いくつかのパターン
「きみ~のパンツはダメパンツ~」
「フニクリ・フニクラ」の曲に合わせた日本の童謡を歌いながら手を動かす。この歌詞にはいくつかのパターンがあるらしいが俺はこれが好きだ。歌詞を最後まで見てみると支離滅裂すぎて笑える。ノリと勢いで作ったのだろうか? とにかくウチの高校には合ってる気がする。
ウチの保有戦車の半数を占めるCV33の整備をしながら気持ちよく歌っていると
「「5分穿いたら」」
1人で歌っていたのにハモった。横を見ると黒髪のショートヘアーが目に入る。
「・・・・どうしたペパロニ?」
歌うのをやめた俺に対してペパロニはノリノリでその場で手足を上下に動かして行進する様な動作で歌い続けていた。聞こえなかったのだろうか? 少し質問を変えてもう一度聞いてみる。
「何か用か? ペパロニ。」
「ああ!兄さん!!えっとですね・・・・何でしたっけ?」
ヘヘッと屈託のない笑顔で返された。そうだこの子は少しオツムの弱い子だった。恐らく誰かに何かを頼まれて俺のところに来たのだろうが俺と一緒に歌っているうちに忘れたのだろう。特に荷物も持っていないようだし何を頼まれたのか推測するのは困難だ。だが、俺はこの後の展開はだいたい予想できた。
「おいペパロニ!! ディアブロ呼んでくるのに何分かかってるんだ!!」
同級生の安斎の怒鳴り声が後ろから響いてきた。ちなみにディアブロってのは此処、アンツィオ高校での俺のあだ名のようなものだ。何故か皆イタリア料理の名前を付けたがる。安斎の名前は「アンチョビ」ですぐ決まったが、俺の名前は「ディアブロ」にするか「ディアボラ」にするか「ディアボロ」にするかで生徒間で一悶着あった。正直どうでもよかったので適当に「ディアブロ」を選んで今に至る。後で帰って調べたら悪魔って意味を知った日には少し複雑だったが・・・まあ別にいいけど。
「おお!そうでした。お昼だから兄さんを呼びに来たんでした!」
ペパロニの言葉に俺はポケットからスマホを取り出し、電源ボタンを軽く押す。画面には13:45と表示された。普通お昼と聞けば12時からと想像するかもしれないがアンツィオ高校では生徒が出店を出してる関係で書き入れ時は店に立つことが多い。そして客足が少し落ち着いた頃、シフトで休憩してお昼を食べるのだ。 えっ?授業は?・・・まあ、そこは・・・聞くなよ。
「さぁ、行きましょう兄さん!」
俺の手を掴んでズンズンと歩きはじめるペパロニ。掴んだ瞬間に安斎が「あっ!!」と声を発したのは聞こえなかったことにした。睨んでくる顔も見なかったことに。しかしこの状態のまま連行されるわけにもいかないだろう。
「ペパロニ、整備してオイルまみれだから手、離した方がいいぞ。」
「ああ!じゃあ同じっすね。さっきまで出店やってたんで同じくオイルまみれなんで気にしなくていいっすよ。」
遠回しの断りも虚しく失敗に終わり、不本意ながら・・・非常に不本意ながらペパロニと手を繋いだ状態で歩く。いや女の子と手を繋げるのは嬉しいんだが後ろからついてくる安斎の視線が非常に痛い。
しばらく歩いて芝生のある広場に行くとレジャーシートが敷いてあり、その上で金髪ロングの女の子が座っているのが見えた。
「もう、遅いですよ。何してたんですかディアブロさ・・・・」
俺の姿を確認すると笑顔で話しかけてきてくれたが俺とペパロニが手を繋いでいるのを見ると少女の笑顔は違う雰囲気を持ったものに変わった。
「・・・ずいぶんと仲がいいのね、ペパロニ。」
「遅れて悪かったっす、カルパッチョ。兄さんとはいつでも仲はいいっすよ?」
多分ペパロニはあの笑顔の意図に気づいていないだろう。俺も理由はよくわからんがとにかくカルパッチョが機嫌が悪いことはわかる。あれかな?お昼に遅れちゃったからかな?ごめんね、お腹すいたよね。そりゃあ不機嫌にもなるよね。
「あーーー!!!お腹すいたからもう食べるぞ!お前たち!!」
後ろからも安斎の不機嫌な声が聞こえたのでペパロニに「座ってさっさと飯にするぞ。」と言うとようやく俺はペパロニの手から解放された。
靴を脱ぎ、料理を囲む様に各々四方に座る。俺の正面に安斎、左がペパロニ、右がカルパッチョ。胡坐をかいているとカルパッチョがウェットティッシュを差し出してくれた。俺のオイルまみれの手を見てのことだろう。気の利くいい後輩だ。
「どうぞ。」
「ありがとう、助かるよ。」
「いえいえ。」
「あっ、カルパッチョ!こっちも欲しいっす。」
「・・・はい。」
今日は俺の耳がおかしいのかな? 明らかに先程とトーンが違う。あと俺にはティッシュを取り出して渡してくれたけどペパロニには袋ごと渡している。・・・気にしちゃダメか。目線を料理に移して忘れよう。
並べられた品々を見るとパスタ、ピザ、ラザニア、等々見事にイタリア料理が綺麗に並んでいる。
「美味そうだな。」
「どれがだ!?」
「どれがっすか!?」
「どれがですか!?」
俺の発言に三者三様の言葉が返ってくる。恐らく3人とも最低でも1品は作ったのだろう。
「・・・・まあ全部。」
当たり障りのない発言をしておく。するとつまらなそうな顔になる3人。あれ?この選択は間違っていなかったと思うのだが・・・
「もういい、本当に食べるぞ。みんな」
安斎の言葉に全員手を合わせる。
「「「「いただきます。」」」」
「そこのピザ取って、あんざ「ア・ン・チョ・ビ!!!」
いつものやり取りをしながら俺たちは遅い昼食を取りはじめた。
「「「「ごちそうさまでした。」」」」
「いやー全部美味かった。」
腹をさすりながら空になった皿を見る。我ながら綺麗に食べたものだ。美味い物を食ったおかげで自然と笑顔になっていたのだろう。俺の顔を見て3人とも満足そうに笑っている。
「しかし悪いな、いつも呼んでもらって。」
「いえいえ~、いつも整備してもらってますから。」
「ふん、下手に昼飯抜いて倒れられても困るだけだ。」
「姐さん素直じゃないっすね~。」
「うるさい!!」
安斎とペパロニのやり取りを見ながら1年生だった頃に思いを馳せる。そういえば安斎と最初に会ったのもこの広場だったな。当初、俺は出店で何かを買うこともなく、近所のスーパーで買った菓子パンをモサモサと食べていたら安斎が現れ「アンツィオの生徒がそんな貧相なものを食べてるんじゃない!確かにウチの高校は貧乏かもしれないが食事だけは一流だ!」 1年ながらそんなことを言ってきてマルゲリータを差し出してきたっけ。それからよく一緒に昼飯を食う仲になり、進級するとそこにペパロニ、カルパッチョが加わり、ほぼ毎日昼飯をごちそうになるようになった。アンツィオの生徒としては珍しく料理が出来ない俺にとってはありがたい話である。
意識を現在に戻し何となく空を見上げ、青に向かって手を突きだし伸びをする。満腹時の今、このまま倒れて寝れたらどんなにいいだろうか。深く深呼吸をすると次は欠伸が出てきそうになったその時
「ディアブロさん、すみません。」
急に声をかけられた。3人の誰でもない声だ。
「ん? おお、どうした?」
振り返ると後輩整備士の女子2人が立っていた。
「整備でわからないことが・・・」
申し訳なさそうな表情をしながら言葉が途中で止まる。俺がまだ飯の途中だと思ったのだろうか。だが3年の整備士は俺だけなので頼るあてが他にない。
「わかった。今行く。」
後輩たちに不要な気遣いはさせまい。俺が引退したときにアンツィオの整備を担う可愛い後輩だ。腰を上げて再度伸びをする。眠気は取れないが少しリフレッシュした。靴を履き、去り際に改めて3人に礼を言う。
「ありがとう。ごちそうさん。美味かったよ。」
そしてそのまま後輩と一緒に整備倉庫へ向かった。残された3人がまたつまらなそうな顔をしてたのを俺は知る由もなかった。
放課後
今日は整備が早く終わったので学校近くのスーパーに来ていた。俺は一人暮らしをしているので帰りに飯を買っていかないと家には何もない。あと先ほども言った通り料理が出来ないからだいたい即席麺かレトルトで済ませることがほとんどだ。
「おっ、カップラーメンがいつもより安い。」
カップラーメンを手に取り、5個ほどカゴに入れてると肩に圧がかかった。
「そんなものばっかり食べてちゃダメですよ~。」
首だけ動かすと笑顔のカルパッチョが俺の肩を押さえている。カルパッチョさん、その笑顔怖いです。しかし違和感はそれだけでは終わらず、次は持っているカゴが軽くなりはじめた。
「まったく、どうしてこんな栄養価の低いものばっかり取るんだ!!」
安斎がぶつくさ言いながら俺のカゴからカップラーメンを取り出し、元あった棚に戻している。 えっ? 何してんのおまえ?
「姐さん!!カート持ってきたっすよ!」
「よくやったペパロニ!!じゃあまず野菜コーナーから見るぞ!!」
「ラジャーっす!!」
そう言うと俺の手からカゴを奪い、カートに乗せて二人とも野菜コーナヘまっしぐら。次々と起こる展開についていけず傍観して立っていると腕を引っ張られた。
「さっ、私たちも行きましょう。」
カルパッチョが俺の腕を組んで歩き始めた。しかたないのでそのまま歩いてたら安斎がそれに気づいてまた俺にジト目を向けてきたが先ほど同様無視して俺は疑問を投げつける。
「なぁ、食材買ってどうすんだよ。」
「何って・・・決まってるじゃないですか。兄さんの家行って作るんすよ。」
「・・・・・んんんっ?・・・・はっ? なんで?」
「もちろん、ディアブロさんに食べてもらう為ですよ。」
「いやそこまでしてもらわなくても・・・」
「何言ってるんだ。3年の整備士はお前しかいないんだぞ。お前がもし栄養失調で倒れたらウチの高校の敗北は決まったようなものなんだぞ!!」
大げさな。恐らくスーパーに入った時にカップ麺ばかり取っていたのを見られたのがまずかったな。俺がそういうものばかり食しているとバレてしまった。故に「そんなことはない!」といった言葉が返せない。もうこれは仕方ない。
「・・・・お願いします。」
頭を下げて3人に調理をお願いすることにした。
普段自分では買わないような魚、野菜、肉等の食材でいっぱいになったカゴを前にし、レジで精算を待つ。この食材が色取り取りの料理になるかと思うと料理をしない俺からすれば魔法に近い。そんな魔法使いが3人もいる。恐らく誰が何を作っても美味いのだろう。
「あっ、ポイントカードあるっすよ。」
「レジ袋はいらないです。エコバック持参してるので。」
「今日まで有効の500円の割引券を持ってきたぞ!!恐れ入れ!!」
「さすがっす、姐さん!」
「さすがです、ドゥーチェ!」
さっきから聞こえてくる会話がもう主婦のそれに近い。普段、俺が考えてもいないような計算をスーパーで食材と値段を見ながらしているんだろうか。1人オツムの弱い子いるけど。それでもそういうことを考えているということに感心する。レジの精算を終え、食材をエコバックに詰めながらそんなことを思った。
「ん? どうしたんすか? 兄さん。」
少し3人を見つめすぎたか。いち早く視線に気づいたペパロニが聞いてくる。
「いや、お前らいい嫁さんになるなって思ってな。」
「「「!!!!!!」」」
空気が固まった。そして一気にトマトのように真っ赤になっていく3人。どうしたんだ?
「ととと、とにかく!!早くお前の家に行くぞ!!ディアブロ!!」
そそくさとスーパーを出ていく3人。いや先に行くなよ、俺の家の場所知らないだろお前ら。
3人に追いつく為、走りながら今日の夕飯のイタリア料理は何が出てくるのか、いくつかのパターンを予想する俺だった。
冒頭の歌詞、大丈夫かがちょっと心配です。