―イズナ side―
私がいまいる場所は ナザリック第9階層の執務室。
ここは豪華ホテルの高級スイートルームのような作りの部屋。
中央には大きな執務机が置かれ、その横にL字になるように一回り小さな机が設置されている。
「草原ですねイズナさん」
「ほんと草原ですね、モモンガさん」
そんな執務室へと移動した私ことイズナとギルド長 モモンガさんの二人は、豪奢な椅子に座りながら直径一メートル程の大きさの鏡に映る景色を眺めていた。
ここに来たのはあるアイテムの確認のためだ。いまここにいないペロロンチーノとぶくぶく茶釜は、ナザリックの各階層を散歩してくると言って何処かに行ってしまった。
【遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビユーイング)】
この遠隔視の鏡と呼ばれるこのマジックアイテムは、指定したポイントを映し出すものであり、外の風景を見る分には何かと便利な代物です。
但しあくまで風景を見る限りだけの話であり、PKプレイヤーや敵対するギルドに対しては対情報系の魔法で簡単に隠蔽されたり、攻性防壁で手痛い反撃を食らうので、使いどころが難しいアイテムでもあるのです。
そんな、遠隔視の鏡に映る景色はどこまでも緑が続く草原でありました。
ナザリック周辺の地表を見渡してもそれは同じで、以前の薄い霧が立ち込める毒の沼地だった地形が跡形もなく消えていたのです。
ちなみに現在、モモンガさんは遠隔視の鏡の操作に苦戦しながら、何とか制御しようと試行錯誤を繰り返しています。モモンガさんの隣には執事のセバスが控えておりモモンガさんの作業を見ていました。
ちなみに、この作業がなかなかの曲者のようで、この操作に携わってから決して短くない時間が経過しています。
「なかなか難しいですね。せめて説明書とかがあれば良かったんですけど」
「仕方ないですよ、モモンガさん。こういうのは地道に行くしか……あら?」
モモンガさんが四苦八苦しながら必死に手を動かしていると、急に景色が変わった。
「おぉ、ついにやりましたね! 流石はモモンガさんです」
「いやいや、それほどでもないですよ。さて、これでナザリックから離れたところまで幅広い場所を見れますね」
モモンガさんが達成感に満ちた様子で満足げに頷く。
そして、細かい操作をする中でコツを掴んできたのか、遠隔視の鏡を器用に操りながら景色を拡大していく。
「……? 祭りですかね、モモンガさん?」
そこに映し出されたのは何やら忙しない様子で、建物から出たり入ったりを繰り返す村人達の姿であった。
「……いや、違います」
村人全員の顔は恐怖に歪んでおり、まるで何か恐ろしいものから逃げようとするように必死に足を動かしていた。
「……これは…」
モモンガさんが独り言のようにポツリと呟く。
見れば逃げ惑う村人達を追い回すようにして、甲冑を着込んだ騎士風の集団が剣を携えながら馬に乗って、村の中を荒々しく駆け巡っていた。
騎士風の男が右手に握った剣を天に向けて高々と掲げて、近くにいた村人の背中を目掛けて勢いよく降り下ろす。
――そう、それは殺戮であった。
無防備な背中を切られた村人は鮮血を撒き散らしながら地面に倒れる。
騎士風の男は事切れた村人を放置して、次の獲物を探すように手慣れた手付きで馬を操ると、逃げ惑う村人達を追い掛けていく。
「……ちっ」
モモンガさんは嫌なものを見たといわんばかりに舌打ちをする。
しかし、はっとしたように顔を上げると、隣にいた私に視線を向けてきた。
そんな私は、たぶんなんの感情もこもっていないような無機質な瞳で、目の前の殺戮を静かに見つめていると思う。なんたって、私はこのような楽しんで殺しをしているような奴が昔から大ッ嫌いだったからだ――しかし
「……イズナさん?」
恐る恐るといった様子でモモンガさんは、私に声を掛けた。
「……モモンガさん。私はいま……凄く怖いです」
私は暗い表情になり、顔をしかめる。
「目の前の殺戮にではなく、それを見ても何も感じない自分に対してです」
そう、私は元々同じ人が目の前で殺されているというのに、何も感じない自分にひどく驚いていた。確かに残虐を楽しんでいる者に対して怒りはある。でも、それだけなのだ。
普段ならとても平常心を保つことなど出来なくて、あまりの残虐な光景に卒倒してもおかしくないだろうし、それに動揺の一つも起こらない。ましてや、同じ人間を殺す奴らを許さない!っといった感情が出ると思いきや、ただ残虐しているな……としか感情が無いからだ。
そんな自分自身に対して、私は得たいの知れない薄ら寒いものを感じていた。
「モモンガさんはどうですか? 目の前で人が殺されているのを見て……」
私の問いにモモンガは言いづらそうに口をモゴモゴと動かしながらもゆっくりと答えた。
「俺も……イズナさんと同じで何も感じなかったです。まるで画面越しに動物や虫同士のそれを見るような……そんな気分です」
とモモンガさんは、自分たちが本当に人間じゃない、異形の存在になった実感をした。
ふと視線を鏡に戻し、そこに映し出されたのは騎士風の男に追われている二人の少女の姿であった。
「……どうします?助けますか?」
「見捨てます。危険を冒してまで助ける必要はありません」
恐らく姉妹なのだろう、栗毛色の髪を三つ編みにした少女が妹らしき幼い子供を庇って、剣を携えた騎士の男に背中を切られていた。
このままでは二人とも殺されるのは時間の問題だろう。
姉らしき少女は背中から血を流してもなお、男たちの魔の手から妹を守ろうと必死に自身の腕の中へ隠そうとしている。
ふと私は、過去に死んでしまった両親のことを思い出した。私の両親は、昔から二人そろってお節介さんで、誰か助けを求める人がいればすぐに駆けつけるほどなお人好しさんだった。
だが、ある日両親は車で仕事に出かけていたが、その時に電車の信号に阻まれ車が止まっていたのだ。……そう、それが両親の最後だったのだ。 突然、電車の線路が壊れ電車が脱線したのだ。無論、あまりにも唐突な事に何もできず電車は数多くの車に突っ込み衝突した。巻き込みれた車は20台近く、死者は軽く50人を超えていた。
そんな両親もその中に含まれていたので死んでしまった。あの日ほど呆気にとられ泣き崩れた日はないだろう。人間という生き物はなんて儚く脆い生き物なのかと思った1日でもあった。
――あれから7年もの歳月が流れた。私の心は完全に癒えた訳では無い。でも両親の事を思い出す度にある言葉が思い浮かぶ。
『誰かの助けが聴こえてくる。しかしその声に誰も気づかないし気づいても無視をする。誰も助けが来ない。――なら、私達が助ければいいじゃないか。
ただ、助けたいから助ける。そう、それでいいじゃないか』
それと同時に、たっち・みーさんの口癖も思い出した。
『誰かが困っていたら助けるのは当たり前』
そんな、ギルドメンバーの一人であるたっち・みーさんの言葉が脳裏を過ぎる。
「……」
……と、その時
「なっ……たっちさん……」
モモンガさんの驚愕の声が耳に届いた。
「え?」
私はびっくりして振り向くと、そこにはアインズ・ウール・ゴウン最強の聖騎士たっち・みーさんなどおらず、ただモモンガさんがセバスを驚いた表情で見つめていた。
「……?」
一瞬言ってる意味がわからず、頭の中がクエスチョンマークだらけになっている私だが、ある結論に至った。
そう、目の前にいるセバスこそ、たっち・みーさんが作り上げたNPCなのだから。
よく昔から"子は親に似る"という。おそらく、モモンガさんからすればセバスの姿にたっち・みーさんの面影を見たのだろう。そしておそらくだが、私と同じくたっちさんの口癖を思い出したのだろう。
「誰かが困っていたら助けるのは当たり前……か。ふふ、そう、そうですよね。たっちさん。ありがとうございます。決心がつきました。」
そう言ったモモンガさんは大きく息をつき、微かな笑いと決意の表情で立ち上がった。
「恩は返します。……どちらにせよ、この世界での自分の戦闘能力をいつか調べなくてはいけないですしね」
そうつぶやくと、モモンガさんがスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に取る。
「……何をするのです?モモンガさん」
「あの村娘二人を助けます」
何の迷いもない声ではっきりとそう答えたモモンガさん。そんな迷いの抜けたスッキリした顔で何も喋らない私を見つめてくる。
「誰かが困っていたら助けるのは当たり前…ですよ。かつて、俺が異形種狩りに会い、PKされそうだった時、たっちさんはそう言って見ず知らずの俺を助けてくれました」
過去を懐かしむようにそう言ったモモンガさん。
たしかに、たっち・みーさんならそうするか。だってあのたっちさんだもの。たっちさんならきっと、いまの私たちの様に人間を他人事の様に見ても必ず助けるはずだよね……
――それに
(あの姉妹に、私と同じ様な思いをする事は絶対にさせない。力がなく最愛の家族を目の前でただただ呆然とするしかなかったこの思いを彼女達にしてほしくない――だからこそ、私の目の前ではそのような行為は絶対に許さん)
気がつけば私は、身体が勝手に動いていた。
「すみませんモモンガさん。私……ちょっとお先に行ってきます」
「えっ? ちょっ!? ツバキさん!!」
「いま、あの子達を助けられるのは私達だけです。なら、急いだ方がいいでしょ? ねぇ、ギルド長」
私は笑顔で言うと、はっ!とした表情で固まるモモンガさん
「イズナさん……。わかりました!急いで行きましょう!」
そう言うと、モモンガはアルベドに完全装備で来るように伝えた。
だが、姉妹は今まさに、止めを刺そうと剣が振り下ろされようとしていた。
「モモンガさん!!」
「はい!」
私はモモンガさんに振り向き
「――先に行きます!」
「ええ、後から向かいます!」
笑顔でそう言った。そして、私はすぐさまアイテムボックスから自身の愛槍を取り出し装備すると、あるひとつの魔法を発動する。
『転移門(ゲート)』
これは距離は無制限で、失敗の確率が非常に低い転移系の魔法だ。
視界が一瞬だけブラックアウトした後、先ほど遠隔視の鏡で見ていた景色へと変わるのだった。