咲-Saki- episode of side S   作:Sirone

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どうも、Sironeです。
今回は日常回ですので、麻雀しません。

では、どうぞ。


第2話 朔上家

 

 

 

麻雀部に訪れた翌日。

いつもの時間に登校し、いつも通り授業を寝て過ごし、いつも通りの時間に昼食を食べる。

そんな、いつも通りの変わらない日常を送っていた……と言いたい。言える生活を送りたいのだが。

 

 

「…………何で付いて来てんだよ。大星淡」

 

 

こいつのせいで俺の変わらない日常は、あっという間に崩れ去った。

朝、席に向かえばこいつ。トイレに行こうと思えば廊下にこいつ。極めつけには、昼食を食べるために食堂に向かえばこいつ。

最早ストーカーの領域に達しつつある大星淡だが、当の本人は笑って俺の横に座っている。

 

 

「別に? 私が何処でご飯食べようが私の自由だし?」

 

 

「……まぁそうだけどさ。じゃあ、これ見よがしにネット麻雀打つの止めてくれない? 食べながら麻雀とかマナーがなってないぞ?」

 

 

「さっくーが麻雀部に来てくれるなら考えるよ」

 

 

「断る」

 

 

さっきからずっとこんな調子だ。

俺はもう麻雀部に行くつもりはないし、大星淡が諦める様子もない。そもそも俺、昨日麻雀好きじゃないって言ったよね? もう忘れたの? アホの子なの?

 

 

「……あのな、俺はあの人以外とは麻雀関連の会話すらしたくないんだよ。まぁ、あの人とも打ってはいないけどな」

 

 

「あの人? その人麻雀どのくらい強い?」

 

 

「俺やお前らじゃあ速攻で飛ばされるレベル。俺も一度も勝った事はない」

 

 

「なにそれすっごい!」

 

 

……すごい、か。

確かに、あの人はすごい。敵に回せば、まさに絶望そのものと戦っている気分になるほど。

でも、プライベートを知ってる俺からすれば、そんなイメージは全く湧いてこない。何であの人は仕事中とプライベートの差が激しいんだろうか。ちょっとは自重して欲しい。

 

 

そんな事を考えている内に昼食を食べ終えた俺は、食器を手に席を後にする。

 

 

「俺食い終わったから、じゃあな」

 

 

「放課後絶対来てよ! なんなら京太郎に連れてきてもらうように頼んじゃうよ?」

 

 

「止めい……だから、何度も言うけど俺は行かないっての。昨日がイレギュラーだっただけで、俺はもう麻雀は止めたの」

 

 

「このままじゃ私が満足出来ないじゃん! 百回倒すまで付き合ってよ!」

 

 

「一回でも断るのに百回なんて了承するわけないだろ……じゃあな」

 

 

「絶対迎えに行くから!」

 

 

……須賀京太郎に頼むんじゃなかったのか?

もう忘れているのだろうか。そうだとしたら、やはり大星淡はアホの子なのだろう。

これから起こりそうな出来事に頭を悩ませていると、ポケットのスマホから音が鳴る。

 

 

俺のスマホの音は不幸の前兆。

何故なら、俺のスマホは登録した人以外は着信音が鳴らないよう設定されており、スマホには一人の番号とメアドしか登録されていないからだ。

つーか確か、あの人まだガラケー使ってなかったか? いくら何でも遅れすぎだろ。

 

 

スマホにはメールが一通。

内容は簡潔で、『今日は休みだよ』だけ。

 

 

「……マジか。今日来るつもりかよ?」

 

 

……頭痛がしてきた。

 

 

 

 

嫌な時間が訪れるのは感覚的に早く感じると言うが、どうやらそれは本当らしい。

 

 

気が付けば、ホームルームの終盤。

先程から須賀京太郎がずっとこちらを見ているが、席の位置を考えれば捕まる事はないだろう。それよりも、問題は大星淡。

こんな日に限って、担任の話が長い。

大星淡が何組かは知らないが、このままでは待ち伏せされる可能性が高い。

 

 

……というか、そもそも麻雀部に行くつもりが毛頭ない以上、須賀京太郎や大星淡に捕まったところでどうにかなるわけでもない。

気にするだけ無駄だろう。

そう結論付け、昨日と今日だけで何度目か分からないため息を吐いた。

 

 

「はい、では今日は終わりだ。皆、気を付けて帰れよー」

 

 

「朔上! ……ってあれ? どこ行った?」

 

 

教室から須賀京太郎の声が聞こえてくるが、俺は既に廊下。教室の外だ。

幸いにもそこに大星淡の姿はなく、どうやら清々しい気分で家に帰れそうだ。

というか、いい加減に諦めて欲しい。

 

 

ポケットからシガレットを取り出す。

それを煙草のように咥えながら道を歩いていると、わずか数分で俺の家が見えてきた。

築何年かも分からないボロアパート。階段は錆び付き、少し暴れれば部屋は軋む。

管理人が清潔さに気を使っているらしいので、某Gが湧く事はないが。

 

 

この見窄らしいアパートの二階、その一番奥が俺の部屋だ。

朔上の表札を見る度に、俺がこんなボロアパートに住んでいると実感が湧いてくる。悲しみの向こうへファラウェイしてしまいそうだ。

 

 

自嘲の笑みで口を歪めながらドアを開いた。

車があったから分かってはいたが、部屋の奥からテレビの音が聞こえてくる。

そのテレビもあの人が持ってきてくれた物だしあんまり文句は言いたくないのだが、電気代節約の意味では止めて頂きたい。

 

 

……あれ? そもそも俺、合鍵渡したっけ?

 

 

記憶をいくら探ってもそんな過去が出てこない事に戦慄しつつ、居間に足を踏み入れる。

そこには、テレビの前で年齢にそぐわぬだらけ方をしたアラサー(?)がいた。

そのアラサー(?)は、寝転んだ姿勢のままこちらを見る。

 

 

「あ、おかえり。さくえくん」

 

 

「……本当に来たのかよ。すこやん」

 

 

 

 

小鍛治健夜。

日本最強と言われるプロ雀士。

俺が一人暮らしを始める前からの知り合いで、何故か俺に関わってくる人だ。

アラサーにして男友達ゼロ。未だに実家暮らしという残念な経歴を持つが、麻雀の強さは俺も認めている。

 

 

まぁ、折角の仕事休みの日に十歳近く年下の俺の部屋に来る時点でアレだよな。

俺としては、すこやんが来た日はだいたいすこやんの金で飯が食えるので大歓迎だが。

 

 

そう、俺はすこやんが来る事自体は嫌ではないのだ。問題は、起こるであろう惨劇と後始末。

 

 

「で、今日は何しに来たんだ? 暇つぶし? いい歳して実家暮らしだから親の目が痛いとか?」

 

 

「全然違うよ!? 今日はこーこちゃんも呼んで鍋でも食べようかなってね」

 

 

「家主の俺に断りもなくですかそうですか」

 

 

「だってここ、私の家とこーこちゃんの家のちょうど間にあるんだよ」

 

 

……そんな理由で俺の聖域は侵されたのか。

まぁ、これもいつもの事か。今更気にする事でもない。

こんな傍若無人な立ち振る舞い、すこやんのファンは見た事ないんだろうな。いや、独占欲なんて微塵も湧かないけどさ。

 

 

「じゃあいつも通り、食材の買い溜めお願いしてもいい? つーかそれが部屋の利用料だ」

 

 

「いつもと同じだね。じゃあ、買い出しに行こっか」

 

 

「……俺も行くのか? 何か適当に買ってきてくれよ。俺、学校から帰ったばっかでとっても疲れたんだけど」

 

 

「でも、私はそんなに重い荷物は持てないから、さくえくんが来ないと買い溜め出来ないよ?」

 

 

「確かに、アラフォーの体力じゃあ厳しいか」

 

 

「アラサーだよ!! ……って何言わせるの!?」

 

 

いつも通りのツッコミに吹き出しながら、買い出しの準備を整える。

エコバッグに財布に、服は……制服のままでいっか。アラサーのプロ雀士と制服の高校生がスーパーで買い物……何度も行ってるから今更感あるけど、絵面大丈夫かな?

 

 

『…………ちょ……どい……よ』

 

 

ドアの前に立つと、何だか聞き覚えのある声が聞こえてくる。

隣人の声かと思うかも知れないが、このアパートの二階に住人は俺しかいない。

……嫌な予感しかしねぇ。

 

 

「なぁすこやん。買い出しに行くのは止めないか? 今日は俺がなけなしの食材で飯作ってやるからさ」

 

 

「でも、こーこちゃんも呼ぶ予定だよ? さっき冷蔵庫見たら三人分の食材はなかったし、買い溜めはどうするの?」

 

 

「買い溜め……面倒事……いや、確か今日は特売日だ……」

 

 

しばらく悩んだ後に出た答えは……。

 

 

「…………よし、行こう」

 

 

そう自分に言い聞かせてドアを開くと、そこには特に誰もいなかった。

階段の下にも、特に誰かがいる様子はない。

どうやら気のせいだったらしい。

 

 

「どうしたの、早く行こう?」

 

 

「あ、あぁ。行こうぜ」

 

 

 

 

――――鍋の準備をしていると、壊れかけのチャイムが鳴る。

 

 

「お、こーこ来たんじゃね? 俺準備してるから出てくれよ」

 

 

「分かったよ。はいはーい、今でまーす」

 

 

具材を適当なサイズに切り分け、鍋の中にぶち込む。味は……ポン酢でいいや。二人ともポン酢好きだったはずだし。

鍋を机に運ぶ途中、玄関先からこーこの声が聞こえてくる。相変わらずのテンションでむしろ安心した。

 

 

「やっほーともきん! 久しぶりだねー!」

 

 

「久しぶりって……二週間前に来ただろ? あん時の恨みはまだ忘れてねぇからな。念のために聞いとくが、酒は持ってきてないだろうな?」

 

 

「え? ともきんも飲む?」

 

 

「持ってきたんだな……? 頼むから今回はリバースしないでくれよ? 後、俺は未成年だ」

 

 

二週間前、この部屋は混沌と化した。

酒の缶やワインの瓶が散乱し、眠るすこやんにリバースしたこーこ、そして現実から目を背けてテレビを見る俺。

その翌日、二日酔いの二人を介抱しながら部屋を片付けた俺の手腕は誇れるレベルだろう。

 

 

「さて、と……準備は終わったが、どうする?」

 

 

「ちょっと早いけど始めよー! すこやん何飲むー? あ、ともきんはカルピスあるよ」

 

 

「マジかよこーこまじパネェ」

 

 

「ともきんは相変わらず貧乏なんだね……」

 

 

「うるせぇ、貧乏学生という言葉がある以上、俺みたいな人間がいるのは必然なんだよ」

 

 

ローテンションこーこの低い一言が心に突き刺さる。こういう時だけローテンションになるなよ。それが一番辛いんだからさ。

というか、高校生って皆こんな感じじゃないの? カルピスって貴重品だよね?

 

 

「まぁそんな事はどうでもいいか。さて、そろそろ食べようぜ。あ、すこやん、そこのカルピス冷蔵庫に入れて冷やしといて」

 

 

「そのくらい自分でやってよ……」

 

 

「手届くじゃん。俺は皆の分の箸持ってくるから……ってなんだかんだ言って入れてくれるすこやん流石っす」

 

 

「すこやん、私のお酒も冷やしといてー」

 

 

「いや、こーこは働けよ」

 

 

 

 

――――しまった。

カルピスしか飲んでないから酔っていないはずなのに、場の雰囲気に流されて妙にテンションが上がってしまった。その結果が……。

 

 

「ねーすこやん、もう一層の事ここに引っ越したら? そしたらやっと実家暮らし脱却だね!」

 

 

「あ、それいいかもね。だったらさくえくんをお母さんに……」

 

 

「おいおいちょっと待てや。ここの家賃払ってんのは俺だぞ勝手に決めんなよ」

 

 

先程からこんな妄言ばかりだ。

酒の缶は三十本近く飲み干され、それに加えて瓶も三本ほど空っぽ。

テンション上がったせいで、二人が異常なペースで飲んでる事に気が付かなかった。朔上、一生の不覚。

 

 

それは兎も角、二人とも家主の俺を無視して何を勝手に相談してんだよ。普通そこには俺がいるべきだよね? 俺がおかしいの?

 

 

「でもさー、仮にすこやんがここに住む事になったら金銭的にも余裕が出来るじゃん!」

 

 

「ぐむぅ……酔っ払いにしては心を揺さぶる点を突いてくる……」

 

 

「そしてそして、この申し出を受ければもれなく、アラフォー寸前の美女をプレゼント!」

 

 

「……ありがとなこーこ。今の言葉のおかげで完全に自らを取り戻せた、この申し出は絶対に受けねぇ」

 

 

たまに家に来るだけでもこんな惨状を見るハメになるのに、住むなんて事になれば、俺の未来から希望は潰える。

しかも、すこやんがここに住めば、おそらくこーこも頻繁に来るようになるだろう。今でも一ヶ月に二回ほど来ているが、それが倍以上に跳ね上がる可能性が高い。

 

 

もう……俺は失いたくないんだ!

 

 

「ただでさえ学校が安息の地じゃなくなったのに、家まで占拠されてたまるかよ!」

 

 

「え? でもさくえくん、確か三日前に来た時は『学校こそ真の安息の地だな』とか言ってたよ? 何かあったの?」

 

 

「あぁ、確かに言った。でもその前に、未婚のアラサーが三日しか間を空けずに高校生の部屋に来る異常性について考えようか」

 

 

こーこはまだマシとしても、すこやんはものすごい頻度で俺の部屋に来る。

具体的には、休みの日はほぼ毎日来てるんじゃねぇかな……ってレベル。なんなら、仕事終わった後に来るまである。

 

 

そして、無駄にテンションが上がっていた俺は、無用な事まで口にしてしまった。

 

 

 

 

「後、何かあったかと聞かれたなら、麻雀部に勧誘されてる、と答えるしかねぇな」

 

 

 

 

しまった、と思っても後の祭り。

先程までの馬鹿騒ぎは何処へやら、部屋は水を打ったように静まり返っていた。

この二人は、特にすこやんは俺が麻雀を嫌った理由を知っているし、少し軽率だったか。

 

 

「……あー悪い、忘れ」

 

 

「ともきん、また麻雀始めるの!? だったらプロになればいいじゃん! 女子相手は兎も角、男子プロ相手ならやっていけるよ!」

 

 

「そうだね。でも、さくえくんって前に比べて弱くなってるよね? まぁ、大丈夫だと思うけどさ」

 

 

あまりに予想外な反応が返ってきた事に戸惑うが、慌てて言い返す。

 

 

「お、おい待ってくれ。俺は始めるなんて一言も言ってないぞ。それに、麻雀部に入るつもりもない」

 

 

「え、何でー? ともきんなら全国大会優勝なんて余裕でしょ?」

 

 

「いや無理だから。俺が勧誘されてるのは男女混合の部への出場のためだぞ? 昔なら勝てただろうけど、今は無理だって」

 

 

昨日打った時に理解した。

俺は今、最も強かった時と比べれば十分の一の力しか出せない。

ちょっと前にニュースで見た『宮永照』だって、あの頃の俺なら多分勝てた。自信はない。

だがそれも、過去の話。

 

 

「まぁ、さくえくんがやる気ないなら私は何も言わないよ。でも、もし麻雀始めたくなったら連絡してね」

 

 

「……まさかとは思うが、それで連絡したら駆け付けたりしないよな?」

 

 

「そりゃあ行くよ。さくえくんとはもう一度打ってみたいからね」

 

 

「流石ともきんLOVEのすこや」

 

 

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! こーこちゃんストップストップ! ……さくえくん、今の聞いた?」

 

 

「い、いや? 流石ともきん、までは聞こえたけど、その後は聞こえなかったぞ?」

 

 

……本当は全部聞こえてたなんて言えない。

つーか恥ずかしい。こーこが酔っ払っていたとしても、このイベントはちょっと……。

それを酔っ払いの妄言と切り捨てるのは容易いが、どうにも期待してしまうのが思春期男子の性なのだ。悲しい。

 

 

いやいや待て、すこやんはアラサーだぞ?

十歳近く年上の女性に、そんな色恋沙汰を期待するなんてどうかしてる。

そもそもすこやんは友達及び腐れ縁であって、そういう対象ではない。うん、絶対にない。

 

 

「あれれ、ともきん赤くなってるよー? もしかして照れてるのかなー? 照れてるともきんって可愛いね! 女装とか似合いそう!」

 

 

「……お、俺が照れてる? 寝言は寝てから言えよ……って止まれ。その手に持った女性服は何だ、まさか俺に着せるつもりか?」

 

 

「絶対似合うってー! 一度だけでいいから着てみてよー!」

 

 

「ふっざけんじゃねぇ! 俺に女装癖はないし、そもそもそんな服は俺の家にねぇぞ! 誰のだよそれ!?」

 

 

「すこやんの着替え」

 

 

何故すこやんが着替えを持ってきているのかはこの際気にしない。割とよくある事だしな。

しかし、それを俺に着せるとなると話は別。

衣服を手にしたこーこに詰め寄られて後ずさる俺。

が、その動きはすぐに停止した。いや、させられた、と言うべきだろう。

 

 

「……なぁ、すこやん。今すぐに放せば許すから放してくれ。男の沽券に関わる事なんだ」

 

 

「嫌だよ。私も見てみたいもん」

 

 

「ナイスだすこやん! 今ともきんを脱がすからあと少しだけ抑えててね!」

 

 

「止めろや二人とも! 俺の女装なんて誰が得するってんだ! ……ってこーこ、ボタンを外すんじゃねぇ!」

 

 

制服のボタンは既に半分が取られており、それでも俺の拘束は解かれないし、脱がせるのを止めてももらえない。

このままでは、本当に全部脱がされる。

酔っ払いの行動力は時折恐ろしい出来事を引き起こすのだ。過去に何度も学んだはずなのに、それでも歴史は繰り返される。

今のすこやんとこーこに何を言ったって聞かないのは分かっている。ならば……。

 

 

「わ、分かった! 着る、着るから放してくれ! 絶対に一度だけ着るからさ!」

 

 

降伏宣言、である。

 

 

「本当!? じゃあ洗面所で着替えてきてね!」

 

 

「はぁ……これ、俺じゃなきゃキレてるレベルだぞ? 俺の寛大さに感謝すべきだな」

 

 

「自分で言わなければ完璧だったのにね……」

 

 

「知らんな。じゃあ着替えてくるけど、二人とも部屋をこれ以上荒らすなよ?」

 

 

無駄な気もするが、一応そう言い残して洗面所に向かう。

というか、アラサーの服を着る高校生ってかなりとち狂ってると言わざるを得ない気がするのだが、社会的な意味で大丈夫なのか?

 

 

ベージュ色のニットに紺色のタイトスカートの組み合わせ。

俺はファッション等には疎いので、これがお洒落なのかどうかは分からない。

着替え終わって鏡の前に立つと、そこには短い黒髪に赤目の少年(俺)が女装をしている姿が映る。……何やってんだ、俺。

 

 

しっかし、この服装で二人の前に出るのは恥ずかしいよなぁ……。

頬を軽く叩き、覚悟を決める。

どうせあの二人しか見ないんだ。あの二人に醜態を晒す事なんて日常茶飯事じゃないか。

 

 

「……さて、行くか」

 

 

何故か戦地に赴く兵士の心境を理解しながら、俺は二人のいる居間へと戻る。

 

 

「あ、ともきん着替え終わっ…………誰?」

 

 

「さくえくんもう着替……どちら様ですか?」

 

 

「オレオレ詐欺ならぬダレダレ詐欺でも流行ってんのか? 俺だよ、朔上知生」

 

 

本気で分かっていない様子の二人に呆れながら答えると、二人は顔を向かい合わせて目をぱちくりさせた。

服装は制服から一変したとはいえ、別に化粧をしているでもない。誰か分からなくなる程変貌しているとも思えないのだが、二人の反応は俺を弄ろうとしているそれには見えなかった。

 

 

「……今の俺ってそんなにいつもと違うのか? 服を着替えただけだぞ?」

 

 

「正直、下手なモデルより可愛いと思うよ。町を歩いてたらナンパされそう……」

 

 

「そういう事を言うんじゃねぇ。冗談でも鳥肌が立つわ」

 

 

「ねぇともきん! 一回ウインクしながら横ピースしてみて! 私見てみたい!」

 

 

「こーこはこーこで何言ってんだよ……? 俺は微妙な人気を誇る地元アイドルかっての」

 

 

そもそも男の俺が『朔上知生ですっ! よろしくお願いします! キラッ☆』とかやっても需要ないだろうに。……うっ、吐き気が。

というか、よく見れば空き缶や瓶が先程よりも増えている。つまり二人は、俺が着替えている間に更に酔っ払っているしまったわけだ。

 

 

「はぁ……一回だけやれば満足するか?」

 

 

「え、本当にやってくれるの!?」

 

 

「まぁ、なんだかんだ言って二人には世話になってるからな。このくらいの事ならやってやらんでもないぞ。ただ、一度だけだからな」

 

 

すぅ……と顔の横に手を伸ばす俺を、固唾を呑んで見つめる二人。そして、キラッ☆という効果音が付きそうな笑顔でピース。

それを見た二人は、期待を全面に出した表情のまま硬直した。かと思えば、顔を近づけてこそこそ話をし始める。

 

 

「…………すこやん、ちょっとともきんが可愛すぎてやばいんだけど」

 

 

「…………うん、私も一瞬我を忘れそうになったよ」

 

 

駄目だ、さっぱり聞こえない。

あんな一生の黒歴史になりうる事をさせておいてこの仕打ちはあんまりじゃないですかねぇ……。

 

 

「よし、決めた! ともきん、明日はその格好で何処かに出かけよう!」

 

 

一人黄昏てカルピスを飲んでいると、こーこが何度目か分からない意味不明な事を言い出す。

後、決めたって何だよ。こーこに俺の予定の決定権はないぞ?

 

 

「いや、明日も学校あるし。つーか、そろそろ寝ないと明日寝坊しそうだな……」

 

 

「うーむ……じゃあ明後日は? 明後日は土曜日だから休みでしょ?」

 

 

「だから、俺は女装癖なんてないって何度言えば分かるんだ! ……って今お前写真撮ったよな!? 今消せすぐ消せ!」

 

 

「出かけてくれたら消してもいいよ?」

 

 

……万事休す、か。

 

 

 

 

結局土曜日の件は明日話し合う事にして、今日は寝る事にした。

すこやんが着替えを持ってきていた時点で予想はしていたが、どうやらこの二人は今日も泊まるつもりらしい。まぁ、翌日が休みの日はほとんど泊まってるんだけどさ。

 

 

時刻は既に二時を回り、流石にもう寝なければ明日の体調が心配になってくる。

そのまま寝ようとする二人を洗面所に叩き込み、シャワーだけ浴びせたのが十分前。

空き缶や空き瓶は隅に寄せられ、部屋にはすこやんが持ってきた布団が川の字に敷かれていた。

 

 

ちなみに端から、こーこ、すこやん、俺の順番だ。と言っても、こーことすこやんの布団はくっ付いていて、俺の布団だけ明らかに離れているが。

この配置の方が三人とも落ち着いて眠れると思い、俺が提案した配置だ。

 

 

「あー……眠い。二人とも、電気消すぞー」

 

 

この部屋に一つだけの照明が落とされ、部屋を照らすのは月明かりだけとなる。

適当に丸めた毛布を抱き枕代わりに抱きしめ、俺はボーッと眠りにつくのを待っていた。

 

 

この、三人でいる時間が俺は好きだ。

でもよくよく考えれば、二人は何故俺と関わり続けようとするのだろうか。

俺は麻雀を止めた普通の高校生。片やすこやんはプロの雀士で、こーこはアナウンサー。

何度考えても問の結論は出やしない。

 

 

だが実は俺、この関係性が続く事を内心快く思っていなかったりする。

俺は、二人と対等でありたい。

世話になって支えてもらうだけではなく、助け合い、支え合う。そんな関係に、いつか辿り着けるのだろうか。

 

 

無限に湧いてくる疑問形に一つ一つ回答している内に、俺の意識は落ちていった。

 

 

 

 

翌日の朝、二人が二日酔いに苦しんでいたのは言うまでもない。




閲覧ありがとうございました。
誤字脱字ありましたら報告お願いします。

今回の内容に深い意味はさほどありません。ただ、朔上がすこやん達と知り合いである事と、学校と自宅では朔上の態度がかなり違う事を分かってもらえれば充分です。

次回もよろしくお願いします。
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