下劣自愛領域 キャメロット 作:射干
上下左右東西南北すらわからぬ深き闇。魔術王によって人類史が滅却され死の星となった地球。
母なる大地は枯れ、命の恵みたる大海は干上がり、命の鼓動がなに一つ感じられない無謬の荒野となった星に「ソレ」は蠢いていた。
「ああ、やっと目障りな塵屑が消えた。いいな、いいぞおまえたち。自分の分を弁えている。自分たちから消えてくれるなんて素晴らしいぞ。だがーー」
ーーまだ誰か、目障りな
原初の記憶に残る最初の他人。自己完結しているはずの己に他者という烙印を叩きつけた忌むべき恥の記憶。
おまえさえいなければーーなどという本来なら何者にも影響されない己の思想と矛盾する傷を根元に刻んだ存在。
それが不快だった。許せなかった。掻き毟って真っ平らにしたかった。
ーー何かが己に触っている。常に離れることなくへばりついてなくならない。なんだこれは。身体が重い。動きにくいぞ消えてなくなれ。俺はただ、一人になりたい。俺は俺で満ちているから、俺以外のものは何もいらない。
己以外は誰一人存在しないはずの空間にて、確かに「ソレ」は自分以外の息吹を感じた。
鼓動などないーーだが、脈打っている。
音などしないーーだが、確実に触れられている。
気持ちが悪い。気持ちが悪い、気持ちが悪い、気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い
ただ一人になりたい。真実願いなどそれだけで、だからこそ想像を絶する域で「ソレ」はそれだけを願い続けた。
外界から衝撃を加えなければ発動しない猛毒の爆発物。誕生した瞬間からかつてない桁外れの
俺の
身勝手で、稚児にさえ劣り、他の一切を顧みない渇望はその苛立ちによってゆっくりと鎌首を擡げ始める。
神域すら踏破し、脱却し、条理を置き去りにするほどの祈り。自己愛。無限に爆発し膨れ上がる自己愛は次元すら容易く超越し、三千大千世界における超深奥ーー宇宙の根源へと無意識のうちに辿り着き、掌握した。
地球の根源など及びもつかない深奥を無意識に掌握したことから「ソレ」の規格外さはありありと伝わってくる。
ーーだが、本来ならば祝福するはずの偉業は「ソレ」にとっては地獄に突き落とされたがごとき愚業であった。
「…なんだこりゃ?至る、ところに、塵屑が…塵屑、塵屑塵屑塵屑塵屑塵屑塵屑塵屑塵屑…」
「ソレ」が根源に至った瞬間、「ソレ」はあらゆる時間軸、あらゆる宇宙、あらゆる平行世界に存在する他人を認識してしまっていたのだ。
「お、お、おおォォァァァァァァアアア‼︎‼︎」
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い‼︎穢らわしいんだよ塵屑がァァァアアア‼︎‼︎
消えてなくなれ要らないんだよォォォォオオ‼︎」
「要らない要らない要らない要らない要らない要らない!俺はこんなものなど望んじゃいない!」
「ソレ」の宇宙が他人で満ちる。あらゆる宇宙に存在する魂が纏わり付いて離れない。
更に膨れ上がっていく自己愛。その願いはもはや神域など塵のように感じられるほどの深度へと潜行していた。
「触れるな、触れるなよ。なぜ俺に拘う。俺はただ一人になりたい」
「俺は俺のみで満ちる無謬の平穏だけが欲しい。然程大層な願いではないだろう」
「極めてささやかなことを言っている。何も難しくないし、簡単だ。塵屑風に言うのならば誰もがそれなりに考えているという共感だって得られるはず」
「俺が俺を何より尊び、優先し、俺という世界を統べる王であること。俺の大事さに比べれば他など目に入らない」
「何故俺を一人にしない。何故俺に触れようとする。何故おまえたちはいつもいつもーー」
「自分が何より大切なくせに、他人と関わらなければ生きていけないなどと嘘ばかりを抜かすのか」
狂った趣味に付き合わされる己こそ不幸である。これを嘆かずとしてなんとするのか。
なのに他人は「ソレ」の意思を無視して触れてくる。
ならばーー
「どうしても俺を一人にしてくれないのなら、滅ぼし尽くすしかないだろう」
極限を超えた無関心と極限を超えた排他心。
俺は、俺で、俺だから、俺だけ抱いた俺が愛しい。
究極無二の自愛症にして自閉症。魂魄すら霞んで歪む邪念の波濤は他人が「ソレ」にへばりついているという事実によって無限大に高まり続ける。
光が翳る。闇が版図を広げていく。先ほどのつぶやきだけでいくつの宇宙が潰されたのかわからない。「ソレ」の神威は排除と殺戮のみしかなく、今やあらゆる宇宙が総体と言っても過言ではないほどの神格と化した自らの身体に住まう無限大の魂を塵としか思っていないのだ。
健全な精神を持つものならば目眩を覚えるだろう。
万象の根源から流れ出した存在が、万象をまったく無価値と断じている大矛盾。静謐とさえ言えるその念が、しかし激烈な濃度をもって煌めく星々をまるで塵屑を払うかのように駆逐していく。そこにはまったくの罪悪感もなく、まるで当たり前だと言わんばかりである。
喜怒哀楽?仁義礼智?知らぬ、解らぬ、ゆえに持たぬ。
最初から入る隙間を持たぬのだ。常人の精神構造とはかけ離れた唯我の宇宙、成長すべき余地さえもそれの裡には存在しない。
ゆえに、『人間』というものすら判らぬ。
ああーーあれらは、なんだ?気持ちが悪い。
個々バラバラに動き回り、蟻のごとく這い回り、蛆のごとく共食いしている。それも己が身体の上で。
変わった声を鳴らしながら、皮膚の上にて蠢くのだ。
「だから、ああやめろ。やめろ、やめろ、やめろ」
「消えてなくなれ。身体が痒い。俺は、俺だけがいいというのに」
広がる世界など不要。拡張も膨張も求めていない。収束がいいのだ。総て消えて、後に俺が俺として俺のみここにあればいいから。
これがこの世界における史上初にして最強最悪の覇道神ーー波旬の有する真実の一部であり
「アレだ…一段と俺に触れてくる塵屑。アレさえなければ……標本?善なる人類の手本?なんだそれは。知らないぞ。俺の宇宙にそんなものの存在を許した覚えはない。だからこそ…逃がさねえ、許さねえ、引き毟って滓まで残さずバラ撒いてやらァ!」
魔術王など歯牙にも掛けない下劣畜生の産声であった。
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第六特異点。旧名イェルサレム、現名キャメロット。荒野と岩山、砂漠に囲まれた地域にポツンと佇む白亜の都市。その内部では獅子王の選別を潜り抜けた民が暮らしている。
曰く、善性の民。いかなることが起きようとも善性を見失わぬ人類の手本。そういった「善」とやらに属している民が暮らす都市に犯罪などが起こるはずもなく、皆戦や飢饉、疫病などといった不安に怯えることなく悠々と生活していた。
まさしく此処は理想郷。遠き世界、数理の神が治めていた悲想天とはまた違うベクトルの理想郷ではあるが「悪」という罪を認めないという点については共通している。
「皆がこのように暮らせるのは獅子王様のお陰だ!」
「ああ、まったくもってその通り!門前でのことは残念だったが、獅子王様がおられなければ我らは皆餓死しておった。志半ばに散った者たちのためにも我らは生き延びねばな!」
然り然りと辺りの人々が騒ぐ。
喧騒としている大通り。語り合う人、駆け回り遊ぶ子供、それを眺め微笑む老人。彼らの心に罪悪感はあれど、今という刹那を生き抜く姿勢には一片の悪意も篭っていない。
彼らは皆、この生活が屍の上で成り立っていることを承知している。
当時は同胞を屠った騎士どもを憎んでいた。しかし、それは一部の一握りーー選ばれた我々のためということを認識したことにより徐々に薄れていった。
ーー罪を抱くな。清らかであれーー
まるで誰かがどこかで治めた治世のように。
そしてこれこそが獅子王ーー女神ロンゴミニアドが至高と信ずる理想郷である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ーーカルデアのマスターとやらは未だこの地に来ぬようだな」
王の広間、謁見の間。そう呼ばれた部屋の玉座に座する獅子王がぼそりと呟く。決して誰かに返答を求めた問いではなかったが、獅子王に忠誠を捧げる騎士たちがそれを聞き逃すはずもなく
「ハッ。聖都周辺ではそれらしきものは未だ影も形も見えていないと物見の兵から聞いております」
「そうか。報告大義である、サー・アグラヴェイン」
イェルサレムでの聖杯戦争が突如飛来してきた獅子王と名乗る者と一部の円卓の騎士により終結して幾らか経った聖都周辺では、オジマンディアス領との睨み合いに縺れ込んでからなんの異常も見受けられなかった。
先住民たる山の民についたサーヴァントや山の民と円卓の騎士たちの小競り合い(戦闘とは口が裂けても言えぬ)は幾らか存在するが、その程度では状況が変化するはずもなく、いずれ来る抜錨の時まで体勢を整えているのが今の状況であった。
「東洋の僧侶殿は如何したか」
「ハッ。先ほど聖都を出立なされました」
「そうか、ならば私は私室へ戻る。何かあればーーッ⁉︎」
まるで血潮の通わぬ機械のごとく。そう形容されても過言ではなかった獅子王の冷徹なる美貌が砕け散り、驚愕の相が浮かび上がる。
初めて見るその変貌に円卓の騎士ーーアグラヴェイン、ガウェイン、トリスタン、ランスロット、モードレッドも個人差はあるものの、「何事か」といった驚愕の相を浮かべた。
「ーー総員、直ちに戦闘体勢につけ」
表情を引き締めた獅子王の静かな声が緊迫した広間に響き渡る。
「ハァ?なんでだよ。意味わかんねえんだけど」
「サー・モードレッド、王からの御命令です。口を慎むように」
「黙ってろいい子ぶりっ子。俺は父上に聞いてんだぜ。てめーみたいなBBAを嫁にするやつに聞いた覚えはねえんだよ、タコ」
「よろしい、ならば戦争だ」
「二人ともやめーー」
「戦闘体勢につけと言っておるだろうがッ!」
「「ッ⁉︎」」
一触即発の二人を諌めたのはあろうことか獅子王であった。いや、もっとも触れるべきは獅子王が大声を張り上げたことであろうか。いつになく真剣な彼女を見て、円卓の騎士たちは疑念を隠せない。
ーー何故王はこれほどまでに焦燥しているのだろうか。
疑問を浮かべるのは当然である。神域に至っていない英霊ごときがこの時点で感じるのは不可能であろう。
「何か、穢らわしいモノが来る。私ですら全貌をつかめないとは…なんと面妖な…」
獅子王がまるで汚い物を見たように憎々しげに告げる。その酷く危機感を覚える台詞に疑問を呈するべくアグラヴェインが訊く。
「穢らわしいモノですか?それはーー」
瞬間、振動にならない揺れが特異点全体を揺らした。
「なッーー」
「これはッーー」
「いったいッーー⁉︎」
眼上に広がる青い空が突如汚濁に塗れたように聖都にいる誰もが感じた。その現象が意味するのは邪神より零れた汚泥の波濤が襲いかかったということ。
しかし、聖都の民には何も起こらない。何が起きたのか、そう誰かが言おうとした瞬間ーー空が割れた。
「なッ⁉︎」
「せ、聖槍の結界がッ⁉︎」
そして、流れ込んでくる外気に触れた誰もが理解した。
ああ、聖都以外の地はーー終わった。
山の民も、エジプト領も、天より降ってきた汚濁により汚染されてしまったのだ。いや、エジプト領ならばオジマンディアスがなんとかしているやもしれぬが山の民の隠れ里が汚染されたことは確実である。
急速に下降してくる何者か。卵の殻が割れたかのごとく、溜め込んだ
今この瞬間、すでに塗り潰されそうになる、
全身の毛穴が怖気立つ魔の到来に抉じ開けられた。
ヴォーディガーン?なんだそれは。と言いたくなるほどの邪性を前に、身体を構成する細胞の一つ一つが呼吸困難に陥ったかのような錯覚を覚える。
怖い。怖い、怖い。怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いーー。
「来るか…」
「来るか、来るか来るかーー来い!」
ーー泥を撒き散らして下降。
ーー腐臭を充満させて強襲。
不快嫌悪忌避後悔に錯綜する思考回路へ叩きつける邪の奔流、喉を焼く胃酸を堪えて特異点を満たす波動に魂震わせて対抗する。
しかしーー鳴動し襲いかかるかと思われた太極の奔流は特異点と薄皮一枚を隔てて停止した。だが、それは躊躇したがゆえの行動ではない。まるで汚いものに触れることを嫌がるがごとくの所業である。そして同時に、円卓の騎士たちはその真意を理解してしまった。
「ーーーーーー」
なんだこいつは。薄皮一枚を隔てたところに座する何者かは特異点の外ーーつまり、燃え尽きた人類史から襲来してきた。それはつまり…
「魔術王の手下か…?」
いや、これまでの特異点の様子を見ると魔術王は積極的に介入してこなかった。それを踏まえると魔術王という線は薄いだろう。
ならば、
「アレはなんなのだ…?」
つい先ほどまで鳴動していた強大なる神威の一端。それを思い出すだけで生理的な嫌悪と恐怖でどうにかなりそうだった。
しんと静まった広間。誰もが先ほどの恐怖で口をうまく開けない。
さらに困ったことに対国宝具すら受け止める聖都の結界が完全に破壊された。奇跡的に王城の結界はまだ機能しているのは不幸中の幸いだったと言える。
「…考えても埒があかぬか…サー・モードレッド、サー・ランスロット。聖都の外地の確認を命ずる。そして我らは破壊された結界をなんとかする。…異論はあるまいな」
アグラヴェインが遊撃騎士に命令を言い渡す。
「あ、ああ…」
「…了解いたしました」
二人は広間を出て城から直接外地に出る。騎士を引き連れて聖都から出立したことを見届けたアグラヴェインは一息をつくーー瞬間、聖都中央部から酷く喧しい喧騒が聞こえた。
「なんだ…?」
普段ならば気にも留めない喧騒。どうでも良いと吐き捨てるはずの雑音。しかしアグラヴェインは酷く破綻したものに感じた。
「ッ…私は通りに出る!サー・ガウェイン!王を任せるぞ!」
「サー・アグラヴェイン!いったいどうしたのです?普段のあなたらしくない」
「ひどく嫌な予感がする…!王を頼んだぞ!」
「待て」
獅子王の声が混乱したアグラヴェインの臓腑に染み渡る。獅子王のカリスマゆえか、アグラヴェインは次第に落ち着きを取り戻した。
「……なんでしょう、我が王」
「私も行く」
「な…ッ⁉︎」
「王⁉︎」
「嫌な予感がするのは私とて同様。良い機会ゆえ、私も下へ降りることにする」
「し、しかし…!」
「ほう、口答えする気か。サー・ガウェイン」
「い、いえ…決してそのようなことは…」
「ならばよし。ああ、ついでに卿もついて参れ、サー・ガウェイン」
「し、しかしそれでは王城が…!」
「ならば王城はサー・トリスタンに一任する。異論はあるか」
「いえ…ありませぬ…」
「では頼むぞ、サー・トリスタン」
「御意に…」
聖都外地をモードレッドとランスロット、聖都中央部を獅子王とアグラヴェイン、ガウェイン。そして王城にトリスタン。いくらか王城が手薄の気もするが、トリスタンがいればだいたい大丈夫である。
かくして三人は聖都中央部へ急ぐのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
聖都中央部。そこは殺し合いの地獄と化していた。邪神がばら撒いた太極の一端。それが善と定められた
その結果、善など関係ない。己こそが至高であると誰しもが考え始め、どこもかしくもに射干が産まれ蠢き始めたのである。
植える暴食の蝗が如く、異物を消さんと猛り狂う。
ーー我以外、皆すべからく死滅せよーー
喝采せよ、礼賛せよ。これすなわち
騒ぎ轟き己をかざせ。我こそ至高と刻み付けよ。
あな素晴らしき鏖殺の宴。どいつもこいつも死ぬがよいーーーー!
民は皆、我先に、我こそ至高と欲望がままに殺しあう。天の加護を受けし数多のさぼる自愛の継嗣。己がためだけに殺し合い、己が未来を目指して進む。彼らは一様に醜穢で、悦の相を張り付かせている天狗の群れだ。
「喰らえ!」
「犯せ!」
「奪え!」
「誇れ!」
「おまえら全て、俺の礎となるがいいーーーー!」
一片の疑いなく、一切の呵責なく、彼らは敵を求めて老若男女虫魚禽獣一切関係なく殺し合う。端では馬が殺し合い、草木も我先にと栄養を吸い尽くし辺りを枯らす。
その中には自愛に染まらず正気を保つ者もいた。だが悲しいかな、射干どもはそういった者らから先に殺す。
先陣切って首を獲れば、己は譽れの一番槍なり。
逃げる民を逃さず討てば、俺は紛れもなく強者なり。
眼に映る獲物を討滅せしめれば、我は紛れもなく益荒男なり。
己を崇めるのは当然であり、違える者など一人もいらぬ。逸る心に揺るぎはなく、民の一人一人が我が身を真と信じている。だが駄目だ、まだ届かぬ。まだまだ全然足らぬのだ。賞賛が足らぬ、武勲が足らぬ、金が足らぬ、位が足らぬ。
この程度では満足できぬぞ。ゆえに殺し、いざ奪おうーー!
誇らしい、素晴らしい。やれ討て、さあ討て。
彼らは等しく浮遊しながら狂騒している。ともに語らいあった同胞の名なぞとうに忘れ果て、思い出そうとさえしないだろう。
綻びのない自愛に喝采を謳うその姿は、まさしく邪悪と呼ぶに相応しい。
己が道を至高と尊ぶ理由さえ、大したものを持っていない。我が我であるから奪うという、根拠理屈のない妄信こそが民を突き動かす衝動だった。
つまり、彼らは全員が『神』なのだ。
外界を関知せず、個で満ち足り、我に溺れている極小単位の邪神ども。今の彼らには思いやりも、仁義も礼智すらも存在しない。武勲を求め、譽れを目指し、前へ前へ突き進むのみ。
草の一本たりとも残さず
殺せ、殺せ、最後に残るのは
さあ、安らかな安息をよこせ。
「くひゃははははははははは‼︎」
薄皮一枚隔てた先で一人笑い転げる狂天狗の覇道がイェルサレム全土を覆い尽くす。
極小の大欲界天狗道、ここに完成。さあ、
「…なんだ、これは…」
ガウェインとアグラヴェイン、そして獅子王は眼前の地獄を前にしてただただ呆然としていた。
獅子王が聖抜したはずの善なる魂。その全てが自己愛の走狗、天狗の赤子となっていたのだから仕方あるまい。
目の前で繰り広げられる鏖殺劇。醜悪極まる天狗どもの殺戮ショー。
気づけば背後に控えていた雑兵までもが殺し合いをし始めている。
「おお!あれは獅子王じゃないか!」
「ああ!獅子王だ!」
「あの首を獲ればおれは紛れもなく益荒男だ!」
「首級をあげよォ!」
「首級をあげよ!」
「「「「首級をあげよォオ!」」」」
獅子王とガウェイン、アグラヴェインに気づいた射干どもが迫り来る。
「ぐッ!サー・アグラヴェイン!」
「わかっている!我ら二人で王をお守りするのだ!」
ただの一般人。どうということはないと謳い上げ、切り倒し、斬り伏せ、薙ぎ払う。聖抜を潜り抜けたとはいえ、このような醜悪な奴らに二人が手加減するはずもない。
目に付く者、向かってくる者、手当たり次第になぎ倒して、通りで殺しあっていた者らの半分はいったと思ったときだった。
「ああぁあああぁあああァァァァァァアアアッ!」
戦意喪失するどころかさらに蛮声を上げ、哄笑して向かってくる民らに驚愕する。
「ーーッ‼︎」
「なんだ、この者たちは…ッ‼︎」
普通、一方的にやられれば縮こまるはず。頭がイカれているとしか思えなかった。
目を見れば自ずとわかった。この者たちは、楽しんでいる。
しかもーー数が、減ってない。
斬ったはず。斃したはず。間違いなく致命傷を与えた者まで次から次へと傷などないかのように復活する。
「此奴ら…己が死ぬと思っていないな」
「解るのですか、王よ!」
「よく観察してみるがよい、サー・ガウェイン」
そう言われ軽く注意を向けるガウェイン。そしてガウェインも気づいた。
ーーああ、なんだこいつらは。ハラワタブチ撒かれているのに、手足が千切れているのに、何故げらげらと笑いながら向かってくるのだ。
「……やはり奴の仕業か」
「奴…ですか?フンッ!」
獅子王は射干らの背後に先ほど迫ってきた邪悪の権化を幻視する。それと同時に戦慄した。
ーーこの程度の極々微量の質量しか影響していないはずなのに、何という影響力、何という猛毒か。
全体から見れば水滴以下の質量しか有していないはず。だがそれだけで、魂の在り方すらをも歪ませた。
この事実を前に、獅子王ら無表情を崩し、憎々しげに顔を歪ませる。
ひたすら強大な質量を特異点の外から感じ取っていた獅子王はーー
「サー・ガウェイン。宝具を開帳せよ」
「なッ⁉︎王よ、しかしそれはーー」
「開帳せよと、言ったはずだ」
「…ッ‼︎」
アグラヴェインの忠言を両断する。
「………仰せのままに、我が王。王命のもと、地上の一切を焼き払いましょうーー」
もう一振りの聖剣が、鳴動する。
「この剣は太陽の映し身。もう一振りの星の聖剣ーー
太陽の熱波がごとき熱線が放出され、街を呑み込む。家は溶け、木々は蒸発し、力の弱い下級射干は跡形もなく吹き飛ぶ。
灼熱という言葉が釣り合うような凄まじい一撃。しかし…
「温い、温い温い温いんだよォォオオ!」
射干はこの程度の熱線では終わらぬ。身体が焼け爛れようが四肢があれば問題はない。四肢が溶け落ちようが頭があれば戦い続ける。それこそが波旬の赤子。自己愛の走狗。
「な…ッ⁉︎ガラティーンの一撃が⁉︎」
円卓の騎士の最大出力を耐え切った我は疑いようもなく益荒男なり。そう高らかに謳い上げる射干ども。同じ霊長とは思えぬほどの汚染具合だ。
「ははははははははははッ‼︎獅子王の首級をあげよォォオオ!」
「首級をあげよォォ!」
数は減ったものの、此奴らは波旬との同調が進んでいる個体。下級の英霊ならば瞬殺、上位の英霊でも数で押せば容易く屠れるほどの力を得ている。
虚無感がアグラヴェインとガウェインの胸の裡を満ちる。
なんだこれは。戦いとは騎士の譽れ、などと血に染まった我々はもう言わぬし言えぬ。だが、
ーーいや違う。
人は助け合わねば生きてはいけぬのだ。それなのに己が至高で己が主役?ふざけるなよ酔漢程度が。我らが騎士の忠節を侮辱するなよ。
「貴様ら程度がッ!我らが王の首級を上げるだと⁉︎ふざけるのもいい加減にしろッ!」
「貴方がたの信念は軽すぎる!酔漢ごときなにするものぞ!貴方方程度では我が王以前に我らすら屠れません!」
アグラヴェイン、ガウェインが激昂し射干へと畳み掛ける。個々の質量が上がろうとも所詮は雑兵以下の民草。一騎当千の騎士が敗れることなどありはせぬ。
「おオォォオ!」
「でやぁぁぁああ!」
〜〜〜〜〜
ーーどれくらい経ったろうか。気づけば辺りは血に染まり、立っていたのは満身創痍の騎士二人と無傷で佇む獅子王だけであった。
「王よ…」
「ああ、わかっている。王城へと帰還しよう。あそこなら首の皮一枚だが結界は破れていない。さらにサー・トリスタンもいる。ゆえ、被害はそう多くないだろう」
「「御意に」」
血塗れの道を引き返す。
どこかで、天狗が腹を抱えて笑っているような気がした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
場面は変わり聖都外地。皆殺しあっていたのは変わらぬが、唯一良かったことは死霊が消えたことであろうか。大欲界天狗道には死後の概念が存在しない。死んだらそこで終わりなのだ。(英霊あたりはアラヤに所属しているため天狗道が浸食して英霊本体が消えるのは時間が掛かる。)
血塗れの大地。顔に狂笑を貼り付け悦に浸ったまま斃れ伏す民草や騎士。あろうことかその中には瀕死のモードレッドが伏していた。
「…グッ…ゴボッ…ハァ…ハァ…どうして……ランス…ロ…」
身体の末端から魔力となり消えてゆく。円卓の騎士、遊撃騎士モードレッドは今ここで絶命し、塵と化した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「王も、騎士も…俺以外…みな消えよ」
ちょうどモードレッドが魔力と化した瞬間、血塗れの剣と鎧を着込んだ何処かの誰かが、静かに呟く。
そしてーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「くあははははははははははははははははは!いいぞ
極大の下種が侮蔑と嘲笑しかない哄笑を上げる。
「その調子で頑張って殺しあって消えてくれよ。もとよりおまえたちはそれ以外出来ないだろうが。うわははははははははははははははははは!!」
無謬の平穏は、近い。
続かない