咲-Saki- episode of side S   作:Sirone

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※今回の話は、ただただオリ主が麻雀するだけの回です。苦手な方は視聴をお控えください。

バイトを始めたため、更新速度が段違いに遅くなります。後、クオリティも落ちるかも知れません。
実際、今回は予定していた内容を大幅に変更し、いきなり大将戦開始となっています。そこまでの流れを楽しみにしていた方はごめんなさい。


第7話 県予選 ~覚醒~

仮眠室にて。

目が覚めれば、多分決勝戦。

負けたらどうしようか……なんて柄にもない事を考えながら、布団の中目を閉じていた。

 

今頃、先鋒戦が終わる頃だろうか。

須賀は少し不安だが、あのメンバーがそうあっさりと負けるはずがない。一位、低くても二位で俺に回ってくるだろう。

その時、俺が大量失点したら?

もし、天江衣に勝てなかったら?

 

 

きっと、何も変わらない。

 

 

その無変化はあくまで表面上に過ぎないが、 正直心の中で罵詈雑言を吐かれたところで全く腹も立たないし、辛くもない。

よくよく考えてみれば、別にそう大した事でもないじゃないか。なら、大丈夫だろう。

 

気楽に、普通に、手抜きに。

そう決意した俺は、多分昨日の夜よりかは眠れたと思う。そう思いたい。

 

 

 

 

ざっと、八時間くらい眠っただろうか。

ポケットから取り出した携帯で時間を確認すると、ちょうどアラーム設定時刻の数分前。二度寝するには時間がなさすぎる。

最近の寝不足も多少解消されたようで、朝よりかは体調はいい。

 

しかし、寝る前に何かを悩んでいたような気がするが……思い出せないなら大した事でもないのだろう。

しばらく未練がましくモゾモゾと布団の中で蠢いていたが、副将戦がどうなっているかも気になる。仕方ない、起きるか。

 

 

「寒…………今日ってこんなに寒かったっけ?」

 

 

突如感じた肌寒さに身を震わせながら、俺は仮眠室を後にした。

控え室までの道程に人は誰もおらず、妙に静謐な空気が漂っている。まるで、この会場に人は俺しかいないようだ。有り得ないけど。

 

しかし、本当に静かだな。

朝や昨日は、観客席からの応援の声や選手達が気合いを入れる声が常に響いていて、とてもじゃないが静かな場所などなかった。

そう考えると、今の状況は不気味ではある。

 

連れてきた猫の如くキョロキョロしながら控え室まで辿り着き、ドアをゆっくりと開ける。

その中は、何と言うか……通夜状態だった。

誰一人として言葉を発する事はなく、皆が視線を一点に集めている。そして、その先には。

 

 

「…………マジかよ」

 

 

大量失点して涙目の大星と、冷気を纏った魔物の類が、そのテレビには映っていた。

テレビ越しでも分かる。この魔物は、まだ甘さが残っている大星では勝てない。宮永でも微妙なレベルだろう。

 

それでも、清澄は何とか二位で終了。

龍門渕に圧倒的点差をつけられたものの、何とか大将戦に繋いだ。

……その大将が俺じゃなくて宮永なら、もう少し安心感があったんだろうなぁ。

 

 

「……まだ大星も帰ってきてませんけど、行ってきます」

 

 

今戻ってきたばかりだが、再び身を翻して扉へ向かう。

 

 

「朔上、後は頼んだ!」

 

 

こんな時でも活力の消えていない須賀の声。

 

 

「さ、朔上君、頑張って!」

 

 

ちょっとキョドった宮永の声。

 

 

「朔上君、頑張ってください」

 

 

いつもの変わらない原村の声。

 

 

――――全く。

扉の先、廊下から部屋の中に手を突っ込んで三人にグッドサイン。

任せろ、安心しろ、と。

今までにない程の決意を固めつつ、俺は対局室へと向かう。

本当、全く。

 

 

――――負けられなくなったじゃないか。

 

 

試合の内容は見ていないから分からないが、多分大きく稼いだ宮永、それを繋いだ須賀、さらに差を広げた原村。

そして、大星のためにも。

 

…………後、すこやんのためにも。

この半荘二回、必ず勝つ。

 

 

「……くっ……くくく」

 

 

つい、笑いが漏れてしまった。

ほんの最近まで麻雀が大嫌いだった俺が、今や負けるわけにはいかないと思っている。

どうにもこうにも、人ってヤツは思った以上に気分屋らしい。ソースは俺だ。

 

 

「――――あ、さっくー………………」

 

「お、大星か……って泣くなよ。あんな化物相手じゃ仕方ないって」

 

 

対局室の方からフラフラと歩いてきた大星の目は赤くなっていて、強く擦った後も残っている。百人見て百人が泣き跡と答えるだろう。

まぁその気持ち、分からんでもないが。

大星のようなタイプは、自らの強さに絶対的自信を持っている事が多い。それをあんなに叩きのめされちゃ、泣きたくもなるよな。

 

 

「ごめん……二位になっちゃった」

 

「はぁ…………何言ってんだ。これが四位とかならともかく、二位なら上出来だ。この程度の点差、俺が逆転してやるよ」

 

「…………うん」

 

「まぁ見てなって。もしかしたら、俺の本気を見せられるかも知れねぇからさ。そんじゃあ行ってくる」

 

 

ちょっと前、偶然部室で原村に見せた俺の本気の片鱗。それ以来は、一度も発動しないが。

この戦いでゾーンを復活させる。

そして、勝つ。あの天江衣に。

 

別れ際に大星の髪をクシャクシャ撫で回し、俺は対局室へ、大星は控え室へ。

一瞬後ろを振り返ると、やはり大星の背中にはいつもより生気が感じられない。多少フォローしたが、それでもダメか。

 

……なるほど。

負けられない理由、また一つ増えちまった。

 

 

 

 

遂に、対局室前。

重いドアを開けた先に雀卓がポツンと置いてあり、既に一人の選手が着席していた。

風越の大将…………名前は覚えてないけど。

先日の試合と牌譜を見る限りでは、とてもじゃないが大した打ち手とは思えなかった。が、それでも慢心はダメ絶対、だ。

 

俺は……風越の上家。

 

 

「よろしくー」

 

「…………ヨロシクお願いします」

 

 

…………。

こっちが低学年だから仕方ないけどね? いくらなんでも初対面に向かってタメ口ってのはどうなんだろうか?

あ、そういえば大星もそうだったわ。

もしかして俺、女子に舐められやすい体質?

 

衝撃の新事実に驚いていると、鶴賀の大将も対局室に姿を見せた。

確か、名前は加治木ゆみ。

本大会初参加という事もあり、彼女の試合は見ていなかったのだが、決勝まで勝ち上がってきた学校の大将だ。侮れない。

 

彼女は俺の上家に座る。

つまり、天江衣は俺の対面って事か。

…………おっ。

 

 

「お出ましか……ラスボスの」

 

 

去年のデータしか知らないから何とも言えないが、天江衣を表現するにはピッタリだろう。

開きっぱなしのドアから覗き込む天江衣の顔は、まるで子供。純真無垢という言葉がとても似合いそうな容姿だ。

 

しかし、人は見かけによらず。外見で人を判断してはいけない。

裏で麻雀を打ってた時に学んだ事だ。

途中までは菩薩の如く優しかった相手が、対局が終わった途端に修羅の様な顔で怒り狂う事もある。人ってのは、やっぱり外見じゃない。

あ、モテるか否かは外見だと思います。

リア充は死ね。慈悲はない。

 

そんな事を考えていると、天江衣が着席。

すぐさま吹っ掛けたのは、風越の大将。

 

 

「天江衣、今年も勝てる気でいるのか?」

 

「去年の衣と戦ったのか……忘れてくれ。去年は本調子ではなかった。あの時はまだ、お前達と同じ人の土俵に立っていたよ」

 

「人じゃなきゃ何なんだ…………」

 

 

人外、って事だろ。

俺もそう言われた事あるからな。

ちなみに、すこやんもよく人外人外って言われるらしい。まぁ、すこやんは仕方ねぇわ。

人並外れたオーラを醸し出す天江衣は、不敵な笑みを浮かべながら。

 

 

「その真相、その身で確かめよ……」

 

 

――――対局、開始。

 

 

 

東一局

東家 朔上知生

南家 加治木ゆみ

西家 天江衣

北家 池田華菜

ドラ表示牌{8}

 

 

清澄 94600点

鶴賀 64100点

龍門渕 186600点

風越 54700点

 

 

――――対局が開始してからわずか数十秒、場はいきなり鉄火場と化す。

 

 

「リーチ」

 

 

朔上のダブルリーチ。

一位である龍門渕との点差を考慮すれば、高い手を張っている可能性が高い。それが親となれば、皆警戒する。

しかし。

 

 

朔上 手牌

{一二三四五六七九②②③④3}

 

 

朔上の手、一向聴。

朔上は、初っ端から仕掛けた。リーチに対してどんな牌を危険だと思うか、どんな牌が通ると思うか。そんな情報を集めていく。

その情報量が最後に活きるのが麻雀。

 

それを理解している故に、朔上は惜しまない。ノーテン罰符も、親も。

 

 

――――変だな。

鶴賀と風越は問題ない。

俺の手を警戒している様子だし、それによる癖や傾向も少しずつ見えてきている。

だが、龍門渕の天江衣。

全くこちらを警戒している様子がない。

 

可能性はいくつか考えられるが、何の根拠もなく突っ張っているって事はないだろう。ここは決勝の大将戦だ。そんな甘い打ち手がいるはずがない。

……まだ結論を出すには早いな。

 

 

――――結局、この局は流局。

天江、加治木、池田は三人ともノーテン。

それを見た朔上が一つため息を吐き、手牌を伏せようとした時。

天江から声が。

 

 

「清澄、生猪口才な真似は止せ。藤田からお前の話は聞いているが、あまり衣を落胆させないでくれ」

 

「……別に俺はお前のために麻雀してるわけじゃないんだが、まぁいいや。安心してくれ、次の次からは本気出すから」

 

「衣の贄となるか、好敵手となるか……? その力、とくと見せてもらおう」

 

 

――――随分と偉そうな奴だな。

一応年上だからと敬語を使うつもりだったのだが、一瞬で気が変わった。失礼だろうが何だろうが知ったこっちゃねぇ。

こいつ、潰す。

 

しかし、天江衣がどう俺のノーテンリーチを見抜いたかどうかが分からない限りどうしようもない。

 

…………急ぐか。

 

 

清澄 94600→81600 (リー棒分含む)

鶴賀 64100→68100

龍門渕 186600→190600

風越 54700→58700

 

 

 

東二局

親 加治木ゆみ

ドラ表示牌 {①}

 

 

「リーチ」

 

 

――――朔上、二度目のダブルリーチ。

しかし前局と違って、今回は。

 

 

朔上 手牌

{一九①⑨19東南西北白發中}

 

 

国士無双十三面待ち聴牌。

これを天江に直撃させれば、一気に点差を13000点まで縮められる。

そうでなくても、言わば対象実験。

 

前局はノーテンリーチ、今回は役満聴牌。

この差を作る事で、天江に変化は生じるか?

もし今回、天江が朔上の手をを警戒するようならば、朔上の手が聴牌しているかどうかが筒抜けに近いという事になる。

 

確認のためにこんな手を打ってはいるが、朔上は薄々勘付いていた。

多分、バレていると。

しかし、この予想はあっさりと外れる。

 

三巡後。

 

 

「あ、ロン。32000」

 

 

――――予想に反して、天江衣からの振り込み。これで一気に射程圏内だ。

しかし天江衣の表情には、想定内と言った言葉が書かれている。つまり、今の振り込みは想定内か、故意に行われたモノだという事だ。

 

……なるほど、だいたい分かってきた。

 

天江衣は、聴牌気配や手の強さを察する事が出来る。今の振り込みに対する反応の薄さの理由は単純明快、俺の役満聴牌を知っていたからだ。

 

何故降りなかったのかは分からないが、多分これで間違いないだろう。

もし待ちまで分かっているのなら、振り込むはずがないのだから。

 

言ってしまえば、俺の読みの劣化版。

相手の目線やその動き、微妙な手の動きに発汗量。その他諸々を観察し尽くせば、天江衣の能力に近い事は誰だって出来る。

視力が悪い奴は無理かも知れないけど。

 

しかし、これだけでは藤田プロの目がとち狂っていたとしか言いようがない。

俺が言うのもアレだが、この程度で俺と互角だなんて有り得ないから。つまり、天江衣はまだ何かを隠している可能性が高い。

 

……うーん、まだ戻らないか。

 

 

清澄 81600→114600

龍門渕 190600→158600

 

朔上 支配済み幺九牌

{一九①⑨19東南西北白發中}

 

 

 

東三局

親 天江衣

ドラ表示牌 {⑥}

 

 

朔上 手牌

{二三三四④⑤⑥⑦⑧567北}

 

 

――――配牌一向聴。

{三}か{北}を引けば三面張、{③}{⑥}{⑨}を引けば単騎待ち。

数巡後には聴牌出来る……そう朔上は余裕綽々でいた。誰だってそう思う。

 

 

加治木 手牌

{一二三①②③12369東東}

 

 

池田 手牌

{一九①⑨1119東南西北白}

 

 

現にこの二人も、全く同じ事を考えていた。

 

しかし、引けない。引けない。引けない。

朔上は能力を使えば即聴牌可能だが、そうまでして和了するような手でもない。ここは見送りつつ、他家の様子を伺う。

 

十二巡目まで誰も聴牌出来ないのは珍しいと言えば珍しいが、別に普通では有り得ないってほどでもない。朔上も、この状況をさほど不思議には思っていなかった。

そして、十三巡目にやっと動きが。

 

 

「ポン!」

 

 

加治木、天江の切った{東}をポン、{6}切り。

一応これで全帯三色を聴牌。しかし、単騎待ちな上にその牌が幺九牌。どうやってもツモ和了は出来ない。

残るはロン。

 

だが、それは訪れないまま十七巡目。

 

 

「リーチ」

 

 

卓は海底に沈んだ。

 

 

――――は?

 

リーチ? 十七巡で?

一応、鶴賀が天江衣の牌をポンしているため、海底ツモは天江衣。だが、後一回しかツモが残っていないここでツモ切りリーチ?

有り得ないだろ、そんなの。

 

それに加えて、この感覚は何だ?

局が進んでいくにつれて、海の底に引きずり込まれていくような、そんな感覚。

 

これが天江衣の本領だとすれば、先程の言葉は撤回しよう。こいつは、間違いなく魔物の領域に棲んでいる。

 

 

――――ツモ、海底撈月。

 

 

「塵芥共よ……汝らに生路なし!」

 

 

天江衣 和了形

{四四四⑤⑥234999北北}

裏ドラ表示牌 {西}

リーチ 一発 ツモ 海底撈月 ドラ3

40符7翻 6000all

 

清澄 114600→108600

鶴賀 68100→62100

龍門渕 158600→176600

風越 58700→52700

 

 

海底撈月、海に映る月を掬い取る。か。

今日は確か満月の夜、当然海に映る月も真円を描いている。

……なるほど、今日は最高状態ってわけか。

その形を歪める以外に、勝機はなさそうだ。

 

しかし、どうすればいいのやら。

先程の海底撈月も、一応止めようと努力はしたのだ。海底牌の操作も無論、した。

にも関わらず、天江衣はその操作を打ち破って和了した。俺の幺九牌支配が通用しない相手なんてすこやん以来だ。

 

……やっべぇ、超楽しい!

 

鷲巣様じゃないけど、脳内物質が溢れ出ているのがハッキリと分かる。

やっぱり麻雀は、強い相手と戦ってこそ。そうでないと面白くない。裏……賭け麻雀をしている時とはまた違った緊張感が俺を走る。

 

 

【(清澄……衣の海底を目の当たりにして、畏怖の念が微塵も感じられない……やはり、衣の前に立ち塞がるは清澄か)】

 

「……あぁ、立ち塞がって見せよう」

 

「……面白い。面白いよ、清澄。今まで、正面から衣と相見えようとした者は一人たりともいなかった。故に、衣は楽しみで仕方がない」

 

「ほーん、偶然だな。俺も今、同じ気分だよ」

 

 

なんて事を言ったが、俺と天江衣の『楽しい』は、少し本質が違っている気がした。

 

 

 

東三局 一本場

親 天江衣

ドラ表示牌 {發}

 

 

――――二人の魔物が交錯するこの戦いは、お互いが本気になったこの局から荒れ始める。

四巡目。

 

 

【「ポン」】

 

 

天江 手牌

{五五③④⑤⑤3588} {北北横北}

 

 

天江衣が自ら風越の{北}をポン。

オタ風ポンで海底コースイン、再び卓全体は海底に引きずり込まれていくが、当然朔上はそれを是とせず。

 

 

「チー」

 

 

朔上 手牌

{六七七八八九①②④⑤} {横213}

 

 

この鳴きで、海底は風越へと戻る。

それを受けて、龍門渕は再び風越の{五}をポン。{8}切り。

こうして二人は海底を巡る鳴きの応酬を繰り返し続け、残りの二人は鳴く事も出来ないという展開になりつつあった。

 

 

「チー」

 

 

朔上 手牌

{④} {横六七八} {横九八七} {横③①②} {横213} {7}

 

 

このままだと完全に役なしだが、少し悩んだ後に朔上{④}を手出し。{7}単騎に張り替え。

天江衣のポンに被せる形で連続鳴きをしたため、もう海底は風越から動かない。鶴賀や風越が鳴きを入れる事はなく、海底ツモ。

引いたのは{3}。

 

 

(海底ツモ……これが天江衣の和了牌だなんて有り得ないし……! でも……)

 

 

池田 手牌

【{二三四①②③④⑤⑥3457}】

 

 

(ノーテン罰符すら惜しいこの点差……振り込みのリスクは出来るだけ避けたい! なら、ここは聴牌を維持しつつ海底を抱えるし!)

 

 

そんな当たり前な思考の後、風越から放たれたのは{7}。朔上の待ちにドンピシャである。

 

 

「ロン。1000点の一本場は1300」

 

 

{7} {横六七八} {横九八七} {横③①②} {横213} {7}

河底撈魚

30符1翻 1300点

 

清澄 108600→109900

風越 52700→51400

 

 

ドンピシャ、というより、朔上が合わせたと言うべきだろう。

待ちを変えた時、朔上には少なくとも二つの選択肢があったはずなのだから。二者択一から正解を引く直感、紛れもなく珠玉の才。

 

これが一回きりの偶然なら、別に囃し立てる事でもない。

しかし朔上は、今までに何度もこの直感で修羅場をくぐり抜けてきた者。その厚みは、最早高校生では考えられない程だ。

 

そんな朔上の歴史が刻まれた和了だが、鶴賀と風越は内心偶然だと思っている。異常性にまるで気が付いていない。

ただ一人、天江衣だけは気がついていたが。

 

 

(清澄の和了……風越の手牌を完全に見透かしている。風越が衣の海底を恐れる事と、聴牌を維持する事までも……)

 

(裸単騎に河底ロンとかツイてないし……)

 

 

――――今のを故意と見抜けない時点で、鶴賀と風越は大した事ないな。

やっぱり、相手は天江衣一人か。

さっさと逆転したいのは山々だが、どうにも天江衣の支配が強すぎる。能力を使わないと自由に手作りすらままならないのは流石に辛い。

 

しかし、言ってもどうにもならず。

幸いこの東場は次で終わりで、ガス欠を気にする事なく能力を発動出来る。

さて、どうしますかね……。

 

 

 

東四局

親 池田華菜

ドラ表示牌 {②}

 

 

朔上 配牌

{三四五①②③④④④1778} {4}

 

 

――――再び配牌一向聴。

凡夫が見れば幸運、朔上が見れば苦境。

 

 

(この一向聴……これも天江衣の支配の内なんだろうな……じゃあ、これかな)

 

 

思考の後に切り出されたのは{8}。

続いて{1}を連続ツモ、{7}を対子落とし。

そして。

 

 

「リーチ」

 

 

{4}単騎待ちリーチ。

四巡目とかなり速いリーチだが、当然天江衣には点数が知られている。恐るるに足りない。

しかしこの三巡後、朔上再び動いた。

 

 

「カン」

 

 

最後の{④}をツモり、暗槓。

槓ドラ表示牌は{8}。

 

朔上から見れば、特に何の意味もない槓。むしろ手の一部を晒している分、不利に働いているだろう。

しかしこの槓こそ、後の布石。

 

鶴賀は早々にオリ。

風越は。

 

 

池田 手牌

{一九①⑨1東南西北白白發中}

 

(運よく国士無双聴牌……これを天江に直撃かませば、まだチャンスはあるし!)

 

 

本来この手は天江衣の支配を受けていて、決して聴牌出来るはずがなかった手。しかし、国士無双となると話は別。

朔上は敢えて、池田を聴牌させた。

その理由は当然、天江から直撃を取るため。

 

 

【(風越……衣の支配を受けてなお役満を聴牌出来るのか……それに比べて、清澄の雰囲気は微々たる物だ。なら……)】

 

(差し込まれる公算大……)

 

 

天江から放たれたのは{5}。

朔上の当たり牌の隣、当然和了は出来ない。

 

 

(………………)

 

 

次順、天江から{4}が放たれる。

 

 

「ロン。倍満」

 

 

先に点数を告げた朔上は、三人の怪訝な視線を無視して裏ドラに手を伸ばす。

上のドラ二枚を退かし、裏ドラ二枚を強く握り締める。そして、軽く笑った朔上が開いた手から落ちた裏ドラは音を立て。

表になった二枚は{9}と【{③}】。

言葉を失う三人を横目に、改めて。

 

 

「ロン。リーチドラ7……倍満だ」

 

 

朔上 和了形

{三四五①②③1114} {4} {裏④④裏}

リーチ ドラ7

60符8翻 16000点

 

清澄 109900→125900

龍門渕 176600→160600

 

 

――――これで34700点差。

最初に比べれば随分と追い上げたモンだ。自分で自分を褒めたくなってくる。

しかし今の直撃は何と言うか……剣による一太刀を避けたかと思えば、いきなり狙撃されたみたいな話で、二度目はない。

 

34700点差か……近いように思えなくもないが、多分本当はそうじゃない。むしろ逆。

今の和了で、天江衣の中の油断や慢心が消えたように感じる。顔からは驕りが抜け、打牌からは甘さが消えた。

 

訪れた俺の前半戦最後の親はあっさり海底撈月で流され、後は和了し和了されの繰り返し。

直撃を取る事もままならず、天江衣との点差はあまり縮まらぬまま、前半戦の終わりを告げるブザーが鳴り響いた。

 

 

〖前半戦終了! これは極端な展開になってきました。何と前半戦、和了したのは清澄と龍門渕だけ……藤田プロ、どう思いますか?〗

 

〖……風越と鶴賀の手、国士無双以外では絶対に聴牌出来ないようになっていた。完全に近い一向聴地獄だ。それに対して、清澄と龍門渕はそれを受けている様子がない。そりゃあ和了も偏るさ〗

 

〖えっと……つまり、このままでは風越と鶴賀に和了の目はない、という事でしょうか?〗

 

〖まぁ、まだ何とも言えんがな〗

 

 

清澄 125900→137800

鶴賀 62100→52800

龍門渕 160600→169900

風越 51400→39500

 

 

 

 

「ふぅ…………きっつ」

 

 

会場外の小さな段差に座り、呟きながら目を休ませる。

前半戦と後半戦の間に設けられた短い休憩時間、俺は一人で外の空気を吸いたかった。体の空気を入れ替えて、思考をリセットする。

 

空には、俺の記憶通り満月が光っていて、淡い光は何とも言えない幻想感を醸し出す。ずっと直視していると、まるで月に引き込まれていくかのように。

 

この季節の夜は程よく涼しい。

心地よい風が吹き、ちょっと人より長めな前髪を揺らしている。

 

……もし、このまま負けたら。

 

リセットされた頭の中に、また一つ疑問が。

こんな問いの回答、考えるまでもない。

 

心の中での罵倒?

学校での軽蔑の眼差し?

軽い嫌がらせ?

 

どれも有り得るけど、俺から言えば。

 

 

「…………この程度か……そうだよな」

 

 

負ければ即死、そんな勝負を俺が何度くぐり抜けてきたと思ってる? それに比べれば、やっぱりこの仕打ちは『この程度』だ。

ここは裏の世界じゃない。もっと堂々と、己の力を出せる場だ。それで負けたなら、単純に相手の方が強かっただけの事。

 

もし、負けたなら。

この問いの答えを改めて出すのならば、俺はこう答えよう。

多分、世間一般から見ればこの答えは間違いであり、最低だと思う。でも、こうとしか思えないんだから仕方ないじゃないか。

 

答えは、どうにもならない。

もしくは。

 

 

「俺は悪くない」

 

 

ただの開き直り。

しかし、この一言を口にした途端、俺の中の何かがフッと消えた。それはまるで魚の小骨のような物で、麻雀に復帰してからずっと何処かにつっかえていた物だった。

 

……あぁ、間違いない。

 

俺は段差から腰を上げ、対局室に向かって歩き出す。

その時の俺の表情は多分、無。

一切の思考すらないまま歩く俺自身を、俺は懐かしく感じていた。

 

……随分と久しぶりだ、この感覚。

 

静かに対局室の扉を開けると、既に全員が着席を完了していた。申し訳ないね、待たせて。

 

 

「――――さて、第二ラウンドと行こうか」

 

 

後で須賀から聞いた話だが、この時の俺は黒い瘴気のようなモノを纏っていて、目は赤々と光っていたらしい。

……全く、何馬鹿な事を言ってんだか。




ちなみに、副将戦までの流れは。

先鋒→咲さんが無双。キャップか何とか止めてました。
次鋒→須賀がハギヨシさん(原作とは年齢が異なります)相手に何とかリードを死守。ここで清澄と龍門渕がトップ争い開始。
中堅→名前も決まってない男子三人を相手にのどっちが無双。
副将→途中までは淡が圧勝でしたが、後半戦から透華が冷え、モモと風越の校内ランキング三位も一緒に滅多打ちにした。

って感じです。見たいって人がいれば書くかも知れません。
長々と申し訳ないですが、閲覧ありがとうございました。
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