虚無のルイズと異世界の魔王さま   作:乙丸

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13話『虚無の魔法使いⅣ』

 巨人が歩みを進め、地に足がつくたびに地響きが生じ、馬車が揺れる。シエスタは食べかけのフルーツヨーグルトが入ったふたつのカップに蓋をして、慌てることなくバスケットの中に収めた。

 

「危ないからシエスタもついてきて」

「かしこまりました」

 

 白いワンピースと、そのやわらかな態度が眩しい。シエスタはアルレットの後ろ姿を追って馬車を出た。

 

 

 

   13話『虚無の魔法使いⅣ』

 

 

 二人が小屋から飛び出すと、そこにいたのは昨晩見たものと同じゴーレムだった。夜の薄暗闇と違って、暖かな陽光の元ではその大きさがよく分かる。二人はまるで塔を見上げるような気分だった。

 

 それがフーケのゴーレムならば、目的はひとつ。キュルケの手にある『破戒の剣』を取り返すことしかない。

 

 森の方から向かってくるゴーレムに、二人は慌てて駈け出した。巨体は鈍重でありながら、木をなぎ倒す強烈なパワーと広い歩幅でずんずんと二人への距離を縮める。

 あっという間に森の拓けた場所へと躍り出たゴーレムは、威圧するようにゆったりとした動きで強大な腕を振り上げた。

 

 二人はふた手に分かれて、地面に突き刺さらんとする腕を回避した。轟然と鳴り響く破壊音に耳をふさぎたくなる気持ちを抑え、ルイズは軽い足を飛ばしてゴーレムの背後へまわる。

 しかし、キュルケの手には『破戒の剣』がある。長さ一・二メイルはある箱は、彼女の動きを阻害していた。

 

「キュルケ! そんなのは捨てちゃいなさい!」

「捨てたとして、こいつをどうするのよ!」

 

 手が空いたからといって、このゴーレムに敵うわけではない。そして、逃げきれるわけでもない。

 キュルケは箱を地面に突き立てて片手で支え、杖を抜いた。

 

 ファイアー・ボールがゴーレムの顔に命中する。

 しかしそれは、土くれの表面を焦がしただけだった。顔に当たったとはいえ無機物に生態的弱点などあるはずもなく、ゴーレムはそのままキュルケに向かって腕を振り上げる。

 

 やはり敵うはずもない、いよいよ箱を捨てて逃げようかと考えた時、キュルケはそびえ立つゴーレムの向こう側に蒼い竜が飛んでいるのを見た。

 

 それはシルフィードではなく、うねりを上げて灼熱をまき散らす蒼い炎だった。獲物を喰らわんと大きな口を開けて、振り上げたゴーレムの腕へと飛び込んでいく。

 質量を持たない灼熱の衝突はゴーレムの身体を揺るがすことなく、ただ熟れた果実が落ちるようにその腕を地面へとたたき落とした。ぐずぐずに焦げた土の塊が、ゴーレムの肩口からぼろぼろと溢れる。

 

「早くそれを持ってこちらへ!」

 

 森の前で杖を構えるコルベールが叫んだ。その隣にはアルレットとシエスタが控えている。キュルケは戸惑いを押し殺し、全力で彼らの元へ走った。

 ゴーレムは再生する。ならば馬車に乗って時間を稼ぎつつ逃げきるしかない。

 

 しかし、箱を抱えたキュルケがコルベールの元へたどり着いても、その向こうに馬車は見当たらなかった。

 

「ミスタ! 馬車は!」

「それは、この子が馬ごと逃してしまったよ」

 

 キュルケは絶句してアルレットを見た。しかし、アルレットは邪気のない表情で首を傾げるばかりだった。

 

「一体どうして」

「アルレットさまはただ、馬がゴーレムに怯えて逃げたがっていたのを叶えただけです」

「ちょっと、あなたね……!」

 

 危機感のないシエスタの言動に、とうとうキュルケは噛み付いた。しかし、コルベールが首を振ってそれを制止する。

 

「まちたまえ、ミス・ツェルプストー。移動手段ならば、彼女の異国の魔法でどうにかできる」

 

 王都トリスタニアへ出掛けた日、アルレットとコルベールは馬や飛竜を用いずに、魔法を使って目的地まで移動した。街でキュルケらと合流したものの、イルククゥの都合で現地での解散になっている。行き帰りをアルレットの魔法で済ませたコルベールは、この状況においても落ち着いていた。

 

 争ったところで事態が好転するわけでもないとキュルケは分かっており、こうなってはコルベールの言葉を信じるしかないと引き下がった。

 

「しかし、ミス・ロングビルがまだだ。それよりも……」

 

 コルベールの視線の先、束の間に腕が再生し、傷ひとつなくそびえるゴーレムの姿があった。

 そして、その巨大な影の元。黒いドレス姿のルイズが、杖を構えて仁王立ちしていた。

 

「『土くれのフーケ』! 隠れていないで出てきなさい、わたしは逃げないわ!」

 

 その言葉をあざ笑うように、ゴーレムは無言でルイズへ腕を振り上げる。

 それを見たコルベールがすぐさま杖を振った。その杖の先から景色が歪むほどの灼熱が生み出され、蒼き竜のごとく唸りを上げてゴーレムへと向かっていく。

 灼熱が腕へ衝突すると、土くれの表面をじりじりと焦がしてその動きを停止させる。しかし、先ほどのように腕が落ちることはなかった。

 

 土のメイジは、錬金において文字通り変幻自在の創造をする。一度見た魔法に安々と打ち破れるほど『土くれのフーケ』の錬金は甘くない。

 どれほど対策を打たれようともコルベールには焼き切る自信があったが、動きのある巨大な腕を芯まで燃やし尽くすにはやはり時間が必要だった。そうして焼き切ったとしても、ゴーレムはすぐに再生してしまう。

 

 こうなれば互いの精神力の競り合いである。しばらくぶりに炎を振るったコルベールにとって不利な戦いであることは明白だった。

 

「ミスタ、わたしが術者を探し出します」

「いいんだ、そこにいるんだ。フーケと遭ってどうするつもりだね」

「しかし、ルイズが!」

 

 キュルケが訴えかけるも、コルベールは首を振ってはねのける。どうすれば、と困り果てたキュルケは、昨晩の出来事を思い出してアルレットを見た。ほとんど半信半疑ではあるものの、もしかすれば、という思いがあった。

 

「あなたの魔法でどうにかできないの? 昨日のあれは、あなたなんでしょう?」

 

 その言葉に、アルレットはしぶしぶといった表情でゆっくり一歩を踏み出した。コルベールの制止の声も届いていない様子で、ゴーレムへと歩いて行く。

 

 その時、ルイズはいまだ逃げずにゴーレムへと立ち向かっていた。

 緩慢に振り下ろされる腕を回避し、杖を振るう。焼け焦げた箇所を爆発が襲い、腕は耐え切れずに千切れ、轟音とともに地面へと突き刺さった。

 

 再生させてたまるものかとルイズは焼け焦げたゴーレムの肩口へ爆発を浴びせる。

 しかし、衝撃が土を削り取るよりも、フーケの錬金の再生速度が勝っていた。ルイズは、その場から離れようとせず、やけになって魔法の爆発を続ける。

 

「ルイズ」

「いいえ、あなたの手は借りない」

 

 杖を振るルイズの横で、アルレットは白いワンピースをはためかせて無防備に佇む。

 

「わかってる。でも、魔王にも出来ないことがあるの」

「……なにかしら」

「『ここに居ないもの』を、『居るもの』にすること」

「うそよ。あなたには従えている魔族がいるじゃない。昨日のだって」

 

 ゴーレムの腕が完全に再生される。再び振り下ろされた腕は、緩慢な動きなどではなかった。巨大な塊が大気をごうと切り裂いて、命を奪うための力が振るわれる。

 ルイズはおもわず目を閉じて衝撃に備えたが、それは不定形な闇色のもやによって弾かれていた。腕は的外れの方向へ軌道がずれ、ルイズから離れた場所の地面へと突き刺さる。

 

「あれは生きていない。ただの、残骸」

 

 ルイズはゆっくりとまぶたを開く。そこには、無表情に闇色のもやを見つめるアルレットの姿があった。

 空中でくるくると踊っていたもやは、やがて湯気のようにふっと消えてなくなる。

 

「ルイズはわたしが従えるものじゃない。わたしの、となりに立つの」

「……そんなこと、いったって、わたし……」

 

 結局、守られている。盗賊一人捕まえられず、ゴーレムの攻撃から二度も救ってもらった。それだというのに、となりに立っていてもただ恥ずかしいだけ。

 ルイズは、目を伏せて首を横に振った。

 

 アルレットは静かにルイズへと歩み寄る。どこからか琥珀色をした革の鞘を取り出し、その刃を抜いた。

 こなれた動作でナイフの柄を握りこむと、それをルイズへ向かってためらいなく振りかぶる。

 

 そして、斬りつけられたものは音もなく地面へと落ちた。

 

「そんな棒っ切れ、ルイズには必要ない」

 

 ルイズは指の先で切られた杖を見て、信じられないような表情をする。

 今までアルレットがゴーレムへ手を出さなかったのは、自分で手を上げた任務を使い魔頼りに解決したくないというルイズの思いを忖度してのものだと考えていた。

 しかしそれは、ルイズの手から魔法を奪う行為によって裏切られてしまった。

 

「どうして不満がるの?」

 

 再び振り下ろされるゴーレムの腕は、同じく闇色のもやが弾いてルイズまで届かない。そうしてまた、もやは消えていく。

 

「ルイズには、あの残骸がどこへ消えていくのか、感じているはず。だからそんな棒っ切れ、もう必要ない」

 

 闇色のもやが消えていった先には、青空が広がっている。

 蒼穹。澄み切った大気に揺蕩う、生命の息吹。そこには、魔法という奇跡を起こすための「基」がある。

 特別な瞳を持つアルレットのように、それが見えるわけではない。それでも、ルイズは漠然と何かを感じ取っていた。

 

「昨日、教えたでしょ? 魔法なんて、難しいものでもなんでもないの」

「ずっと、ずっとやってるわよ! それでもできないの!」

 

 今のルイズの魔法は、本来ならば爆発するものではなかった。アルレットが精力を奪っているからであり、失敗魔法の発生する座標をコントロール出来ているルイズ自身の成長もある。

 しかし、ゴーレムへ放ったルイズの魔法は爆発していた。それは、アルレットから教わった名も知らぬ魔法を全力で行使しようとしているからだった。

 

「棒っ切れなんてなくても彼らには伝わる。彼らには、人の心が見えるから」

「でも、でも……」

 

 アルレットは目を伏せたルイズへと歩み寄り、息のかかる距離までぐっと近づいた。

 そして、まるで召喚した日と同じように、むさぼるようなキスをした。

 

 いつものような何かが失われ、奪われていく感覚ではない。正反対の、与えられる感覚。ルイズの心の底へと暖かいものが降りてくる。

 「魔法をあげる」……彼女がそう言った日のことと同じ。アルレットの持つ特別な精力が、ルイズに流れていた。

 

 唇が唾液の糸を引いて離れる。

 そこではじめて、あの日から漠然と感じるようになった何かを意識した。視界の隅で曖昧にちらついていたものが、確かに茫洋としてそこへ広がっていることに気付いた。それはきっと、彼女が対話し、使役していたもの。

 

 アルレットがくずおれる。ルイズは慌てて膝をつき、横たわるアルレットの顔を覗いた。

 赤くなった頬に手を置くと、そこは熱いくらいに発熱していた。ルイズが精気を奪われた時の状態を思い出したが、症状はそれ以上だと分かる。

 

 ルイズは当惑して何も出来ず、ただまぶたを閉じて荒い呼吸をするアルレットの手を握るだけだった。

 

 そして、今まさに二人を押しつぶさんとするゴーレムの足を、巨大な蒼い竜が襲った。灼熱の余波はルイズの黒いドレスをはためかせ、その手から短くなった杖を奪い去る。

 ゴーレムはそのままバランスを崩して膝を折り、巨大な腕を地面へついて身体を支えた。しかし、またたく間に焼け焦げた左足が修復されていく。

 遠くで、キュルケに身体を支えられているコルベールの姿を見た。

 

「わたしが、しなきゃいけない」

 

 ルイズは立ち上がり、横たわるアルレットの前に出る。

 轟然と音を響かせながら、ゴーレムが身体を起こした。太陽を遮り、二人のもとに巨大な影を作る。

 

 静かに深呼吸をする。ルイズは流麗な所作でドレスの裾を直し、鳶色の瞳で蒼穹を見据えた。

 今まさに二人の命を握りつぶさんとする巨人の姿が、高くそびえる。

 

 ルイズは腕をゆっくりと掲げる。いつかアルレットがそうしたように、天を指す。

 

「エクスプロージョン」

 

 無表情に命令をする。その言葉は、耳を持たない彼らへと確かに届いた。

 

 ゴーレムの中心で白い何かが弾ける。

 それは、爆発だった。土くれで出来た三十メイルの身体を、閃光が真っ白に覆う。隕石が落下したような爆風がその場を貫き、森の向こう側まで届く。

 

 ルイズの黒いドレスは揺れない。まるで天の加護のごとく、透明な何かがルイズとアルレットのふたりを包みこむ。

 遠くで髪の毛が大変なことになっている二人の女が見えたが、気付かないふりをした。もう一人は髪がないので心配ない。

 

 爆発によってゴーレムはひとつの塊も残さず、土くれですらないただの砂と化した。

 

 ルイズはアルレットの元に座り込み、切り揃えられたブロンドの前髪を優しく撫でる。そして、傍に落ちていたナイフを手にし、ためらいもなく自身の人差し指へ刃を走らせた。その痛みは、なにか愛おしいようなものだとルイズは思った。

 荒く息を吐く桃色の唇に、血液が滴る指を咥えさせる。ルイズは弱い力で人差し指の傷が吸われているのを感じた。頭を持ち上げて嚥下を促してやると、小さく喉が鳴る。

 

 傷を吸われる力がなくなるとルイズは指を引き抜き、手早くナイフを鞘にしまってからアルレットを横に抱き上げた。思っていたよりもずいぶんと軽い体重に驚きながら、ゆっくりと立ち上がって歩き出す。人一人の重さはルイズの細腕には堪えたが、それが苦しいことだとは感じなかった。

 

 キュルケらの元にたどり着くと、アルレットをすぐ傍の木へもたれかかるように座らせた。

 

「ルイズ、ありがとう」

「起きてたの?」

 

 アルレットは楽しげな表情で頷いた。

 

「心地よかったの」

「……今日くらいは許してあげる。まったく、重いんだからね」

 

 寄ってきたシエスタが、アルレットの口元をハンカチで拭きながら心配そうな表情をする。

 アルレットはシエスタの手を掴んで、身体を起こした。それを支えるようにシエスタは肩を抱いてアルレットを立ち上がらせる。

 

「わたしでよかったら、ずうっと抱っこしていてあげます。アルレットさま」

「シエスタのほうが気持ちよさそう」

 

 シエスタの腕に抱きついたアルレットの視線は、ちょうどシエスタの胸へと向けられている。まったく邪気のないその表情に、ルイズはカチンと来そうになるのをなんとかこらえた。

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