教室の掃除が終わったのは昼休み前だった。魔法が使えればまとめたゴミをレビテーションで浮かせたり錬金で修理したりできるんだろうが、ルイズは魔法が使えない為時間がかかってしまった。
先生は2時間後に息を吹き返したが、その日一日『錬金』の講義を行わなかった。どうやらトラウマになったようだ。
片付けてる間ルイズは何も言わなかった。その間、頭をひねってようやく出た言葉が…。
「少なくともゼロじゃないだろ」
ルイズは目を見開いてこっちを見ている。
「ゼロだったら少なくとも俺はこんなところにはいない。だからゼロじゃない。イチだ」
「でも!私が魔法を使うと、みんな爆発しちゃうのよ!」
「あーそもそも着眼点から違うんだよ」
俺は諭すように言った。
「あれだけ短いルーン詠唱であの規模の爆発だ。攻撃魔法として転用したらどれだけ戦果を上げられるを思う?ファイヤーボールじゃそうはいかない。肝心なのは失敗を失敗として終わらせない事だ。爆発をコントロール出来れば、それはもう一つの魔法だろう」
「でも…あれは失敗……」
「失敗したらどうなる?何も起きないだろう?爆発すると言うことは何かしらその方向に特化しているということだ。ルイズはゼロじゃない。特別なんだよ」
言ってて背中が痒くなりそうだ。こういうのは柄じゃないんだが、ここでポイント稼いでおけば後で楽になる。そうじゃないと割に合わん。
「人を召喚したのだって、凄いことなんだぞ?俺の世界ではな、魔法を使わずに生物の頂点に立った。最初ルイズに見せた銃だってハルケギニアの銃と比べものにならないくらい精度が高いんだ。アレでこんなにでかい猪を仕留めたこともある。後はあまり誇りたくない事だが、指先一つで街一つ消滅させることができる爆弾だって俺の世界では作られてるんだ。だから、『ただの平民』を召喚したなんて考えるな」
核の事を例に挙げる。確か聖地辺りで核爆弾があるんだよな。それに比べたらルイズの爆発なんて可愛いものだ。
「うるさいうるさいうるさい!生意気言うような使い魔はご飯抜き!……でも、ありがとう」
「どーいたしまして」
調子が出てきたようだ。これなら安心か。
俺とルイズは片付けが終わったあと、食堂へ向かった。そして、食堂でルイズの椅子を引いたら、用事があると言って厨房へ向かったのだ。ルイズはまだ俺がどこで食事してるかは知らないからね。実質「ご飯抜き」は意味をなさないのだ。それとシエスタが気になるしね。
「こんにちはー」
元気よく挨拶する。
「おう、来たかぼーず!」
「こんにちは、マルトーさん。お世話になります」
「水臭えこと言うな。お前も親御さんのところからいきなりこんなところに連れてこられて、今まで貴族の坊ちゃん嬢ちゃん相手にしてたんだろ?」
「でもここで親切にしてくれるのマルトーさんたちだけだし、せめて挨拶はきちんとしておきたいなって思ったんです」
これは偽りの無い本心だ。照れ隠しに飯抜いてくるルイズや、気分屋のキュルケじゃあここまで親切にしてくれない。それにハルケギニアでの一般は魔法が使えない=平民だから平民どうし助け合いと言うのがすごく大事になってくる。
「良いこと言うじゃねーか。まかないでよけりゃ遠慮なく食っていきな!」
そう言ってシチューをよそってくれる。
「シエスタ!ぼーずにこれ持って行ってやんな」
「はい、どうぞサイトさん」
「ありがとうシエスタ。うん、いい匂いだ」
朝、宿舎でシエスタにも自己紹介しておいたのだ。おかげで警戒されることなくこうやって笑顔で接してくれる。
「でも食べてばかりだとなんか悪いから、これ食べ終えてから仕事があったら手伝わせてくれないかな?」
「それでしたら、デザートを配るのを手伝ってくださいますか?」
「もちろん、それくらいお安い御用だよ」
これで後はギーシュの香水をシエスタに拾わせなければいい。そう考えつつ、食事を始めるのだった。
大きな銀のトレイにデザートのケーキを乗せて、俺はそのトレイを持ち、シエスタがはさみでケーキをつまみ、一つずつ貴族連中に配っていく。
そうして、あるところまで配ると、薔薇をシャツのポケットにさしている貴族とその仲間たちのところにさしかかる。
「なあ、ギーシュ!お前、今は誰と付き合ってるんだよ!」
「誰が恋人なんだ?ギーシュ」
ギーシュはすっと唇の前に指を立てた。
「付き合う?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
うわぁ、あれがギーシュか、思った以上にアレだな。キザと言うか、ナルシストが強くて痛いと言うか。
そう思って見てると、ギーシュのポケットから小壜が落ちた。
このままだとシエスタが拾っちゃうな。と思いながら、小壜を拾い上げ、声をかける。
「落し物ですよ」
そう言って、テーブルの上に置いた。
「これは僕のじゃない君は何を言っているんだね?」
小壜に気がついたギーシュの友人たちが、大声で騒ぎ立てる。
「その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」
「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「そいつが、ギーシュ、お前が落としたってことは、つまりはお前は今、モンモランシーと付き合ってる。そうだな?」
「違う、いいかい?彼女の名誉のために言っておくが……」
ギーシュが何か言いかけたとき、後ろのテーブルに座っていた茶色のマントの少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かって、コツコツと歩いてきた。となると、この娘がケティか?
「ギーシュさま……」
そして、ボロボロと泣き始める。
「やはり、ミス・モンモランシーと……」
「彼らは誤解しているんだ。ケティ。いいかい?僕の心の中に住んでいるのは、君だけ……」
しかしケティは、ギーシュの頬を思いっきりひっぱたいた。
「その香水が、何よりの証拠ですわ!さようなら!」
これはアレだね。ぷぎゃーと指を指して笑いたいところだね。
すると、遠くの席から一人の縦ロールな娘が立ち上がった。あれがモンモランシーか。
厳しい顔つきで、かつかつとギーシュの席までやってきた。
「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」
ギーシュは冷静に言ったつもりだったんだろうが、冷や汗が額を伝っていた。
「やっぱり、あの一年生に、手を出していたのね?」
「お願いだよ『香水』のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔をそのような怒りに歪ませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」
モンモランシーはテーブルに置かれたワインの壜を掴むと、中身をどぼどぼとギーシュの頭からかけた。
そして……。
「嘘つき!」
と怒鳴って去っていった。
「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解できていないようだ」
やべぇ、面白れぇ。まさにメシウマ状態。
そうやって笑いをこらえながら配膳の続きに行こうとすると、ギーシュに呼び止められた。
「待ちたまえ」
「何か?」
ギーシュは椅子の上で体を回転させると、キザったらしい仕草で足を組んだ。
「君が軽率に、香水の壜なんか拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」
「二股かけるあなたが悪いのでは?」
ギーシュの友人たちがどっと笑う。
「そのとおりだギーシュ!お前が悪い!」
ギーシュの顔に赤みが差した。怒ったか?
「いいかい?給仕君。僕は君が香水の壜をテーブルに置いたとき、知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるくらいの機転があってもよいだろう?」
「どちらのせよあれではバレるのも時間の問題だったのでは?それと、私は給仕ではありません」
「ふん……。ああ、君は……」
「確か、あのゼロのルイズが呼び出した、平民だったな。平民に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」
ここでスルーしてもいいんだが、ルイズをゼロと呼んだ。ワルドクラスだったら考えただろうが、ドットごときにゼロと呼ばせておくのも今後のためにならん。それに元々喧嘩は買うつもりだったし。
「私を侮辱することに対しては、何も申しませんが、あなたは私の主人を侮辱した。何か申し開きはございますか?」
「ふん!ゼロをゼロと言って何が悪い!それにどうやら、君は貴族に対する礼儀を知らないようだな」
「あいにく、貴族なんぞとうの昔に絶滅した世界から来たのでね」
「よかろう、君に礼儀を教えてやろう。丁度いい腹ごなしだ」
「ふむ、あなたごときに礼儀を教わる筋合いなどないのですが、いいでしょう」
その言葉を聞いて、ギーシュはくるりと体を翻した。
「どちらへ?」
「貴族の食卓を平民の血で汚せるか。ヴェストリの広場で待っている」
ギーシュが友人たちを連れて出て行った。ニヤニヤしてたからこの後始まる公開処刑を楽しみにしてるのだろう。下衆な連中だ。
一人はテーブルに残った。俺を逃がさないための見張りなのだろう。
シエスタが震えながら俺を見つめていた。心配させないためにも笑いかける。
「シエスタ、平民は貴族には勝てない。そう思ってるみたいだね」
「あ、あなた殺されちゃう……貴族を本気で怒らせたら……」
そう言って走って逃げるシエスタ。まあ仕方がないか。普通なら怖いだろうしね。
後ろからルイズが駆け寄ってきた。
「あんた!何してるのよ!見てたわよ!」
「やあご主人」
「やあじゃないわよ!何勝手に決闘なんか約束してるのよ!」
「あいつはご主人の事を侮辱したんだ。俺自身のことなら笑って許したけど、もうご主人はゼロじゃない。それをゼロと言ったんだ。それだけは許さない」
ルイズはため息をついて、肩をすくめた。
「謝っちゃいなさいよ」
「何故?」
「怪我したくなかったら、謝ってきなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」
「いや、ダメだ」
「聞いて?メイジには平民は絶対に勝てないの!」
「ご友人、広場に行く前に武器を取りに行ってもいいですか?なんならついて来ても構いませんので」
「いいだろう、ただし、逃げたら、代わりに一緒に居たメイドを……」
「ああもう!使い魔のくせに勝手なことするんだから!」
心配なのかルイズは後を追ってきた。
ヴェストリの広場は噂を聞きつけた生徒たちで溢れかえっていた。
「諸君!決闘だ!」
ギーシュが薔薇の造花を掲げた。それにつられて歓声が巻き起こる。
「ギーシュが決闘するぞ!相手はルイズの平民だ!」
さて、ただの平民が勝ったらこいつらどんな顔をするのかね?
ギーシュは腕を振って、歓声にこたえている。
それから、やっと気づいたという風に、俺の方を向いた。
「とりあえず、逃げずに来たことは、褒めてやろうじゃないか」
「主人を貶めた罪を償ってもらわなければなりませんので」
「さてと、では始めるか」
俺は持ってきた刀を、ゆっくり抜刀出来る状態に持っていく。
ギーシュはそんな俺を余裕の表情で見つめると、薔薇の花を振った。
花びらが一枚、宙を舞ったかと思うと……。
甲冑を着た女戦士の形をした、人形になった。あれがギーシュのワルキューレか。
俺は慌てず、ワルキューレが近寄ってくるまで待ち……。
「疾っ!」
胴体を横一文字に両断した。
「はっ?」
ギーシュは信じられないと言った表情でワルキューレと俺を見ている。
「どうした?自慢のお人形はおしまいか?」
と、軽く挑発してみた。
「ワ、ワルキューレェ!」
慌てて薔薇を振るう。それに伴いギーシュのワルキューレが六体現れる。各々の配置場所を見た俺は、なるべくワルキューレ同士が邪魔になる場所へと位置をずらす。そして……。
「二ィ!」
錬金直後で硬直しているワルキューレを一体、先ほどと同じように切り裂く。
「ッッッ!」
それを半ば恐怖の表情で見ているギーシュは必死に俺を殴らせようとワルキューレを操作するが、馬鹿め!連携が滅茶苦茶だ!
「三!」
鞘を捨て、空いた手でも刀を掴み、三体目のワルキューレを袈裟斬りにする。
ようやく同時攻撃に気がついたのか、左右からワルキューレが向かってくる。体勢を低くし、左から向かってくる方の脚を斬る。これで移動不可能となったワルキューレを盾に、そのまま右に居た方に向かって左側に蹴りを入れ、左を受け止めさせた衝撃で体勢崩させる。
「四五ぉ!」
体勢を整えようと踏ん張るワルキューレごと、二体同時に斬り捨てる。
残り二体。こちらは時間差で向かってくる。一体を捨て石にしてもう一体で仕留めようと言うつもりなのだろう。下半身にタックルを仕掛けてくる。
だが、最初の一体の顔を踏みつけ、サマーソルトの要領で宙返りし、倒れている一体目の背中を踏みつけ、二体目をダルマにする。
倒れている最後の一体の首を刎ね、関節部に突きを入れ、じたばたともがいているワルキューレをゆっくり解体していく。
解体を終え、笑みを浮かべギーシュの方を向く。
「ひっ」
なまじ人型だったからか、ワルキューレの解体現場をライブで見たギーシュは、俺の歯をむき出しにして笑う俺を見て、このままでは解体されたワルキューレと同じ末路を辿ると思ったのだろう。悲鳴をあげ、尻餅をつく。
ここで言ってみたかったセリフを言っておこう。
「どうした。まだ人形が七体壊れただけだぞ。人形を再構築して反撃してみろ!出来なければその拳で、その歯で私に向かってこい!ハリー!ハリー!ハリー!」
「ヒィィィィィ!」
ゆっくり近づく俺を見て、なんとか逃げようと足掻くギーシュ。だが残念、腰が抜けて上手く立てない。
「そうか、残念だ。もっと闘争を楽しみたかったのだが、実に残念だ」
ギーシュに向けて刀を振り上げる。
「助けっ助けて!」
そんなギーシュに……。
「死ィッ!」
刀を振り下ろす。が、しかし。
「やめて!」
目の前数cmのところで刀を止める。
「はっ、ははははははっ」
ギーシュは恐怖に顔を引きつらせ虚ろな笑いをあげている。
「よかったなぁギーシュ、うちのご主人様が優しくて」
一応殺すつもりはなかったが、ここの学生連中に舐められないようある程度恐怖を植え付けておこうと思っていた。それを悟られないよう笑みを浮かべながら辺りを見渡す。
「いいか。二度とうちのご主人様を馬鹿にするな」
平民が悪鬼のごとき表情で貴族を追い詰めた。少なくともここに見物に来ていた人間に恐怖を与えたはずだ。
「それと、あのケティとモンモランシーと言う娘に謝りに行け。今すぐとは言わん。腰が抜けて立てんのだろう?」
ギーシュは首振り人形のごとくコクコクと頷く。
「それで、どうする?続けるか?」
「ま、参った」
絞り出すようにギーシュは答え、勝敗は決した。