この言葉はとある歌詞の抜粋です。
分かる人はいるでしょうか?
並外れた威圧感を放つ紅い長槍と、初めて目にすれば何の冗談かと疑ってしまう大剣――― 巨大な板チョコがぶつかり合う。
空気が震える。地面が砕ける。
間桐邸の庭では、常人の目では何が起きているのかさえ理解できない、英雄の死闘が繰り広げられていた。
「くぅ……!」
バーサーカーの怪力が『破魔の紅薔薇』をキシキシと軋ませる。
ランサーの胸中に焦りが生じる。
少しでも攻撃に意識を割こうものなら、次の瞬間に切り裂かれるのは明白。かと言って、防御に徹し続けてもいずれは突破されてしまう。このままでは、膝を付かされるのも時間の問題だ。
しかし、実の所は真逆。”窮地“へと追いやられているのは、ランサーではなくバーサーカーの方であった。
傍から見れば、大多数の人間はバーサーカーが優位を確信するだろう。事実、それは間違っていない。しかし、それは強制的な神機解放による恩恵で成り立っているのだ。
強制とはよく言ったもので、本来の神機解放と比べても継続時間が短い。そして、多かれ少なかれ肉体への負担がある。
神機の解放時間が途絶えれば、バーサーカーの優位はいとも簡単に崩れてしまうだろう。何とかして決定打を与えようとするも、ランサーの槍捌きがそれを許さない。
規格外過ぎる、とバーサーカーは内心で呟く。
両者の間には、相当な身体能力の差が広がっている。それにも関わらず、ランサーに板チョコの刃は届かない。
こうまでしてバーサーカーと渡り合っていられるのは、天賦の才と長年研鑽されてきた槍術があってなのだろう。
大した男だ。アラガミなんかよりも、よっぽどの化け物だと断言できる。フィオナの一番槍『ディルムッド・オディナ』に畏敬の念を抱きつつ、バーサーカーは果敢に攻め続けた。
「おおおお!!!」
渾身の力を込める。勢いそのまま、GEチョコを下から斬り上げるように振るう。
甲高い音が響き渡った。
遂に、ランサーの『破魔の紅薔薇』による防御を弾き飛ばしたのだ。
それでも、ランサーの手には『破魔の紅薔薇』がしっかりと握られている。これでは一瞬の隙にしかならない。されど、その“一瞬の隙”でもバーサーカーにとっては十分すぎた。
弾けるように、ランサーが後方へと跳ぶ。しかし、このまま逃がす訳にもいかない。神機解放の終了時間もすぐそこまで迫っている。何としても、ここで決めなければ。
両脚に渾身の力を籠める。踏み込みと共に、ランサーを穿たんとするGEチョコの先端を突き出した。
決まった。空でも浮けない限り、空中で回避行動など取れる訳がない。ここまでくれば、己の勝利は揺るがない。
そう確信したバーサーカーだが―――
「ッ!!?」
奇妙な虚脱感に襲われた。切っ先が揺らぎ、太刀筋が鈍る。
神機解放の終了時間がやって来たのだ。
一瞬の隙を晒すバーサーカー。そして、ランサーがこれを見逃す筈もなかった。
「はぁ!!!!」
上方から振るわれた『破魔の紅薔薇』 が、GEスイーツを地面へと押さえつける。そのまま、刃の上を滑るように『破魔の紅薔薇』の切っ先が迫って来た。
このままでは致命傷を負ってしまう。とは言ったものの、一度始動した身体はそう易々と止められない。
ならば、と。勢いそのままに、身体を捻りながら強引に前へと倒れ込んだ。振るわれた『破魔の紅薔薇』はバーサーカーの真上を通り抜ける。
辛うじてランサーの一閃をやり過ごし、そのまま転がり込むようにランサーとの距離をとる。
泥にまみれながらも立ち上がる。しかし、その胸には赤い線が刻まれていた。躱しきれず、槍の穂先をひっかけたのだろう。
ポタポタと紅い血が滴る。思いの外、深い傷を負ってしまったようだ。
おもむろにソレを拭う。そして、”狂気に染まった“双眸をランサーに向けた。
「ア"ァア"ア"……!!」
声にならない声を発する。おおよそ、今まで言葉を交わしていたとは思えない声。
もう一つ。ランサーは明らかな違和感をもう感じていた。そう、バーサーカーの魔力が明らかに減少しているのだ。
強制的な神機解放。もっと言えば、宝具の真名解放の為に、バーサーカーは己の魔力を使用したのだ。それは、飢えを満たしていた魔力を消費するという意味でもある。
強大な力を得た代償は、あまりに大きかったようだ。それだけに、今この場所でランサーを倒すという覚悟を決めていたのだろう。
僅かに口許が緩む。強固な覚悟を以て自分を倒そうとしてくれるバーサーカーを嬉しく思った。
「見事だ、バーサーカー。英雄として崇められるに相応しい剛毅なる覚悟、一人の戦士として敬意を払おう。しかし、俺を屠るにはあと一歩及ばなかったようだな」
不敵な笑みを浮かべるランサー。
しかし、その心中には慢心など微塵もない。
仮に、あと数瞬でもバーサーカーの神機解放時間が続いていたのなら、ランサーは板チョコの刃に貫かれていただろう。
慢心など、出来るわけがなかった。そもそもの話、理性が無くなったとしても(厳密に言えばそうでないが)バーサーカーは強敵に変わりないのだ。まだ、勝負はついていない。言うならば、振り出しに戻しただけだ。
ランサーは静かに『破魔の紅薔薇』を構える。この一瞬一瞬が、一つ一つの動作が、ランサーにとっては充実したものだった。
正に今、”聖杯戦争”に懸けている願いの半分叶っているのだから。
聖杯に懸ける望みはない。代わりに、二度目の主に尽くす騎士としての在り方を望んだ。そしてもう一つ、血沸き肉躍るような闘いを望んだ。
これだ。この闘いを待っていたのだ。
狂戦士のクラスにその身を堕として尚、誇り高き戦士として闘い抜いた『スイーツイーター』に心中で感謝の意を告げた。
「オ"オア"ァア"ア"ァ!!!」
咆哮が響いた。
次の瞬間には、板チョコの刃がランサーへと迫っていた。それでも、遅い。いや、元の速さに戻ったと言うべきか。
難なく『破魔の紅薔薇』で受け止める。やはり、あの時のような力強さは感じない。
強引に板チョコの刀身を押し返した。これなら、今のバーサーカーとも十分に渡り合える。
「ゆくぞ! バーサーカー!!」
「ギィア"ァアアア"ァア!!!」
槍兵と狂戦士の闘いは第2ラウンドを迎えた。
先程とはうって変わって、攻守がめまぐるしく入れ替わる激戦を繰り広げられた。
幾多もの突きが放たれる。その全てを、キャンディーの装甲で防ぎきる。板チョコの刃が空を切る。その全てを、流麗なる体捌きで紙一重に躱し続ける。
一進一退の攻防を繰り広げる。
ようやく、勝利への道が見えてきた。だが、その道のりは険しいものだ。狂戦士を討ち果たすには、こちらもそれ相応のリスクを負わなければいけない。だからこそ、ランサーの胸は高鳴っていた。
しかし―――
「ケイ……ネス殿?」
思わず、己の主の名を呟いた。
ランサーはひたすらに困惑の色を浮かべる。それでも、バーサーカーの斬撃を的確に防ぐあたりは流石と言うべきか。
《戻れ、戻ってこい!! これは命令だ!!》
依然として変わらず、ケイネスの念話が頭の中に響き渡る。ランサーにとって、ケイネスがここまで動揺した声色を耳にしたのは初めてだった。
ランサーは疑問を抱いた。何故、このタイミングで撤退を指示するのかと。
ケイネスのこの様子からして、尋常でない事態が起きたと簡単に予想できる。
それでも、今は。バーサーカーを追い詰めた今だけは、その命令を承服する訳にはいかなかった。勝利の糸口をやっと手繰り寄せたのだ。今ここで、バーサーカーを倒さなければ。
板チョコの刃を捌きながら、ケイネスの説得を試みようとする。バーサーカーと決着をつけたい、という利己的な思いだけではない。今生の主に勝利をもたらす為でもあるのだ。
《信じてください、ケイネス殿……! 確かに先程は苦戦を強いられていましたが、必ずやバーサーカーを討ち取って―――》
《違うッ! ”そういうこと“を言っているのではないッ!!》
言葉を遮られる。
ケイネスの言葉からすると、少なくともこの戦闘と平行して別の”何か“が起きてしまったようだ。
《頼む……! ランサー……!!》
「――――ッ!!?」
ケイネスは絞り出すような声で懇願する。
想像もしていなかった。自分に対して良い感情を持っていないケイネスが、こんな頼み方をするなんて。
本当にここで退いていいのか、とランサーは自問自答する。しかし、そんな疑問は直ぐに打ち払った。ケイネスの“頼み”をこのまま無下にはできない。
主(あるじ)が危機に陥っているのだ。己の力を必要としている今、我が儘など言ってどうする。
「バーサーカー、すまない……!! 」
一言だけ呟き、バーサーカーと距離を取る。
この言葉が狂化したバーサーカーに届いているとは思えない。だが、それでいいのだ。所詮、これはただの自己満足なのだから。
一方のバーサーカーはというと、逃がさないと言わんばかりに宝具をケーキ形態に変える。
ランサーを射抜かんとする銃弾が放たれる。しかし、ただ闇雲に放たれた銃弾がランサーに当たる筈もない。
ランサーは右、左と華麗なステップで銃弾を躱す。そして、銃弾が途切れたのを見計らい、後ろへと大きく跳躍する。
空かさず、バーサーカーは上空にいるランサーへと銃口を向ける。しかし、目に写ったのは、暗闇の中で光輝く三日月のみであった。
脅威が去ったと本能で理解できたのか、手に持っている『GEスイーツ』は光の粒子となって消えていく。
嫌に不気味な静寂の中、バーサーカーは空を見上げて大きく息を吸い込んだ。
「ガァアア"ァア"アァアァア"ア!!!!!」
狂戦士の咆哮が響き渡る。その咆哮は、何処か哀しみが籠められているようにも聞こえた。
★☆★☆★☆★
夜の冬木を彷徨う人影が一つ。バーサーカーのマスター『間桐雁夜』である。
その足取りは覚束ず、とても弱々しかった。
それもその筈。途中からではあるものの、ランサーと闘わせるだけの魔力は、マスターである雁夜が供給していたからである。
その間、雁夜は刻印蟲に喰い荒らされる痛みに堪え続けてきた。久しぶりに味わったその痛みは、幾度もなく意識を奪われそうな程、苛烈さを極めたものだった。
改めて、バーサーカーのもつスキル『スイーツイーター』の恩恵を思い知る。そして、バーサーカー自身がもたらしてくれた”幸せ“も。
きっと、自分には過ぎた幸せを味わってきたのだろう。刻印蟲に食い荒らされる痛みなど忘れてしまう程に。
魔術の鍛錬を積んでいたあの頃には、想像すらつかなかった。それもこれも、バーサーカーこと『桐永甘斗』が相棒(サーヴァント)に選ばれたお陰だ。感謝してもしきれない。
「ぐぉ……がぁあ!?」
ドクリ! と心臓が脈打った。
倒れるのを堪え、口許を拭う。腕にはベッタリと血がこびりついていた。少しずつ、されど確実に、刻印蟲は雁夜の命を蝕んでいる。
それでも、雁夜の執念は折れない。むしろ、魔術師への憎しみはピークに達していた。
当たり前だ。憎き魔術師に、たった一人の家族を奪われたのだから。しかし、雁夜自身も驚くほど、その動機は意外なものだった。やはり、どれだけ互いの仲が険悪であろうとも、兄であるには変わりなかったらしい。
「くそ、くそ……! ふざけやがって!! 時臣も、ランサーのマスターも…… 魔術師なんて、どいつもこいつも最低の下衆共だ……!!」
呪詛の如き言葉を吐く。
沸々と、魔術師に対する増悪が一気に膨れ上がる。自分の心を抑えきれずに、並々ならぬ負の感情が滲み出してしまう。一般人はおろか、魔術師でさえも迂闊に近づけない程だ。
しかし、そんな雁夜に近づく“誰か”がいた。
気配に気付いて身構える。暗がりで姿は見えないが、恐らく只者ではない。その纏っている空気からして、相当な修羅場を潜ってきた猛者だと嫌でも理解させられる。
乾いた靴音が響く。
そして、とうとうその姿を目に捉えた。
「間桐雁夜、だな……」
虚空のように思える瞳が何よりも印象的な、漆黒のカソックを纏った青年の神父だった。そう、アサシンのマスターだった言峰綺礼だ。
「桜ちゃん!!」
しかし、何よりも問題なのは、その両腕で桜を抱えているという事実だ。
痛みも忘れ、この状況を打破しようと必死に頭を回転させる雁夜。
桜は人質として生かされているのだろう。今は聖杯戦争の真っ最中。それを考慮すれば、彼女の命と引き換えに、令呪でバーサーカーを自害させるつもりなのだと容易に想像がつく。
しかし、その要求は呑めない。
今ここでバーサーカーを失えば、遠坂時臣を殺せる機会も永遠に失ってしまう。何よりも、バーサーカーから受けた恩を仇で返すような――― そんな真似はしたくない。かと言って、このまま桜を見殺しにするなどもっての他だ。
そもそもの話、こんな回りくどい真似をしなくとも、バーサーカーがいない今、言峰綺礼は簡単に雁夜を消せる筈なのだ。二人の間には歴然とした力の差が開いているのだから。
打つ手がない。考えれば考えるほど、思考を巡らせれば巡らせれるほど、現状がどれだけ絶望的かを思い知らされる。
「お前らは…… 魔術師は! こんなに小さな子供まで巻き込んで! そこまでして聖杯を求めるのか!?」
並々ならぬ怨念を籠めて雁夜は叫ぶ。それが精一杯だった。
それに対して、言峰綺礼は然したる変化もなくこう応えた。
「案ずる事はない、雁夜。君にとってもこの交渉は有益となる筈だ」
★☆★☆★☆
冬木ハイアットホテル。その一フロアを丸ごと貸し切って、ケイネスは魔術工房を創り上げた。結界24層、魔力炉3基、猟犬代わりの悪霊、魍魎数十体、無数のトラップ、廊下の一部は異界化させている空間もある。
魔術工房の最難関に位置すると言っても過言ではないだろう。この工房に立ち入ったら最後、誰一人として苦戦は免れない。
だからこそ、ケイネスは油断していた。だからこそ、ソラウを安心して残すことができた。
しかし、ランサーとバーサーカーが刃を交えていた同時刻、ソレは起きてしまった。
―――冬木ハイアットホテルの爆撃。
なんの前触れもなく、とあるフロアが何者かに爆撃されたのだ。そのフロアとは、勿論ケイネスが貸し切っていたフロアである。
神秘の秘匿という前提を踏まえた上で、この冬木ハイアットホテルを工房としたのだ。それをこのような方法で突破するなどと、予想外…… いう言葉では片付けられない。およそ、真っ当な魔術師が採るような攻略でない。
言うまでもなく、この作戦の首謀者は魔術師殺しこと『衛宮切嗣』だ。
やることは単純。隣のビルの屋上からありったけの銃火器で鉛玉を撃ち込み、止めにロケットランチャーを御見舞いしただけだ。
ここまでした目的はただ一つ。ケイネスの婚約者である『ソラウ ・ヌァザレ・ソフィアリ』の誘拐だ。
この爆撃で死んでしまったのなら、それはそれで構わない。ただ、仮に生きているのなら、人質としての価値は十分に見込める。瓦礫の山と化したフロアに乗り込み、そのまま身柄を確保するという目論見だった。
結果、切嗣の思惑通り、ソラウは生きていた。
しかし、五体満足とは程遠い状態だった。爆風により皮膚は焼け爛れ、右腕は瓦礫で押し潰されていた。幸か不幸か、顔の火傷は比較的軽傷で済まされていた。それでも、このまま放置すれば確実に死に至る。
簡単な応急処置を施した後、ソラウをこのホテルから連れ去るのは助手の舞弥に任せた。
残った切嗣は最後の仕上げとして、ホテルの従業員らしき男に暗示をかけた。郊外のとある廃墟にて待つ、と三文芝居の悪役かのようなメッセージを伝えるという単純な暗示だ。
そのメッセージも上手く伝わったのだろう。建物の中から様子を伺えば、ランサーとそのマスター『ケイネス・エルメロイ・アーチボルト』がセイバーと対峙していた。
セイバーはアイリスフィールを通して『ランサーを迎え討て』と伝えたのみだ。後に、どちらかの口から事実を告げられるかもしれないが、それはどうでもいいことだ。騎士道やら何やら騒ぎ立てるだろうが、これまで通り相手にしなければ問題ない。
ここで、状況が動いた。
ケイネスは有無も言わさずランサーをけしかける。ランサーもそれに黙って従っている。セイバーは少し驚いた様子を見せたものの、問題なくランサーと斬り結んでいた。
暫く経った後、恐らくは自分を探す為に、ケイネスはその場から離脱する。
それを切っ掛けに、切嗣は行動を始めた。サーヴァント二体から十分に距離が離れた場所で、切嗣は敢えてケイネスの前に姿を見せた。
「……貴様がそうか。言え、ソラウはどこにいる!!」
狂気すら感じる気迫でケイネスは問い掛ける。
一方の切嗣は一切の表情を変えず、無言のまま煙草をくわえて火を付ける。
「黙秘…… か。貴様がその積もりなら、それで構わん。無理矢理にでも聞き出せばいい話だ。その後は、爪先から肺まで切り刻んでじっくりいたぶってやろう……! 聖杯戦争に泥を塗った罪を償いがら、何よりも…… ソラウに手を出した己の浅はかさを悔いながら、惨めに死んでいけ!!」
臨戦体勢に入るケイネス。背後にある魔術礼装らしき巨大な水銀が動きをみせる。
しかし、次の瞬間、まるで凍り付いたかのようにケイネスの動きが止まる。
そう。彼女を目にしてしまったから。
「ソラウッ……!!」
久宇舞弥がソラウの喉元にナイフを突き立てながら、一歩一歩近づいてくる。少しでもナイフに力が加われば、瞬く間に彼女の血で地面が紅く染まってしまうだろう。
一先ず、ソラウの生存に安堵する。
しかし、それは嘗ての姿と程遠いものだった。有るべき筈の右腕を失い、顔の左側は余す場所なく紅く染まった包帯で巻かれていた。気を失っているのか、右眼の焦点も定まっていない。
この意味を分からないケイネスでない。目の前の男は、ソラウの身を微塵も考慮せずに、ケイネスの魔術工房を爆破したのだ。
「これが…… これが、人間のやることなのか。この悪魔め……!!」
「悪魔か。そんな言葉、もう聞き飽きたよ」
抑揚のない平淡な声色で答える。
そして、一枚の羊皮紙を取り出した。
「セルフギアススクロール……!」
セルフギアススクロール。双方の魔術師が同意すれば最後、契約内容の違反を禁じられるという鉄の掟である。
放り投げられたセルフギアススクロールは、ケイネスの目の前までヒラヒラと舞う。
乱暴にソレを掴み取り、内容を確認する。
(ランサーを自害させる条件を満たした場合、衛宮切嗣及びその仲間は、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト並びにソラウ ・ヌァザレ・ソフィアリに対する今後一切の殺傷行為・意図を禁じる……)
サーヴァントの喪失は聖杯戦争の脱落にも等しい。この条件を呑めば、何の成果もあげられないまま時計台に戻ることとなる。
魔術師殺しの手玉にされ、聖杯戦争から逃げ帰ってきたというレッテルを貼られるだろう。
しかし、ケイネスには迷える筈もない。ソラウの命と武勇を天秤に掛けたのなら、ソラウの命が重いに決まっている。
魔術礼装の『月霊髄液』を解除し、戦闘放棄の意思を示す。
「……本当に、約束は守るのだな」
「その為のセルフギアススクロールだ」
交渉成立。ここまで、全て切嗣の思惑通りに事が進んでいる。
(どの道、お前はここで終わりだけどね)
内心でポツリと呟く。
今後一切――― つまり、契約した時刻以降、切嗣たちはケイネスとソラウを殺せない。そこに抜け道がある。契約後に殺せないなら、契約前に殺そうとすればいいのだ。
ソラウの体に巻き付けてある包帯の下に、複数の小型爆弾を忍ばせている。半径2メートル以内なら、木っ端微塵に吹き飛ばせる火力だ。
そして、そのタイマーは既に作動している。今より三分後、ケイネスとソラウは跡形もなく吹き飛ぶだろう。
元より、切嗣はこの二人を生きて還そうと思っていない。切嗣がこれまで敵対した魔術師の中で、戦闘経験こそ乏しいがケイネスは間違いなくトップクラスの実力を持つ。切嗣自身、正攻法でケイネスを殺せる自信はない。ならば、そんな危険因子は可能な限り始末した方がいい。 僅かでも障害となる可能性がある人間は、極力排除する。これが衛宮切嗣の方針である。
外道、と蔑む人もいるだろう。それでも、聖杯を勝ち取るには、世界を平和にするには、これこそが最良の選択なのだ。
しかし、切嗣は知る由もない。この聖杯戦争に於いて、銃口を向けられる危険を伴っているのは自分も同じだという事に。
「令呪を以て……」
ケイネスが重い口を開いた、その瞬間。
―――パァン!!!!
渇いた音が響いた。
血飛沫が舞った。糸が切れた操り人形のように、ケイネスは地面へと崩れ落ちた。
迅速に、それこそ反射に近い領域でこの場から離れる切嗣。切嗣にとって、狙撃は馴染みの深い攻撃手段の一つだ。なので、その恐ろしさも十分理解している。
建物の中へと身を隠し、荒い呼吸を整える。
外を見れば、ケイネスとその婚約者であるラウが地に臥せていた。どうやら、舞弥も上手く逃げ切れたようだ。
改めて、思考を働かせる。
先程の攻撃――― ケイネスを貫いた攻撃は、間違いなく現代兵器による狙撃だ。
何者かが結界に立ち入った反応はない。つまり、結界の“外側”からピンポイントでケイネスを狙撃したのだ。
どんなに取り繕うとも、素人が簡単に狙撃できるような距離ではない。それこそ、相当な技量がなければ不可能である。
しかし、何故?
不意を討つような手段を採る英霊は勿論、自分以外にも銃器の扱いに長けた魔術師が、この聖杯戦争に参加している訳が―――
「―――いや、奴か……!!」
切嗣はとある人物に思い当たる。
この聖杯戦争を徹底的に掻き回した、それこそ予測の出来ない行動ばかりのサーヴァントに。
正直、ランサー陣営が幸せになる未来なんてどうやったてって訪れない。
感想等々、お待ちしています。