時系列的には第63回戦車道全国高校生大会中です。
どれくらいの間、1枚の紙を見ていただろう。黒の文字と線が均等に並んでおり、ところどころ線の上から赤いマジックで重ね塗りされている。自分の高校の名前を指先で隠し、黒と赤の2色を追っていく。すぐに別の方向から来た線とぶつかり2つの線が1つになり上に伸びていく、他の場所もその繰り返し。だが自分の高校からはじまった線は途中で黒の1色になってしまった。他の高校は2色のままのところもある。これらの意味すること・・・・負けたのだ。
トーナメント表から指先を離し、後ろを振り返る。コンクリートむき出しの観客席、その先に試合が行われていた会場があり、地面に履帯の跡や砲撃で出来た穴がいくつも見受けられた。少し視線をずらすと薄い青ジャージを着た生徒が戦車の回収を手伝っている。泣いている者、それを励ます者、脱力しきった者、と様々な表情が伺える。その中に良く見知った顔と戦車。黒煙と白旗を上げているBT-42の上に乗り、いつも通りの表情でカンテレを弾いているミカが見えた。そう、いつも通りの表情で。
第63回戦車道全国高校生大会第2回戦、継続高校 黒森峰に敗退。
1つの高校の夏が終わった。だが俺にはまだ最後の仕事がある。あの白旗を上げているBT-42の修理という仕事が。
他の生徒たちも帰った中、俺は倉庫に運ばれた傷だらけのBT-42に触れていた。どうしても感傷に浸ってしまう。この修理作業も最後になってしまうのかというのもあったし、よくこんなヘッポコ高校生整備士の整備で今まで無事に動いてくれたなという思いがどんどん湧き上がって胸が熱くなってしまう。気持ちを落ち着かせるため深く深呼吸をし、お疲れ様。 とBT-42に声をかけ整備をはじめようとした。
「ずいぶんとロマンチストじゃないか。」
ポロロンという音と同時に声がした方に目を配る。ミカがいた。いつものジャージは少し汚れている。今日の試合の激戦ぶりを物語っている。
「・・・最後なんだ。これくらいいいだろ?早く帰って休めよ。」
「じゃあ私も。最後なんだ。これくらいいいだろう?」
口角を上げ、ニヤリといった感じで微笑む。俺は特に返答もせず整備をはじめることで肯定した。意図を読んだようでミカも座ってカンテレを弾き始めた。
しばらく整備を続けて気づいたことがある。カンテレの演奏がぎこちない。いつもの心地よく弾いた弦の音は少なく、途中で一瞬音がやむ。そしてミカがいつも通りの表情を装っている。長い間、近くでミカを見てきたのだ。それくらいはわかる。彼女はいま、ひどく落ち込んでいる。だが隊長という立場、いつもの飄々とした態度もあってそれを表には出せないでいるのだろう。
(励ましてやりたい。)
じゃあ一体なんて声をかけよう。黒森峰相手によくやった?優勝がすべてじゃない? そんな綺麗ごとやありきたりな言葉はあまり使いたくない。かと言ってこのまま何もしないのも嫌だが何も言葉が思いつかない。ぎこちないカンテレの音だけが響く・・・・ああ、そうだ。
「~♪」
整備中にミカが来るとたまに俺は鼻歌を歌い、ミカがそれに合わせて弾きはじめる。そんなことをしてたのを思い出した俺は歌いだした。お世辞にも歌唱力は良いとは言えない。でもお気に入りの歌。歌詞の内容は、いつもへらへら笑えるわけじゃない。泣いたっていい、それが当たり前なんだ。 そんな感じの歌。
「・・・・・・・」
いつもだったら俺の下手な鼻歌に対して綺麗な音を奏でてくれるのだがそれが聞こえてこない。代わりに聞こえてきたのはカツカツという足音だった。ゆっくり刻まれた音は俺とBT-42の間に入った。おれの背中に腕を回し抱きついてくるミカ。作業用の手袋を外し、チューリップハットの上からゆっくりと頭を撫でてやると声をあげて泣き出した。ずっと俺は大きな声で歌いながらミカの頭をなでてやった。ミカの泣き声が外に漏れないように。俺たち以外に残っている人はいない。それはわかっていたが、なんとなくそうしてあげたかった。
「ほら。」
場所をグラウンド近くのベンチに移した。自販機で買った缶コーヒーを座っているミカに渡す。
「・・・・・。」
声はおさまったものの涙はまだ止まらないままのようで、無言のまま受け取る。隣に座るとすぐに俺の肩に頭を預けてきた。俺はまた彼女の頭を撫でてやる。すると今度は俺の膝の上に頭を置いてきた。その拍子にチューリップハットが外れ、長く綺麗な髪が泳いだ。これにはさすがに驚き、しばらく固まっていると俺の右手を掴み、自身の頭に上に移動させた。
「・・・・まだ撫でていて欲しい。」
涙声だった。鼻をすする音が聞こえ、声を震わせているのがよくわかる。再び頭を撫でてやるとぽつりぽつりと話しはじめてくれた。
「勝ちたかった。不安だった。逃げたかった。頑張ったんだよ?」
「知ってる。」
色々な言葉が省かれているが必死に伝えようとしてくれるのがわかる。
「でも私は隊長だし、いつもの私じゃないと他の子も不安になってしまう。だから必死に隠してた。」
「ああ。」
「だけど・・・どうしても我慢できなくなって君の所に来てしまった。」
「そうか。」
短く言葉を返す。肯定も否定も励ましの言葉も彼女は望んでいないだろう。ただただ胸の内に溜まってしまった話を聞いてほしいだけだ。
「まったく、あの歌はずるいなぁ。」
そう言ってまた涙をこぼす。
「おれの好きな歌だからな。今度CD持ってくるか?」
「お願いしようかな?カンテレで弾いてみるのもいいかもしれない。」
「それはいい。是非、聞きたいな。」
「君も歌うんだよ?」
「えっ?・・・・二人だけの時な。」
「フフッ。」
やっと笑ってくれたようで俺も微笑むと目と目が合った。すると預けていた頭を起こし、目を細くし瞼に涙をいっぱいに溜めて
「ありがとう。」
そう言うと本日何回目かの涙がこぼれる。それを指で掬ってやる。俺の行動に少し驚きつつ、真剣な表情になり、赤く腫れた目を閉じるミカ。
唇を重ねる。触れるだけのキス。
「もっと。」
涙目で懇願してくる。もう一度触れ合う。
「もっと長く。」
先程より長く触れ合い、離れるともっともっとと要求される。俺はただただ彼女の要求に応え続けた。だが彼女の息があがりはじめても、もっとと言おうとしてくるのでミカを抱き寄せて制止した。
「今日は一緒にいてやるから安心しろ。」
「・・・・・ヤダ。」
俺の肩を掴みながら言う。
「今日も明日も次の日もこの先ずっと一緒にいてほしい。」
「そんなの当たり前だろ?」
そう言って背中をトントンと軽く叩いてやると落ち着いたのか、うん うん とうなずいてすべての体重を俺に預け、寝てしまった。きっと明日にはいつものミカに戻っているだろう。今日はとことん落ち込む日だった。それだけの話。誰にでもある話だ。
少し風が吹き、彼女の髪がなびく。微かな石鹸の香りが俺の鼻腔のみならず脳内まで浸食してくる。さらに月明かりに照らされた彼女の体の全てが幻想的に見えた。欲望に負けて彼女を起こさないように必死に耐えていたのを知っているのは演出をした風と月くらいだろうか?
後日、優勝校の大洗の廃校の件を聞き、何だかんだで助けに行ったミカ達。後々、助けに行った理由をアキから聞いたのだが「ミカが言うには助けに行ったんじゃなくて、『風と一緒に流れてきたのさ』だって。いつも通りよくわかんないよね。」とのこと。思わず笑ってしまった。確かにわからないだろうなぁ。
笑っている俺を怪訝な目で見ているアキの後ろからいつもの、本当にいつものカンテレの音が響いてきた。俺が教えたあの曲と心地よい風と共に。
ELLEGARDEN の『風の日』を聞きながら書きました。