咲-Saki- episode of side S 作:Sirone
新章ですが、まだキャラが掴めていないため「こいつ誰?」となることがあるかも知れません。
ほぼ麻雀しません。
阿知賀学園麻雀部。
そこに、打撃系に魅せられた雀士が一人。
彼の名前は、夏羽空。
もう一人の主人公のような天賦の才を持っているわけでもない、至って普通の少年。
これは、彼の軌跡を追った物語。
*
「はい、今やってる半荘が終わったら今日は終わり。各自気をつけて帰るように!」
場所は阿知賀学園麻雀部。
たった七人の部員と一人の監督で構成された我らが麻雀部は、現在インターハイを目指して練習の日々に明け暮れていた。
もうじき最終下校時刻。
監督である赤土晴絵――――通称阿知賀のレジェンドの言葉に軽く応じ、俺は再び手牌に目を向けた。
{一二三①②③⑦⑧⑨2349} {9}
ツモった。
現在、トップとは2300点差。
俺の親でかつ一本場だから、これを和了ればトップか。
…………しょぼいな。
「――――リーチ!」 打{4}
いやいや、そんなのありえない!
「ロン! 8000の一本場は8300!」
{二三四赤五六七②③④⑤⑤23横4}
「えぇ…………。それでダマかよ…………」
「明らかにチャンタ狙いの空を狙い打つために決まってるでしょ? 捨て牌でバレバレなのよ」
「憧が和了ってなかったら私が和了ってたんだけどなー。また捲られちゃった」
{六六②②⑧⑧⑨⑨114東東}
「これはアレか……。俺がツモ和了を見逃した時点で負け確ってやつですか……なんつー運のなさだよ」
「また和了見逃しフリテンリーチ……。空のスタイルに口出しするつもりはないけど、もう少し普通に打った方がいいと思…………」
「思いっきり口出ししてんぞおい。自分でも分かってるから言わないでくれ。後で『あそこであれはねぇわ……』とかいつも思ってるから」
そして、懲りずに翌日も似たようなプレイングを繰り返すまでが一連の流れ。で、大体は失敗に終わる。マジでなにやってんの俺?
細かい数字や計算は苦手分野だ。
憧や原村みたいなデジタル打ちは俺には不可能で、玄さんや宥さんや友葉さんのようにオカ持ちってわけでもない。穏乃みたく直感は冴えてないし、灼みたいに上手くもない。
そんな俺がレジェンドに勧められたのが、今のスタイル。いわゆる打撃系ってやつだ。
これが、妙に俺の肌に合った。
「空、そろそろ帰ろ?」
昔のことを思い返していると、いつの間にか穏乃が眼前に立っていた。
穏乃とは物心ついた頃からの幼馴染みで、家が隣というのもあって暇さえあれば一緒に遊んでた気がする。憧と原村も一緒に。
「そうだな、そろそろ帰…………あ」
「ぅ?」
「いや、そういえば帰りになんか買ってこいって頼まれてたようなって……。ま、いっか」
何頼まれてたか思い出せねぇし。
「あ、私、お義母さんからメモ貰ったよ? えーっと…………お、あった!」
「え、なんで穏乃がメモ貰ってんの? それ普通は俺に渡すべきじゃないの?」
「『あの子に渡したらなくすから、穏乃ちゃんお願いしていい?』って朝渡されたんだよ。はい、これ」
「なんか腑に落ちねぇ…………」
穏乃から差し出されたメモを受け取り、その一覧に目を通す。じゃがいも、にんじん、カレールー…………なるほど、今日はカレーか。
この野菜の数指定を見る限り、今日は俺ん家みたいだな。
「じゃ、さっさと買って帰るかな。穏乃は先に帰っててもいいぞ、このくらいなら一人で持てそうだしな」
「え? 私も一緒に行くよ?」
「まぁ、別にいいけど…………。じゃ、行くか」
「うん!」
俺と穏乃を除いた部員五人に別れの挨拶を済ませ、部室を後にした。
「あの二人の世界、入り込めな……」
「うちのクラスで夫婦なんて呼ばれてるわよ、あの二人。アレに割り入ろうと思ったらかなりのメンタルが必要ね……」
「…………やってみたことは?」
「――――あるわよ! やってみたけど気がつけば私だけ会話から外れてたわよ! しかも、回りのクラスメイトから生暖かい視線を向けられるおまけ付きで…………あぁもう!」
そんな会話が繰り広げられていたことを、彼と彼女は知らない。
*
「ただいまーっと」
買い物を手早く済ませ、帰宅。
先述の通り、俺と穏乃の家は隣同士だ。それ故に、昔から家族ぐるみの付き合いをしている。それが行くところまで行ったようで、今では数日に一回のペースでお互いの家で晩飯を振る舞い合っているのだ。
そして、今日は俺の親の番らしい。
「そら、お帰りなさい~。穏乃ちゃんも、どうぞごゆっくり。お母さんの方も、もう二時間も前に来てるから」
「早っ!?」
「二時間前ってまだ三時半じゃねぇか……」
もうここまで来ると、両方の家に両方の家族が住んでいるという表現でも問題ないかも知れない。俺も土日はほぼ穏乃の家にいるし。穏乃は山に行ってることが多いけど。
リビングに移動すると、我が物顔でソファーにもたれかかってテレビを見る穏乃母の姿が。
「お、おかえりー」
「…………ただいまです」
実は俺、穏乃の母親があまり得意ではない。
嫌いとか人間的に受け付けないとかそういうのではないのだが…………。一つ、しつこい。
それは。
「で、空くん? 今日こそウチを継いでくれる気になった?」
ほら来た。
「何度も言いますけど、俺の将来の夢は建築士なんでね。お誘いはありがたいですが、謹んで辞退させていただきますよ」
「一昨日は検察官になりたいーって言ってなかったっけ? 私の気のせい?」
「気のせいです」
穏乃の家は和菓子屋を営んでいる。
それなりに由緒ある店らしいのだが、穏乃の母親は何故か後継者に俺を強く推している。何故かは知らん。本人に聞いてくれ。
昔散々和菓子作りを仕込まれたのはこれが狙いだったとは…………。が、しかし。
「いや、実は憧んとこの神社からも家に来ないかーって誘われてるんですよね……」
その時、比喩ではなく時が止まる音がした。
場にいたほとんどの者はその音を聞き取ったのだが、肝心の本人だけは気が付かない。
夏羽は、地雷原を突っ走っていく。
「年末年始忙しいからって言われて手伝ってたら、いつの間にか仕事覚えちゃってて……。今では憧にまで誘われる始末ですよ」
「………………」
「最近は灼のおばあちゃんにまで誘われるし」
「………………」
「いや、そっちは灼が反対してくれてるから助かってるけどさ……。俺はまだ高一だし、将来のことなんてまだまだ考えてないんだよなぁ」
「………………」
一時は氷河期の如き冷たさを感じさせた部屋だが、徐々に暖かさを取り戻していく。
高鴨穏乃の母親は胸をなで下ろし、高鴨穏乃は、夏羽からは見えないところで小さくガッツポーズ。どうやら、夏羽が自らの進路を決定していないことに安堵しているようだ。
そこにカンフル剤の如く、料理が運び込まれる。
「やっぱしカレーか。割と久しぶりな気がするぞ…………ってあれ? 父さんは?」
「そういえば私のお父さんも」
「あぁ、あの二人なら今日は飲みに行くって言ってたわよ~。二人とも仕事が休みの時なんて滅多にないから、こういう時は二人で語り合おうとかなんとか」
「相変わらずあの二人仲いいよなぁ……」
なんでも、俺の父さんと穏乃の父さんは小学生以来の親友らしく、幼い頃はいつも一緒に遊んでいたと聞く。……なるほど、俺と穏乃の関係性みたいなもんか?
適当に納得し、席に座る。
ちなみに席の並びは、俺が一番角、その横に穏乃、俺の前に母さん、その横に穏乃の母さんだ。いつもは父さんチームが加わっていて少し変わるのだが、それはまた今度。
*
「あぅ…………眠ぃ」
食事も風呂も終え、自室にて呻く。
日課である自分の牌譜検討もつい先ほど区切りがつき、特にやることもない状況。
時計の針を見てみると、ちょうど短針が十一を回っている。いつもならこんな時間に眠ることはありえないが……たまにはいいよね!
手早く布団を準備し、目を閉じる。
こんな感じで、俺の一日は回り、終わる。
と、思ったのだが。
「あれ、空? もう寝てるの?」
…………俺はもう深い深い眠りについてる。
よって、ここで穏乃に対して反応できないのも致し方ないことであり、当然である。穏乃も俺が眠っていると思っているようだし、このままでいっか。つーか眠い。超眠い。
そうやって狸寝入りを決め込んでいると、穏乃の気配がだんだん近づいてくる。
そして、布団の中に潜り込んできた。
「うぇへへ…………空の体温で暖かい」
……宥さんみたいなこと言うのな。
つーかそれ以前に、いくら穏乃とのこの間合いに慣れてるとはいえ、そんな恥ずかしいこと言わないでくれる? おかげで暑くなっちゃっただろうが。
当然それを知らない穏乃は独り言を続ける。
「…………私、もっと強くならなきゃ」
「………………?」
「和とまた遊びたい。でも、このままじゃ全国で勝つなんて無理だよ…………。って、何言ってんだ私」
いや、その気持ちは俺にもよく分かる。
俺のスタイルである打撃系には、絶対に超えられない限界が存在する。そしてその壁を、いわゆるオカ持ちはあっさり超えてくるのだ。
仮に、県予選や全国序盤がなんとかなったとしても、いずれぶち当たる強敵に俺は惨敗を喫することになるのは想像に難くない。
だから、俺はなにも言えなかった。
全く同じ気持ちなんだから。
「気持ちを強く持たなきゃ、勝てる試合も勝てなくなる。だから、どんな強敵にも絶対に勝つって気持ちで臨むんだ」
「………………」
――――――あぁ、そうだな。
寝た振りをしながら俺は、心の中でそう穏乃に返した。
多分、自分にも。
途中出てきた『友葉さん』は次話触れます。
誤字脱字ありましたら報告お願いします。