虚無のルイズと異世界の魔王さま   作:乙丸

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12話『虚無の魔法使いⅢ』

 朝一でこの学院から去ろう、と『土くれのフーケ』は考えていた。

 しかし、なんということだろう。学院の宝物庫から盗んだこの『破戒の剣』、ただのよく切れる大剣ではないか。

 これはおかしい。探知魔法のディテクト・マジックでも、類を見ない強力なマジックアイテムであることは分かっている。

 

 こうでは売り物にもならない。途方に暮れて、彼女は愚策に出るしかなかったのである。

 

 

 

   12話『虚無の魔法使いⅢ』

 

 

 早朝、『土くれのフーケ』が現れて学院中が大騒ぎになる中、学長室には事件の目撃者であるルイズとキュルケ、アルレットに加えて、教員一同が揃っていた。

 ゴーレムが宝物庫の壁を破壊する場に居合わせた二人の証言を聞いて、学長のオスマンは顎にたくわえた白い髭を弄びながら唸る。

 

「よもや、土くれの拳であの分厚い壁が破壊されるとは」

「賊を前にしながら、何も出来ず……申しわけございません」

 

 ルイズは深く腰を折って頭を下げる。

 

「いいや、『土くれのフーケ』はトライアングルと言われておるが、宝物庫の固定化を突破した腕。実力はトライアングルをはるかに凌ぐものだった。

 ミス・ヴァリエール、ミセス・シュヴルーズ。これは、誰がその場に居合わせようと、どうしようもないことじゃ。気に病むことはない」

 

 その日の見回りの当番は、シュヴルーズだった。しかし、学院の宝物庫には複数のスクエアメイジによる万全の固定化が掛けられており、まさかそれが破られるとは教員の誰も想像していない。見回りなどするだけ無駄だというのが教員間での共通認識で、彼女も例に漏れずその日の当番を自室で寝てやり過ごしていたのだった。

 いつ学長や他の教員にどやされるかとひやひやしていたシュヴルーズは、ほっと胸を撫で下ろす。それに関して、教員も納得していた。宝物庫の守りを破る賊なんてものを見回りで発見したとして、いったいどうしろというのか、というのは教員全員が考えていたことだった。

 

「しかし! ただ無抵抗に宝を簒奪されて、それで良いと思うか!」

「……しかしもなにも、学院長。無茶というものではないですか」

「あー、ミスタ……そう、コッパゲよ」

「コルベールです」

「おお、そうじゃった、ミスタ・コンビーフよ。お主は当番をサボってはおらぬが、他のものは違う。無茶でも何でも、簒奪者へ立ち向かうのが貴族というものだろう。違うか?」

 

 集まった教員が、オスマンの言葉に目を伏せる。趣味がセクハラでも、オスマンはトリステインの貴族として尊敬すべき賢者のような人物だった。

 ルイズはオスマンの言葉に満足気に頷いた。

 

「以降、当番をサボるなどということはないように。して、ちょいと左手が寂しいのじゃが、ミスタ・コッパゲール」

「ミス・ロングビルでしたら、騒ぎを聞いて早々に調査へ向かったということで。あと、私はコルベールです」

「ふぅむ。さようか」

 

 オスマンは重々しく息をつく。

 教員の中には、若い女性というものが居ない。セクハラが趣味のオスマンによる「左手が寂しい」の一言が指すのは、若い女性秘書であるロングビルのことだった。

 

「して、ミス・ヴァリエール。その格好はなんじゃね」

「魔法研究の一環でございます」

「ふむ、さようか」

 

 学則を逸するにあたって何よりも便利で小狡い言い訳が魔法研究である。私服姿の二人は浮いているものの、咎められてはいない。

 昨夜に続いて、ルイズは黒いドレスを身にまとっていた。アルレットも同じくワンピース姿で、眠たそうに目をこすっている。彼女が目覚めたのは呼び出しを受けてからで、シエスタが急いでネグリジェから着替えさせたのだった。

 

「学院長。右手が寂しいからといって、学生に手を出すのはやめて下さい。この学校が潰れますぞ」

「ええい、強いものに屈服するな! 如何なる敵にも勇ましく立ち向かうのが貴族というもの!」

 

 オスマンは言葉の勢いのまま立ち上がろうとした。それはもう、賢者と呼ばれるような威厳であった。

 その動作の途中、中腰の状態でオスマンの動きが固まった。

 

「どうされましたか?」

 

 コルベールだけならず、その場に居る全員が心配そうにオスマンの顔を覗きこむ。そこで、学長室の扉が開いた。

 

「お、おお……ミス・ロングビル……腰が、腰が……」

「オールド・オスマン! 一体どうされたのです」

 

 部屋に入ってきたロングビルは、だらだらと汗をかいて恐ろしい顔をしているオスマンを見て驚いた。扉を開けて真っ先に飛び込んできたショッキングな光景だった。

 

「はやくこちらへ来るのじゃ……ミス・ロングビルや……」

 

 ロングビルは駆け足でオスマンの元へ寄る。

 

「いったいどうされたというのです!」

「せめてもの頼みじゃ……腰を、儂の腰を撫でてはくれんか……」

「ぎ、ぎっくり腰ですか……それで具合が良くなるというなら」

「お、おお、おお……」

 

 オスマンの頼みにロングビルは嫌な顔ひとつせず、彼の腰を撫でた。だんだんとオスマンの表情に余裕が生まれ、ほっと息をついてから椅子へと座り直す。腰を撫でるだけなら近くにいるコルベールでいいのでは、とその場にいる全員が思っていた。

 そして、まったくもって威厳の欠けぬ学院長の声で言う。

 

「さて、ミス・ロングビルや。調査の報告を」

「はい。今朝の騒ぎからすぐに学院周辺を調査いたしますと、近くの農民からそれらしい黒いローブの男を見たという証言を得られました。そして、森の外れにある小屋に入っていったと」

 

 それがフーケの隠れ家だ、と口をそろえて教員たちがざわめきだす。あの『土くれのフーケ』が学院の宝物庫を襲い、今もなお学院周辺に居る。その実感は恐怖を伴って現れた。

 

 騒がしいなかで、アルレットがルイズにひっそりと声をかける。

 

「あさごはんまだ?」

「まーだ」

「帰って寝てていい?」

「だーめ」

 

 唇を尖らせて不満を訴えかけるも、ルイズの顔は真剣な表情でオスマンへ向いている。

 

「貴族たるものが騒々しい!」

 

 オスマンの一喝に、学長室が水を打ったように静まり返った。

 

「こうしている間に、フーケに逃げられるやもしれん。早急にフーケの捜索隊を結成する。我こそが、というものは杖を掲げよ」

 

 先ほどまで騒がしかったのが嘘のように、教員の誰も口を開こうとはしない。まるで捜索隊に指名されるのを恐れているようだった。

 

 そんな中で、ひとつの杖が上がる。

 

「わたしがその命、お受けいたします」

「……ルイズ」

 

 キュルケが驚いたようにルイズを見た。杖を掲げながら力強い眼差しでオスマンを見据えるルイズに、キュルケは昨日の失望もすべて吹き飛んでいた。

 命を張る、ということは、見栄やプライドで安々とできることではない。決闘の決着から今のルイズまでを見て、やはり自分の目は正しかったと笑みを作り、キュルケは杖を掲げた。

 

「わたしも、お受けいたします。ヴァリエールに手柄を譲るなんて考えられません」

「じゃあわたし部屋で寝てる」

「こら、あなたも行くのよ。アルレット」

「う~、ねむいの」

 

 ルイズは青筋を立てながら、学長室を出ていこうとするアルレットの手をつかむ。覚悟して杖を上げたのがなんだか台無しになってしまった。キュルケは肩を落として、ゆっくりと杖をおろした。

 

「あなたたちはまだ学生ではないですか」

「さすがに、君たちに行かせるわけには……」

 

 シュヴルーズとコルベールの言葉に、オスマンは大きくため息を付いた。

 

「では、誰が学院の名誉を取り返しに行くというのかね」

「彼女らが行くというなら、私が代わりに行きましょう」

 

 杖を上げたのは、コルベールだった。

 

「ほう。ミスタ・ハゲテール、さっきはずいぶんやる気がなさそうだったが」

「さすがに、生徒二人にフーケを捕まえろというのは酷でしょう。怪我ではすまないのです、オールド・オスマン」

「そのとおりじゃ。しかし、君一人でも怪我では済まないことに変わりない。ミス・ヴァリエールはグラモンの息子を凌ぐ使い魔を従えておるそうだし、ミス・ツェルプストーは火のトライアングルじゃ。申し分なかろう」

 

 コルベールはオスマンの言葉に頷いて納得した。

 

「それで、他にはおらぬか」

「私が。案内が必要でしょう。多少は魔法の心得もありますから、生徒をお守りします」

「おお、頼むぞ。ミス・ロングビル」

 

 

 

 

   ♪

 

 

 

 

 馬車の中、シエスタは毛布にくるまって眠るアルレットの寝顔を幸せそうに眺めていた。頭を膝に載せる、いわゆる膝枕の状態で、紅茶をすすりながらの一人鑑賞会である。

 その隣にはサンドイッチの入っていたバスケットが置かれている。アルレットのお腹が減った、眠たいのふたつをどうにか解消するために、シエスタは志願して捜索隊へ同行したのであった。

 

 アルレットはレタスとチーズのサンドイッチを二切れ食べてから、食後に用意された紅茶を一口飲んでそのまま寝入ってしまった。シエスタが手にしているカップは、アルレットの飲み残しである。

 そのカップに口をつけながらときおり不気味なにやけ顔を見せるシエスタに、ルイズは若干引いていた。

 

「ルイズ、この辺りにフーケがいるかもしれないっていうのに、この子、こんなんで大丈夫なの? 武器も持てないメイドまで連れてきて」

「関係ないのに、無理やり連れてこられるだけかわいそうでしょ。これでいいの」

 

 シエスタの膝で気持ちよさそうに眠っているアルレットを見て、ルイズは二人の同行に納得していた。アルレットの場合は眠気と空腹を解消すれば同行するのに不満はないだろうし、いざとなればシエスタはアルレットが守ってくれるだろう。それを信じているからシエスタも呑気な顔をしてティータイムなんてものを楽しんでいるのだ。

 

「ほんと、かわいそう。部屋でそのまま寝かせてあげればよかったのに」

「これでいいって言ったらいいの。まったくうるさいわね。あんたに何が分かるのよ」

「泣かれて家出されるご主人さまがよく言うわ」

「……なんですって」

 

 言い争いに発展しそうなルイズとキュルケの横で、コルベールはひとり居心地悪そうに縮こまっていた。ロングビルこそ馬の操縦でこの場に居ないが、もう一人は横になって眠っている。狭い馬車の中で、なおさら窮屈さを感じる原因だった。

 トリスタニアへ瞬時に移動した時のようにアルレットが魔法を使えば済むのでは、とも思ったが、ここまで穏やかに眠っているとそうも言えなくなる。

 

「ちょっとしたピクニックみたいでいいじゃないですか。アルレットさまも、馬車の中でこうやって食事をしてくつろぐのを楽しんでくれています」

「盗賊退治をピクニックって、本当に大丈夫かしら」

 

 シエスタの言葉に、キュルケは大きくため息を付いた。

 そしてもう一人、気付かれずに息をつく人物がいた。馬車の外のロングビルである。

 

「そろそろです。この道が開けたところの小屋が、フーケの隠れ家ではないかという場所です」

 

 土くれのフーケ退治をピクニック呼ばわり。ずいぶんと舐められたものだ、と内心で毒づきながら、実直でしとやかな学院の女性秘書として馬車の中へと声をかけるのだった。

 

 

 

 森の拓けた場所で馬車が止まり、一行がぞろぞろと芝へ降り立つと、寂れたようなボロい小屋が目に止まった。

 フーケの隠れ家はあれに違いない、と互いに顔を見合わせる。

 

「アルレットさま、まだ寝ていますか?」

「もう大丈夫」

「では、ちょこっと失礼しますね」

 

 シエスタが懐から櫛を取り出し、アルレットの髪を梳かしはじめた。それが終わると、身をかがめてアルレットの白いワンピースの裾を直し、従者として主から一歩引いた場所へ下がる。

 

「……で、いいかしら?」

 

 ルイズがアルレットとシエスタの二人に問う。緊張感の無さに一行は毒気を抜かれた気分だった。

 

「へいき」

「はいはい。それで、どうしましょう。ミスタ」

「まずは私がひとりで偵察に行きましょう。小屋の近くまで行けば、中に人がいるかくらいは分かるのでね」

「それって、熱……でしょうか」

 

 キュルケは普段、コルベールを昼行灯の冴えない中年男性くらいにしか考えていなかった。トライアングルという位も同じで、授業では派手な魔法も使わない。

 しかし、温度を明確に感じることができる、というのは彼女とコルベールの明確な実力の差であり、彼女の態度には敬意が伴っていた。

 

「それはまた授業で話すことにしましょう。私が合図をしたら、中に人がいるものだと思って欲しい」

「合図があれば、ひっそりと包囲して奇襲、ですね。ミスタ」

「そのとおり。ゴーレムも術者を捉えれば怖いものではないし、生成までに時間が掛かる。落ち着いて対処すれば、何も恐れることはない」

 

 そういって、コルベールは慎重に小屋へと近づいていった。

 煤けた木板の壁の傍で、腰をかがめて意識を集中させる。それを遠くから見守るルイズたちは、固唾を呑んで見守った。

 

 それから、わずかもしない内に踵を返して馬車の前へと戻ってきた。

 

「どうやら誰もいないようです。しかし、中に盗まれた『破戒の剣』や、フーケの足取りを掴む手がかりがあるかもしれない」

「なるほど。では、中を捜索するものと、外で見張りをするもので分ける……でしょうか?」

 

 ロングビルが小声で提案する。それに、コルベールは頷いた。

 

「では、私とミスタが外を」

「それがいいでしょう。フーケがいるとすれば、この周辺でしょうからな。となれば、ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストーの二人が小屋の探索、そちらの二人は馬車の中から小屋の外を見張る、でよろしいですかな」

「わかりました」

「では、危なくなったらすぐに呼ぶこと。決して単独で対処しようとしないこと」

 

 コルベールとロングビルがふた手に分かれて森へと入っていく。ルイズはぼーっとその向こうを眺めているアルレットに近寄った。

 

「ちょっとだけ、馬車で待っていてくれるかしら?」

「ルイズ、危なくない?」

「聞いてなかった? 中には誰もいないって、ミスタが確かめてくれたわ」

「でも……」

「ルイズさまなら大丈夫です。ほら、アルレットさま。デザートにフルーツヨーグルトを用意してきましたから、中で食べましょう?」

 

 アルレットはしぶしぶといった表情で頷き、シエスタに連れられて馬車へ入っていった。

 

「……ルイズさまだって。アレ、あんたのところの使用人にでもなったの?」

「うるさいわね。さっさと行くわよ」

「なによ、まったく」

 

 ルイズは黒いドレスを翻し、さっさと小屋へ向かって歩き出す。悪気のない言葉にそっけなく返されて不満に思いながらも、キュルケは後に続いた。

 

 小屋へ近づけば近づくほど寂れた印象が強くなる。人が住んでいるようにも見えないし、ずいぶんと拓けた立地にある。これが本当にフーケの隠れ家なのか、という疑問を抑えながら、ルイズは茶褐色に錆びついたドアノブを引いた。

 中には、調度品の類もなく、砂の入り込んだ空き室が広がっていた。

 蜘蛛の巣だらけで、目を凝らせば虫が這っているような廃屋に手がかりも何もなさそうだったが、ひとつ、目当ての物が無造作に転がっていた。一・二メイルほどの長細い金刺繍の箱である。

 

「あれよね? 『破戒の剣』って」

「え、ええ……なんか、高価そうだし」

「なんだかあっけないわね。盗まれたのってこれだけなんでしょう?」

 

 そういって、ルイズが箱を拾おうとした時だった。

 昨晩聞いたばかりの轟音が、辺り一帯に響き渡る。ゴーレムだ、と二人は顔を見合わせて、ルイズは急いで箱を持ち上げる。

 

「……重い」

「ほら、貸しなさい!」

 

 キュルケはルイズの腕から箱をひったくって、急いで小屋を出るのだった。

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