Fate/Sweet Zero   作:フロンサワー

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 申し訳ないです。長くなりました。
 それでは、どうぞ。


その瞳に映る先

 

 躱す。唯ひたすらに躱し続ける。四方から絶え間無く襲い掛かる触手を跳躍して躱し、時には『破魔の紅薔薇』で真っ二つに斬り抜ける。

 捕まったらそれこそ最期だ。無数の触手に締め付けられ、英雄としての誇りを汚されたまま、押し潰されて果てるのだろう。

 肩に担いだバーサーカーに目を向ける。負傷した彼を見捨てて闘うなら話は別だ。キャスターの海魔にも十分対抗できるだろう。

 しかし、ランサーの騎士道精神はそれを頑として赦さない。

 使い魔を放ったケイネスの目を通し、ランサーは狂戦士の勇姿を確と目に焼き付けていた。マスターを、子供たちを救う為、単騎海魔の群へと挑む騎士の背中を。

 セイバーとの一騎討ちとはまた違う。体の内から熱いものが込み上げる感覚を覚えた。

 その身を呈して弱者を救う。武器はまあ…… あれだが、それは騎士の有るべき姿だった。

 そんな男を此処で終わらせる訳にはいかない。英雄として、戦士として、誉れある最期を迎えさせなければ。

 

(あの巨体からの攻撃では移動範囲が限られるな。それに加えて、此方はバーサーカーまで抱えている。一旦退くのが得策か……)

 

 持ち前の俊敏さを活かし、バーサーカーを担いでいるとは思えない速度で海魔の触手を掻い潜る。

 出口を目指すが、下手な場所に出る訳にもいかない。住宅街が密集した場所に出ようものなら目も当てられない。キャスターの海魔は容赦なく暴れ回り、大勢の無辜な民が犠牲となってしまう。

 ならば、人の居ない場所へ出ればいい。ここは下水道。それならば、川へと繋がる通路があるのは必然。

 下水道に巣食う暗闇に一つの閃光が駆ける。迫り来る触手は深紅の槍の餌食となり、何者をも寄せ付けない。

 僅かに、淡い月明かりが差し込んだ。より一層脚に力を込めて速度を上げる。眼前に広がるのは星明かりで煌めく未遠川が。ようやく、下水道からの脱出に成功した。

 一つ大きく息を吐く。どうやら、海魔を振り切ることが出来たみたいだ。この隙に、バーサーカーを安全な場所へ―――

 

「オロ……セ…」

「驚いたな。本当に喋ることができたのか」

 

 バーサーカーが掠れた声を上げる。今更になって言語能力が(僅かに)復活した理由は謎だが、そんな事を気にする余裕はない。

 バーサーカーを肩から降ろす。しかし、足元は覚束無ず、頭部からは絶えず血が溢れ出ている。

 とても闘えるような状態じゃない。それでも、バーサーカーは立ち続ける。そして、怪訝そうな表情を浮かべながらランサーを一瞥する。

 ―――何故、俺を助けた? と、その表情が如実に語っていた。

 

「助けた理由を聞きたいか?」

「……」

 

 その通り。ランサーが加勢する必要など微塵もないのだ。寧ろ、バーサーカーを討ち取る絶好の機会でもある。

 事実、キャスターとの交戦で弱りきったバーサーカーを討ち取れというのが元々の命令だった。『必滅の黄薔薇』の仇とはいえ、消耗したバーサーカーと殺し合うのは不満があったが。

 ところが、蓋を開ければこの通り。キャスターの暴走という予想外の結果が待っていた。

 ランサーの真価が発揮されるのは、対人戦にこそある。対軍宝具のように所持していないランサーにとって、あのように巨大な化物と闘うには分が悪い。しかし、このままキャスターを放置する訳にもいかないだろう。

 そこでだ。一時的にバーサーカーとの仮同盟を組むという結論に至った。どういう理由か、バーサーカーの狂化も幾分か薄まっている。

 これでキャスターへの勝率も跳ね上がる。いや、というよりも寧ろ―――

 

「拝見していたぞ。マスターを、幼子を救う為に尽力する姿を」

「………?」

「なに。ただ単にその勇姿を見て、此処で死なすには惜しい男と思っただけだ」

 

 その言葉を告げた瞬間、バーサーカーの口角が僅かに引き上がったように見えた。それに釣られ、ランサーの口角も自然に引き上がる。

 

「やはり、高潔なる魂を持つ戦士だったということか。俺の『必滅の黄薔薇』を討ち破った相手が、貴様でよかった」

 

 『必滅の黄薔薇』を失った悔いは無い…… と言えば、確かに嘘になる。しかし、真っ向からの激戦の末、宝具を撃破されたのだ。悔しさと同時に、清々しく感じたのもまた事実だ。

 

「ソイツハ……ケッコウ………ダ…」

 

 今にも倒れそうな体に鞭打ち、バーサーカーは板チョコの宝具を構える。

 下水道の奥に巣食う暗闇を鋭い双眸で睨み付ける。その瞳に写るのは倒すべき敵なのか、それとも単なる獲物なのか。どちらにせよ、その姿から狂気は感じられなかった。

 しかし、今のバーサーカーは満身創痍。こんな状態ではキャスターの相手は務まらない。

 

「無茶をするな。その怪我では満足に闘えまい。ここから離れて、早くマスターからの回復を―――『パキリッ!!』」

 

 乾いた音が響く。まるで、板チョコが割れたかのような……

 最初に目がいったのはバーサーカーの口元だった。苦虫を噛み潰したかのような表情で顎を上下に動かしている。

 次に目がいったのは板チョコの宝具だった。板チョコの峰(?)の真ん中が、丁度一口サイズでぽっかりと欠けている。

 口元に目をやる。板チョコに目をやる。口元に目をやる。板チョコに目をやる。口元、板チョコ、口元、板チョコ、口元―――

 バーサーカーが喉を鳴らすのと同時に、ランサーは結論に至った。至ってしまった。

 

「………!!!???」

 

 突然の奇行。

 バーサーカーが、宝具を、食べた。この三文節が頭の中をグルグルと駆け回る。

 宝具とは、主に彼らが持つ生前に築き上げた伝説の象徴であり、伝説を形にした『物質化した奇跡』なのだ。その伝説の象徴を、バーサーカーは食べてしまった……!

 

「そうか。頭を打ってしまったんだな。痛ましい限りだ……」

「チガウワ……バカヤロ……」

 

 心底悲痛そうな顔を浮かべるランサー。

 例えるなら『謎のサーヴァントが手負いのセイバーに襲い掛かったので手助けをしたら、令呪でバーサーカーと共闘せよと命じられた』くらい無念そうな顔だ。

 その顔を見たバーサーカーは、やけに感情の籠った声で否定する。

 

「なっ!!?」

 

 傷口が光輝く。バーサーカーが板チョコを構えた時点で、生々しい切り傷や打撲は完全に見る影を失っていた。

 

「回復した…… のか? なんとも…………………… あれ、あれだ。洒落た宝具だな」

「ホット……ケ……!!」

 

 やけに不機嫌なバーサーカー。宝具の感想に気分を悪くしてるのだろうか?

 だとしたら、言葉が詰まった俺は悪くない。そう思いつつ、『破魔の紅薔薇』を構える。

 まさか、我が愛槍の仇と肩を並べて闘う日が来るとは思いも寄らなかった。緩んだ雰囲気を引き締めるかのように、ピリピリと大気を震わせる殺気がこの空間に充満する。

 

「来るぞ……!」

 

 ランサーが呟いた瞬間、下水道の奥から幾多もの触手が束となって二人に迫る。

 超人的な反応と脚力をもってその場から飛び退いたが、先程まで佇んでいた地面が粉々に砕けてしまった。

 ヌルリ…… と、軟体動物のように海魔が下水道から這い出る。

 下水道から解き放たれた醜悪なる海魔は、見上げる程の大きさへと膨れ上がる。

 軽やかに地面へと着地したバーサーカーとランサーは、各々の得物を肩に担ぎながら、10メートルはあろう巨体へと変貌した海魔を見上げた。

 

「バーサーカー…… 勝算はあるのか?」

「……キッテ、ウ…ッテ、……クラ…ウ……ダケダ」

「成る程な。随分と明瞭な計策だ」

 

 短い言葉の報酬の後、地面が弾けた。バーサーカーは右へ、ランサーは左へと別れる。

 バーサーカーはケーキ形態の宝具を構え、その銃口を海魔へと向ける。

 轟音が響いた。たった一つの銃口から、機関銃顔負けの銃弾の雨が放たれる。膨大な魔力を帯びた銃弾は、海魔の触手を容赦なく削り取る。

 しかし、消し飛ばしたのは数ある触手の一部のみ。残った触手がバーサーカーを押し潰そうと一斉に迫る。

 それでも、バーサーカーが見据えていたのは海魔の本体(キャスター)であった。無数に迫り来る触手ではなく、更にその先へと銃口を向ける。

 明確な死が迫っていようと、銃口は決して揺るがなかった。その表情は何一つ変わらなかった。

 何故なら、来ると分かっていたから。

 

「はあああっ!!!」

 

 バーサーカーを押し潰す前に、ランサーの『破魔の紅薔薇』が触手を叩き斬る。

 真夏のアスファルトに放り込まれたミミズのように、斬り落とされた海魔の触手が激しく地面を藻掻き回る。

 

「ミチ……ヒラク! ジカン、カセ……ゲ…!」

「任せろ!」

 

 バーサーカーのケーキに膨大な魔力が渦巻いた。野放しにするのは危険だと悟ったのか、四方八方から海魔の触手が迫り来る。

 しかし、其れらがバーサーカーに届くことはない。彼を守護するのはサーヴァント随一の俊敏性を誇る三騎士の一人、『ランサー』ことディルムッド・オディナなのだから。

 疾風が駆け抜けた。

 次の瞬間、海魔の触手は血を撒き散らしながら、次々と斬り落とされていく。バーサーカーの周囲では、幾つもこの光景が繰り広げられていた。

 

「サガ……レッ!!」

 

 バーサーカーが叫けぶ。そして、ケーキの銃身が大きく揺れた。

 銃口から何本もの閃光が空を切る。発射されたのは銃弾ではなくレーザーだった。

 幾多もの触手が閃光を遮ろうとするが、当たった途端に貫通して本体(キャスター)へと迫る。為す術も無く、およそ八本の閃光が海魔の肉体に吸い込まれた。

 パァン! と軽快な音を響かせて、五臓六腑をぶち撒ける。

 ランサーは息を呑む。そう、バーサーカーの持つケーキ(宝具)の恐ろしさに。

 銃弾も、レーザーも、傍目から見ればBランク級の神秘と魔力が籠められているのは明らか。そうでなければ、アーチャーの宝具群を相殺するなど不可能だ。

 それらの銃弾が緻密かつ正確に、それこそ狙撃手の如く放たれるのだ。最早、お菓子だからと言って一笑に付せる事態ではない。

 ケーキ形態での戦闘は、仲間が前線で相手を撹乱し、その隙をついてバーサーカーが援護射撃を行うスタイルなのだろう。

 セイバー等の前衛に特化したサーヴァントと共同戦線を張られれば、如何なるサーヴァントと謂えど苦戦は必至だ。

 そして、その苦戦を強いられているのは、他でもないキャスターである。

 レーザーで穿たれた孔から血が噴き出す。本体の安全を確保する余裕もないのか、幾多もの触手に侵食された惨めな姿のキャスターを晒す。

 

「見事だッ!」

 

 今、この時。

 キャスターへと続く道を遮っていた無数の触手が、バーサーカーの銃撃により一掃された。

 切り開かれた道は、勝利へと繋がる唯一の道。バーサーカーが与えてくれたこの機会を、逃す訳にはいかない。

 音すらも置き去りにして大地を駆け抜ける。勢いそのままに地面を蹴り、宙を舞う。その跳躍は、キャスターの位置まで優に達していた。

 『破魔の紅薔薇』の一突きで、キャスターの命は潰える。右腕を引き絞る。後は、心の臓に穂先を突き立てるだけ。

 

「―――――!?」

 

 勝利を目前にした油断…… と言うには短すぎる、刹那の気の弛み。

 その弛みにつけ込まれ、右腕にか細い触手が絡みつく。握り潰せはしないものの、動きを止めるには十分だった。

 朱の長槍の切っ先は、キャスターに届くことなく宙で制止した。

 右腕を完全に捕らえられ、腕を掴まれた人形のように持ち上げられるランサー。如何にサーヴァントと謂えど、宝具を封じられた常態で此れの拘束を抜け出すなど不可能だ。

 

(……俺もまだまだ未熟だな。独りなら、俺の戦争は此処で幕を閉じていた)

 

 自分自身への嘲笑とも取れる笑み。同時に、余裕のある不敵な笑みを浮かべる。

 彼も解っていた。そう、来てくれると。

 血渋きが舞い上がる。右腕を捕らえていた触手が切り裂かれていた。

 拘束が解けたランサーは、重力に従って地面へと吸い込まれていく。

 落下していく視界の中、黒いコートをたなびかせるバーサーカーの背中を捉えた。そして、その手に持つ板チョコの刀身も。

 

「決めろ……! バーサーカー!!」

「ア"ァアア"ア"ァァア"!!!!」

 

 咆哮が響く。

 板チョコの切っ先をキャスターに向ける。次の瞬間、黒い顎が姿を現した。

 獣のように重い唸り声をあげる。

 判決を下すかのように、禍々しい口が大きく開かれた。

 

(ああ、聖処女よ……)

 

 ぼんやりと、僅かに残るキャスターの意識。

 目の前に広がるのは、大きく開かれた化物の口腔。その奥は、無限の闇のような漆黒。

 喰われると、本能で理解できた。しかし、今となってはどうしようもない。牙が突き立てられるその時を待つだけである。

 悠久とも思える刹那の時間。せめて、あと一度だけ聖処女を御目にかかりたかった。

 脳裏に写る懐かしい頃の記憶。そこには、ジャンヌダルクの耀かしい微笑みが浮かんでいた。

 凛とした険しくも美しい瞳。気品を伺わせる青い装束。そして、地平線のように平らな胸―――

 

(………ん? ジャンヌとは似ても似つかないような……)

 

 脳裏に写っていた人物はセイバーだった。最期の最期で、人違いだと気づいたらしい。

 そして、黒い顎が閉じられた。

 

 

 

 

 第4次聖杯戦争にて、キャスター『ジル・ド・レェ』脱落。

 

 

 

 

★☆★☆★☆

 

 

 

 

 ―――時は、僅かに遡る。

 深く生い茂った森の中、鉛のような体を引き摺り、雁夜はひたすらに足を進める。

 何も、無闇矢鱈に彷徨っていた訳ではない。無数に放った小型の蟲の情報を頼りに、殺すべき男の元へ確実に近づいている。

 

「あれ? 以外と早かったね」

 

 とうとう、キャスターのマスター『雨生龍之介』へと辿り着いた。

 その後ろには何人もの子供たちが佇んでいた。暗示で操られているのか、動きを見せる素振りもない。そんな中、間桐桜だけが龍之介によって手をつながれていた。

 一瞬だけ、子供たちが無事を安堵する優しい表情になる。しかし、その表情は直ぐに険しいものへと変わっていった。

 

「桜ちゃんを…… 子供たちを解放しろ!!」

「無理無理。これだけの材料を揃えるのに、どれだけ苦労したと思っているの?」

「外道め……!! いいさ。初めから話が通じると思っていない……!」

 

 幼虫のような蟲が這い出る。

 雁夜の負の感情に呼応して、刻印蟲は成虫へと羽化を始めた。何十匹もの成虫が、羽音を響かせながら雁夜の前へと躍り出る。

 翅刃虫。獰猛な肉食蟲であり、その牙は牛骨をも容易く砕く。

 雁夜の最後の切り札でもあり、多大な魔力を消費する諸刃の剣である。

 魔術の素養を持っているとはいえ、一般人である龍之介が太刀打ちできる相手ではない。

 しかし、龍之介の手には―――

 

「怖い怖い。でもさ、そんな化物みたいな蟲をこの娘に近づけていいわけ?」

「こ、の……!」

 

 桜さえ、桜さえ離れてくれれば翅刃虫を差し向けることができる。しかし、暗示に掛かった桜は拒否する素振りも見せない。

 悔しさの余りに歯を食いしばる。謂わば、桜は体のいい人質だ。

 

「さ、行こうか」

「………」

 

 雁夜に背を向け、歩き出そうとする龍之介。

 

「駄目だ! 桜ちゃん、目を覚ましてくれ!! 」

 

 声の限り叫ぶ雁夜。しかし、それだけで暗示の魔術が解ける筈もない。そう、キャスターを倒さない限りは。

 

「―――いや」

「え?」

 

 告げられたのは明確な拒絶の意思。

 桜の手が離れる。暗示が解けるとは思わなかったのだろう。手を掴むのも忘れて、龍之介はポカンとした顔で桜を見詰めていた。

 次の瞬間、桜の手を握っていた左腕が吹き飛んだ。鮮血を撒き散らしながら、クルクルと回転して地面へと吸い込まれる。

 反射的に視線を移す。そこには、顔中の血管を浮かび上がらせ、血涙を流しながら蟲を使役する雁夜の姿があった。そして、無数に迫る蟲の姿も。

 理解した。此処で、自分の命は尽きる。

 

「そうだ…… そうだよ。」

 

 今も尚、尋常でない苦痛が龍之介を襲っている。片腕が切り落とされたのだ。常人なら気が狂ってもおかしくない。

 しかし、龍之介の表情に恐れはない。寧ろ、恍惚そうな笑みを浮かべている始末だ。

 

「この赤だよ。此れをずっと見たかったんだ。やべえ、超COOLじゃん……」

 

 絶えず噴き出す赤い輝き。これこそ、龍之介がずっと探し求めていた赤色だ。

 ―――ああ、こんな近くにあったのか。

 その呟きも、蟲の羽音に掻き消される。満足気な表情のまま、龍之介の姿は蟲の波に飲み込まれていった。

 

「……」

 

 蟲が散らばっていく。残ったのは、服の切れ端と血みどろの地面だけだった。

 雁夜は、茫然とソレを見詰めていた。

 ―――人を、殺したんだな……

 桜はおろか、何人もの子供たちが危険に晒されていたのだ。仮に何もしなければ、死ぬよりも辛い仕打ちを受けていただろう。後悔なんてする訳がない。

 しかし、何処かがぽっかりと欠けたような感覚を覚えた。

 幸せな日常に戻る事はもうではない。越えてはいけない一線を越えてしまった。

 だが、それでも構わなかった。

 元より覚悟は決めていたのだ。桜を助ける為ならば、どんなに手を汚そうと厭わないと。

 フラフラとした足で桜へと駆け寄り、膝を付いて優しく抱きつく。

 

「桜ちゃん…… 無事で、無事でよかったッ……!」

 

 桜を守りきったと、抱きしめながら確かな実感を得る。

 必死に涙を堪える。自分だけが涙を流していい筈がない。桜はもっと辛かったのだから。

 

「でも、どうして夜中に逃げ出すような真似を……」

 

 問い掛けたものの、その理由には大方の予想はついていた。

 臓硯が亡き今、間桐の家に留まる理由もない。そもそも、好き好んであの場所に留まる人間などいない。きっと、無茶をしてでも葵の元へ帰りたかったのだろう。

 そう、雁夜は分かったつもりでいた。

 

「……怖かったの。あの楽しい時間が、全部夢だったんじゃないかって。また、突然消えちゃうんじゃないかって。ごめんなさい…… ごめんなさい……」

「……大丈夫、大丈夫だから。俺が、俺たちが、桜ちゃんの幸せな時間を守り抜いてみせるから……」

 

 返ってきたのは、あまりにも哀しすぎる答。

 彼女の心に巣食っている絶望は、雁夜の想像よりも遥かに膨れ上がっていた。人並みの幸せも、何時かは消え失せてしまう虚像と感じる程に。

 自己嫌悪と無力感に苛まれた。間接的とはいえ、その原因は自分も担っている。間桐の魔術から逃げ出したせいで、目の前の少女が犠牲になったのだから。

 しかし、少し嬉しくもあった。三人で暮らした時間が、桜にとっては幸せな時間だったのかと思うと。

 心の中でバーサーカーに感謝の念を述べる。それはきっと、バーサーカーが手掛けてくれた様々なお菓子の功績だ。閉ざされていた彼女の心に、確かな光を与えてくれたのだ。

 

(さて、後は……)

 

 桜の後ろへと視線を向ける。いい加減、現実と向き合わないといけない。

 そこには、一人の青年が蟲に喰われるというスプラッタ映像を目の当たりにして、真っ青のまはま気絶した子供たちが横たわっていた。

 このまま放置する訳にもいかない。かといって記憶の改竄はできないし、教会まで連れていく移動手段がない。

 要するに、詰んでいた。

 

「どうしよこれ」

 

 

 

 

 第4次聖杯戦争にて、キャスターのマスター『雨生龍之介』脱落。

 

 

 

 

★☆★☆★☆★

 

 

 

 

「終わった、か……」

 

 周りを見渡すと、辺り一面が真っ赤に染め上げられていた。その惨状が、どれだけ熾烈な闘いが巻き起こったかを物語っている。

 キャスターの討伐任務を果たしたランサーは、足早に戦場を去ろうとする。

 これは戦争なのだ。キャスターを共に討伐したと謂えど、敵である事実には変わりない。それに、互いに背を預けて戦い抜いたのだ。既に言葉は要らないだろう。

 バーサーカーに背を向けた瞬間―――

 

「……ありがとな、ランサー」

 

 たった一言。流暢な言葉が耳に届いた。

 ランサーの目が大きく見開く。この声は間違いなくバーサーカーのものだ。

 後ろを振り向くと、照れ臭そうに頭を掻いているバーサーカーの姿があった。

 

「お前の助けが無かったら、俺は此処で脱落していた。いや…… それよりも、護るべき人達を護れなかった。これだけは、礼を言っておかないとな……」

 

 何故、完全に狂化が解けたのか?

 このサーヴァントについては、宝具も正体も謎だらけだ。しかし、今だけは気にせずに、バーサーカーの言葉に応えようと思った。

 

「気にするな。俺は、俺が正しいと思ったことをしたまでだ」

「そうか……」

 

 そのまま、二人の体はみるみる内に希薄なものへと変わっていく。霊体となり、各々の主の元へと帰っていったのだろう。

 こうして、長い長い一日目の夜に日が昇る。終焉を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~愉悦部の一コマ~

 

綺礼「……」ワイングビグビ

 

ギルガメッシュ「……」ソファーデダラダラ

 

女アサシン(き、き、き、き、綺礼様……!!!)

 

綺礼(アサシンか。どうした?)

 

女アサシン(バババ、バーサーカーが……)

 

綺礼(バーサーカーが?)

 

女アサシン(自らの宝具を食しました!!!)

 

綺礼「wwwww!!!」ブフゥ!!

 

ギルガメッシュ「………綺礼ェ」ビショビショ

 

綺礼「あっ」

 

 





 桐永甘斗の意識が覚醒しました。第4次聖杯戦争は更に混沌と糖分を極めていきます。
 ツッコミ…… もとい、感想を御待ちしています。
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