雪風と風の旅人   作:サイ・ナミカタ

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第55話 流れゆく時の中を歩む者たち

 (とが)を背負うふたりの男が星の海を征く船を見送っていた――ちょうどその頃。

 

 ラ・ヴァリエール公爵家の一画に用意された客室のひとつで、タバサは寝間着姿のまま、じっとベッドの上に腰掛けていた。その手には、どこへ行くにも――授業中はもちろんのこと、入浴の際や眠る時すら手放さない節くれ立った長い杖を握っている。

 

 既に就寝時間は過ぎている。けれど、彼女はどうしてもベッドに潜る気になれなかった。タバサの頭の中で、様々な思いがぐるぐると巡っていたせいだ。と、そんな彼女の部屋にカツカツと足音を立てて誰かが近付いてきた。風メイジ特有の鋭い聴覚が捉えたのは、親友のキュルケが愛用しているロングブーツの音だった。

 

 それからすぐに部屋の扉がノックされる。タバサが入室の許可を出す間もなくドアはバタンと音を立てて開かれ、見事な赤毛と褐色の肌が眩しい少女が顔を覗かせた。

 

「やっぱり、まだ起きていてくれたわね」

 

 そう言ってキュルケは静かにとタバサの元へ歩み寄り、両手を広げると――友人の華奢な身体をぎゅっと抱き締めた。それはいつもと変わらない、親愛の表現。

 

 しかし、キュルケの身体が微かに震えていることを見て取ったタバサは、泣いている子供をあやす母親のように彼女の頭を両腕で優しく包み込んだ。

 

 キュルケはタバサの思わぬ優しさに一瞬だけ驚いたような表情を見せると、目にうっすらと涙を浮かべた。

 

「ありがとう、タバサ……」

 

 普段のキュルケの姿を良く知る者が今の彼女を見たら、これは夢か幻なのではないかと驚くだろう。それほどまでに現在のキュルケの姿は小さく、か弱く見えた。

 

「おかしいわよね。このあたしが怖いと思うだなんて」

 

 そう呟いたキュルケの頬を、一筋の涙が伝い落ちた。それからキュルケは幼子が母親にするかのように、己の顔をタバサの膝に埋めた。

 

「でもね、本当に怖かったの。コルベール先生のことじゃないわ。ううん、先生が怖ろしくなかったっていうのは嘘ね。すごく怖かったわ、先生が纏う空気も、あの話も――でも、そうじゃない。あたしが一番怖かったのは、自分がなんにも知らなかったことなの」

 

 こくりと小さく頷くと、タバサは涙を零し続ける親友の頭を優しく撫でた。

 

「火は情熱と破壊の象徴。偉そうにあんなことを言っていた自分が恥ずかしい。あたしは火がどんなものなのか、自分がどういう系統を背負っているのか、ちっともわかっていなかったのよ。あの話を聞いた今でも、本当に理解できたのかどうか怪しいものだわ」

 

 ――全てを燃やし尽くす。それがいったい何を指すのか。どういう意味を持つのか。

 

「それに引き替え、コルベール先生はすごいわ。火の怖さをちゃんと知っていて、それでもタバサの……ううん、生徒のために、自分の持っている知識を生かそうとしてくれているんだもの」

 

 赤毛の少女から嗚咽が漏れる。

 

「もしも、あの話を聞かせてもらえなかったら……あたしも若い頃の先生と同じような『道』を歩んでいたかもしれないわ」

 

 そう言って震えるキュルケの頭を、タバサはただ優しく撫で続けていた。

 

「わたしも、全然知らなかった。知らないということの怖さを。わかっているつもりになって得意になっていた」

 

 静かに涙を流し続けながら、キュルケはタバサの言葉を聞いていた。

 

 知らないことの怖さ。タバサは太公望との模擬戦や今日まで続けてきた彼とのやりとりの中で、それらを完璧に学んだつもりでいた。だが、まだまだ自分の持つ考えが甘いものであったということを今回の一件で思い知らされた。

 

 コルベールの過去について、ではない。彼の背負う咎について……でもない。コルベールがこれまで見せてきた姿――お人好しで好奇心旺盛な、どこか間の抜けた教師。それは、コルベールという男を形作る一面でしかなかった。にも関わらず、それを完全に真実の姿だと決めつけていた自分の見通しの甘さがただひたすらに怖かった。

 

 それだけではない。自分のパートナーに対する評価が甘過ぎたことも、彼女が抱く恐怖に拍車をかけていた。以前太公望と行った模擬戦の前に、タバサは彼の実力について、こう評した。

 

「彼に対抗しうるのは、伝説の『烈風』カリンそのひとくらいではなかろうか」

 

 ……と。

 

 だが、実はその判断すらも生温かったのだ。何故なら――他の誰も知らない、タバサだけが知っている秘密。それは彼が自身最大の切り札だと語っていた〝場〟(フィールド)の存在。これを使うときが正真正銘、自分の本気なのだと彼は言っていた。

 

 にも関わらず、あの〝術〟を一切見せぬままにハルケギニア最強と称された『烈風』との戦いは両者引き分けという形で終わってしまった。しかも、あの強力な〝治癒〟すら用いずに。これが意味することは、ひとつしか考えられない。

 

 ――彼の実力は、あの『烈風』すら上回っている。

 

 そして。それほどの実力を持つ彼が、ハルケギニアの基準では『ドット』に分類されてしまうという驚愕の事実がタバサを打ちのめしていた。

 

 同時に二十四個もの魔法――公爵夫人とのやりとりから察するに〝(ウインド)〟を唱えるだけで、二十本の鞭と一枚の盾、移動の補佐と、攻撃用の風刃二枚を創り出し、かつ同時に展開する程の知識と実力があるにも関わらず、現在の基準では『おちこぼれ』扱いをされてしまうこの不条理は、一体どうしたことか。

 

 しかし、それ以上に彼女へ衝撃を与えたものがある。タバサは思わず声を上げてしまった。認めざるを得なかったが為に。溢れる感情を止められなかったがゆえに。

 

「悔しかった。どうしてわたしには彼らのような〝力〟が無いんだろう。ふたりの戦いを見て、そう思ってしまった」

 

 ひとりは絵物語や観劇の題材とされ、貴族・平民問わず、大勢の民たちの間で未だ絶大な人気と羨望を集める伝説の騎士。その二つ名に相応しい強烈な風を纏い、最強の名を欲しいままにしたハルケギニア世界が誇る英雄。

 

 もうひとりはいくつもの魔法を同時に展開し、魔法学院の教師たちはおろか、アカデミーの首席研究員すら凌駕する知識を有し、軍を率いて王の隣に立てるほどの頭脳を持ち――さらには三千年という時を越えてなお語り継がれる程の戦果を挙げていたとされる、異世界の英雄。

 

「彼らと同じような〝力〟がわたしにあれば。ううん、せめてタイコーボーがわたしに手を貸してくれさえすれば、今すぐにでも父さまの仇が討てる。そう思ってしまった自分に気が付いて……ぞっとした」

 

 ガリア王宮の醜い権力争いに無関係な彼を、自分の都合で巻き込みたくない。そう考えていたにも関わらず、タバサは無意識にパートナーの〝力〟を欲してしまっていた。そんな自身の無自覚な変転も怖ろしかった。

 

「もしもルイズのお姉さまと、お母さまが気付いて教えてくれなかったら……わたしは、彼こそが本物の天才だと信じ込んでいた」

 

 幼い頃から天性の素質があると誉めそやされ、その〝力〟で生き延びてきた。魔法学院でも、タバサと正面から撃ち合えるのはキュルケだけだった――とはいえ北花壇騎士として身に付けた戦法を用いれば勝てない相手ではない。教師たちですら、これまで死線をくぐり抜けてきたわたしの前に立つことはできないだろう。

 

 心のどこかでそんな風に考えていたタバサの自信と傲慢を、ずたずたに破り捨てたのが太公望という存在だった。指一本どころか、そよ風すら届かず完敗。本物の天才とは彼のようなひとを指すのだろう。そう考えていた。

 

 ところが、カトレアとカリンがそんな『天才』の化けの皮を剥いでしまった。

 

 厳しい制約の下に置かれる、あるいは触媒を用いなければ〝念力〟と〝風〟しか使うことのできないおちこぼれのメイジ。それが『烈風』が見破った彼の正体だ。魔法の才能が無いという彼の言葉は、決して過ぎた謙遜でも、場を誤魔化す嘘などでもなかったのだ。

 

「それなのに彼は自分が『スクウェア』メイジであるかのように振舞い続けていた。本当の〝力〟を誤魔化すために」

 

 タバサの呟きに、キュルケは小さな声で返した。

 

「あれには完璧に騙されちゃったわね」

 

 その言葉に、こくりと頷くタバサ。

 

「もしも、知らないままだったら……わたしは彼の偽りの背中を追い掛けて、途中で潰れてしまっていたかもしれない」

 

「無理もないわよ。陸軍元帥どころか国王陛下の相談役までこなすとか。おまけに魔法の使い方も滅茶苦茶巧かったし。あれで二十七歳とか、傍から見たら化け物としか思えないもの。まあ、実際は七十歳を越えたお爺ちゃんだったわけだけど」

 

「お祖父さまより年上」

 

「王子さまの面倒を見ていたとか、同盟軍の参謀総長に任命されたとか、びっくりするような知識や話術を身につけているとか……やっと理解できたわ。だって彼、わたしたちの何倍も長く生きてるんだから、そのぶん経験もたくさん積んでいるってことでしょう?」

 

 再び頷くタバサ。

 

「それを見破ったカトレアさんも只者じゃないわよね。あのひとがいなかったら、わたしたち、今も騙され続けていたはずだわ」

 

 ため息をつきながら語るキュルケに、タバサは心から同意した。

 

 例の試合後に、タバサたちはルイズから教えられたのだ。

 

「ちい姉さま……じゃなかった。カトレア姉さまはね、昔からああなのよ。ものすごく勘が鋭いっていうか、実は心を読めるんじゃないかって思えるくらいだわ」

 

 タバサは疑うことなくそれを受け入れた。ルイズはそういった類の嘘を言うような人間ではないし、事実カトレアはふたりが異世界から来ていることはおろか、太公望の年齢や経歴をほぼ完璧に言い当てていたからだ。

 

 そんな〝超能力者〟によって暴かれたパートナーの真の姿とは。二十七歳どころか七十を越える老齢のメイジにして、歴戦の勇士。自然のあらゆる法則を学び、人間よりも遥かに強大な〝力〟を持つ妖魔と戦い続けるという、文字通り命がけの試練を潜り抜けることで才能の無さを跳ね返した努力のひとだった。

 

 妖精の〝力〟で若返り、十五~六歳の身体を取り戻しているとはいえ、その経験の量だけでなく修羅場を乗り越えてきた数すらも――ガリアの()に所属してからまだ数年程度の自分など、到底及ぶところではない。彼があそこまで用心深い性格をしている理由についても、タバサはようやく理解できた気がした。

 

「あれはきっと、彼がまだ若かった頃……今ほどの技術が無かった時代に、自分の圧倒的不利を隠すために造り出した仮面(ペルソナ)の一種」

 

 わずか十五歳にしてメイジとして最高位の『スクウェア』へと至ってしまったタバサには到底思い及ばぬ程に苦難に溢れた『道』を、彼は歩んできたのだろう。

 

 そして、タバサの思考は遂にその場所へと辿り着いた。

 

 これまで、タバサはどうしてイザベラからあそこまで苛められるのか、いまいちよくわかっていなかった。

 

「イザベラさまはシャルロットさまに嫉妬しているからあんな酷い扱いをするんだ」

 

 王宮の衛士たちが影で囁いているのを聞いた当時、嫉妬という言葉についてはもちろん知っていた。だからイザベラから嫌がらせを受けるのだということも。

 

(けれど、わたしはその感情がどういうものか、どんな結果をもたらすのかまでは理解できていなかった……)

 

 そんなタバサがあの模擬戦を見て、生まれて初めて己の内に生じたナニカ(・・・)に向き合ったとき……ようやくわかった。焦がれて、苛立たしくて、羨ましく、妬ましい。怒りや憎しみとはまた別の、じりじりと胸を焼き焦がすもの。

 

(憧れと憎悪。相反する思いがどろどろと心の中で渦を巻いて、気が狂いそう。抱え続けるには苦し過ぎて、どうにか外へ吐き出したい。これが嫉妬という感情……)

 

 魔法の才能がないと陰口を叩かれ、従姉妹とさんざん比較され続けてきたイザベラが周囲に当たり散らしていたのも、納得したくないが理解はできる。あれは、この醜い感情の捌け口を求めてのものだったのだ。

 

 イザベラはもちろんのこと『スクウェア』に至った自分ですらこれなのだ、幼い頃からさんざん無能扱いされてきた伯父ジョゼフが才気溢れる弟に向けていた嫉妬の念は、いかほどのものであったのだろう。もっとも、その心情を察することはできても、父を殺され、母を狂わされた事実まで許す気にはなれなかったが。

 

 そんなタバサの独白を聞いたキュルケがぐいと自分の顔を拭うと、口を開いた。

 

「あたしね……もしかすると、見つけたかもしれないわ。自分の『道』を。あたしの中で燻り続けていた、情熱の行き先を」

 

 そう言って、今度はキュルケがタバサの頭を掻き抱いた。

 

「まだ、この気持ちが本物かどうかはわからない。だからね、もう少し見続けてみようと思うの。知ろうとすることの大切さが、あたしにもちょっとだけわかったから。まあ、そうは言っても無理矢理奥まで踏み込んじゃいけないから、慎重に……ね」

 

 キュルケの顔には先程まで浮かんでいた苦悩の色は、もう見られない。

 

「先生のこともびっくりしたけど。ミスタ・タイコーボーの年齢にも驚いたわよね。そうそう、あたしね。ひとつだけ、彼の言動について気が付いたことがあるのよ。タバサはどう?」

 

「タイコーボーについて、気付いたこと……?」

 

 彼の実年齢が最低でも七十を越えていて、かつ百歳以下であるというのはタバサにも把握できている。それ以外に何かあるというのだろうか?

 

 不思議そうな顔をして自分を見つめてくるタバサに、キュルケは面白い玩具を見つけた子猫のような顔をして、こう答えた。

 

「彼が何かについて断言しないときって、ほぼ間違いなくその近辺にとんでもなく大きな隠し事が紛れ込んでいるの。年齢のこともそうだったし、それに……」

 

「それに?」

 

「うふふ。それはタバサが自分で気付かなきゃダ・メ。いいこと? 彼の言葉をよ~っく思い出してごらんなさいな」

 

 キュルケはそう言うと再びタバサを抱き締め、立ち上がり……自分の部屋へと戻った。その道程で彼女がポツリと呟いた言葉は――誰にも届くことはなかった。

 

「彼……結婚してるとか、奥さんがいるとは断言していないのよね」

 

(自分自身に娘と曾孫がいるとも言わなかったわ。あれは婚約の申し出を遮ろうとする言い訳としては、正直なところ、ちょっとばかり迂闊な言動だったんじゃないかしら。絶対にあたし以外にも気付いているひとがいると思うんだけど)

 

 キュルケはあのときの太公望と周囲の言動を思い出し、くすりと微笑んだ。

 

「ミスタ・タイコーボーって、実年齢は高いのかもしれないけれど、男女関係の機微についてはほとんど子供と同じだわ。たぶん、だけれど……修行や仕事で毎日が忙しくて、そっち方面については手をつける暇がなかったんじゃないかしら。そんな彼が、妖精の『祝福』でタバサと同年代の子供にまで戻された。これって、ある意味面白い状況よね」

 

 ……この手の会話に強いキュルケならではの、実に鋭く正確な分析であった。

 

 

○●○●○●○●

 

 ――キュルケが用意された自室へ戻ろうとしていたのと、ほぼ同時刻。

 

 三人のうら若き女性が、黒い衣装を身に纏い『白の国』アルビオンの山中を分け入るように進んでいた。

 

「こんな真夜中に山歩きなんかさせちゃって、本当にごめんなさいね」

 

 そう呟いたのは、銀縁の眼鏡をかけた女性だ。深く被ったフードの隙間から理知的な素顔が覗いている。『土くれ』のフーケことマチルダだった。彼女は現在ミス・ロングビルを名乗り、一行の先導をしている。

 

「わたしは雇われの傭兵だ。来いと言われれば、どこへでもついてゆく」

 

 そう呟いたのはマチルダとほぼ同年代と思われる、若い女性だった。短く切った金色の髪と、ややつり目がちな青い瞳が印象的な彼女の腰には一本の剣が差してあった。

 

「わたくしもです。これは正式に請け負った『仕事』なのですから」

 

 そう言って微笑んだ女性は、黒衣の奥に聖職者の装束を身につけている。彼女は『始祖』ブリミルに仕える修道女だった――あくまでも、表向きは。

 

 そんな彼女たちの返答に満足げな笑みを浮かべたマチルダは、再び目的地へ向けて歩き出した。シティ・オブ・サウスゴータと港町ロサイスを結ぶ街道から少し外れ、西の山を分け入った先にある――ウエストウッドと称される、小さな村。そこは彼女にとって第二の故郷であり、大切な者たちを残してきた場所だ。

 

 ――今から半月ほど前。

 

 マチルダが主人から託された荷物たち(・・・・)を無事送り届け、根城へと戻ったその翌日。茶色い羽根のフクロウがなんと全部で十羽も彼女の元へ飛び込んできた。その全てが、以前藁にも縋る思いで託した願いに対する回答であった。

 

 ひとつは『パターン別・要人救助マニュアル』と記された、詳細な救助用の手配についてびっしりと記された文書だった。それは八羽のフクロウの両足に、それぞれ括り付けられていた。

 

 そう。マチルダの妹たちを安全にアルビオンからゲルマニアへ移送するために必要な手配に関する詳細なマニュアルが送られてきたのである。しかも、そこにはミッション開始準備から救助後の移送方法に至るまで、パターン別・しかもフローチャート付きで細かく記載されていた。

 

 さらに残る二羽に託されていたものを見て、マチルダは息を飲んだ。それは、総額二千エキュー相当の宝石に加え、

 

『金額が不足している場合、三千エキューならば即座に送付可能だ。それに加え、最大二万五千エキュー、合計三万までならば何とか用意できる。これは宝石ではなく、手形での発行も可能だ。金が必要になった場合は遠慮せず、早急に連絡されたし』

 

 という但し書きが記されたメモであった。

 

 二千エキューもあれば、首府ヴィンドボナの郊外に庭付きの屋敷が購入できる。それが三万エキューともなれば――小さな城が手に入るほどの大金だ。

 

「まったく、ふざけんじゃないよ! なんだって、こんな……貴族の資格を剥奪されたこそ泥なんかにここまでしてくれるっていうのさ!? そんなに、あの荷物が大切だったってのかい? アハハハハッ、まったく……傑作だよ!」

 

 マチルダは大声で笑いながら、送られてきたマニュアルに目を通そうとした。だが、何故か両目が霞んでしまい、何度眼鏡を外して拭いても、まともに読み進めることができなかった――。

 

 ……それから。マチルダは必要な準備をすべく、まずは最大の問題点の解決に動いた。それは彼女が妹同然に可愛がっている少女が持つ特異性を隠すための行動である。

 

 その少女には、他人には決して知られてはならない秘密があった。それは彼女がハルケギニアの民の天敵エルフの血を半分引く者、つまり『ハーフエルフ』であることだ。

 

 見た目は、ほぼ人間と変わらない。しかしマチルダの妹には、唯一他者と違っている箇所があった。それが耳だ。本物のエルフと比べればずっと短いものの、長く尖ったそれを見られでもしたら即座に人類の敵と見なされ、抹殺の対象とされてしまう。

 

「シャジャルさまもモード大公さまも、とてもお優しくて素敵な方々だったのに……ただ生まれがエルフってだけで殺されるなんて酷過ぎだよ! 王家が寄越した連中のほうが、話に聞くエルフなんかよりもよっぽど悪魔みたいなことをしたじゃないか!」

 

 マチルダの記憶にあるシャジャル――妹の母は、天使のように心清らかな女性だった。時折父に連れられて会いに行ったマチルダを、実の娘のように可愛がってくれていたのだ。

 

 そんな彼女を、王室から派遣された騎士たちは遺体の見分けもつかないほどむごたらしく殺害したのだという。当時父が語ったことによると、

 

「王弟モードの妾がエルフであると知れたら、間違いなく異端審問にかけられる。それも家族――現国王ジェームズ一世陛下を含む王室も宗教庁からの詮議を免れない。だから、シャジャルさまたちをアルビオンから追放するよう、陛下は大公殿下に何度も説得を試みたのだそうだ……」

 

 しかし、モード大公はシャジャルと娘を手放そうとはしなかった。

 

 結果、彼は叛逆者の汚名を着せられ、火刑に処された。さらに、大公親子を庇った者たち全てが断頭台の露と消え――あるいは貴族の地位を剥奪され、故郷を追われた。処刑された者たちの中にはマチルダの両親や親族も含まれている。

 

 シャジャルがあんなふうに始末(・・)されたのも、王家の身内にエルフと通じた者がいたという証拠を抹消するためだったのだろう。

 

 だが――。

 

(あの娘はわたしの妹なんだ。悪いことなんか、何にもしちゃいない。それなのに、あんなふうに一生隠れて過ごさなきゃいけないだなんて……あんまりじゃないか……)

 

 マチルダはエルフの母娘を恨むどころか、屋敷の隅に隠れていた幼い娘を救い出し、これまでずっと自分の妹として可愛がってきた。ハーフエルフの娘もそんなマチルダを本物の姉として心から慕っている。

 

(どうにかしてあの子を外の世界へ連れ出してやりたい……)

 

 マチルダが魔道具の調査を始めたのは、元はといえばそんなささやかな願いが切っ掛けだった。装着者の顔形を変える〝変相〟(フェイス・チェンジ)の効果を持つ道具さえ手に入れば――自分の可愛い妹は、お日様の下で、誰憚ることなく過ごすことができる。当初、彼女はそう考えていたのだ。

 

 だが〝変相〟の魔法はスクウェア・スペル。そう簡単に〝道具〟に込められるようなシロモノではない。トリステイン魔法学院には全身を映すことで一時的に別の者に変身できるという効果を持つ姿鏡があったのだが、大き過ぎて持ち歩くことなどできなかった。

 

 そのうち目的が手段と化し、いつしか『土くれ』のフーケが誕生した。そう――変身のためのアイテム捜索が、家族を養うための方策になってしまったのだ。それはやがて貴族社会への鬱憤を晴らすものへと変化していった。その結果――現在に至る。

 

 つまり、現時点では『土くれ』の情報網をもってしても〝変相〟の効果を持つ魔道具は見つかっていないことになる。たとえどこかにあったとしても、それは相当高位の貴族が極秘裏に使用しているだけに過ぎない、超貴重品だろう。

 

 そこで、マチルダは別の手段を使うため『土くれ』だった頃の伝手を頼ることにした。それによって、即座に動けて口が堅く、かつ〝変相〟の魔法が使える『裏』の人間を確保できた。マチルダは、ここにいちばん金をかけた。そのおかげか『裏』を取り仕切る者も、非常に良い人材を紹介してくれた。

 

 次に大切なのが護衛の選択だ。これについては裏ではなく、表側で人材を捜し、最も信頼の置けそうな者一名を雇い入れた。その人物は平民だが、メイジだけで周囲を固めてしまうと余計な詮索をされる可能性が高くなることと、何より女性であることがマチルダの目に適った。

 

 何故なら、マチルダの妹が女神か妖精かと見紛うばかりに美しいからだ。そんな女性の身柄を、荒事を商売にして生きる男の傭兵に託すというのはできるだけ避けたい。マチルダ自身も相当な美人なのだが、妹はそれを数段上回る美麗さを兼ね添えていたから。

 

 移送用の足や、逃避行の際に利用する宿泊所についての目星もつけた。その後の住処についても用意を済ませた。これらの作業を終え、詳細を連絡するために妹と家族へ向けてフクロウを飛ばしたマチルダは――早速行動に取りかかった。

 

 現在膠着中であるアルビオンの戦争が、いつ激化するか全くわからない。家族たちを脱出させるのは出来うる限り急ぐに越したことはないのだ。

 

 ――そして、現在。

 

 彼女たち『救助チーム』は遂に目的地へと辿り着いた。村はずれにある小さな家の扉を、マチルダが小さくノックする。前もって伝書フクロウに持たせた手紙に書いてあった通りの回数を。

 

 すると、中から同じように扉を叩く音が聞こえてきた。それに被せるように、マチルダが再度ノックをすると、キィ……とごく小さな音を立て、静かに扉が開いた。

 

 中から現れたのは輝く星の河のような金の髪を持つ、美しい少女だった。

 

「お帰りなさい。待っていたわ、姉さん」

 

 三人の女性は周囲を見回し、誰にも見られていないことを確認すると、即座に家の中に滑り込んだ。そこには十名を越える子供たちが待ち受けていた。全員が背負い袋をかつぎ、目をらんらんと輝かせている。それは、これから行われる『大冒険』について既に知らされている証だ。

 

「全員、揃っているわね?」

 

 そう確認するマチルダに、金の髪の少女が頷いた。その少女は真夜中……しかも部屋の中にいるにも関わらず、頭が半分以上隠れてしまうような帽子を被っていた。

 

「紹介するわ。この子はティファニア」

 

「あ、あの、はじめまして。ど、どうか、よろしくお願いします」

 

 ティファニアと呼ばれた少女はもじもじと恥ずかしげな仕草で、お辞儀をした。どうやら彼女は人見知りをするタイプらしい。マチルダの影に隠れるような位置へ立ち、そっと見知らぬ女性ふたりに視線を投げかけている。彼女こそがマチルダの妹でありエルフの血を引く少女であった。

 

「テファ。彼女たちが手紙に書いておいた護衛よ。ふたりとも相当な腕利きだから安心してちょうだい。時間がないから、手短に自己紹介を頼むわ」

 

 マチルダの言葉にふたりの女性は頷いた。

 

「わたしの名はアニエス。ミス・ロングビルに雇われた傭兵だ。魔法は一切使えないが、剣の腕と……これには少々自信がある」

 

 アニエスと名乗った女性は笑顔でそっと黒装の中に隠されていたものをティファニアに見せた。それは彼女の切り札にして、最高の相棒であるマスケット銃だった。

 

 次いで、もうひとりの女性が名乗りを上げた。

 

「わたくしはリュシー。シスター・リュシーと呼んでください。『スクウェア』スペルを扱えるため、この『仕事』に同行させていただくことになりました」

 

 だが、その名乗りを聞いた途端。ティファニアは「ひうっ……」と何かに酷く怯えたような声を上げ、マチルダの後ろに隠れてしまった。

 

「大丈夫だよ、テファ。彼女はテファを異端審問へかけにきたわけじゃない」

 

 怯えるティファニアを、マチルダは抱き締めて慰めた。そんな彼女に応えるように、シスター・リュシーは静かに頷いた。

 

 だが、その顔には聖職者と呼ぶにはあまりにも不釣り合いな笑みが浮かんでいた。それは例えて言うならば――燃えるために必要な空気を求め、ひたすらに彷徨う炎だろうか。

 

「ええ、あなたの事情は聞いていますよ。怖がる必要などありません。なにしろ、わたくしはブリミル教など欠片も信じてはいないのですから」

 

 そう言うと、リュシーは懐から杖を取り出した。

 

「さあ、もう時間がありません。まずは、あなたの顔を変えさせていただきますね。そのためにこそ、わたくしはここまでやって来たのですから」

 

 シスター・リュシーはティファニアへ向け、ゆっくりとルーンを紡ぎ始めた。それは、もちろん〝変相〟と呼ばれる水と風のスクウェア・スペルであった。呪文が完成すると同時にティファニアの顔と髪の色、そして耳の形は――完全にこれまでとは別人のものへと変化した。

 

 ……こうして。ウエストウッドと呼ばれた小さな村は、この日を最後に誰一人住む者のない廃村と化した。そして、そこにいた最後の住民たちの行方を知る者はごく限られた人物――彼女たちの救出作戦を練った太公望と、その資金を全額捻出したオスマン氏のふたりだけとなった。

 

 これは太公望の仲間を厚遇する姿勢と。オスマン氏による、彼女たちの事情を知るがゆえの深い同情。それらが合致した結果、実現した――総額一万五千エキューもの大金が表と裏で動いた大救出劇である。

 

 だが、そんな救出劇を影から支えた彼らにも、まだ知らされていないことがあった。それは――金色の尾を引く流れ星のように白の国から降りていった少女が持っていたもの――現時点ではまだ明かすことのできない重大な秘密。本人すら知らない運命について。

 

 既に『箒星』の名を冠した桃色の髪の娘と全く同じものを背負ったハーフエルフの少女ティファニアは、ここで一旦舞台裏へと消えてゆくのだが――後に、本来の歴史とは全く違う形で再び表舞台にその姿を現すことになるだろう。

 

○●○●○●○●

 

 ――黄金の流れ星が、無力な幼子たちを抱えて動きだそうとしていたちょうどそのころ。同国内にある『レコン・キスタ』総本部にて。

 

「おおおおお! ミス! ミス・シェフィールド! そ、それはまことかね!?」

 

 司教の衣に身を包んだ痩せぎすの男が、まさしく感に堪えないといった風情で、自分の目の前に立つ女性に向け、喜びの声を――割れんばかりの音量でもって届けていた。

 

「はい、クロムウェル閣下。これがその証文にございます」

 

 シェフィールドと呼ばれた女が、ついと男に一通の便箋を手渡した。彼女は黒い装束を身に纏い、フードを深く被っているため、その顔はおろか表情も伺い知れない。

 

 クロムウェルと呼ばれた司教姿の男は、受け取った便箋に目を通し、歓声を上げた。

 

「トリステインの近衛衛士長が、我が『レコン・キスタ』へ加盟してきたと! かの国へはそれなりの伝手があったとはいえ、あくまであれは裏方。しかし、ワルド子爵は違う! これは女王の喉元に杖を突き付けたに等しいことだ。素晴らしい、実に素晴らしいぞ。さすがはミス・シェフィールドだ!」

 

 クロムウェルは椅子から転げ落ちるようにしてシェフィールドの元へ近寄ると、彼女の手を取った。まるで、貴人に触れるが如く。ところが、フードの女性はそんな彼の態度を窘めるように、静かに首を横に振った。

 

「閣下。あなたはもう、うらぶれた街の小さな酒場で独りくだを巻いているような、ちっぽけな存在などではないのです。聖地を回復するために立ち上がった神の戦士。『レコン・キスタ』の総帥にして、全てを統べる者なのです。その自覚を持って頂かなければ困りますわ」

 

 彼女の言葉にクロムウェルは身体をビクリと反応させ、背筋を伸ばした。

 

「そう……その通りだ、ミス・シェフィールド。忠告感謝する」

 

 クロムウェルの言葉に満足したのか、シェフィールドは満足げな笑みを浮かべた。それは双月に照らされて、怪しげに輝いていた。

 

 ――造られし歴史の舞台は、着々と整いつつあった。

 

 

○●○●○●○●

 

 ――白の国の舞台裏で、黒服の女参謀が微笑みを浮かべてからわずか数分後。ガリアの王都リュティスにある小宮殿プチ・トロワの一画では。

 

「知らないっていうのは本当に怖いことだわぁ~。そうは思わなくって?」

 

「ククッ……あァ、オメーの言うとおりだぜ。ッたく、本当に馬鹿な奴らだ」

 

 自室であり、そうでない場所。亜空間と呼ばれる場所に創られた特別な『部屋』の中。目の前にあるたくさんの『窓』の前で、その『部屋』の創造者である黒装束に身を包んだ少年と、彼のパートナーたる蒼い髪の姫君が、揃って笑い声を上げていた。

 

 現在『窓』の中に映っているのは、とある貴族たちの集まりであった。

 

「こぉ~んな夜中に、わざわざ詰め所の中で集会とか。自分たちが、今ここで密談してますって喧伝しているようなものじゃないのさ!」

 

 そう言って、蒼い髪の姫イザベラが嘲笑すれば。

 

「おまけに見張りすら立ててやがらねぇ。どこまで笑わせてくれるんだかなぁ」

 

 青い肌の少年、王天君がそれに追随する。

 

「どこか別の場所から聞かれてる、見られているだなんて、欠片も疑ってないんでしょうから。なにしろ、自分たちをとぉっても優秀だと信じ込んでいる連中ですものね。みぃんな、魔法がすっごくお上手なお貴族サマですから~。おほ! おほ! おっほっほ!」

 

 現在ふたりの前で繰り広げられている舞台劇。それは『北』と『東薔薇花壇騎士団』のふたつを除く王国騎士団内部に潜む『シャルル派』と称する騎士たちの、今後の指針を決める上での密談であった。

 

 こんな真夜中に、あえてグラン・トロワの内部にある衛士隊の詰め所でそれを行えば、事が表沙汰になることなどないだろう。そんな思惑でもって秘密会議を開いたシャルル派貴族たちだったが……結果はご覧の通りである。このふたりには、そんな計画など筒抜けであった。

 

 現在、彼らが話題にしているのが『異邦人』。タバサの使い魔・太公望のことである。

 

「我らが姫殿下はラ・ヴァリエール公爵家で歓待を受けており、来週からゲルマニアのツェルプストー家へ移動するとのこと」

 

「これらの内容はガリア王家へ、姫殿下ご自身から詳細な日程も含め報告されている」

 

「問題の人物は正式にガリアの〝騎士〟となる際に、配属先となる東薔薇花壇騎士団の団長カステルモール及び北花壇騎士団の長イザベラとの面通しを行うことが決定した」

 

「日時は?」

 

「確定ではないが、姫殿下がゲルマニアからお戻りになった後――来月早々になるだろう」

 

「例の『異邦人』を見極めるならばその時をおいて無いが……」

 

「どこで謁見するのかが問題だ。プチ・トロワならば何名か同志を配属できる」

 

「グラン・トロワだと少々手こずりそうだな」

 

「ふん。『無能』は我々のような優秀なメイジを近付けたくないのだろう。少しでも怪しいそぶりを見せたら、即座に放り出す」

 

 王を嘲笑する声が室内に響き渡る。そんな彼らは、今まさに自分たちが嗤われていることに全く気付いた様子がない。

 

「でだ。『異邦人』が噂通りの浮浪者だったらどうするのだ?」

 

「ああ、それについてなのだが……」

 

 『窓』を眼下に望み、手元の菓子入れをがさがさと漁りながら、王天君は呟いた。

 

「ハハッ、せいぜい頑張んな。こいつらのことだ、どうせ太公望の上っ面だけ見て『人形姫』から『イザベラさま』に乗り換えようってぇ腹づもりなんだろうからよ」

 

 真夜中の会議は、そんな彼の予測通りに進んでゆく。

 

「魔法的に無能なジョゼフ王に仕えるってなぁ癪に障る。だから、ちょびっと魔法が使えて、若ぇから自分たちの言うことをよぉく聞いてくれそうな王女さま(プリンセス)にお仕えする。そんな忠誠に溢れかえりまくった貴族のミナミナサマを、オメーならどう扱う?」

 

 そう言を向けてきた王天君に、イザベラはフンと鼻を鳴らして答えた。

 

「ええ~ッ! わたし、いらないわぁ! あ~んな目が利かないどころか、密談場所の選定すらまともにできない連中なんて。あ、いや、ちょっと待って! ああいうお馬鹿さんたちにしか任せられないようなお仕事を、いかにも重要な任務みたいに見せかけて、放り投げてあげればいいのかしらッ? たとえば、最近発生してる新教徒による爆破予告関連の一斉捜査とか?」

 

 イザベラの返事を受けた王天君は、ゲラゲラと大きな笑い声を上げた。

 

「おいおい、軍施設への爆破予告が重要じゃねぇとか! 仮にも一国のお姫さまが言うことじゃねぇだろうが?」

 

「だってぇ! 犯人のことなんて、とっくの昔にわかってるんですもの。だからって、捜査をさせなかったら王家の看板に傷が付くわ。仕方がないから、彼らに任せてあげようっていうのよ? わたしって本ッ当に優しい王女だわ。そうは思わなくって?」

 

 新教徒による爆破予告。これは父王ジョゼフに許可を得た上で、イザベラ自身が仕掛けたガス抜きなのだ。現在の王室に不満を持つ者や、抑圧されている新教徒たちの鬱憤を晴らすために、自前の工作員を使ってそれらしい動きをさせているに過ぎない。

 

 実際に、いくつかの家屋や軍施設を爆破してみたりもしているのだが、これらは全て、近日中に廃棄予定の国営施設に限定されており、かつ、そこから出た怪我人とおぼしき者たちは皆イザベラ配下の工作員。そう、つまり……これは完全な自作自演(マッチポンプ)。この『作られた混乱』を見せることによって本物の内乱を抑えるという、一種の荒技だ。

 

 さらに。もしも工作員に接触してくる者がいた場合、それはそれで別組織の動きを掴む機会を得ることが可能になると。一粒で二度美味しい策なのである。

 

「昔のわたしは、ここにいるのが嫌で堪らなかった。日が差さない裏側。眩しい表舞台になど絶対に出られない、影たる自分が。でも、最近()も悪くないんじゃないか、そう思えてきたんだ」

 

「住めば都って言うからな。本気でやってみると、案外面白ぇもんだろ?」

 

「ええ。あなたが教えてくれなかったら、気が付かなかったかもしれないわ」

 

 この『窓』の中にいる、わたしの〝魔法〟しか見ていない愚かな連中とあなたは根本から違う。そう独りごちたイザベラへ、王天君は満足げな笑みを返した。

 

「それにしても……あの連中! あなたの弟を『いらない』とか、よく言えるわよね。知らないって本当に怖いことだわぁ。巧くやれば、素晴らしい逸材が手に入る機会だっていうのにね!」

 

 イザベラはラグドリアン湖で太公望が発生させた大竜巻を目にしていた。にも関わらず、彼女はその〝力〟について、父王には一切報告をしていなかった。それは王天君に対する遠慮もあったのだが、それ以上に――とある考えを持っていたからである。

 

 そんなイザベラの考えを読んでいたかのように、王天君が忠告する。

 

「なあイザベラよぉ。間違っても太公望を言いくるめようだなんて思うなよ? いくらオメーにそっち方面のセンスがあるっつっても、ヤツに対抗するのはまぁだ早すぎるぜ? まぁ、んなこたぁオレが言うまでもなくわかってると思うけどよ」

 

「忠告ありがと。わたしも、そこまで思い上がってなんかいないわ。なにせ初対面の時、完ッ璧に騙されちゃったんだから! オーテンクンがここへ来てくれなかったら、今も騙され続けていたはずよ。でもね、だからこそ……やりようがあると思うの」

 

 そう言ってニッと笑ったイザベラに、王天君は実に小憎らしい笑顔でもって応えた。

 

 ――時はひとりの無知な少女を、知る大人へと変貌させつつあった。

 

 

 




各勢力同時進行。
こんな感じであちこち動き始めています。

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