雪風と風の旅人   作:サイ・ナミカタ

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第18話 偶然と事故、その先で生まれし風

「さて」

 

 場の雰囲気が落ち着いたところで、太公望は再び演壇へと戻る。

 

「ルイズの今後についてある程度の見通しが立ったということで、今日はこのあたりで場を締めたいと思うのだが……」

 

 そう告げた太公望に待ったをかけた者がいた。

 

「ねえミスタ。まだ日も高いことですし、せっかくですから例の約束をここで果たしてはもらえませんこと?」

 

 妖艶な笑みを浮かべながらそう言い放ったのはキュルケであった。片眉をつり上げ、口を開こうとした太公望を手で制止しながら、彼女は続けた。

 

「本当なら、あの時のメンバー限定という約束だったんだけど。あたし、ロバ・アル・カリイエはハルケギニアよりもずっと魔法文明が発達してるんだって、実家に出入りしている商人から聞いたことがあってね。どうしても東方のメイジから直接話を聞いてみたかったのよ。それに、こういうお話は学院長先生やコルベール先生も興味がおありになるでしょうし」

 

「そ、それは是非とも聞かせていただきたい!」

 

 鼻息荒く立ち上がったコルベール。

 

「エルフの住まうサハラに遮られておるせいで、ロバ・アル・カリイエの情報がほとんど入ってこないのは確かじゃ。それに、わしも君の故郷に伝わる魔法には興味がある」

 

 太公望が東方出身でないことを知っているオスマン氏までもが賛意を示す。

 

「もちろん、本来の約束を違えることになった罰はきちんと受けるわよ。そうね……明日から1週間分のデザートをあなたに譲るわ。これでどうかしら?」

 

 それまで苦い顔をしていた太公望の表情が、微妙に緩んだ。それを見た全員が思った。彼に何か頼み事をするときには甘味を与えるのがいちばんなのだ――と。

 

「うぬぬぬぬ、そこまで言うなら仕方がない。その代わり、皆の者。ここでの話は外へは絶対に漏らさぬことを誓えるか? それと、今のような条件の後付けは二度と受け付けぬからな!」

 

「誓う! 誓いますぞ!!」

 

 真っ先に声を上げたのは、またしてもコルベールであった。どうやら彼は、異国の魔法技術に大いなる関心があるらしい。さらに、その場にいた全員が顔を輝かせながら頷くのを見るに至って、太公望は完全に折れた。キュルケの作戦勝ちである。ちなみに、後日オスマン氏とコルベールから彼女へ特別に単位が授けられたのだが……それはまた、別のお話。

 

「まあよかろう。ただし、門外不出の技術については当然のことながら答えられぬので、それだけは前もって言っておく。では、()()()()のか、それとも()()()()()のかで一旦優先順位をつけさせてもらうぞ。わしに聞きたい者は手を挙げよ」

 

 ここで手を挙げたのはルイズと才人であった。

 

「よしルイズ。わしに聞きたいこととはなんだ?」

 

 指名されたルイズは、どうしてもこれを確認しておきたかったらしい。まっすぐ太公望の目を見て質問した。

 

「えっとね、よくミスタが話している『空間ゲート移動』についてなんだけど……あそこまで詳しいってことは、ひょっとして……あなたもできるんじゃない?」

 

「そうそう、それだよ!」

 

 才人も全く同じことを質問したかったようで、しきりにルイズに同意している。

 

 これを聞いた太公望は、少し渋い顔をした。

 

「それなのだがな……今はできないのだ」

 

「今は、ってことはさ。前はできたってことだよな?」

 

 才人の言葉に頷いた太公望はちらりとタバサのほうへ視線を向けると、頭を掻きながら少し考え……その後、おもむろに口を開いた。

 

「タバサよ。あれはあくまで偶然の事故だったのだし、わし自身はなんとも思っておらぬ。いやむしろ悪かったとすら考えておるので、おぬしには決して気に病まないでもらいたいのだが……」

 

 そのように前置きされたことで、才人以外のメンバー全員が、太公望が何を言おうとしているのかに気がついた。そう……あの日、彼が召喚されたときのことだ。

 

「あ、それは私も興味がありますぞ」

 

「わしもじゃ。〝召喚〟(サモン・サーヴァント)で呼ばれる側、しかもメイジとしての見識が聞けるなど、まず起こりえない事態じゃからの」

 

 そう言って盛り上がる教師陣。だがしかし。続く太公望の言葉は、彼らにとって完全に予想外のものであった。

 

「それなのだがな。おそらくわしは才人のように()()()()わけではない。あくまで()()()()()()だけなのだ」

 

「どういうこと?」

 

 普段めったに変わらないタバサの表情が変化した。それを見た太公望は、

 

「だからおぬしが気に病む内容ではないのだ!」

 

 ……と、慌てて言葉を続ける。

 

「前に、わしが休暇をもらって旅をしていたという話をしたと思うのだが」

 

「召喚初日。覚えている」

 

 タバサ以外は、うわそれ初耳! という顔で話に聞き入っている。

 

「あの日な。たまたま旅先でゲートを開き『自分の部屋』を作って、その中へ移動したのだ」

 

「……部屋を作る?」

 

「ああ、これは空間制御の中級でな。どこでもない空間……別の次元。専門的な言い方をすると亜空間と呼ばれる場所だ。便宜上『自分の部屋』などと例えることが多いのだが」

 

 何と説明すればよいか。そうだのう……と、右手人差し指でポリポリと頬をかきながら、太公望は答える。

 

「〝召喚〟で『入り口』だけ作る。その後、出口側を作る代わりに『扉』の奥にある空間を歪めて好きな形にするのだ。だいたいは球形であったり、立方体だったりするわけだが……そうして造られた空間は、外からは決して見えない。その中はまさに『自分専用に作り出した小さな異世界』となるわけだ」

 

 そんなことができるのか! と、驚愕するメイジたちと、いきなり話が魔法よりもSFっぽくなってきたせいで、持ち前の好奇心がむくむくとふくれあがってきた才人。

 

「これは門の接続に比べて少ない〝力〟で行うことのできる技術であるから、将来的にはルイズもやれるようになる可能性はあると思うぞ。『部屋』を自分の側に作り出してどこにいても物を出し入れ可能な倉庫にするなど、いろいろと使いようがあってすごく便利なのだ」

 

 ほえ~っとした顔で聞いているルイズに、さらに太公望は告げる。

 

「ちなみに『自分の部屋』は、余程大きな〝力〟を持った者でない限り作った本人にしか干渉できないものなので、泥棒対策、または〝消音(サイレント)〟以上に機密性の高い空間を確保できるという意味では最高の環境なのだよ」

 

「面白そうね!」

 

 顔を輝かせるルイズを微笑ましく思いながら、太公望はやや脇に逸れてしまった話を元に戻すべく先を続けた。

 

「……でだ。その部屋にはいった途端、いきなり『光の道』が割り込んできた」

 

 本来、とてつもない〝力〟でもって曲げている空間に、そんな割り込みが生じたら大変なことになる。そのせいで激しい衝撃を受けた太公望は、自分の身体を支えきれずに倒れ込みそうになった。その時に『光の道』に触れてしまい……気がついたら、ここハルケギニアに召喚されていた、というのである。

 

「本来であればあの『道』は、別の場所へ繋がるはずだったのであろう。あのような割り込みは、普通はまずありえぬ。何が原因で発生したのかは不明だが、本当に偶然、それこそ涅槃寂静――0.000000000000000000000001%程の確率なのだ」

 

 まさしく天文学的数値である。彼らの感覚から言えば、ゼロだといっても過言ではない。

 

「どうもその衝撃の影響で、亜空間を『掴む』ことができなくなってしまったようでのう。まあ、この症状自体は前にも経験しとるから早くて数ヶ月……遅くとも数年以内には治ると思うのだが」

 

 頭を掻きながら言う太公望。王天君のことについては、話がややこしくなるのでここではあえて口に出さない。実は今まで忘れていたとは別の意味で言えない。

 

「つまり、わしが逆にタバサの〝召喚〟の邪魔をしてしまった可能性も否定できぬのだ。今まで黙っていてすまなかった」

 

 そう言って頭を下げた太公望に。

 

「謝らないで。むしろ歓迎する」

 

「ミスタほどのメイジを呼べたなんて、邪魔どころか奇跡ではないかとぼくは思うよ」

 

「そんな確率で起きた事故のおかげで、わたしは魔法が使えるようになったのね。まさしく『始祖』ブリミルのお導きだわ!」

 

「いやまったくですぞ」

 

「呼ぶ側としては、ある意味羨ましい事故だわ」

 

「畏るべき話じゃの」

 

 そう答えて大騒ぎするメイジたち。ちなみに、上記はそれぞれタバサ・ギーシュ・ルイズ・コルベール・キュルケ・オスマンの言葉である。

 

 そんな中、ぽつりと発言したのは才人だった。

 

「俺の時とはだいぶ違うな……」

 

「ほう、おぬしの場合はどうだったのだ?」

 

「ああ。道を歩いてたら、目の前にいきなりキラキラ光る鏡みたいなのが出てきて……」

 

 才人は、召喚ゲートが現れたときのことを語る。

 

「ほほう。つまりゲートの向こうが見えたり、声が聞こえたりはしなかったんじゃな?」

 

 オスマン氏の問いに才人は頷く。

 

「これで、召喚者が使い魔にゲートを通して契約を呼びかけているという説は否定されましたな」

 

「というかだな、才人よ……どうしてそんな怪しすぎるモノをくぐろうなどと思ったのだ!」

 

「だ、だって危険はなさそうだったし!」

 

 彼らのやりとりを聞いていたキュルケが疑問を呈す。

 

「それにしても、平民のサイトならともかくミスタ・タイコーボーはどうして魔法で避けようとしなかったの? あなたなら、そのくらい簡単だと思うんだけど」

 

「いや、無理だろ」

 

 それに答えたのは、意外にも才人だった。

 

「家の中で、いきなりものすごくでかい地震が起こったようなもんだぜ? 魔法唱えて逃げる余裕なんてあるわけねえよ」

 

 太公望の片眉がピクリと跳ね上がる。

 

「地震? どういう意味だ?」

 

「えっとさ。『道』同士がぶつかって、歪んで……それが元通りになろうとして跳ね返る。んで、当然反動があるわけだから、その衝撃で部屋の中とか床がめちゃくちゃ大きく揺れたんじゃねえの? それって地震みたいなもんだろ」

 

 この発言に太公望は本気で驚いた。眉をひそめ、まじまじと才人の顔を見つめている。一方、その他のメンバーにとっては何のことだかわからないので、一様にぽかんとした顔を並べている。

 

「その通りだが……才人よ。おぬし、いったい何者だ?」

 

「何者って……ただの高校生」

 

「高校生とは?」

 

「えっと……ここの学院みたいに、俺たちと同じ年頃のやつが通う学校があるんだ。俺の国ではほとんどの人間がそこに行ってる」

 

「まさか、さきほどの地震発生に関する知識は……」

 

「あ、うん。学校で習ったし本で読んだこともある」

 

 ――ある意味これは地震大国・日本ならではとも言える。

 

 その答えに、口をあんぐりと開ける太公望。しばしフリーズしていたようだが、ややあって再起動を果たす。それも当然だ、さきほど才人が語った内容――自然科学の知識は〝仙人界〟では幹部候補生以上の者にしか開示されない機密情報であるからだ。

 

「なんでもないことのように言うがな、今おぬしが話したことは、わしらの間でもごく一部の者しか修得できない高度な学問だ。それが国民のほとんどに知られているとは……もしや、相当に国力のある国なのではないか?」

 

「うーん。確かに科学技術は全世界でもトップレベルっていうけど……俺はただの学生だから、詳しくはわかんねえぞ」

 

「おぬしの国には魔法が存在しないのだと言っていたな? ちなみに、人口はどのくらいで、現在はどの程度の科学レベルに到達しておるのだ? たとえば……まさかとは思うが宇宙へ出られる、などというような?」

 

「え、ああ。人口は確か1億ちょっと……くらい? 宇宙だったら、同盟国が月までなら有人飛行で行けるようになってるけど」

 

「なん……だと……!?」

 

 人口1億越えだと? おまけに宇宙まで進出! 魔法や宝貝なしで!?

 

 太公望は驚愕した。人口の多さも大変なものだが、なんという技術力と叡智を備えた国なのであろう。しかも、それらの知識を惜しげもなく民に与えているという。そうか、だからあの『破壊の杖』のような破壊兵器が生まれるのか。

 

 愕然としていた太公望を尻目に、ルイズたち学生組は呆れ声で呟いた。

 

「嘘つくにしたって、もう少し現実味のあること言いなさいよ! 馬鹿にしないでよね!!」

 

「そうよね、それに月まで行けるですって? 優秀なメイジだって、飛んでいる途中で落ちちゃうのよ? お伽噺じゃあるまいし、そんなの信じられないわ」

 

「人口が1億超え? 大国ガリアですら2千万に届かないんだよ?」

 

「信じられない」

 

「嘘じゃねえよ! そもそも、日本の何倍もでかい国がいくつもあるんだぞ」

 

 ぎゃんぎゃん言い合う学生たちを放置したまま、太公望は至極真面目な顔で告げた。

 

「のう学院長。ちと提案……というか進言したいことがあるのだが。無料で」

 

「なんとなく言いたいことはわかったが、念のため頼む」

 

 これまでになく真剣な表情を浮かべた太公望を見て、学院長以外の者は何のことやらさっぱりわからず、ぽけっと彼らの様子を伺っている。

 

「その前に確認だ。トリステインの人口はどのくらいだ?」

 

「正確なところは王政府に問い合わせねばわからんが、おおよそ400万といったところじゃ」

 

「なんだ、トリステインって小さいんだな」

 

「な、な、な、なんですってえ!?」

 

 才人がぽろりと漏らした感想に、ルイズが噴火したが――。

 

「へへん、俺が住んでた街の人口は1300万だぞ。まあ、首都だから人が多いんだけどな」

 

「うぐ」

 

 強引に鎮火させられた。

 

 そして、そこへ太公望が被せるように言った。

 

「首都の人口が1300万、総人口は1億越え。しかも、30メイル強のゴーレムを一撃で吹き飛ばす武器を生産できるほどの技術を持つ国家か。おまけに、魔法なしで空の月まで行ける船を造り出す天才が集まる同盟国がついておる、と。おぬしらメイジは魔法が使えないからと才人を馬鹿にしておるようだが、それほどの国の民が突然誘拐されたとしたら……王は、どうすると思う?」

 

「だから、それは出鱈目で……」

 

「わしは才人の言葉に嘘はないと思う。それをふまえた上でよく考えてみるがよい」

 

 ――静かに告げた太公望の声に、小さく震え始めた者たちがいた。だが、まだ理解していない者もいたため彼はさらに続ける。

 

「最悪の場合だが。ニホンとやらの王は、自分の国に対する侮辱と受け取るだろう。そして、全力で探し始めるだろう……才人の行方を。まだ『空間ゲート』の技術は無いようだが、案外すぐに開発されるかもしれぬ」

 

 もしもそうなれば……全軍をもってこのハルケギニアに侵攻を開始するかもしれない。その圧倒的な破壊力を持つ武器を手にして。太公望はそう締めた。

 

「へ、平民がひとりいなくなったくらいで、そんな大げさな真似するかしら?」

 

「では尋ねるが、たとえばヴァリエール公爵家の領民がゲルマニアの貴族に連れ去られたとしよう。もちろん、その証拠も掴んでいる状況だとして、だ。さて、公爵閣下はどう動く?」

 

「と、父さまなら、ま、まずは交渉するでしょうけど……場合によっては兵を出すわね……」

 

「うちなら即座に攻め込むわね。だって、土地を奪ういい口実になるもの」

 

「ふ、ふん! これだから野蛮なゲルマニア人は!」

 

「トリステインだって似たようなものでしょう? うちと反対側の国境沿いで、しょっちゅう小競り合いしてるじゃない」

 

「さりげなくグラモン家に流れ弾寄越すのはやめてくれないかね?」

 

 貴族たちが物騒な想定をしている側で、才人は、

 

(いや……日本だし、いくらなんでもそんなことはしないと思うんだけどなあ。せいぜい遺憾の意が発射されるだけで)

 

 なんて暢気に構えていたわけだが。

 

「サイト。念のため聞くが、きみの国にはどのくらいの兵力があるんだね?」

 

「バッカじゃないの、平民にそんなことわかるわけが……」

 

 震える声で訊ねたギーシュに対し、ハルケギニアの常識で水を差したルイズであったが。

 

「んー、陸が15万で空と海が5万ずつ、だったかな?」

 

 ぐはっと息を吐くオスマン氏、コルベール、ギーシュの男三名。

 

「なな、なんであんたそんなこと知ってるのよ!?」

 

「や、だって普通に国が数字公表してるし」

 

 ネットで調べればすぐにわかることだしな――と、頭の中で続ける才人。

 

「あの『破壊の杖』は、君の国の軍にも配備されているのかね?」

 

「似たような武器はたくさんあると思います。あと、魔法はないけど、その代わりに銃ならほぼ全員持ってるかも」

 

「銃? 短銃やマスケットかね? あの程度、メイジにとってはそんなに怖くは……」

 

「ミスタ・グラモン、戦いは数です。銃兵が一万人いたら脅威どころの話ではありませんぞ」

 

「はうッ!」

 

 いくらメイジが強く平民など取るに足らぬ存在であろうとも、そんな装備を潤沢に用意できるような大国の軍と衝突して勝てると思うほど、ここにいる者たちはヌけてはいなかった。『破壊の杖』の威力や才人の剣技を知っていればなおさらだ。彼の言葉が全て真実だとすれば……だが。

 

「そんなわけでだ。早急に才人の待遇改善を行うことを進言する」

 

「う、うむ。ようわかったぞい」

 

「とはいえ、他の貴族に知られたら色々と面倒なのは理解できるので……」

 

 腕を組んで考え込む太公望。と、何やら思いついたようにパン、と両手を叩く。

 

「そうだ、たとえばだな……ルイズの役に立ったから、これからは貴族と同じ食事をとる栄誉を与える。とかなんとか言って、そういうところから周辺を慣らしてゆくというのはどうであろう?」

 

 パチン、と指を鳴らしてオスマン氏がそれに応える。

 

「それいただきじゃ。明日からサイト君はアルヴィーズの食堂で食事をとってよい。もちろん、その食費は今後学院側で出そう。入場については、許可証を作成する。ミス・ヴァリエール。そしてサイト君。すまんが、まずはそれでかまわんかね?」

 

「い、い、い、異存、あ、あ、ありませんわ」

 

「本当ですか、やったあ! まかないも美味いけど、やっぱみんなと一緒に食事したかったんだよなあ」

 

 カタカタと震えながら答えるルイズ。

 

 これまで、才人が異世界出身だという話を頭から否定していた彼女は、トーキョーとかいう彼の故郷を「トリステインのことも知らない場所にあるド田舎」だと侮っていたのだ。

 

 そんな少女にとって、太公望の進言はまさに青天の霹靂だった。使い魔の言が全て真実なのだとしたら、下手を打てば国中を巻き込む大戦になるだろう。信じたくはないし、信じられないが……万が一ということもありえる。もう、間違っても才人にパンツ洗わせたりなんかできない。

 

 ただし、彼女はちゃんと才人を故郷から連れ去ってしまったことを自覚しており、帰すために努力しようとしていたことは間違いないので、あまり責めてはいけない。だいたい、わざと彼の前に召喚ゲートを出現させたわけではないのだから。

 

 ……まあ、わざとじゃないなら何をしてもいいというわけではないので、そこをはき違えてはいけないわけだが。

 

 いっぽうの才人はただ無邪気に待遇改善を嬉しがっていた。良くも悪くも現代っ子、平和な国・日本出身の高校生である。

 

「とはいうものの、それだけではちと教員たちを説得する材料としては弱いのう。今すぐでなくとも構わんので、何か良い知恵があったら助けてもらえんじゃろうか。もちろん相応の礼はする」

 

 そのオスマン氏の申し出に、太公望は苦い顔をして答えた。

 

「いや、これに関しては無料でよい。国家の安全は、何物にも代え難い重要事項だからのう。わしが欲しいのは平穏であって、戦争など万が一にも起きて欲しくないのだ」

 

「そうか。そう言ってもらえるとこちらとしても有り難い」

 

 ふたりのやりとりを聞いていた才人は、ずいぶんと大げさだなあ……などと思いつつ、自分の待遇改善に繋がることらしいので黙っていたのだが、ふと大変なことに気付いて太公望に尋ねる。

 

「……って、ちょっと待て。俺もお前に聞きたいことがあるんだが?」

 

「何だ? 話せる内容ならば構わぬが」

 

「お前の国には魔法があるんだよな? で、それが技術って扱いになってる。なのに自然科学とか宇宙って単語が出てくるってのはどういうことだ? ま、まさか」

 

 自分の閃きに驚愕しながら、才人は訊ねる。

 

「わしらの間では、ありとあらゆる事象を科学的に分析し、理解することで、より効率的に、少ない〝力〟で術の効果を発揮できるよう研究を行っているのだ」

 

 『打神鞭』を振るいながら、太公望は熱弁した。

 

「風は何故吹くのか。雷によって空が光った後、遅れて雷鳴が聞こえてくるのはどうしてなのか。河原にある石のほとんどが丸い理由とは。火が温度と共に色が変わる意味とは。雨が降るメカニズムはどうなっているのか。答えられる者はおるか?」

 

 手を上げたのは才人だけだった。メイジたちは目を丸くして彼を見つめた。

 

(ふむ。やはり才人の国は、自然科学の研究が相当進んでおるようだ)

 

 そんなことを考えつつ、太公望は告げる。

 

「とまあ、こういった自然の法則を研究し、学び、理解した上で〝力〟を行使する。これが、ハルケギニアのメイジと大きく異なる点であろう」

 

 ――ロバ・アル・カリイエは、ハルケギニア諸国に比べて技術や魔法が発展している。

 

 そう話には聞いていたが、予想以上に進んでいるらしいと驚愕する生徒たちと学院長。コルベールに至っては、興奮のあまり身体中が小刻みに震えている。彼は学問が大好きで、中でも新しい技術開発の話に目がないのだ。

 

 だが、才人が知りたかったポイントはそこではなかった。

 

「もしかして、だぞ? もしかしちゃったりして、さ。その魔法と科学が合わさって、ひょっとして宇宙船があったりとか、しちゃうのかな? かな?」

 

 いやまさか、でも……と、期待に胸を膨らませた才人に。太公望は満面の笑みでもって答えた。天空を指し示しながら。

 

「あるぞ。そもそも、わしらの現在の本拠地は、地上より遙か空の上にある宇宙空間――星の海を征く船。人工的に作られた、生物が住むに足る環境。月の後ろ側、惑星と次元の狭間を隔てて浮かぶモノ。『スターシップ蓬莱』だ」

 

「行きてェ――! ロバ・アル・カリイエ超行ってみてェ――!!」

 

 大騒ぎする才人と、私もですぞ! と激しく同意するコルベール。ふたりは手を取り合い、興奮しながらぶんぶんと振っている。

 

「わしは、むしろ才人の国に興味があるのだが……」

 

 大気圏突入を『亜空間ゲート』なしで実現しているとするならば、もしやわしが知らない、突入方法に関する独自の技術があるのかもしれない。それならば是非とも見てみたいのだが……と、太公望が話の輪に加わる。

 

 だが、そんなふうに盛り上がる3人をよそに、ポツリと呟いたのはキュルケであった。

 

「そういうわけだったのね……どう見てもあたしより年下のミスタ・タイコーボーが、先生たち並かそれ以上にすごいメイジになれるはずだわ。そんな環境で勉強していれば、当然よね」

 

 でも、やっぱり悔しいわ……そう零したキュルケの言葉にオスマンが反応する。

 

「あー、ミス・ツェルプストー。騙されちゃいかん。彼はあんな見た目だがの、少なくとも君より10歳は年上じゃからな?」

 

「何さらっとバラしとんじゃこの狸ジジイ!!」

 

 ――いっときの間を置いて。

 

「ええええええぇぇぇぇええええええ―――っ!!!」

 

 平原に、本日最大級の叫声が響き渡った。

 

 

○●○●○●○●

 

 衝撃の――太公望の年齢がキュルケより10歳ほど年上という事実(?)発覚直後。

 

「あたしより10歳は上ってことは……最低でも27? あれで?」

 

「え、え、エレオノール姉さまと、お、お、同い年……」

 

「さすがに倍近く離れているとは予想の範囲外だった」

 

「ロリババアは有りだけどショタジジイとか誰得だよ!!」

 

「きみが何を言っているのか理解できないが、とにかく驚いているのはわかった」

 

 大騒ぎする生徒達と固まっているコルベールの隣で、口元を隠して笑いをこらえているオスマン氏を睨み付けた太公望は、あとで覚えておれよ……と、心の内で思いながらも場を鎮めるべく発言を再開する。

 

「放っといてくれ、わしの年齢のことは! 悪かったのうこんな見た目で! さんざん言われてもう慣れておるわ、将としての威厳がないと!!」

 

 本当の年齢はそんなもんではないのだが、さすがにそれを言うと色々とまずい事態に陥りそうなので、太公望は現在27歳という設定で通すことにした。

 

(もしかすると、彼のあの口調は無理矢理威厳を出そうとしてやっていることなのだろうか。そういえば男爵だと名乗りを上げていたし、彼なりに苦労していたのかもしれない……)

 

 ふとそんなことを考えたタバサであったが、実際は正真正銘ジジイな年齢なのでこんな喋り方になっている、ただそれだけのことである。あと、彼女は身分について変な誤解をしている。まあ、これはノリだけで名乗りを上げた太公望の自業自得なのであるが。

 

 そんな中、ギーシュがすっと手を挙げた。

 

「ミスタ・タイコーボー。ひとついいだろうか。ぼくは今……さりげなく問題発言があったと思うのだよ」

 

「なんだギーシュ、言ってみろ」

 

 太公望からそう促されたギーシュであったが、彼の表情は見事なまでに強張っていた。

 

「将としての威厳がないと言っていたようだけれど、ひょっとして……ミスタはそれなりに位の高い軍人なのですか?」

 

 あ、しまった。太公望が気がついたときは、もう手遅れであった。

 

「そう。しかも彼は、軍を率いるほどの指揮官」

 

「あ、いや、それはだな……!」

 

 おのれタバサ、ここであのときの仕返しをするか! なんという効果的な……と、頭を抱えた太公望。そして、そんなタバサの言葉に固まったのは、ギーシュ、才人、コルベール、オスマン氏。ルイズとキュルケにはわかっていなかった。

 

「え? 貴族なら軍を率いて妖魔討伐とか当たり前でしょ? なんでみんなそんなに驚いてるわけ?」

 

「前線に出ない法衣貴族とかもいるけど、まあヴァリエールの言うとおりではあるかしら」

 

 ちらりとコルベールに目を向けるキュルケ。彼女はフーケ討伐隊を編成するときのゴタゴタを忘れてはいなかった。

 

「いや、ルイズとキュルケは〝軍〟の意味を誤解しているよ!」

 

「あら、どういう意味かしら? ギーシュ」

 

「うちも常備軍連れて領内の妖魔狩りとか普通だけど、ミスタとタバサの発言から察するに、そういう方面の〝軍〟じゃないんだ!」

 

「わかりやすく説明してくれない?」

 

 ギーシュの言をコルベールが引き継ぐ。

 

「彼は『将としての威厳がない』と言ったね。前線に出て妖魔退治をするような部隊の指揮官は尉官や佐官がせいぜいだ。威厳を求められる将ということは、将官。最低でも准将の位にあるということになりますぞ」

 

「あ、ああ、そういうことでしたのね。なるほど……ようやく理解できましたわ」

 

 実家でそういう方面の教育を受けているキュルケはその言葉で理解した。しかし、ルイズの顔には依然?マークが刻まれている。

 

「ルイズ、きみ……部隊と軍の区別がついていないだろう?」

 

「え? 何か違うの? もったいぶらないで早く教えなさいよ!」

 

 呆れ声で才人が注意する。

 

「だから、それは他人にモノを聞く態度じゃないだろ……ええと、つまりギーシュたちが言いたいのは、タイコーボーが2~30人くらいの部隊じゃなくて、国の軍隊を指揮するようなえらい将軍さまだった、ってことだろ?」

 

 コクコクと首を縦に振るギーシュ。目をまん丸にして驚くルイズ。

 

「ちなみにタイコーボー、どんくらい指揮してたんだ?」

 

 ここで嘘をつくのは簡単だが、図書館で仕入れた知識によると、この世界には嘘を簡単に見破る方法があるらしい。悩んだ末に、太公望はかつて自分が率いた人数を答えることにした。

 

「三万だ」

 

「は?」

 

 仏頂面で繰り返す太公望。

 

「だから、三万だと言うておるだろうが」

 

 ――これは革命開始時点の話だ。その後、軍備を整え周の軍師として率いた人数は五~七万。最終的に同盟軍を併せて二十五万まで膨れあがるのだが、三万というのも実際に率いたことのある数なので嘘はついていない。

 

「さささささ、三万って……最低でも中将、大将クラスじゃないか!」

 

 叫んだギーシュの説明に、補足するように被せてきたのがコルベール。

 

「軍隊の階級は、厳密には国によって異なるのですが……おおまかにいうと上から元帥、大将、中将、少将、准将、大佐、中佐……というように続いていくのです。つまり彼は、国元において最低でも軍で上から3番目に高い地位に就いていたと。こういうことになりますぞ」

 

「あの観察眼、作戦立案能力、そして指揮の腕に交渉術。むしろ納得したわい……その若さで将官か。やはり君にはトリステイン貴族として生まれて欲しかった」

 

 そう言ってため息をついたオスマン氏。その隣にいたコルベールは自分の発言に固まっていた。

 

 ――まさか彼が軍人……しかも高級将校とは。使い魔召喚の儀で、突然遠方から呼び出された上に、周囲を見知らぬ者たちに囲まれていたにも関わらず、落ち着き払っていたのも……あの会話交渉の巧みさも当然だ。

 

 あれほど進んだ知識と技術を持つロバ・アル・カリイエ内の一国、その軍の将官を、もしも――ろくに話しもせず、使い魔にしてしまっていたら……国際問題どころか、最悪トリステインは大軍をもって攻め滅ぼされていたかもしれない。

 

 コルベールは背筋に冷たいものが流れるのを自覚した。

 

 いっぽうのタバサはというと、内心の驚きを隠せないでいた。軍を率いた云々については太公望なりの冗談だと思っていた。軽い仕返しのつもりで放った言葉がまさか真実を言い当てていたとは、それこそ考えてもみなかったことなのだ。

 

 ちなみにガリアの花壇騎士は、王軍に配属された際に少佐と同等の権限を持つ。つまり大隊(200~600人程度の部隊)を率いる権限を持つ中級将校として扱われるのだ。それでも彼には到底及ばない。タバサはなんだか心臓のあたりがちくちく痛くなってきた。

 

 ……実のところ太公望は中将・大将どころかそのさらに上、元帥である。彼自身が指揮した最大兵数は7万。かつ身分的には周のナンバー2。さらには本来次代の〝教主〟あるいは人類が知る歴史通りの道を歩んでいたのであれば(せい)の大公となるべき存在だったわけだが、そこまではわからないふたりであった。むしろそれは、幸せなことだったのかもしれない。

 

 そんな硬直した場の中、がっくりとうなだれながら太公望は告げる。

 

「うぬぬぬぬ……身から出た錆というか、色々面倒だから黙っておったのだが、そこまでばれてしまった以上は仕方がない。だが、これからも今まで通りに扱ってもらいたい。口外するのもやめて欲しい。まあ、誰も信じないとは思うが念のため、な。だいたいわしは堅苦しいのが嫌いなのだ。よって、変に敬語なんぞ使わないでくれ、頼む」

 

 パンッと両手を合わせ、頭を下げる太公望。才人とギーシュから飛んだ「よりにもよって国の軍隊をあずかってる将軍さまが、祖国ほったらかしてハルケギニアに滞在していて大丈夫なのか?」という質問に対しては。

 

「ちょうど一段落ついたところでのう、休みついでに軍を退役しておるのだ。戦はもうこりごりなのでな……将来的に招集がかかる可能性はなくもないであろうが、しばらくの間は問題ない」

 

 と、答えた。物は言い様である。

 

「さて、なんだかぐだぐだになってしまったが、いい加減話を戻すぞ。とりあえず、ルイズと才人の質問は終わりかの? あとの3人は……そうだのう、申し訳ないがご主人様からということで、タバサ。わしに何を聞きたいのだ?」

 

「魔法の『複数同時詠唱』について知りたい」

 

「なぬ? 『複数同時詠唱』……とは? いったいなんのことだ!?」

 

 何を言っているのかわからない。ぽかんとした顔をしている太公望に、タバサは苛立ちを覚えた。あれだけ見せておいて、とぼけるつもりなのか、と。ならば情報公開をするまでだ……言える範囲で。

 

「昨日まで、わたしたちは知人に頼まれて妖魔討伐に出かけていた」

 

 その発言に、ほうっと感心の声を上げる面々と、片眉をつり上げる太公望。

 

「敵は先住魔法の使い手を含む妖魔、総勢45。手勢はわたし、タイコーボーのメイジふたりに、平民の()()がひとり。彼我戦力差は数だけで言えば15倍。それを彼の指揮のもと一切の消耗なく完封、殲滅した」

 

 彼女は敵が下級妖魔のコボルドとは言っていない。逆に先住魔法の使い手がいたという情報を出すことで、相手の戦力を、知らない者に対して意識的に高く感じさせているわけだ。思いっきり太公望の影響を受け始めている。

 

 ただし、そこに嘘はない。もっとも、先住魔法の使い手たるコボルド・シャーマンは煙で燻された影響でほぼ無力化されていたわけだが。そして当然、この話を聞いた太公望を除く全員が驚きの声を上げた。

 

「その際に」

 

 と、タバサは続ける。

 

「タイコーボーは、圧倒的な〝力〟を発揮した。そこでわたしが目にしたのは――彼が〝飛翔(フライ)〟を維持したまま〝風の盾〟(ウインド・シールド)を周囲に展開し、さらに〝刃の竜巻〟(カッター・トルネード)で森をなぎ払い、加えて〝風〟(ウインド)で倒した木を積み上げていく姿。しかも〝遍在〟を使うことなくこれらを全て同時に行っている。つまり彼は……一度に複数の魔法をコントロール可能な、常識では考えられない超技巧者」

 

 ――メイジたちは思った。それが本当ならば、彼はまるでハルケギニアの歴史上最強と謳われた伝説の風メイジ『烈風』カリンそのものではないか、と。

 

 『烈風』カリンとは、30年ほど前にトリステインを中心に活躍した伝説的な騎士のことだ。カリンの活躍については、噂話のみならず書物にも記され、歌劇にさえなったほどの人気を博し、メイジであれば知らぬ者がない程の有名人だ。ある時期を境に、文字通り風のように消えてしまったが……その名声は未だ衰えていない。

 

 そんな『烈風』カリンの逸話の中に、こうある。

 

「風に乗り、宙を舞いながら真空の刃を放ち、敵対する者全てを翻弄した」

 

 ……と。

 

 普通のメイジは、一度にひとつしか魔法を使うことができない。才能があり、かつ血を吐くような訓練を経てもなお、ふたつの魔法を発動させるのが限界とされている。だからこそ、複数の風魔法を同時に操るカリンは『史上最強』になれたのだ。

 

 タバサは普段物静かな少女だが、平気で嘘を言うようなタイプの人間ではない。

 

 と、いうことは……全員が太公望を畏怖の目で見つめた。

 

「ちょっと待て。常識では考えられないと言うが、おぬしらも普通にやっておることではないか。何かおかしいことなのか!?」

 

 珍しく慌てた風情でそう訊ねてきた太公望へ。

 

「そんなことやれるわけないわ! いったいどこのバケモノよ!!」

 

 そうツッコんだキュルケ。しかし太公望は、ある人物を指差してこう言った。

 

「たとえば、そこにおるギーシュだが。7体ものゴーレムを使役し、同時に扱っておる。わしの〝力〟とギーシュのあれは、全く同じ理屈で動いておるものなのだぞ?」

 

 それに……と、太公望は続ける。

 

「タバサは〝風の氷矢〟(ウィンディ・アイシクル)を得意としておったな?」

 

 確認されたタバサが、頷いた。

 

「何本同時に飛ばせる?」

 

「3本。杖の側に待機しておき、任意のタイミングで放つことも可能」

 

 はあ~っ、と、太公望はため息をついた。

 

「そうか、そのあたりも無意識にやっとるのか……」

 

 そして彼は、がっくりと肩を落として話を始めた。

 

「あのな、その〝風の氷矢〟は、そもそも『空中の水蒸気を集める』『それを風で冷やし凍結させる』『任意の位置に浮かせる』『発射まで任意の場所で待機』『自由意志で発射をコントロール』という、同時に5つの事象を発生させている魔法なのだ。つまり、それをちゃんと認識することによって……さらに複雑な動き、およびコントロールが可能となるであろう」

 

「それとあなたの『同時展開』は」

 

 タバサの言葉を遮って、太公望は続けた。

 

「実はまったく同じことなのだよ。わしは基本〝念力〟で飛んでいると話したが、本当のところ、さっきタバサが言った行為は……全て〝風〟を利用して、おぬしの魔法と同じように同時に発生させていただけに過ぎぬのだ」

 

「なん……だと……!?」

 

 〝風〟単体でそれだけの威力を出していたこともそうだが、まさか『空中での待機』『盾の展開』『真空の混じった竜巻の発生』『木の積み上げ』これが、ひとつの魔法で、しかも同時に実現できるというのか。この発言に、才人以外の全員が驚いた。

 

「これが、事象を科学的に理解し、利用する最大の利点だのう。どのように〝力〟を作用させれば求める効果を得られるのかを、完全に計算して実現できるのだ。つまり……」

 

 と、太公望は結論する。

 

「ある意味において、ギーシュもまた『天才』なのだ。同時に7つの〝錬金〟を、個別に操作しておるのだから」

 

 そう言って、ギーシュの前に立つと。彼に『打神鞭』を突き付ける。

 

「つまり、訓練を積むことによって、たとえば〝錬金〟で『盾を持つワルキューレで自分を守り』『地面の一部を油に変え、相手の足をすくい』『武器を持ったワルキューレで、倒れた敵を攻撃する』と、いったようなことが可能となる。どうだ、自分の持つ潜在能力の素晴らしさに気がついたか? ギーシュよ」

 

 ――それは、まさに『ひとり軍隊』。自分はその司令官だ。言われてみて、ギーシュは初めて気がついた。己の持つ可能性に。そしてそれは訓練によってできるようになるということを教えられた。さらに軍学を身につけることで、彼が例に挙げたこと以外にも色々とやれるようになるのではないか、と。

 

「ただし、この『同時展開』は意識的に複数の思考を行う技術を必要とする。これは、いちおう訓練によって身につけることができるものではあるが、基本的には生まれつき備わった機能なのだ」

 

 そう言うと、太公望はコンコン、と、自分の頭を叩く。

 

「ここ……脳みその構造に関係することなのだ。ちなみにこれは男よりも、女にその才能が備わっていることが多い。ふむ、そうだな……タバサよ」

 

「わたしに何か?」

 

「うむ。たとえばだ、おぬしはワインを飲み銘柄について思いを馳せつつ、本を読みその内容をしっかりと頭に叩き込みながら、わしと言葉を交わし、話している内容をきちんと理解して返事ができるであろう?」

 

「もちろん」

 

 ……と。ここで複数名から驚きと賛同の声が上がった。

 

「いや、そんなの無理だろ普通」

 

「ぼくは、複数の女性の声を全て聞き分けて理解できるよ。もちろん薔薇の香りを楽しみながら、ね」

 

「わたしも、本を読みながら話くらい簡単にできるわ」

 

「彼氏たちみんなと話をしながら、次の日の予定を考えたりできるのと同じことよね」

 

 この反応に、太公望はニヤリとした笑みで応える。

 

「そう……実はこれこそが『同時展開』に必要な能力『複数思考(マルチタスク)』なのだ。よって、向いていないものがこれを習得しようとした場合、集中力が乱され、逆にメイジとしてのランクが落ちてしまうことになるから、取り扱いにはくれぐれも注意が必要だ」

 

 太公望はそう言うと、周囲の子供達を見回しながら言葉を続ける。

 

「今の反応と、これまでわしの見たところでは……ギーシュとタバサにこの才能が備わっておる。ルイズにもあるようだが、今はまだせっかくの〝力〟を拡散させる結果となるので、わしがやっていいと認めるまで絶対に試してはならぬぞ」

 

 そして、今度はキュルケの前に立つ。

 

「キュルケにもできなくはないことだが、おぬしの場合はむしろ1本に絞り、一発の威力を増大させる方向の才能が高そうだ。これはこれで希有な能力なので、あえて『複数展開』はきっぱりと諦め、そちらを伸ばすことを勧める」

 

 ――そう語る太公望は、まさに『新たな道へ導く者』そのものであった。

 

「のう、ミスタ・タイコーボー」

 

「魔法学院で教鞭をとれというのは却下だ」

 

 オスマン氏が言おうとしたことを即座に斬り捨てた太公望に、コルベールが疑問を呈した。ある意味、それは彼にとって必然とも言える問いかけだった。

 

「どうしてだね? きみの言動を見る限り、教師としての『道』が最も適していると、私は思うのだよ。その――軍人よりも」

 

 そんな彼の問いに。

 

「面倒だからに決まっておろうが!」

 

 ある意味、最も彼らしい解答を出す太公望。

 

「ええええええ」

 

「面倒とかひでえ」

 

「ないわ、その答えはないわ」

 

 非難囂々の生徒たち。そんな彼らを見て、太公望は頭を押さえながら言う。

 

「よいか、ひとに何かを教えるという行為は……ある意味、その者の人生に『道』を指し示すことなのだ。そして、それが本当に正しいものであるのか、それは本人の歩む、その先に至るまでわからない」

 

 だから……と、彼は先を続ける。

 

「よって、わしはこれまで志願者がいても、誰ひとりとして弟子を取ることはなかった。わしの国では、弟子を取らない者は真の意味での一人前、大人として認められない。にも関わらず……だ。弟子を取るということ、それはすなわち、その者の人生に責任を持つことに繋がるからだ。どうだ、実に面倒極まりないであろう?」

 

 ――お師匠さま! と自分を呼ぶ者がいたが、太公望は彼を正式に弟子にはしていない。認めていないわけではなく、あくまで側付きの者……というより、年の離れた弟のような存在として可愛がっていたのだ。

 

「今回ここで色々と教えたのは、あくまで例外中の例外。ハッキリ言うが、全員見ているだけでこっちの心臓に悪いからだ! 特に、相手の実力を一切測ることなく正面から突撃をかますような奴! 当然自覚はあると信じたいがな!!」

 

 ガーッ! と、大口開けて威嚇する太公望の声に、才人が俯いた。思いっきり覚えがあるからだ――そう、以前仕掛けた太公望との模擬戦についてだ。

 

 才人はさっきのタバサの話を聞いて内心冷や汗をかいていた。まさか太公望が、そこまでとんでもない〝魔法使い〟だとは思ってもみなかったのだ。

 

 それに、ここまでのやりとりが真実だとするならば――既に退役済みとはいえ、軍を指揮していた将軍閣下。この世界の軍人がどの程度の実力を持っているのか才人にはわからないが、どちらにせよ普通の高校生が挑みかかるなど、ハッキリ言って話にならない。

 

「と……いうわけだ。よって、わしが教えるのはあくまでここにいるメンバーのみ。そういう約束であったし、そもそも例の〝場〟は異端すれすれなのだから、そう簡単に表へ出せるものではないことくらい理解できるであろう?」

 

 ったく、我ながら本当に面倒なことを引き受けたものだ。そうぼやく太公望を見て、コルベールは思った。

 

(きみはやはり、教師になるべきだよ――)

 

「さて。とりあえず全員の基本方針はよいとしてだ。キュルケ、ギーシュ。おぬしらのしようとしていた質問は、今までの解答によって満足できるものか?」

 

「ぼくは大満足さ!」

 

「あたしも。ああいう話が聞きたかったから」

 

「オスマン殿と、コルベール殿は?」

 

「正直に言えば聞きたいことはまだたくさんあるが、さすがにこれ以上話し続けるのは、体力的な意味で辛かろう?」

 

「そ、そうですね。ただ、もしもまた機会がありましたら、是非色々と伺いたいです」

 

「そうか」

 

 ふたりの声に頷いた太公望は、場を締めるべく声を上げた。

 

「よし、まだ時間がある。このあとだな、全員でもってトリスタニアの街へ出て、ぱーっとやるなんてどうかのう? ルイズの魔法成功祝賀会をするのだ!」

 

「それはいい!」

 

「賛成!」

 

「異議なし!!」

 

 と、盛り上がるメンバー。そして、彼らの言葉にぱあああああっと顔を輝かせるルイズ。そうだ、わたしは今日、はじめて〝召喚〟と〝使い魔契約〟以外の魔法を成功させたのだ!

 

 そして、街のなかなか洒落たレストランで大いに盛り上がる一行。ちなみに、これらの費用はオスマン氏が全てもつこととなった……もちろん、太公望の策によって。

 

 ――その夜。ルイズは、家族に宛てて手紙を書いた。

 

 初めて魔法が成功したこと。そして、それに至る経緯を……他人に話しても構わないと言われている範囲内で。

 

 友達が、遙か東方、ロバ・アル・カリイエのメイジを招いてくれたこと。

 

 そのメイジの知人に、自分と全く同じ失敗をしていたひとがいたこと。

 

 その知人は『才能』がありすぎて、普通の魔法の枠に収まらず〝爆発〟を起こしてしまっていたこと――そして。自分がそれと同じ原因で失敗を繰り返しているのではないかと言って、色々と見てくれたこと。

 

 結果は、そのメイジの言うとおりだったということ。

 

 きみは、いつか『スクウェア』どころかそれを凌駕する可能性すら秘めている――一緒に調べてくれていた先生たちも、そう言ってくれたこと。

 

 今はまだ、物を浮かせることしかできないが……その東方のメイジ曰く、いつかわたしは、ハルケギニアの誰よりも速く空を飛ぶことが叶う、そう話してくれたこと。そしてその彼自身が、魔法学院の誰よりも速く空を飛ぶことができる、素晴らしい風のメイジであるのだ、と。

 

 最後に。今日、自分の魔法が初めて成功した――それを祝う会を、先生たちと友達みんなが開いてくれたこと。とても嬉しくて、楽しくて、涙が出たことをしたため……伝書フクロウの足にくくりつけると、空へ向けて放つ。

 

 この一通の手紙が、後の歴史にとてつもない嵐を巻き起こす結果となるのだが、それはまだ、ルイズにはわからなかった――。

 

 




2話に分けてもいいくらい文字数があった。
でも編集たいへんなのでこのままいきます、ごめんなさい。

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