由良さんの浴衣グラ実装に歓喜した作者は、いても立ってもいられずに、本作を執筆いたしました。おかげで連載の方が全く進みませんでしたが、後悔など微塵もしていません
楽しんでいただけたら、幸いです
提督さんは、秋が好き。
実は由良も、最近知ったことです。
ほんの少し前、夏の暑さが和らぎ始めた頃。提督さんは嬉しそうに、基地の執務室から、背後の山を眺めていました。秋になると、紅葉で染まる山、らしいです。
―――「もうすぐ、秋ですね」
提督さんが、楽しげに呟いたから。
―――「秋、好きなんですか?」
何気ない由良の質問に、提督さんが照れたように笑います。
―――「地元に秋祭りがあったんです。子どもの頃は、ずっとそれが楽しみで・・・。だから、秋になると、ちょっと嬉しくなります」
弾んだ声が、細められた瞳が、子どものように無邪気でした。
横須賀鎮守府直轄第四艦隊司令官兼富浦基地司令。彼が、由良の提督さん。優しくて、ちょっとのんびりな、提督さん。
由良の大好きな、提督さん。
◇
「秋祭り・・・?」
「そうそう。今度うちでやるのよ」
横須賀から新装備の受け渡しにやって来た夕張が、いつも以上に明るい声で言います。
夕張は、由良が横須賀にいた頃の友人です。艦娘のなかでは、工作艦の明石さんに並ぶくらい、艤装の取り扱いに長けていて、新装備の開発や試験運転を任されています。
今日は、新型ソナーの配備とその説明のために、富浦まで来てくれました。
でも、装備の説明よりも前に、夕張は秋祭りについて話し始めてしまいました。
「大規模作戦が終わって、その労いにって、前から提督と企画してたの」
なんだか楽しそう。夕張の提督―――横須賀第一艦隊司令長官は、こうした催し物が大好きな方です。
「どう?由良も来ない?」
「由良は・・・」
由良も、行ってみたい気持ちはあります。でも、それ以上に・・・。
夕張の気持ちは、嬉しいけれど。
「ありがとう。でも、由良もやらなくちゃいけないことがあるから。それに、提督さんを一人にはできないし」
「じゃあ、一緒に来ればいいじゃない。春雨ちゃんたちの後任もまだなことだし、特に問題ないと思うわよ」
「えっ・・・」
確かに夕張の言う通りです。
元々富浦基地には、由良の他に春雨ちゃんと村雨ちゃん、秋月ちゃんが所属していました。でも、二週間前に三人が異動してしまって。その後任となる駆逐艦娘は、二週間後に着任予定でした。
今は、この富浦に、由良と提督さんだけ。確かに自由度は高いです。
でも・・・。
「で、でもそれって・・・」
無意識に視線をさ迷わせてしまいます。その時、夕張の瞳が、怪しく光った気がしました。
「それって・・・デート、みたい?」
「っ!?」
ものすごい勢いで血液が顔に集中するのを感じました。手にしていたクリップボードを、ぎゅっと握り締めてしまいます。
そんな由良のことを、夕張がさも可笑しそうに見ていました。
「そっかそっかあ。由良もそんなお年頃かあ」
も、もう。他人事だからって。
「とにかくおいでよ。絶対楽しいから。夕立たちも会いたがってたし」
半ば強引に迫ってくる夕張。
「う、うん・・・。わかった、提督さんに、訊いてみる」
「よしよし」
夕張は満面の笑みを浮かべていました。
「秋祭りですか?」
夕張から聞いた話を、そっくりそのまま伝えたら。提督さん、それはもう嬉しそうに、表情を綻ばせました。柔和な顔立ちが、一層優しそうに緩んでいます。
「はい。夕張が、来ないか、って言ってました。それで、その・・・」
・・・やっぱり、意識しちゃう。いつからかな、提督さんのことを好きだって、気づいちゃったから。
「て、提督さん。よかったら、あの・・・由良と一緒に、行きませんか?」
提督さんの目が、真ん丸に開かれました。
やっぱり、嫌、かな。提督さんは、由良とは行きたくない、のかな。
そう思うと、胸の辺りがたまらなく痛くて。だからその痛みを和らげるように、早口で言い募ります。
「て、提督さんが嫌なら、いいんです。基地には由良が残りますから、提督さんだけでも行って来てください」
「嫌だなんて、とんでもないです!」
由良の言葉を遮るみたいに、提督さんが声を上げます。
「由良さんと行きたくないなんて、僕が思うはずありません。むしろ僕の方こそ・・・由良さんが嫌じゃなかったら、一緒に秋祭りに行ってくれませんか?」
言い切った提督さんの顔が真っ赤で。多分、由良の顔も真っ赤で。
「あの、由良は・・・」
だから、由良は。
「・・・提督さんと一緒なら、嬉しいです」
◇
秋祭りの日。
朝食を終えて、由良は秋祭りに行く準備をしてました。
由良の部屋。そのタンスの奥に、大きな桐箱が入っています。
白と薄い青の浴衣。結局、まだ一回も着たことがありませんでした。
でも、今日は。せっかくの秋祭りだから。由良も浴衣、着てみよう、かな。
着付けの仕方を思い出しながら。途中からは、妖精さんに手伝ってもらって。姿見に映った自分を確認します。うん。大丈夫。ちゃんと、できた。
「・・・よしっ」
ほんの少し気合いを入れて。お気に入りの手提げを持って。部屋の扉を開けて、待ってる提督さんのもとへ向かいます。
提督さんは、基地の玄関で待っていました。夏季の第二種軍装、白い制服が、提督さんによく似合っています。
「お待たせしました」
由良の声に、提督さんが振り向きます。
「ゆ、由良さん・・・。浴衣、だったんですか」
「は、はい。あの、どう・・・ですか?」
由良が問いかけても、提督さんは固まったまま、何も言いません。
由良ったら・・・ちょっと、はしゃぎすぎちゃったかな・・・。
やっぱり浴衣、似合ってなかったかな・・・。
「・・・由良さん」
「・・・はい」
提督さんの呼びかけに答える声が、少し震えて。顔を上げられなくて。
でも。
「浴衣、とっても似合ってます。あんまり綺麗で、声が出ませんでした」
えっ・・・。
提督さんの言葉に、その顔を見ます。由良の目線よりも、少し、高い背。提督さんは、頬を掻きながら、笑っていました。
「って、なかなか恥ずかしいこと言ってますね、僕」
まだまだお昼には程遠いのに。朝の涼しげな風が吹いているのに。どうしようもなく熱くなった頬を誤魔化して、俯いて。
提督さんの顔を、直視できません。
行きましょうか。提督さんのその言葉に、辛うじて頷いて。妖精さんたちに後を任せて、基地の正門をくぐります。
富浦から横須賀まで、電車で四時間近く掛かります。高速バスなんかを使うと、もう少し早いんですけど。せっかくの秋祭り、乗り換えの少ない電車で、のんびりゆっくり行こうと、二人で相談した結果なりました。
ガタゴトと。ゆっくり走っていく電車の中、提督さんはずっと、由良の隣で。乗り換えの電車を待つホームでも、並んで立っていて。
チラリと、その横顔を窺うと。
外の風景を見ていたり。
電車の揺れにウトウトしていたり。
乗り換えのホームを確認していたり。
時々・・・時々、由良と目が合ったりして。
幸せな道中でした。やっぱり、電車を選んで、正解だった、かな。
横須賀に着いた時には、すでにお昼時でした。そこから、最後はバスに乗って、横須賀鎮守府の正門を目指します。
やっぱり、横須賀は大きい。海沿いには、色々な施設が並んで、丁度入港していた輸送船の姿も見えました。正門が近づいてくると、お祭りのものと思われる、色々な屋台も。
正門前について、バスを降ります。慣れない浴衣の足元。バスのステップを、提督さんに手を取られて、一段ずつ、降りていきます。ちょっと恥ずかしくて・・・ちょっと、嬉しい。
「お、来た来た!」
正門の前では、夕張が待っていました。ブンブンと振った手が、浴衣の袖を大きく揺らします。
「いらっしゃい」
「・・・うん」
満面の笑みを浮かべる夕張に、チョコンと頷きます。
「お久しぶりです、夕張さん」
「久しぶり。元気そうね、少佐」
敬礼した提督さんに、夕張が苦笑しました。
提督さんとも、砕けた会話ができる、夕張のこういうところ。提督さんに、そういう風に接することができない由良には、ちょっと羨ましい。
しゃべりたいことは、たくさんあるのに。しゃべる機会も、たくさんあるはずなのに。どうしても切り出せない。春雨ちゃんたちがいた頃より、今はもっと、ずっと。
それは、どうして?
「中将に挨拶をしたいのですが」
「ああー、今は無理ね。行方不明」
「・・・え?」
「この会場のどこかにいるのは間違いないんだけどねえ。多分、あっちに連れられ、こっちに連れられしてるわよ。人気者だから」
「そうですか。わかりました、どこかで会ったら、その時に挨拶します」
「うん、そうして・・・とうっ!?」
提督さんと話していた夕張の袖を、引っ張る影がありました。駆逐艦娘の、文月ちゃん。
「こんにちは」
へにゃっとした笑顔で、文月ちゃんが挨拶をします。由良も提督さんも、答えます。それから、袖を引っ張られた夕張が、文月ちゃんに尋ねました。
「どうしたの、文月ちゃん?」
「あのね、皆がまた、夕張さんの射的が見たいんだって」
「ええ、また?」
「うん。だから、ちょっと来て?」
そう言って、また夕張の袖を、クイクイと引っ張っていました。
「えっと、そういうわけだから。私はもう行くね。由良も少佐も、楽しんでって」
そう言って夕張は、文月ちゃんに連れられて、行ってしまいました。残された、由良と、提督さん。
「・・・まずは、お昼ご飯ですかね。由良さんは、お腹すいてますか?」
「はい。何か、お腹に入れたい、ですね」
時刻は正午を回っています。普段なら、もうお昼ご飯を食べてる頃。四時間電車に乗って、さすがにお腹がすきました。
「食堂を開放してるみたいですし、そこで食べましょうか。後はゆっくり、考えましょう」
提督さんの提案に賛同して、二人で食堂に向かいます。ご飯を食べて、お祭りを楽しむのは、それからですね。
鎮守府秋祭り、と言うだけあって、様々な屋台が並んでいます。焼きそば。とうもろこし。リンゴ飴。秋刀魚。食べ物はもちろん、他には遊びの屋台も。射的。くじ。輪投げ。金魚すくい。ヨーヨー釣り。そんな屋台の間を、たくさんの艦娘たちの笑顔が駆け抜けていきます。
「盛況ですね」
提督さんが嬉しそうに言いました。
よく見ると、横須賀以外にも、色々な鎮守府や泊地、基地から艦娘たちが来ているみたいです。皆がそれぞれに、秋祭りを楽しんでいます。
「由良さん、気になるものとか、ありますか?」
気になるもの、ですか?
言われて迷います。どの屋台も、気になって。
それと同じくらい、隣で笑う提督さんが、気になって。
「あの、リンゴ飴、食べてみたいです」
「いいですね、行きましょう」
由良が選んだリンゴ飴を、二人で手にして、屋台の間を歩きます。はむ。甘い、赤い、リンゴ飴と。由良の心、頬の熱さがどこか重なって。
その時。秋晴れの空を轟かすような、大きな音が。
「わああ・・・!太鼓、ですか・・・!」
提督さんが、興奮した様子で、辺りを見回します。音のした方は、屋台が並ぶその向こう、広場のようなところでした。
法被に身を包んで太鼓をたたくのは、吹雪ちゃんを筆頭とした横須賀の駆逐艦娘たち。
一糸乱れぬ動き。裂帛の声。体の芯を打つ音。
すごい迫力。思わず、息を飲んでしまうほどに。リンゴ飴をかじるのも忘れて、由良も提督さんも、その演技に見入っていました。
「「「ありがとうございました!」」」
演技をやり終えて、ぺこりとお辞儀をする駆逐艦娘たちに、拍手が送られます。皆、照れたような、誇らしげな表情です。
「・・・子どもの頃、秋祭りではいつも、お囃子の太鼓を叩いてたんです」
「そうだったんですか?」
「はい。どうしても叩きたくて、練習して。それで、叩かせてもらえるようになりました」
そう言って、ばちを操るまねをします。その仕種に、ふっと笑いが込み上げて。
「提督さん、似合わない」
言って、気づいて。夕張と話す時と同じ、自分の口調。
提督さんの目が、大きく見開かれて。慌てて、言い直そうと。
でも、その前に。
「・・・やっぱり、由良さんは、そっちの方がいいです。なんていうか、由良さんらしくて」
提督さんが、笑います。心底嬉しそうに。
「いいですよ、敬語じゃなくても」
柔らかい表情で、頬を掻きながら。
「由良さんの話してるところ、好きですから」
秋の陽ざしに、当てられたわけでもないのに。頬が熱くなるのがわかって。
「ほ、ほんと・・・?」
「はい。本当です」
そう、なんだ。それじゃあ、由良も。
「じゃあ・・・由良も、普通に話してみよう、かな」
「そうしてもらえると、嬉しいです」
ずっと。
ずっと、夕張が羨ましかった、けど。普通に話すって、難しくて。考えても、よくわからないけど。
なんで、かな。「由良の話してるところが好き」、それがどうしようもなく嬉しくて。由良のこと、見ててくれてたんだなって。
「ね、ねえ、提督さん?」
「はい。なんですか、由良さん?」
だから、由良も。
「提督さんと、もっと色んなもの、見たいな」
色んな提督さんを見ていたい。
由良も、提督さんのこと、見てるんだよって、知ってもらいたい。
「由良も、提督さんが楽しそうにしてるところ、好きだから」
今度は、由良から。提督さんを、引っ張っていくような、勢いで。
射的をやって。
二人で綿飴をつまんで。
輪投げ勝負は、由良が勝って。
ヨーヨー釣りは、提督さんが勝って。
提督さんの秋刀魚が、猫に盗られたり。
由良の切り絵に、拍手をくれたり。
それはきっと、今までで一番楽しい時間。艦娘になって―――軍“艦”の記憶と“娘”の心、二つを持つ「由良」になって、一番かけがえのない時間。これからも、由良が由良である限り、大切に想う時間。
けれども、それはたった数時間。気づけば太陽が、大きく西に傾いていました。
「そろそろ、帰らないと、ですね」
提督さんが残念そうに呟きます。
横須賀から冨浦まで四時間。どんなに早くても三時間。最終電車のことも考えると、七時には帰らないといけません。
・・・今日の由良は、きっと、抑えられないくらい、わがままで。それをわかってても。
「提督さん。あの、ね。由良・・・」
勇気を出して、提督さんを、真っ直ぐに見つめます。優しいオレンジの光が染める、由良の提督さんの顔を。
「由良・・・花火、見たいな」
「花火・・・ですか」
花火が始まるのは、完全に太陽が沈んだ、夜の八時から。花火を見てから帰りだすと、夜の九時になっちゃいます。冨浦までは、辿り着けません。
その時は、どこかに泊まるしかありません。横須賀鎮守府か、近くのホテルに。
「でも・・・花火を見ると、今夜中に基地まで帰れませんよ?そうしたら、どこかに泊まらないと」
提督さんの言ってることは、もっともで。多分・・・間違ってるのは、由良。
でも。
「・・・いいよ」
でもね、提督さん。
「いいよ、提督さん。由良は、提督さんなら、いいよ」
どうしても、花火が見たかった。
何でかなんて・・・説明、できないよ。一つだけ言えるのは、後で後悔したくないから。
今日一番に驚いた顔。提督さんの橙に光る瞳。由良を捉える眼差し。
その表情が、優しく崩れました。
「そうですよね。せっかくの秋祭りなんですから、花火まで見ていかないと、損ですよね」
そうと決まれば。腰掛けていたベンチから立ち上がって、提督さんは、ゆっくりと手を差し伸べてくれました。
「花火まで時間があります。最後まで、楽しみましょう、由良さん」
「・・・はいっ!」
そして、花火が始まりました。
沖に浮かべられた船から、次々に尺玉が撃ち上げられ、鎮守府の上空を彩ります。
青、赤、緑、黄。大きな花火が、たくさん。
ススキみたいに流れて。
牡丹のように力強く。
菊のように優雅に。
お互いを主張して、あるいは引き立てて。
夜空に散らばる光の粒が、それを見ている艦娘たちの表情を照らします。瞳に映って、きらきらと輝きます。
それは、由良の隣に立つ提督さんも同じ。
少年のように、純粋に、花火を見つめる、提督さん。
その横顔が、たまらなく、愛おしくて。
提督さん。
由良の、提督さん。
優しくて、ちょっとのんびりで、笑顔が素敵で、一緒にいられるのが何よりも嬉しくて、
由良の大好きな、提督さん。
咲き誇る花火の中。由良のすぐ隣。
「提督さん・・・」
紛れもない、由良の気持ち。
「あのね、由良・・・」
由良は、提督さんのことが、大好きだよ。
呟いたその言葉は、きっと、花火の音にかき消されてしまって。
―――それでも、いいの。
近づいた二人の距離。由良の右手に、チョンと、提督さんの左手が触れました。
その手を、ギュッと握ると。提督さんも、ギュって、握り返してくれて。
提督さんの手は、とっても暖かくて。由良の心も、とっても温まって。
だから、多分。由良も、提督さんも。今、きっと、笑ってる。
―――由良は今、とっても幸せだよ。
いかがだったでしょうか?
由良さん可愛いです。普段も可愛いですが、浴衣もとっても可愛いです
・・・どうしよう、何を言えばいいのか忘れてしまった。とにかく、それぐらい可愛かったです
読んでいただき、ありがとうございました