咲-Saki- episode of side S   作:Sirone

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本文にもありますが、メンバー争奪戦はカットとなりました。
正直、朔上相手に一位を取るなんて少なくとも十局は打たないと無理そうなので。
楽しみにしてた人、ごめんなさい。

※鬱展開(?)注意


第5話 朔上の昔話

 

 

※メンバー争奪戦はカットです。

 

 

 

何度にも及ぶ対局の結果、女子のメンバーは宮永、大星、原村に決定した。

部員が落ちたのは驚きだったが、エトペンモードの原村には適わなかったらしい。それよりも、俺が地味にショックなのは。

 

 

「三回も負けた…………? 割と本気だったのに……これは落ち込むわ……」

 

「三回負けたくらいで何をそう落ち込んでいるんですか? 私達は今日だけでその倍以上負けてるんですよ?」

 

「いや、そりゃそうだけどさ……こうも負けたの久しぶりなんだよ……」

 

「麻雀は偶発性の強いゲームですから、どうやったって負ける事はありますよ。だから、この負けを次に活かす事が重要です」

 

「……それもそうか」

 

 

原村の気遣いが多少効いたのか、机に項垂れていた体を起こす気力は湧いてきた。

気力は湧いても、疲労が全回復するわけではない。一日中ぶっ通しで麻雀を打ち続けたせいで腕がボロボロだ。

 

体を起こした勢いでそのまま寝転がる。

と、今この部屋には俺と原村しかいない事に気が付いた。

 

 

「……あれ、他の皆は?」

 

「部長と染谷先輩は打ち上げの準備に、残りの皆は隣の部屋でウズウズしながら待ってます」

 

「じゃあ何故に原村はここに?」

 

「朔上君に……一つ聞きたい事があったからです」

 

 

そう言う原村の表情は至って真面目で、見ている自然と俺の表情も固くなる。

部屋は自然と静寂に包まれ、音は隣の部屋から聞こえてくる喧騒だけとなった。そんな気まずい状態がしばらく続いた後、原村が口を開く。

 

 

「…………最初に麻雀部に来た時」

 

「あぁ……もう言いたい事は分かった。要するに、何故俺が麻雀を嫌いになったのかを聞きたいんだろ?」

 

俺の言葉を受けて、小さく頷く原村。

その顔には先程まではなかった、逡巡が見て取れた。大方、これを聞くのは失礼に値しないだろうか? なんて考えているんだろう。別に俺は気にしていないのにな。

 

実際俺が周りにそれを話さなかったのは、単に不幸自慢だと思われたくなかったからに過ぎない。

つまり、聞かれたら普通に答えるよ?

 

 

「話す事は別にいいんだけど……結構長い話になるぞ? 十年くらい前まで遡るからな」

 

「構いませんよ。何となくそんな気がしてましたから」

 

「そうか。じゃあ、まずは…………」

 

 

 

 

《十年前》

 

 

『父さーん、これは何切ればいいの?』

 

 

麻雀の練習中、何切る問題の冊子を片手に俺は父さんを呼ぶ。

つい最近父さんに教わった麻雀だが、どうにも俺の肌に合って面白い。同年代の友達には理解されないが。

 

ここは茨城県某所にある家。

極普通の一軒家に今は二人。以前も二人。

俺が産まれた時のショックで母さんは息を引き取ったらしい。それ以来、俺は男手一つで育てられた。

 

 

『お、もうここまで解けたのか? やっぱり知生には才能あるぞ!』

 

『ほんと? えへへ…………』

 

『でもこれは基本中の基本だ。これが終わったら次はネット麻雀で特訓だぞ?』

 

『うん!』

 

 

祝日と父さんの休みが偶然重なった今日。

俺も父さんもどこかに出かけたがるタイプではないため、居間でゴロゴロしながら麻雀の特訓に勤しんでいた。

 

父さんは一時期プロを目指していたが、父さんの実家の金銭事情が原因で断念したらしい。以前ばあちゃんから聞いた話だ。

その時のばあちゃんの表情が悲しげだったから、この話は一度きりだ。

 

 

『じゃあこれは……ここ?』

 

『大正解! じゃあ次……と言いたいけど、そろそろ昼飯にしよう。何がいい?』

 

『うーん……ラーメン!』

 

『よーし! 少し待ってろ、すぐに作ってやるからな!』

 

『はーい!』

 

 

そう言って台所に歩いていった父さんの背中を見送り、テレビをつけてみる。

今はちょうどインターハイとやらが行われているらしく、高校生が麻雀を打っている姿が映し出されていた。

 

 

『すげぇ……俺も出たいな……』

 

 

その中でも特にすごいのが、今映し出されている女子高校生。肩あたりまでの黒髪に、少し怖い表情の人だ。

何がすごいってすごい。そうとしか言い表せない程、その人は圧倒的だった。

 

しばらくテレビに見入っていると、おぼんの上にラーメンを二杯乗っけた父さんが台所から戻ってくる。

そしてテレビを見て。

 

 

『お、小鍛治健夜か。知生よ、お前見る目あるなー』

 

『この人、こかじすこやって言うの?』

 

『あぁ、そうだぞ。インターハイ出場は今年が初めてなのに、歴戦の猛者を相手に無双状態さ。とにかくすげぇんだよ』

 

『インターハイってこんなに強い人がたくさんいるの?』

 

『どうだろうなぁ……男子は女子よりもレベルが何段か低いからな……戦ってみたいか? 強い奴と』

 

『もちろん! まだまだ遠いけどね……』

 

『そうだな。じゃあ、取り敢えず飯食おうぜ。腹が減っては戦は出来ぬ、だろ?』

 

『よーし! いただきまーす!』

 

 

椅子に飛び乗り、一も二もなくラーメンにがっつく俺。それを見て笑いながら、父さんはさらに朗報を告げた。

 

 

『飯食い終わったら、一回ネット麻雀打つか?』

 

『え、いいの!?』

 

『あぁ。そろそろルールや打ち方も覚えただろうし、実戦練習の始まりだ』

 

『やった!』

 

『でも慌てて食べてむせるな……って言わんこっちゃない。ほら、水飲め水』

 

 

父さんから受け取った水を一気飲みして、またラーメンを啜る。

 

食い終えたら、いよいよ初の実戦だ!

 

 

 

ラーメンを猛スピードで平らげ、食器の片付けを手伝った後。俺は父さんのパソコンの前に座っていた。

その後ろには父さんが付き、色々と教えてくれるらしい。

 

 

『まず、操作方法は分かるか?』

 

『うん、前に父さんが打ってるの見てたから』

 

『そうか、なら早速打ってみろ。最初は東風戦で慣れるところからだな』

 

『よーし、がんばるぞ!』

 

 

 

『…………ロン。32300』

 

 

ロン宣言を意味なく口上し、大きく伸びをする。これで四連続トップだ。

 

少し打ってみて分かったのだが、ネット麻雀の低ランクには役も分からず打っている素人がちらほらいるらしい。

そういう人は大概テンパイ即リーだから、狙いやすいと言えば狙いやすいけど。

 

 

『父さん、今回はどうだった?』

 

 

後ろを振り返り父さんに尋ねるが、父さんは何かをブツブツ呟きながら考え事をしているようだ。

仕方ないので批評を受けるのを後回しにした俺は、台所にお茶を取りに行った。

 

廊下に飾られている一つの写真。

そこに写っているのは、俺と父さんと見た事のない母さんの姿。

長い黒髪に赤目の、ちょうど俺が髪を伸ばせばこんな感じになるであろう顔が朗らかな笑顔を浮かべている。

 

毎朝背伸びして見る鏡に映る顔と瓜二つなあたり、やはり俺はこの人の子供なのだろう。そう実感させられる。

お茶を飲み終えて部屋に戻ると、父さんがさっきの東風戦の牌譜とにらめっこしていた。

 

 

『父さん、どうしたの?』

 

『いや、知生の打ち方にところどころ気になる部分があってな』

 

『え!? 俺の打ち方変だった!?』

 

『いやー……そういうわけじゃないんだけどな……例えばこれ。何でこんな待ちにしたんだ? 役を捨ててまで』

 

 

{①②③④④④⑤⑥⑦3發發發}

 

 

『えっとね……ドラが{發}だし、一位だったからそんなに点数が欲しいでもないよね? じゃあ出そうな待ちにしようかなーって』

 

『それについては一理あるんだけど……どうして{3}が出るって分かったんだ? 結局一発で振り込まれたけど』

 

『うーん…………勘?』

 

『勘って……ま、いっか。一先ず、初勝利おめでとう!』

 

 

その日は二人、ジュースやらお菓子やらで夕食まで騒ぎ尽くした。

 

 

 

 

《現在》

 

 

「……一ついいですか?」

 

話の基礎となる部分を話している途中だったのだが、原村からストップがかかった。

話し始めてわずか数分しか経っていないのだが、既に原村の顔にはうんざりの文字が書かれている。

 

 

「どした? もう聞き飽きた?」

 

「いえ、そうではないんですけど……これってただのいい話じゃないですか? 親子の理想的な関係に思えますよ?」

 

「……確かに。でも、もう少ししたらとんでもない鬱展開になるから。そこまで我慢してくれ」

 

「やっぱりいい話では終わらないんですよね……分かりました、覚悟を決めます!」

 

「オーケーオーケー。じゃあ続きを……」

 

 

 

 

《八年前》

 

 

『くぅー……終わったー!』

 

 

父さんから言われた特訓内容である、二種類のネット麻雀のランクをカンストさせるを無事終えた俺は達成感に満たされていた。

確か一人だけ無茶苦茶強いプレイヤーが、いたな……名前は……のどっち? だっけ。

 

 

『お、思ったより早く終わったな! じゃあ唐突だけど、今から雀荘に行こう!』

 

『え、ほんと!? やった!』

 

『俺も準備するから、知生も早く準備しろよー?』

 

『うん!』

 

 

麻雀を始めてから一年ちょい。

待ちに待った雀荘初体験だ。小学校からの帰り道で何度も見た、中で麻雀を打っている大人の背中。それが羨ましかった。

しかしそれも今日で終わり。

 

 

『勝てるかなー……?』

 

『知生ならきっと勝てるさ。自信持てって』

 

『……そうだね。頑張ってみる!』

 

『その気持ちを忘れんなよ? どんな勝負も勝てるつもりで望むんだ、OK?』

 

『おっけー!』

 

 

そんな会話をしている内に、気が付けば雀荘の前にいた。

窓から見える、笑いながら麻雀を打っている人達。今日が祝日だからか、若い人の姿も多々見られる。無論、俺よりも小さい人は一人もいないが。

 

父さんに次いで中に入ると、案の定俺に注目が集まる。その視線から逃れるべく父さんの背中に隠れていると、ここの店主らしき人が奥から出てきた。

 

 

『おっ、久しぶりじゃねぇか? 今度はお子さん連れかい?』

 

『あぁ、こう見えても強いんだぜ? 卓空いてるか?』

 

『ちょうど一欠けが二つだな。どうする? 別々に入るか?』

 

『おう、俺も久しぶりに打ちたくなったからな! じゃあ……俺こっち入るわ』

 

『分かった、後でね!』

 

 

父さんと別れて卓に向かう。

俺の入る卓には、父さんと同じくらいの年齢の人が二人。もう一人は高校生くらいの黒髪の女性だった。

……あれ? この人どこかで見たような?

 

 

『よろしくお願いします!』

 

『おぅ、よろしくな坊主。それにしても、父親に似てお前も強いのか?』

 

『うーん……リアルで打つの初めてだからよく分かんない!』

 

『そうか。じゃあ一回打ってみようぜ。早く座りな?』

 

『はい!』

 

 

 

――――東三局

 

 

『ツモ、32000です』

 

 

この人…………強すぎる!

今までに上がれたのは、起親だった俺と下家の高校生っぽい人だけ。しかも、俺が上がれたのは一回のみ。

 

自分が切る番になるまでは冷静な思考が出来るのに、いざ回ってくるとそれが全く出来なくなる。どれを切っても振り込んでしまうような感覚に陥るのだ。

結局ベタ降りしている内に、下家の人が高い手をツモ上がる。

 

 

『やっぱり強いなー……流石にかの小鍛治健夜には勝てそうにねぇや』

 

『…………え? 小鍛治健夜って……あ』

 

 

バッと顔を上げて対面を見る。

言われてみれば、去年テレビで見たあの顔にそっくりだ。麻雀を打つ時の仏頂面も、肩までの黒髪も。

 

当の本人は、恥ずかしそうに頬を染め。

 

 

『どうも……小鍛治健夜、です』

 

 

これが、割と長い付き合いになる小鍛治健夜との出会いだった。

 

 

 

東三局

親 朔上知生

ドラ表示牌 {9}

 

 

相手が小鍛治健夜である事を知った瞬間、俺の中の何かが冷めていく気がした。思考が、いや、直感が研ぎ澄まされる。

こんな感覚は初めてだ。

今なら……勝てるかも知れない。

 

 

【『リーチ』】

 

 

小鍛治健夜の六巡目{四}切りリーチ。

…………想定内、予定調和だ。

おそらくこのままでは小鍛治健夜が役満を一発でツモ上がる。待ちは筒子全て。

 

 

小鍛治健夜 手牌

【{①①①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑨}】

 

 

純正九連宝燈を六巡目でテンパイする事は分かっていたが、何度鳴いても防ぎきれない事も分かっていた。

どうせ防げないのなら、小鍛治健夜よりも早く上がるしかない。

 

 

【『カン』】

 

 

最速の手、小鍛治健夜の{四}をカン。

新たなドラ表示牌は{三}。

そして、嶺上牌は{七}。

 

 

【『カン』】

 

 

{七}を暗槓、そして{3}切りリーチ。

新たなドラ表示牌は{⑨}

 

 

朔上 手牌

【{二二五五五22} {四四横四四} {裏七七裏}】

 

 

小鍛治健夜より先に上がる術が一種類しかないなんて流石にびっくりだ。

でも、これで上家が俺に振り込む。何故かは分からないが、そう感じる。

予想通り、上家は{2}切り。

 

 

【『ロン、18000』】

 

 

朔上 和了形

{二二五五五22} {2} {四四横四四} {裏七七裏}

断幺九 対々和 ドラ4

50符7翻 18000点

 

上家のおじさん 35300→18800

朔上 104600→122600

 

 

対面 18800点

小鍛治健夜 197900点

上家 60700点

朔上知生 122600点

 

 

 

『これで75300点差……あと少し!』

 

『あと少しって……役満を私に直撃させないと届かないんだよ?』

 

『確かに、うん。……でも、不可能ってわけじゃないでしょ?』

 

 

その場の全員が、俺の言葉を鼻で笑った事だろう。でも、俺には見える。

今までよりは薄くても、この局で逆転する可能性が。

 

 

 

東三局 一本場

親 朔上知生

ドラ表示牌 {8}

 

 

《五巡目》

 

 

朔上

【{一一一三五①①①②③④東東} {一}】

 

 

【『カン』】

 

 

カンドラ表示牌は{發}、嶺上牌は{①}。

 

 

【『カン。そして……リーチ』】

 

 

連続暗槓からのリーチ。

この連カンで増えたドラは、小鍛治健夜を除いた他家の二人に四つずつ乗った。さらに元からあったドラを含めれば、二人共ドラ6確定の手だ。

それに比べて、俺はリーチのみの安手。

こうすれば、まだ勝ちの目がある上家は攻めに転じるし、対面もテンパイ形くらいは目指すはず。もう何を切るかでは迷わない。

こんな絶望的な点差でその手が入れば、振り込みに臆する事もないだろう。

 

おそらくではあるが、小鍛治健夜は相手の手の高さを感じ取る事が出来る。

東一局の三本場で俺がなんとか役満を張った時、迷わずベタ降りしたのがその根拠。確証はないが。

 

ならこの状況。

 

 

【(上家の子が安い手をリーチ……でも、残り二人の手は高いよね……なら、ここは)】

 

 

小鍛治健夜から放たれたのは【{四}】。

 

 

【『ロン。……ねぇ、小鍛治健夜さん。ここで俺は逆転するよ、してみせる』】

 

 

そう呟いて、裏ドラ表示牌を捲っていく。

 

一枚目は【{九}】。加算ドラ4。

二枚目も【{九}】。加算ドラ8。

 

 

【『後一枚……それで加算ドラ12、リーチも含めて13翻。逆転だよ』】

 

【『――――――っ!?』】

 

 

そして、三枚目に手を伸ばす。

後で聞いた話、この時俺の後ろには死神めいた何かが憑いていたらしい。その鎌は小鍛治健夜の首に、俺が手を伸ばすと同時に迫っていったとの事。

 

最後の裏ドラ。

捲った瞬間、何かが割れる音がした。

 

最後の裏ドラ表示牌は{北}。

 

 

『リ、リーチに……ドラ10……三倍満の一本場は、36300点です』

 

 

朔上 和了形

{三五②③④東東} {四} {裏一一裏} {裏①①裏}

リーチ ドラ10

100符11翻 36300点

 

小鍛治 197900→161600

朔上 122600→158900

 

 

 

結局この後は、あっさり二連続で上がられて敗北。一度は2700点まで縮まった点差も、終わってみれば24700点差。惨敗だ。

 

 

『ダメかぁ……もう少しだったのにな……』

 

『いやいやすげぇよ坊主! 小鍛治健夜をここまで追い詰めた奴なんて初めて見たぜ! いいもんを見せてもらった礼だ、ほれ』

 

『カルピスだ! ありがとー!』

 

 

父さんの対局はまだ終わっていないため、手持ち無沙汰になった俺は対局の余韻に浸っていた。

 

あの、全ての牌の動きが把握出来ているような感覚。直感が研ぎ澄まされ、未来予知だって出来そうな感覚。

あれは一体、何だったのだろうか……?

 

 

 

この日から、俺は定期的に一人でこの店に来るようになった。あの感覚が、果たして本物かを確かめるために。

プロ入りして回数は減ったものの、小鍛治健夜に何度も挑み、そして負けた。

その副産物的な何かとして、幺九牌を支配する能力なんかが目覚めたりもした。

 

 

『知生は相変わらず強いなぁ……何度やっても勝てねぇや』

 

『でも……まだ小鍛治健夜さんに勝ってないよ。勝つまでやるつもりだからね!』

 

『私だって負けないよ? でもさくえくん、回数を重ねる度に強くなってるからなー』

 

『そうかな? そうだったら嬉しいけど』

 

 

今まで過ごしてきた中でも、割と上位に食い込むレベルには幸せな時間だった。

でも、こういう時間は続かないらしい。

俺も例に漏れず。

 

 

 

 

《三年前》

 

 

いつも通りに学校から帰り、雀荘に向かおうと準備をしていると、目の色を変えた父さんが部屋に飛び込んできた。

そして開口一番告げられたのは。

 

 

――――茨城某所

 

 

今日は葬式当日。

 

あの日、ばあちゃんがこの世を去った。

病気とか事故でもない、ただの寿命だったらしい。

多分、すげぇ泣いた。多分っていうのは、自分でもイマイチ覚えていないのだ。そして、父さんもすげぇ泣いてたと思う。

 

母さんが死んだ時、父さんは軽い精神病を患っていたと聞いた。そして、その父さんを支えていたのは紛れもないばあちゃんだ。

じいちゃんは俺が産まれる前に死んでしまっているから、父さんが心の底から頼れるのはばあちゃんだけだったはず。

 

そして、あの日から全てが壊れた。

 

父さんは虚ろな目で酒浸り。

俺は一見何も変わらない日々を送っているが、心には穴が空いたような何と言うか。

唯一自分が自分でいられたのは、あの雀荘で麻雀を打っている時だけだった。

 

これだけで終われば、まだよかった。

 

 

ある日、父さんが仕事を首になった。

無断欠勤、遅刻の連続だ。無理もない。

以前はそれなりにいい職に就けていて、多少働かずとも問題ない貯金はあった。だがそれは、節約を心がけた場合の話。

 

酒に溺れた父さんの頭に、節約なんて二文字は存在しなかった。どんどん虎の子を食いつぶし、やがて貯金は底を尽きかけた。

普通の人ならば、ここで慌てて職を探す事だろう。しかし父さんは。

 

 

『くそっ! また負けた……!』

 

 

現実の金を賭けた麻雀に手を出し始めた。

今までの父さんなら勝てる勝負も、今の精神状態では勝てるはずがない。連戦連敗。

追い詰められた父さんは、とうとう俺を使い出した。

 

賭け麻雀で同じ卓に座らせ、父さんのアシストをさせながら自らも二位を取る。こんな無理難題を押し付けてきたのだ。

毎回毎回ヒヤヒヤしつつもそれを成功させてきた俺だが、どうしても俺が一位になってしまう時もあった。そうしなければ二人共負けるって時が。

 

 

『知生……何でお前が一位なんだ?』

 

『だ、だって……そうしないと二人共負けてたから……』

 

『口答えするな!』

 

 

そう叫んだ父さんは、近くにあった酒の缶をこちらに投げつける。

 

 

『知生! お前は俺のアシストをしていればいいと言っただろうが!』

 

『…………はい』

 

 

涙はなかった。

何故かは分からない。

 

 

こんな生活を一年程続けていると、ある異変が起こった。

今まではいつでも出来ていたはずの幺九牌支配に、回数制限がかかったのだ。それは瞬く間に厳しくなっていき、中三の半ば頃には東場で一回、南場で一回しか出来なくなっていた。

 

そして、ある意味運命の日。

 

 

 

 

《一年前》

 

 

『……少しいいか?』

 

 

相変わらず居間で酒浸りの父さん。

返事を待つ事なく向かいの椅子に座ると、父さんはこちらを睨みつけてくる。きっと、最近負けが混んで機嫌が悪いのだろう。だから、今この話を持ち出したのだし。

 

 

『…………俺は一人暮らしがしたい。仕送りもいらない、何もいらないから、これで永遠にお別れだ』

 

『………………』

 

 

俺の言葉を聞いた父さんは、静かに手に持った酒を煽る。そこには数年前の父さんの面影は微塵もない。

 

能力含め、全体的に麻雀が弱くなった今の俺を父さんが必要としているはずがない。

そう考えるのは、何となく寂しい気もするけれど。

 

しばらくして、父さんが口を開く。

 

 

『…………分かった、好きにしろ。そこの棚に百万程ある。持ってけ』

 

『…………最後に親の真似事でもしたつもりか? ま、遠慮なく持っていくけどな』

 

 

これが父さんと俺の、最後の会話だった。

 

 

 

 

《その翌日》

 

 

荷物を纏め終え、後は引越し先を探すだけという状況の俺は、あの雀荘の前にいた。

いつ頃からかは覚えていないが、当分足を運んでいなかったこの雀荘。唯一心の拠り所だったこの雀荘、何も言わずに引っ越すのは薄情ってものだ。

 

深呼吸をして扉を開けると、以前と変わらない景色が広がっている。そしてそこには、あの小鍛治健夜さんも。

 

 

『さくえくん!? すごい久しぶりだよね!?』

 

『うん。最近はどうしても来れなくって。今日も麻雀は打てそうにないんだ』

 

『そう、なんだ……』

 

 

落ち込んだような表情の小鍛治健夜さん。

止めてくれ……そんな顔をされたら、ここを離れたくなくなるじゃないか。

でも多分、これ以上あそこにいたら俺は耐えられない。そう遠くない未来、壊れる。

 

 

『……今日はちょっと話があるんだ。マスターも聞いてくれる?』

 

『おぅ、どうした知生?』

 

 

連日通いで仲良くなったここのマスター。

知生と呼ばれるようになってからは、もう長い付き合いの友達のような感覚だった。でも、マスターとも今日でさよならだ。

 

雀荘全体を見れば、見知った顔も多い。

その中で、俺は言葉を発した。

 

 

『実は俺……引っ越す事になったんだ』

 

『………………え?』

 

『結構遠いところにさ、結構すぐに』

 

『ちょ、ちょっと待ってよ、さくえくん?』

 

 

小鍛治健夜さんが困惑しながら言葉を紡ぐ。

でも、その先を言わせてはいけない。そう感じた俺はそのまま言葉を続ける。

 

『小鍛治健夜さんにも、マスターにも、この雀荘によく来る人には世話になったから挨拶に来たんだ。皆、ありがとう』

 

 

この言葉を最後に、ここから立ち去るつもりだった。実際、俺の足は出口に向いているし、振り返るつもりもなかった。

でも。

 

 

『待って』

 

 

後ろから声が聞こえると同時、手を掴まれた。その正体はもちろん、小鍛治健夜さんだ。

振り払おうにも、何故かその気力が湧いてこない。むしろこのまま、ここに留まってしまいたいような。

 

そんな様々な感情がごちゃまぜになる中、いつの間にか気を失っていたらしい。

 

 

 

あ……れ……?

ここ、どこだ……?

あの雀荘にそっくりだけど、あそこに人っ子一人いないなんてありえない。つまり。

 

 

『…………何だ、夢か』

 

『夢じゃないよ?』

 

『へっ!? ……って小鍛治健夜さん? じゃあここって……』

 

 

意識が鮮明になるにつれ、だんだんと記憶が戻ってくる。

そうか……俺、気絶したのか。

でも、何で急に?

 

 

『医者が言うには、過度なストレスと心労だとよ。知生、ほら飲め』

 

『過度なストレスと心労……か。ありがと』

 

 

マスターからもらったカルピスを飲んでいると、何だか昔を思い出す。初めてこの雀荘に来た日の事を。

自然に、枯れたと思っていた涙が落ちた。

そして気が付けば、ぽつりぽつりと話していた。ここ二年間の事を。

 

 

――――ばあちゃんが死んだ事。

――――父さんがおかしくなった事。

――――俺が壊れそうになった事。

 

全て話した。信用出来る二人だからこそ、学校の友人にも話さなかったのに。

足元には水溜りが出来ていて、足を地面に付ける度にピチャピチャと音がした。そこに新たな涙が落ちていく。

 

話している間は二人共静かだった。最も、視界がぼやけていたせいで様子を窺い知る事は出来なかったが。

 

本当、どうしてこうなったんだか。

 

涙を拭きながら自分の不幸を呪っていると、前に座っていた小鍛治健夜さんにいきなり抱き寄せられた。

小鍛治健夜さんも俺と同じように泣いていて、何かを話し出す事はなかったが、今の俺にはとてもありがたかった。

 

 

『…………ありがと』

 

 

と掠れていたであろう声で伝えた俺は、いつぶりかも分からない心地よい眠りについた。

 

 

 

目が覚めた時には、既に時刻は夜の九時を回っていた。客間らしきところに布団が敷かれていて、どうやらここで眠っていたらしい。

それについてはマスターに感謝だが、問題が一つ。

 

 

『何で小鍛治健夜さんも一緒に寝てんの?』

 

 

同じ布団で、小鍛治健夜さんがぐっすり眠っている事だ。そっと布団を抜け出そうにも、抱きつかれたままなため動けない。

そのまましばらく四苦八苦していると、背中側から戸を開ける音が聞こえた。

 

 

『お、知生は起きたみてぇだな。小鍛治さんは……まだか』

 

『マスター? 何がどうしてこうなった?』

 

『どうもこうもねぇよ。あの後、二人共泣き疲れて寝ちまったんだ。んで、俺がこの部屋まで引っ張ってきたってわけさ』

 

『……この体勢のまま?』

 

『おう!』

 

 

無駄に元気のいい返事にイラッと来たが、一応善意にもとずいた行いだ。感謝せねば。

 

 

『つーかマスター、さっきの話聞いてた? いつの間にかいなくなってたけど』

 

『もちろん聞いてたさ。んで、それについてだけどよ? 知生、本当にいいのか? お前は全く悪くねぇんだぞ?』

 

『いいんだよ。俺が悪い悪くないに関わらず、このままあそこにいたら多分壊れちまう。それに、とにかく離れたいんだ』

 

『…………そうか。知生が考えて出した結論だ、俺はもう何も言わねぇよ』

 

『そう言ってもらえると助かるよ』

 

 

そう言ったが最後、再び強烈な眠気が襲う。

多分、ここ最近は眠っていても疲れがほとんど取れていなかったのだろう。過度なストレスと心労で気絶するくらいだもんな。

 

 

『ごめんマスター、もうちょっとだけ寝ててもいいかな……?』

 

『構わねぇよ。泊まっていってもいいぜ?』

 

『そ……っか……あり……が…………』

 

 

言い終える事なく、俺は眠気に負けた。

 

 

 

 

《その数週間後》

 

 

荷物も纏め、即入居可能な格安物件も見つけ、後は出発するだけとなった。

行き先は長野。遠すぎる気がしないでもないが、今は少しでもここから離れたかった。

 

誰に出発日を話したでもないため、見送りなんてものは存在しない。茨城から長野への直接交通機関は存在しないため、割と長時間の一人旅だ。

バスに乗り、そこから駅に向かう。

 

 

その道中、一人で色々な事を考えていた。

何でこんな事になったのだろう? そう何度考えても、結論は一つしか出てこない。

その結論がこじつけで、八つ当たりで、無茶苦茶なのは自分でも分かっている。でも、そう思わないと気が狂ってしまいそうで。

 

 

――――麻雀さえなければ。

 

 

麻雀さえなければ、父さんが賭け麻雀に陥る事もなかった。俺が父さんに利用される存在になる事もなかった。

いくら麻雀が強くったって、こんなもの。

 

今の俺にとって、麻雀とはあの地獄の象徴。

だから二人共、ごめん。

今だけ言わせて?

 

 

 

『麻雀なんて…………大っ嫌いだ』

 

 

 

 

《現在》

 

 

「――――とまぁ、こんな感じだ」

 

 

俺の過去を、すこやんの名前は伏せた上で話し終え、深く息を吐く。

 

軽く顔面蒼白気味の原村は、今のを聞いて何かを思ったのだろうか? 可哀想だとか?

止めてくれ、そういうの。

しかし、次に原村の口から出た言葉は少し予想とは違っていた。

 

 

「どうして…………どうしてそんな事を体験しておいて麻雀が出来るんですか! 私なら……」

 

「無理か? だろうな。自分でも頭おかしいと思うもん。……でもさ」

 

 

俺が今麻雀をやっているのは何故か。

そんなの簡単だ。それを簡潔にまとめ、一言にするならばこうなるだろう。

 

 

「人生、スカッと生きなきゃ損だろ?」

 

「――――――! ……そう、ですね!」

 

「……よし、これで湿っぽい話は終わりにしようぜ? 流石にそろそろ準備も終わるだろ」

 

 

隣の部屋へ繋がる扉を開けると、既に俺と原村以外の全員が勢揃いだった。どうやら俺達待ちだったらしい。

普通を装ってるつもりだろうが、俺からすれば丸分かりだ。須賀や大星なんて分かりやすい事この上ない。目元がわずかに赤いからな。

 

多分ふすまの向こうで聞いていたのだろう。

別に小声で話していたでもないし、聞こえていたとしても不思議ではない。

それでも、誰一人として言及してくる事はなかった。正直ありがたい。

 

 

「来たわね? じゃあ早速頂きましょ?」

 

「寿……司……よし、戦争を始めましょう」

 

「さっくーの目が怖いよ…………」

 

 

ここしばらく食べてない高給品だ。譲る気は毛頭ない。しかしそれは他も同じだったらしく、染谷先輩、須賀、片岡、大星は箸を手に興奮気味の様子。

俺もそれに習い、箸を両手に一膳ずつ持つ。

 

――――何だかんだ言って悪くないこの日々にも感謝しつつ、この言葉を言おう。

 

 

「…………いただきます!」

 

 

 

 

――――実は、あの過去話にはちょっとだけ続きがある。

 

あれは引っ越しを終え、必要最低限の家具を揃えた頃。

 

 

 

 

『ふぅ……だいたいこんなもんか。受け取った百万は手を付けたくないが……中学を卒業するまではどうしようもないか』

 

 

小型冷蔵庫を運び込み、額の汗を拭う。

今は晩夏で、夜は少し冷える割に昼時はまだ夏ばりの暑さを誇る。個人的には最も嫌いな季節だ。

しかし、そう文句も言っていられない。

これからは一人暮らしなのだ。

 

今までも料理はしてきたため、生活能力自体は問題ではない。しかし、学校に通いながらとなると多忙を極めるはず。

これからは効率よく日々を送らなければ、すぐにやるべき事が溜まってしまうだろう。

 

今後に対して決意を固めていると、ふと部屋のチャイムが鳴った。

 

 

『誰だ……? 引っ越しの挨拶にはもう行ったし……管理人さんか? はーい今出まーす!』

 

 

ダンボールやら何やらが散乱している廊下を進み、ようやくたどり着いた玄関を開けた。

瞬間、俺は言葉を失った。

 

ありえない。何で? 何で?

目の前の、肩までの黒髪の女性を見ながら口をパクパクさせていると、その人は満面の笑みで。

 

 

『――――来ちゃった!』

 

 

……いやいや、来ちゃった! じゃないよ。

何で俺の新居知ってるんだよ? そもそも茨城在住だろ? あんた。

そう問うて帰ってきたのは。

 

 

『えっとー……仕事で長野にいたら偶然さくえくんを見つけてね? で、後を尾けちゃった』

 

『尾けちゃったって…………じゃあ、今日も仕事だったの? ――小鍛治健夜さん』

 

『健夜』

 

『…………え?』

 

『私達って結構長い付き合いだよね? なのに、小鍛治健夜さんって呼び方は他人行儀すぎるよ? だから、健夜』

 

 

正直恥ずかしいのでお断りしたいが、近くに迫っている小鍛治健夜さんの目を見ていると、どうにも断りきれそうにない。

だからここは、妥協点としてこうしよう。

 

 

『………………すこやん』

 

『……ま、いっか。でも、これからは絶対小鍛治健夜さんって呼ばないでよ?』

 

『ぜ、善処するよ……すこやん』

 

『よし、おっけー!』

 

 

遠い長野の地で、茨城出身の俺とすこやんが談笑している。一体どんな数奇な運命を辿ればこうなるのだろうか? ある意味気になって仕方がない。

 

そうやってしばらく談笑を続けていると、腕時計を見たすこやんが慌ててドアを開ける。

 

 

『きょ、今日は仕事あるからもう行くね?』

 

『了解、頑張れー』

 

『もうちょっと心を込めて言って欲しかったよ……じゃあ改めて』

 

 

ドアが閉まる直前、こちらを振り向いたすこやんは今回も満面の笑みを浮かべて。

 

 

『改めてよろしくね――――さくえくん!』

 

 

返事をする前に扉は閉まってしまい、きっとすこやんに届く事はないのだろう。

でも何となく、口にした。

 

 

『こっちこそよろしく――――すこやん』




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