学長室の中央に備えられた背の高い椅子に座るのは、オスマンと呼ばれる白ひげの老爺である。年齢は百歳とも三百歳とも囁かれ、トリステインではたいそう高名なメイジであった。
趣味はセクハラ。使い魔はネズミ。
学長室を訪れたスカートの女性秘書に対して、することは一つである。
ピギィ! と小動物が鳴く声がした。秘書であるロングビルのすぐ足元からだった。
「おお……かわいそうなモートソグニル……何も蹴らんでも」
「申し訳ありません。足元が見えなかったもので、靴があたってしまいました。
それよりも、ヴェストリの広場にて決闘をすると生徒たちが集まっています。眠りの鐘の使用許可を」
「……ふむ。決闘をしようというのは、どの生徒かね」
「ミスタ・グラモンと……もう一人は、ミス・ヴァリエールの使い魔のようです」
「使い魔、というのは噂にある貴族の娘かね」
制服とマントを身に纏っていない貴族の子ども、といえば噂が立つのも当然だった。
「それで、いかが致しましょう」
「子どもの喧嘩じゃ。危ないと判断してからで良い。そもそも、その使い魔がメイジかどうかも分からぬでな」
「承知しました」
8話『黒い悪魔と黒魔術』
澄みきった平和な青空のもと、生徒たちの囃し立てる声が響く。ギーシュとアルレットの決闘を観戦しようと、中庭にいた生徒のほとんどがヴェストリの広場に集まった。
片や高名な軍人であるグラモンの息子、片やミステリアスな貴族の娘。
暇を持て余した貴族の生徒たちにとって、その組み合わせはこれ以上にない興味の的だった。
ギーシュとアルレットの距離は約二十メイルほど。戦士の剣や槍が届く前に相手を打倒できるメイジの距離である。ギーシュは薔薇の花を象った杖を右手に構えているが、アルレットの両手には何も握られていなかった。
「早く杖を出したまえ」
「余に棒っ切れなど必要ない」
「は、ここであのイカサマをやろうというのか」
ギーシュが指したのは、シュヴルーズの授業でアルレットが見せた錬金のことだった。杖を用いずに小石を真鍮に変えてみせたことを、ギーシュを含むその場にいた生徒たちはインチキか何かの間違いだと考えていた。
「僕は『青銅のギーシュ』。僕の青銅は、真鍮の粒をひとつ錬金するだけの児戯とはわけが違う」
ギーシュが杖を振った。すると、杖にあしらわれた花びらのひとつがはらはらと地面に落ち、そこから青銅のゴーレムが現れた。ゴーレムは長剣を携えた甲冑の女騎士を象っていて、アルレットの背丈よりもずっと大きい。彼女ほどの年の娘であれば、魔法を扱えようが恐怖に身をすくめる代物だった。
観衆が沸いて騒ぐ。ギーシュはドットクラスのメイジではあるが、錬金においてその能力はずば抜けていた。
「これが僕のワルキューレさ。まだ偉そうな口を叩いていられるかい?」
「まさに着せ替え人形だな、素晴らしいぞ。そうだ、余が勝てばおまえからその魔法を教わってもいい」
「万が一、僕が負けることがあれば考えてやろう」
「おまえが勝つことは万にひとつもない。常勝無敗であることは、魔王の持つ公明なる権利である」
アルレットは右腕を天に掲げた。それに応えるように、大気が薄暗く淀んでいく。ギーシュの表情から余裕が消え、観衆からは悲鳴が上がった。
現れたのは、黒い霧だった。遠くの空は濁ったようにくすみ、足元の青い芝は沈んだ霧に覆われて見えなくなった。
視認できる範囲は、彼我の距離である約二十メイルが限界だった。
そうした混乱の中で、どこからか荘厳な鐘の音が響く。
ギーシュはそれを知っていた。『眠りの鐘』と呼ばれるマジックアイテムの音である。得体の知れない魔法に恐怖を覚えていたギーシュは、どこかホッとした気持ちでその音を聴いていたが、もたらされるはずの眠りは一向に訪れない。
二十メイル先のアルレットの表情は揺らがない。ギーシュはそこでようやく、辺りに充満する黒い霧の意味に気付いた。目の前の彼女が、この場にいる者の退路を断ったのだった。
事実、学長室の遠見の水晶球は機能せず、黒い霧を目撃して駆けつけた教員は何かに阻まれてヴェストリの広場へ辿り着けずにいる。それは、アルレットだけが把握していることだった。
「……いいじゃないか。これで、邪魔は入らないということだな?」
ギーシュは恐怖心を押し殺し、不敵に笑ってみせた。
「そうだ。何者にも阻まれぬこともまた、魔王の公明なる権利である。昏い闇の向こう側には、天の裁きであろうと届かない」
「おお……なんだ、格好いいじゃないか」
一周回って、ギーシュの恐怖心は憧憬に変わっていた。
「当然だ、魔王なのだから」
「魔王……実に勇ましい称号だな。『魔王のアルレット』よ」
「ふはははは!」
そんな笑い方があるか、とルイズとキュルケは思わず吹き出していた。観衆の最前列を陣取るシエスタとイルククゥは、とろけきった表情で黄色い歓声を上げていた。タバサはといえば、理解できないことは考えない主義である。キュルケの背後で読書をしながら聞き流していた。
「しかし、決闘は決闘だ。僕は負けない。彼女たちの名誉のためにも!」
ギーシュが再び杖を振る。杖にあしらわれた花びらがすべて散り、六体の新たなゴーレムが現れる。
黒い霧の魔法を見て、ギーシュは覚悟して全力で挑むことを決めた。
「霧だけじゃ、僕のワルキューレ部隊は倒せない。さあ!」
別の魔法を見せてみろ、とギーシュは威勢よく声を上げた。
青銅の女騎士に囲まれたアルレットは、再び右腕を掲げる。
「らびたん」
「ふん。なんだ、その間の抜けた詠唱は」
呟いた言葉に、身構えていたギーシュは拍子抜けをした。それでも油断することなく、ギーシュは青銅の女騎士の指揮を取ってアルレットを打ち倒そうとする。
視界不良の黒い霧の中、その黒色に紛れて何かがアルレットの右腕へ降りてくる。それにギーシュは気付かず、彼女を打ち取る確信の笑みを浮かべていた。
その時、何かが青銅の塊をまるごと喰らった。
それは一頭の巨大な黒い獣だった。白いつららのような犬歯と高雅な鬣、黒い針を束ねたような毛並み。何よりも目を引くのが、悪魔じみた鮮血色の瞳と、宙へと広げられた黒い翼だった。
「間の抜けた、なんて言わないで欲しい。それは、名前を持たぬ彼女が望んだものだ」
全長六メイルもある巨体の動きは、鋭利だった。決して遅くはない女騎士が剣を振り下ろす動作の間に、獣はアルレットを背に乗せて包囲されたその場を離脱する。
アルレットは両手に掴んでいた獣の体毛を手放し、二メイル下の地面に降り立つ。赤と黒のドレスがふわりと舞った。
その黒い毛並みを撫でながら、観衆の一人に向かって語りかける。
「ルイズ。これが余の従えていた魔族だ。美しいだろう」
「え、ええ……しっぽを振ってて嬉しそうね?」
「ふふん」
引け腰になったルイズの言ったとおり、アルレットが毛並みを撫でると獣は一・五メイルもありそうなフサフサのしっぽをぶんぶんと振り回して喜びを表現する。乾燥した地面があれば土煙が立ちそうだった。
「……ねえルイズ。あの子って本当に魔王だったのね」
「まあねえ。さっきは転けないか心配だったけど、よく着地したわ」
「……魔王を従えるルイズって……すごい……」
タバサは既に読書をやめていて、ルイズへ尊敬の眼差しを送っていた。自分の使い魔を御しきれないタバサである。その眼差しの理由には、自身の使い魔への苦労も含まれていた。
「らびたん。あれはおまえが望むものだ。それで満たされるのなら、喰らってしまえ」
ギーシュが情けなく悲鳴を上げた。獣がギーシュの前で立ち尽くす女騎士へ音もなく跳びかかり、二十メイルほどの距離をたった一歩で縮め、青銅の腹をばらばらに噛み砕いたのだった。
錬金したすべての青銅が獣の牙で噛み砕かれるのを、ギーシュは尻餅をついて眺めているしかなかった。あまりの早さと凶悪さに動揺して、指揮一つまともに取ることができなかった。
獣の狩りは、ほんのわずかな時間で終わった。
青銅の破片が散らばる中を、獣はゆっくりと歩く。やがて震えるギーシュの鼻先まで辿り着いた。おぞましい獣の息遣いがギーシュの耳朶を震わせる。
もし悪魔というものがいるのなら、この赤い瞳の怪物を言うのだろう。ギーシュは思った。
「訂正をするんだな」
「……な、なにをだ」
震えた喉から、ギーシュは必死で声を絞り出す。そうしなければ、あの散らばる青銅のように骨ごと砕かれてしまう。
「間の抜けた、なんて言ったことだ」
「……は?」
「訂正しなければ、彼女はおまえの憎い喉まで喰らうだろう」
「だ、だから、何をだ! 何を訂正すればいい!」
ギーシュの気付かない内に、アルレットは獣の隣に寄り添っていた。尻餅をつくギーシュを、赤と紫の瞳が見下ろす。黒い霧を背後に置いたその光景は、まるで死の気配に満ちた魔界のようだった。
「その孤独な瞳を見て、理解できぬか」
「分かるわけ無いだろう!」
なにが孤独な瞳だ、これは今にも喉首を食いちぎろうとする獣の目以外の何物でもない。ギーシュは思った。
「……レヴィアタン。他者へ向けられた愛情を喰らつくす、すべての悪魔の名前だ」
その名前は、ギーシュにも聞き覚えがあった。どの世界にもあらゆる分類の悪魔や怪物が存在する。ここハルケギニアにおいても、地獄や魔王といった架空の存在があれば、伝承としてレヴィアタンなる悪魔の存在もあった。
「彼らは愛情を渇欲している。愛情に敵対するすべてを拒絶する。それは時に嫉妬という形を取る。
そして、与えられた愛情に、自身の魂を委ねる。心に渦巻いた闇が凪ぐまで、愛情を求めて永遠に寄り添う。それがレヴィアタンの悪魔」
アルレットが獣の毛並みを撫でる。焦燥に頭を支配されたギーシュには、ほとんど理解が及ばなかった。
「彼女は、愛情の証に名前を欲しがった。らびたんという名は余が与えたものだ。彼女の名前……与えられた愛情を笑う者は、愛情を不確かに貶める、レヴィアタンの喰らうべき餌となる」
アルレットは憂いのこもった表情でギーシュを見た。
ここまで言っても結局のところ、この獰猛な獣にらびたんという名前をつけたアルレットが悪いのではないか、とルイズとキュルケは思った。もちろんのこと、シエスタとイルククゥは愛らしい名前だと絶賛していた。
ところでタバサはといえば、自分の名づけたシルフィードという名前がイルククゥの不義理な原因ではないかと考えていた。誰もイルククゥをそう呼ぼうとしないし、イルククゥ自身もそう名乗ったりしないところに愛情の薄さを感じさせてしまう。タバサは真面目に思索していた。
アルレットを知るが故に真剣になれないルイズ一行と違って、観衆はギーシュを喰らおうとする獣に対して緊張感を走らせている。
ギーシュは額にびっしりと脂汗を浮かべているが、ルイズとイルククゥはシエスタからクッキーを受け取ってぼりぼりと頬張っていた。
「……わかった。取り消そう。らびたん、とても愛らしい名前だ。ああ、愛らしい」
目の前の獣は、どんな名で呼ぼうと凶暴な悪魔にしか思えなかった。
しかしギーシュは建前でつぶやくと、一度は鼻で笑った名前がみるみる愛らしいものに思えてきた。これで悪魔に心を覗かれようと問題ない。生存本能の成せる技だった。
「そうか。でも、とっくに手遅れだ」
「……な、なぜだ!」
「なぜ決闘することになったのか。彼女を呼び出したのか。忘れてしまったか」
獣は残像のようなモヤをその場に残して、ギーシュの頭へ喰らいついた。
広場が観衆の悲鳴に包まれる。まさか、ギーシュが六メイルもある獣の牙に頭をちぎられて死んだ。たった今、自分の目の前で死体が作られた。しかし、獣はギーシュに覆いかぶさったままで、そこにあるはずの悲劇を観衆へ晒すことはない。
騒然とした中でも、アルレットは無表情だった。
「言葉を訂正してくれたおかげで、彼女におまえを襲う明確な理由はなくなった。しかし、餌があれば喰らいたくもなるだろう。単純に、おまえが旨そうだったのだ」
どこからか取り出したのか、アルレットに手には件の小瓶が握られていた。その小瓶を弄びながら、すでに聴こえないはずのギーシュへ言葉を続ける。
「畢竟するに、おまえが二股などという幸せなことをしてくれたから彼女の腹の虫が鳴って、余が動かなければならなかったし、おまえは喰われなければならなかった。満たされた人間の脂ぎった欲望なぞ覗き見たくなかったが、これも余が彼女へ向ける愛情だ」
やがて、ギーシュへ覆いかぶさっていた獣が輪郭を失いはじめる。黒い霧へ溶けるようにモヤへと形を変えて、するするとアルレットの元へ帰っていく。
アルレットの腕には、翼の生えた赤い目の子猫が抱かれていた。その子猫が、口も開かずに甲高い声を発した。
「魔王さま。わたしとても気分がいいの」
「うん。良かった」
「久しぶり。この欲望は、とってもおいしかった」
子猫の話にアルレットはうなずいて、黒い毛並みを優しくなでた。子猫はしっぽを振りながらすりすりとドレスに頬ずりして、心地よさそうに目を細めていた。
「それでおまえ。まだ決闘を続けるか」
ギーシュが身を起こした。血の赤色はどこにも見られず、彼の首には傷ひとつついていなかった。騒がしかった観衆が、さらに声量を上げた。
「……続いていたのか。まいったに決まっている」
そのかすれ声は、騒ぎ続ける観衆へは届かなかった。
アルレットが右腕を掲げると、黒い霧が晴れて青空と瑞々しい芝が広がるヴェストリの広場が戻ってくる。それは決闘の決着を意味していた。
「香水を、返してくれないか」
「どうしてさっき、拾わなかった?」
「……見えていなかったんだ。余計なものに邪魔されて」
「ふん。見事に喰い尽くされたな。脂ぎっていないところは余にとっても好ましい」
「すまないが、僕には心に決めた人がいるのでね」
香水の小瓶を受け取ったギーシュは、やつれた顔で気障に笑ってみせる。
「それと、らびたん。君の名を笑ってしまってすまなかった」
「わたしのこと悪魔みたいだって思ってたくせに」
「はは……人の心を覗く力でもあるのか、君は」
「そうよ。だって本物の悪魔だもの」
子猫は少女らしい声音でそう言ったあと、アルレットの腕から飛び出して宙へ浮いた。そのまま輪郭を失って、モヤとなって空へ帰っていく。
ギーシュは黒色の一片が消えるまでそれをずっと眺めていた。
「彼女は、どこへ行ってしまったのだ?」
「死者はどこへも行けない。どこでもないどこかで、心に渦巻く闇が凪ぐのを待っている」
「……かっこいい。やはり君はかっこいい」
ギーシュが目を輝かせてアルレットの手をとった。ギーシュは生まれて初めて下心を持たずに女性の手をとった。
「ま、待って、ギーシュ」
ギーシュの手を避けきれなかったアルレットが動揺を露わにする。見る人が見れば、恋する乙女にでも見えたかもしれない。
遠くから、女性の声がした。
「この浮気男! 泥棒猫!」
「モンモランシーじゃないか!」
「わ、わたしが、泥棒猫……」
あの様子はまずい。間違いなくアルレットとモンモランシーが言い争いを始める。ルイズは急いでアルレットの元へ駆け寄った。
しかし、途中でその必要がないことに気付く。
「ああ、モンモランシー! 僕だけのモンモランシー!」
青筋を立てて駆け寄ってきたモンモランシーに、ギーシュが抱きついた。背中に手を回して、身体同士が密着した。抱擁とも言う。例に漏れず、生徒たちが注目する公衆の面前であった。
観衆のからかう声など気にせず、ギーシュは自分の気が済むようにモンモランシーを抱きしめた。抱きしめられたモンモランシーは顔を真っ赤にして何もいえず、先程までの怒りの形相などどこかへ消えてしまっていた。
こっそりとその場を離れたアルレットは、モンモランシーの様子をにやにやと眺めるルイズとキュルケの後ろで、シエスタに髪を梳いてもらいながらイルククゥと共にクッキーを頬張っていた。
「いったい何をしたの?」
タバサが無表情を取り払って、真剣な眼差しでアルレットを見ていた。
「レヴィアタンは、他者へ向けられた愛情を喰らつくす悪魔」
「愛情を喰らう……」
「そう。ギーシュに向けられたあらゆる愛情、ギーシュが尽くしたあらゆる愛情を喰らい尽くした。モンモランシーにケティや、他の女、それから家の者たち」
「……でも、モンモランシーと抱き合っている」
「愛情は、昏い闇の底から絶えず湧き上がってくるものだ。火種が消えても、薪さえ残れば何度でも燃え上がる」
その言葉に、タバサは目を伏せた。
アルレットは遠くで生徒たちの騒ぐ声がだんだんと遠くのものに思えてきた。ここと向こう側は、確かに隔絶された場所だった。
「愛情が湧き上がってこない人もいる」
「そうだ。そうなってしまった末が、レヴィアタンの悪魔」
「彼らは愛情を渇欲している。心に渦巻いた闇が凪ぐまで、愛情を求めて永遠に寄り添う?」
タバサは先ほどアルレットが放った言葉を、聡明な頭で一字一句違わずに復唱した。アルレットは小さくうなずいた。
「そこに渦巻いた闇が、自他すべての愛情を飲み込んでしまう。ますます闇は渦巻いて、それでも愛情を渇欲し続ける」
「死ぬまで、ずっと?」
「死んだ後も、ずっと」
「……それは、どうしたら直る?」
タバサは眉を寄せて、縋るような眼差しで悪魔の瞳へ尋ねた。
「それは……んぐ」
「大事な話をしてるの。クッキー食べるのやめて」
「……ごめん」
タバサはアルレットの手からクッキーを取り上げて、イルククゥの口へ放り込んだ。ギーシュとモンモランシーが仲直りするのを頷きながら眺めているイルククゥは、そのことに気付いていなかった。
「らびたんのように、愛情に敵対するものを打ち倒さないといけない。ギーシュという浮気者を打ち倒したように。そうして器から苦しみを取り除いたあとに、愛情で満たしてあげる」
「わたしは、どうしたら」
「その闇が自ら屈折して渦巻いたのか、人の手によって乱されたのか、そんなものは関係ない。苦悩を取り除いて、代わりに愛情を与えること」
「……わかってる」
「分かってるなら訊く必要はないでしょ? たぶん、あなたにしかできないことだから」
アルレットの言葉に、タバサは杖を握りしめて悪魔の瞳を見据えた。
「わたしが、どうにかする」
「……ルイズが契約者じゃなければ、力になれたのに」
「ありがとう。でも、わたしの使い魔はシルフィード。それで十分」
彼女はいったい何の悪魔なのだろうかと疑問を持ったが、タバサは一人でやると決めた以上、知る必要はないと踵を返した。足に封書を掴んだフクロウが一羽、寮の横を通り過ぎて消えていく。タバサは覚悟の目でそれを見送った。
その後、タバサは置いてけぼりにしたイルククゥを探して学院の敷地を走り回っていた。ルイズの部屋でアルレットにひっついてるのを見つけると、双方の頭へ軽く拳をお見舞いして懲らしめた。片方にはこれ以上甘やかすなと、もう片方には感覚の共有を遮断して逃げるなと、キツく言い聞かせたのだった。