そうでしたの!!それは大変失礼いたしましたわ!!」

 

 

 

・・・・これはまた繰り返すな。何回肝を冷やせばよいのだろう。

 

 

 

「あの、そんなに強く抱きしめられると痛いですわ。」

 

 

 

 

あまりにも必死だったから抱きかかえているのを忘れていた。知らないうちに力が入っていたらしい。

失礼いたしました、と言ってローズヒップを降ろすと何やら音が聞こえてきた。

 

 

 

カタカタカタ

 

 

 

 

カップとソーサーが当たる音。見るとダージリンが眉をピクつかせながら震えている。完全に怒ってるね。俺がローズヒップを抱きかかえたから面白くないのだろう。しかしさっきのは不可抗力だ。なので気づかないふりをしておこう。

 

 

 

「しかしハルキさんは優しく物事を教えてくれますわね。他の方々は呆れて教えてくれないことが多いのですよ!!」

 

 

 

(((自覚はあるんだ。)))

 

 

 

 

ローズヒップの問いに茶葉を交換しながら答える。

 

 

 

「ご存じかもしれませんが私は皆様と違っていわゆる一般家庭で育ちましたので入学するまで一切、お茶の作法やマナーがなっておりませんでした。それでも今こうして紅茶を皆様に振舞えてるのは先輩たちが根気よく丁寧に私に教えてくださったおかげなのです。ですから私もそれに倣っているにすぎませんよ。」

 

 

実際にそうだった。よく注意はされたものの厳しいものではなく優しく根気よく先輩たちは教えてくれた。だから俺も期待に応えようとした。ただそれだけの話。よくある話なのだ。

 

 

 

「フフフ。そうねぇ、入学当時のハルキはそれはもうひどくて見ていられなかったわ。作法はなってない、紅茶はこぼす、カップは何回割ったことかしらねぇ。」

 

 

 

やけに棘のある言い方をしてくるダージリン。よし、ここは

 

 

 

「ええ、ひどかったですね、あの頃は。そういえばダージリン様も先代のダージリン様にかなりしごかれて泣いていたように記憶しておりますが・・・」

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

「ブフッ。」

 

 

 

お返しをお見舞いしてやった。3年生で事情を知っている故に吹き出すアッサムさん。そんなアッサムさんを睨みつつもいつもの雰囲気を取り繕うダージリン。

 

 

 

「こ、こんな格言を知っているかしら? 失敗の「失敗の最たるものは、なにひとつそれを自覚しないことである。」

 

 

 

言葉を被せてやった。目を閉じたまま肩を震わせるダージリン。

 

 

 

「イギリスの歴史家のトーマス・カーライルの言葉ですね。」

 

 

「さすがです。オレンジペコさん。」

 

 

 

さて、ここら辺で勝ち逃げさせてもらおうかな。

 

 

 

 

「おや、もうこんな時間ですか。私はそろそろ戦車の整備をしなくてはいけませんのでそろそろこのへんで。」

 

 

 

そう、あくまでこれは副業。俺の本業は整備士なのだ。

 

 

 

わざとらしく時計を見て部屋を出るべくドアノブに手をかけると後ろからカンッとカップを置く音が聞こえた。

 

 

 

「待ちなさいハルキ!!・・・整備が終わったら私の部屋に来なさい!!」

 

 

 

 

振り返ると涙目のダージリンが顔を赤くして睨んでいた。ああ、可愛いな。

 

 

 

「・・・かしこまりました。それでは皆様、ごきげんよう。」

 

 

 

そう言い残して扉を閉め、俺は整備場へ向かった。 勝ち逃げは無理だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

整備を終え、言われた通りダージリンの部屋の前まで来た。ノックを数回する。

 

 

 

 

「入りなさい。」

 

 

いつもより少し低い声が響く。扉を開け部屋に入るとお茶会と同じく制服姿でベッドに座っているダージリンがいた。

 

 

 

 

「そこのソファに座りなさい。」

 

 

 

素直にベッドの近くに置かれた低いソファに座る。するとダージリンの足が俺の頬に伸びてきた。ゴワゴワとしたタイツの感触が頬を襲う。

 

 

 

「どういうことかしら、ハルキ。隊長である私にあんな恥をかかせるなんて。」

 

 

 

足で頬をグリグリとされながら問われる。普通に痛い。

 

 

 

「どうもこうも、ただの戯れだろ?恋人同士の。」

 

 

 

そう、お察しの良い方はとっくに気づいているでしょうけど俺とダージリンは恋仲だ。お互いにダメダメな1年生で知り合い、努力して上り詰めてたことを知っているからこそ惹かれあうのに時間はかからなかった。

 

 

 

「こ、恋人!? で、でも他の生徒がいる前であんな「じゃあ、今ならいいんだな?」

 

 

そう言って足を引っ張る。いつまでもグリグリされて喜ぶ性癖は俺には無いんでな。

 

 

「キャ!?」

 

 

足を引っ張ったせいで黒タイツが少しずれてしまった。足の先端部分にあまったタイツ部分が力なくうなだれる。ダージリンは体勢を崩して両腕を使ってベッドにしがみついてる状態だ。

 

 

 

「や、やめなさ「下着見えてるぞ。」

 

 

 

「えっ?いやっ!!」

 

 

 

俺の言葉にとっさにスカートを抑えたが、代わりにベッドにしがみつく術が無くなったのでそのまま頭が床に落ちそうになる。素早く俺の右腕を頭の部分に、左腕を膝裏に回し掬い上げる。いわゆるお姫様抱っこ状態だ。

 

 

 

 

「そんなに恥ずかしかったのか?ダージリン?」

 

 

2人だけのときは様づけで呼ばない。これは彼女が決めたルールだ。

 

 

 

「・・・あなたがローズヒップを抱くから。」

 

 

そっぽ向きながら答える。

やっと本音を漏らしたな。しかし言葉だけ聞くと俺がすごい浮気男に見える。

 

 

 

「不可抗力とはいえ、悪かったよ。」

 

 

素直に謝ってみるがこっちを向いてはくれない。

 

 

 

「ダージリン。」

 

 

「・・・・・なに・・!!!!!」

 

 

少しだけこっちを向いてくれたので、すかさず唇を奪う。最初は抵抗して俺のシャツの襟を掴んで離そうとしてきたが、やがて力なく腕が落ち、すべて受け入れたようで大人しくなる。

 

 

「・・・卑怯よ。」

 

 

「All's fair in love and war。イギリス人は恋と戦争では手段を選ばない、だろ? 許してくれよ。」

 

 

 

「嫌よ。」

 

 

 

「じゃあ、どうすればいい?」

 

 

 

「・・・明日・・・明日の朝、私の為だけにモーニングティーを入れてちょうだい。」

 

 

 

「お安いご用です。紅茶は何がいい?」

 

 

 

 

そう言って俺は彼女の名前を呼ぶ。ダージリンではなく本当の彼女の名前を。

 

 










ダー様は割とすぐ仮面を剥せそうなイメージ。

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