虚無のルイズと異世界の魔王さま   作:乙丸

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14話『ほんとうに欲しいものⅠ』

 「自分に嘘をつく」。それも、時が経てばついた嘘を忘れてしまう。

 そうして、嘘で塗り固められた本当の感情は、いつしか心の隅でひっそりと眠りにつく。さらに時を経て、屈折して、屈折して、本当の感情へ辿り着くための道は、複雑な迷路となっていく。

 

 やがては、ボロボロに傷んだ傷口を癒やすために生きるようになる。包帯に嘘という毒を塗って広がった傷口にあてがい、傷口はますます悪化する。その繰り返しは、人から人という形を奪っていく。

 なぜ生きているのか分からず、自分が何を欲しているのかも分からない。心から希求する何かを失ったものは、やがて理由もなく人を殺め続ける悪魔となる。

 

 

 

   14話『ほんとうに欲しいものⅠ』

 

 

「お二人、怪我はありませんか」

 

 いつの間にか合流していたロングビルが、秘書の顔をしてルイズとアルレットを見る。

 

「はい、ミス・ロングビル。無事でしたでしょうか」

「ええ。突如ゴーレムが現れたので、私は隠れて術者を追っていたのですが……見つからず、逃してしまいました」

「なに、全員が無事で本当によかった。こうして宝物も取り返せた」

 

 フーケを逃してしまったと暗い顔をするルイズに、コルベールが努めて明るく言う。

 しかし、ロングビルは胡乱げな表情でキュルケの持つ箱を見て首を傾げる。

 

「それは……本物でしょうか? あの『土くれのフーケ』のことです。あんなわかり易い場所にあって偽物ではないとは限りません」

「以前、宝物庫の目次を作った際に見かけた箱に違いありませんが……ミス、中身は確認したかね」

「いいえ……」

「では、開けてみなさい」

 

 コルベールに促されたキュルケは、箱を地面に横たえて金色の留め具を外す。

 開いた蓋の下には、重厚で立派なシルバーの剣が収められていた。磨きぬかれた刃が光をよく反射しているのが、この剣がれっきとした業物であることを示している。不純物を多く含む粗雑な錬金では決して生み出せない輝きだった。

 

 安堵を見せる一同に、ロングビルが言い放つ。

 

「ミスタ・コルベールは、『破戒の剣』がどのようなものか、ご存じですか」

「オールド・オスマンから聞いた話では、スクエアメイジが束になっても敵わぬ恐ろしい怪物をひと突きで殺したという、魔法の力を宿した剣だとか……」

「では、振ってみましょう。これが本物であれば――」

 

 そう言って、ロングビルは箱の中に手を伸ばす。しかしそれよりも先に、アルレットの手が剣の柄を掴んでいた。

 ロングビルは驚いた顔でアルレットを見るが、すぐに苦笑するような大人の表情へと変わった。

 

「こら、危ないですよ。そんなもの」

 

 アルレットが剣を持ち上げる。そして、一メイル以上もある分厚いそれを片手で軽々しく振りぬいた。

 高い風切り音が響く。彼女の突然の行動に、一行は呆然と静まりかえっていた。

 

「何もないところを切り裂いて、何かが起こるわけがない」

「……そうですわね」

「だから、何かを切ろう」

 

 そう言って、アルレットはあたりを見渡す。その視線は、あるところで止まった。

 

「そうだ。おまえがいい」

 

 剣の切っ先は、ロングビルへと向けられた。

 コルベールやルイズが何かを言おうとする前に、アルレットは素早い動きでロングビルの前に躍り出し、その剣を振りかぶっていた。

 そして、切っ先はロングビルの額へ一筋の赤色を残し、綺麗な半月の軌道を描いた。

 

 へたり込むロングビルの顔につう、と鮮血の線が伝った。のけぞったためにメガネがずれ落ち、素顔がさらされる。それは学院の秘書でも、貴族の大人の顔でもなかった。

 

「間抜けな女」

 

 アルレットはアメジスト色の瞳でロングビルを見下した。

 

「そんなに知りたかった? この剣のこと」

 

 ロングビルは答えずに、品位の欠ける表情でアルレットを睨みつける。

 一行は何も出来ずにその状況を見守っていた。普段とは違うロングビルの様子こそが、暴挙に等しい行動に出たアルレットへの手出しを封じているのだった。

 

「この剣の銘は、ヴォーパル。人、悪魔によらず嘘を喰らう聖具。あなたのような『嘘つきの怪物』を殺すために賢者がこしらえたもの」

「……そうか、そうだったか」

「自分に突き刺せばわかったことなのに。わざわざこんなところまで呼び出して猿芝居。あげくに、あなたのでく人形は聖具も使わずに倒された。この後、どうするつもりだったの? マチルダ」

 

 蔑むような言葉に、ロングビル――マチルダ・オブ・サウスゴータは『土くれのフーケ』としての本性を表し、狂ったように高笑いをした。

 

「どうするって、剣の使い方はご丁寧に教えてくれたじゃないか! あとはお前たちを殺して学院を去るだけさ!」

 

 いつの間にか握られていた杖から、魔法が放たれる。マチルダとアルレットとの間に横たわる地面が、壁を作るように隆起しはじめた。

 そうして現れたのが、三体の中型のゴーレムだった。人の二倍はある背丈と無駄の削がれたフォルムを以って、素早い動きでアルレットへと襲いかかる。

 

 アルレットが片手でヴォーパルの剣を薙ぐ。そして、ゴーレムがその刃に触れた途端に形を失い、ただの土となり地面へ還っていった。その土くれは、虚飾を取り払ったゴーレム本来の姿だった。

 そのままアルレットはマチルダへと距離を詰め、剣で杖を真っ二つに切断する。

 「嘘を喰らう聖具」のヴォーパルは、触れるだけでマチルダも、そのゴーレムをも元あるべき姿へと還した。

 

「……シエスタ。あんな剣があるなら、わたし頑張る必要なかったわよね。あの大きなゴーレムだって、一刺しで倒せたんじゃ」

「いいえ……あのときのルイズさま、とても勇ましく可憐で、かっこ良かったと思いますよ?」

「ありがとうシエスタ。でもねわたし、あそこで頑張る必要なかったわよね」

「…………はい、すみません」

 

 ひそひそと会話をしているふたりに、キュルケは何も言えずにいた。対して、コルベールはゴーレムを瞬時に土へと返したヴォーパルの剣を興味津々に観察している。

 

「妹のため。復讐のため。愛情と憎悪。決して相容れない理由を持ちながら、どうしてそれを成し遂げた気になっているの?」

「いつ成し遂げた気になったものか、これから成し遂げるところなんだよ!」

「違う。置き去りの妹を裏切って、臆病に逃げまわるだけの義賊ごっこ。どちらも、永遠に成し遂げられない。わかってるでしょう、マチルダ。

 自分の嘘に騙されたあなたは、愛することも復讐することも永遠に叶わない、本当に望んだことをなにひとつ叶えられない」

 

 マチルダは言葉を詰まらせる。アメジスト色をした悪魔の瞳が、彼女の全てを見通していた。

 

「かわいそうなマチルダ。悲劇の傷を嘘でふさいで、嘘を嘘で塗り固めて。やがて自分の言葉さえも失ってしまった。

 あなたは妹を愛する姉でも、正義を振るう義賊ですらない。やがては人殺しの悪魔、ジャバウォックになるの」

 

 マチルダは、とうとうその場にへたりこんで俯いた。

 ヴォーパルの剣に額を裂かれた時点で、結末は決まっているようなものだった。自分の中にある嘘が、あの剣に喰われた。あれはゴーレムのように形あるものばかりではなく、人の心にさえも作用する。図らずも、マチルダは身を持ってその宝物の使い方を知った。

 

「逃げるためにわたしたちを殺すなら、おんなじことの繰り返し。例えそれが、盗賊から足を洗って、嘘のない本当に望んだ生活を送るつもりだとしても。あなたはまた、妹に人殺しの嘘をついて怪物になっていく」

「……ならばどうか、逃してほしい」

「だめ、ルイズの手柄は絶対に逃さない。これは、あなたの嘘が選んだ道」

「どうか、どうか!」

「嘘つきのあなたのままなら、きっと潔く処刑されることを選んだんだろうけど」

 

 捕まれば、『土くれのフーケ』には間違いなく極刑が待っている。嘘を喰われる前のマチルダならば、プライドを優先したかもしれない。

 マチルダが嘘偽りなく、本当に望むこと。それは生きて妹のもとで暮らすことだった。

 

 血で真っ赤に染まった額を地面にこすりながら懇願するマチルダに背を向け、アルレットはヴォーパルの剣を箱へとしまった。そうして、コルベールへと促す。

 

「帰るから、箱持って?」

「それは構わないが、その……ミス・ロングビルは」

「ルイズが捕まえる」

「え、わたし?」

 

 呆けた顔のルイズを、アルレットが背中を押してマチルダの元に動かす。

 

「ほとんどルイズひとりの手柄。ここにいる全員が証人」

「そうねえ。わたしは何にもしてないし。この子はあんたの使い魔だし。ミスタは、大人ですわよね」

 

 コルベールはゴーレムの攻撃を数回ばかり邪魔しただけで、もとよりフーケ捕獲はルイズの手柄だと考えていたため、快く頷いた。そもそも得られる名誉に関心のない変わり者である。

 

「君が捕まえなさい。もう、戦意は失せているだろう」

「わ、分かりました。ええと……ミス、じゃなかった、土くれのフーケ! あんたはわたしに捕まった! いいわね!」

 

 

 

 

   ♪

 

 

 

 

 フーケの捜索に出た一行は、報告のために学長室へと集まっていた。

 背の高い椅子に腰掛けたオスマンが、顎にたくわえた白ひげを撫でながら、神妙な表情で言う。

 

「儂は、誰の尻を撫でて生きていけばいいのじゃ……」

 

 ルイズの手によって捕らえられた『土くれのフーケ』は、既に学院の衛兵へと受け渡され、監獄のある王都へと連れられている。

 学長室には優秀な秘書であった彼女を悔やむような空気が漂っていた。欺かれていたことに対しての痛みもあるかもしれない。彼女が極刑を免れないであろうことも含めて、ルイズ一行は複雑な気持ちを抱いていた。

 

「しかし、学長。なぜ盗賊などを雇い入れたのです。調べれば怪しいことはわかったはず」

 

 コルベールの追求に、オスマンは遠い目をして答える。

 

「……出会いはそう、酒場でひとり麦酒を飲む、まあるいおしりのおなごを見たのじゃ。たまたま、たまたまこの手がまあるいおしりを撫でてしまってな。それでも怒らんのでそのままうちの学院で働かないかと持ちかけたんじゃ」

 

 もちろんのこと宝物を盗んだフーケが一番悪い。しかし、このスケベもそれに並ぶくらい悪い。一行は思った。

 

 コルベールが何か文句の一つでも言ってやろうと考えていた時、アルレットがある場所を指さした。

 

「まあるい」

 

 そこを代わりに撫でればいい、と言うアルレットだったが、ルイズとキュルケは笑いをこらえきれずに吹き出していた。シエスタは嫌味のない表情で微笑んでいる。

 アルレットが指さしていたのは、コルベールの頭であった。

 

「いや……その、頭はおしりと違って硬いじゃろう。なんなら君のおしりでも……」

「オールド・オスマン」

「すまん、すまん。ちょっとしたジョークじゃ、ミスタ・コルベール。そう怒っていると八つ当たりにみえるぞ」

 

 コルベールはため息を付きながら引き下がる。それを見て、こほん、とオスマンは咳払いをした。

 

「ミス・ロングビルのことは忘れるのが一番良い。一同、此度は『土くれのフーケ』の討伐、ご苦労だった」

「私どもは何もしておりません。ミス・ヴァリエールがフーケのゴーレムを打ち倒し、見事捕らえて見せました」

「……ほう? なんと、それは」

 

 オスマンはコルベールへと疑わしげな視線を向ける。使い魔の召喚と契約を除き、魔法の成功したことがないルイズがあの『土くれのフーケ』のゴーレムを打ち倒せるはずがない。オスマンの目はそう言っていた。

 しかし、そんな風当たりがあろうと、ルイズは黒いドレスに薄い胸を張って堂々としていた。

 

「ミス・ヴァリエールは、杖も使わず、閃光の魔法でゴーレムを一撃のもとに葬り去ってみせました。それはまるで、虚無のごとき……」

「なんと!」

 

 その魔法に加えて、ガンダールヴの使い魔まで従えるルイズを、コルベールはほとんど確信を持って虚無だと考えていた。好奇心に踊りだしたくなる気持ちを抑えきれずに目を輝かせ、言葉を続ける。

 

「いいえ、まさしく虚無の再来でしょう! 証人は、このジャン・コルベールとゲルマニアに名高いツェルプストー家の彼女です」

「ほう、ほうほう。いいや、間違いない。誇り高き貴族として捜索に名乗りを上げ、見事『土くれのフーケ』を捕らえて戻ってきたお主らを、この老いぼれは疑いはせん」

 

 杖も使わずに、三十メイルのゴーレムを葬る魔法、といえば、その異常性は長く生きてきたオスマンだからこそよく理解している。それが虚無であるかという答えのでない問いはせず、ただその魔法が虚無に値する何かであることを確信していた。

 コルベールは、賢者とまで呼ばれるオスマンのお墨付きを得て、いよいよ興奮を抑えきれずに身を乗り出した。

 

「では、一刻も早くアカデミーへ報告を!」

「ならぬ!」

「な、何故です!」

「今、この時に虚無の再来だと騒げば、戦争の道具にされかねん」

 

 コルベールはオスマンの言葉にはっとして、恥じるように興奮を静めて引き下がった。

 

「……学長の深謀遠慮には、恐れいります」

「うむ。それで、ミス・ヴァリエール」

「は、はい!」

 

 虚無の再来だのと言われて困惑していたルイズは、慌てるように返事をした。

 

「杖を持たずに魔法を使ったのは初めてかね?」

「……ええ、はい」

「努力に努力を重ね、辛い時間を経てようやく使えるようになった魔法じゃ。隠せとは言わん。今後はきちんと杖を持って、皆と変わらぬように魔法を行使するよう」

 

 ルイズは納得して頷いたが、契約をしていた杖はアルレットのナイフによって台無しにされている。どうしたものか、と考えていると、キュルケが隣から口を出した。

 

「杖が必要ないなら、調教に使う黒い棒でも持ってたら?」

 

 ルイズがキュルケの靴を蹴り飛ばした。そんなドレスを着ているのが悪い、とキュルケは思うが、ルイズにとってはアルレットの選んだ衣装をからかうような口ぶりが許せないのだった。

 黒色のドレスに対して抱いていた似合わないだとか奇抜だとかいう印象はすっかり消え失せ、ルイズにとって一番のお気に入りである一着となっていた。

 

「今後、どのようにお主の才能が開花していくかは知れん。ひとまず、火と風のラインメイジとして慎ましく振る舞うといい。力を示すことが必ずしも良い方向へ繋がるとは限らぬのでな」

「……わかりました」

 

 昨日までのルイズは、ドットですらなかった。だから、それがラインであろうがトライアングルであろうが、ルイズにとってはメイジと呼ばれるだけで感極まるような思いだった。

 

 潤んだ瞳でうつむくルイズを見て、キュルケは嬉しいような、悔しいような複雑な気持ちにかられた。ライバルのルイズが成長することは、この学院に入学してからずっと望んでいたことだった。どうか肩を並べるようなライバルになって欲しい。ルイズのひたむきな努力を知っていたから余計にそう思った。

 同時に、もし本当にルイズが虚無の再来なら、自分を追い抜いて届かない場所まで行ってしまうのではないか、とも考えてしまう。

 

「では、ミス・ヴァリエールには『土くれのフーケ』を捕らえたものとして、勲章の授与を申請しておこう。無論、勇敢に杖を掲げ、ミス・ヴァリエールを助けたものとして、ミスタ・コルベール、ミス・ツェルプストー両名にも報奨が降りるよう手配する」

 

 しかし、勲章という言葉を聞いても、ルイズの表情は明るくなかった。

 

「あの……わたしの使い魔には」

「すまないが、それはできない。使い魔である彼女の扱いは、平民でも貴族でもないのだから」

 

 オスマンははっきりと言葉にはしなかったが、使い魔は平民よりもさらに下の扱いだ、ということだった。

 肩を落とすルイズに、オスマンは続ける。

 

「しかし、じゃ。城から認められなくとも、学院が報奨を用意することはできる」

「……ありがとうございます!」

「さあ、望むものを言ってみよ」

 

 しかし、オスマンの言葉にアルレットは答えない。ルイズがアルレットの顔を伺うと、困ったようにシエスタの方を見た。

 

「アルレット? なんでもいいのよ」

「……違う。シエスタも付いてきた」

 

 ルイズははっとして、恥じるように眉をよせた。

 

「……そうね、ごめんなさい」

「わ、わたしなんて、何もしてませんし……」

「オスマン、シエスタにもいいでしょ?」

「もちろん」

 

 アルレットの失礼に取れる態度にも、オスマンは鷹揚に頷いてみせる。孫のわがままでも聞くような目だった。

 しかし、学長からの許可が降りたにも関わらず、シエスタはメイド服のエプロンの前で手を弄ばせて黙りこんでいる。普段なら指先を伸ばして綺麗に手のひらを折り重ねているところを、彼女らしくない仕草だった。

 

「ほら、せっかくアルレットが言ってくれてるんだから。欲しくないの?」

「それは……」

 

 欲しくないわけがない、とシエスタは思う。

 シエスタはルイズやキュルケと違って、『土くれのフーケ』へと立ち向かう勇敢さをもって捜索隊に加わったわけではない。置いてけぼりにされたくないし、アルレットの傍に居て世話をしてあげたい……キュルケが憤慨したように、そういう浮ついた気持ちで同行したのだった。

 

 それでも、村に残してきた家族にマシな生活をさせてやれるなら、恥を忍んで「金銭が欲しい」と一言告げる覚悟がある。

 貴族に向けて金銭を要求することが、どれほど恐ろしいことだとしても。

 

「お金、が欲しいです」

「ならば毎月の給金の十倍を贈ろう。良いか?」

 

 シエスタは目を見開いて驚いた。そして、大きく腰を折って頭を下げる。

 額が分かれば、その金銭と引き換えにどれだけ贅沢ができるのかも判然としてくる。給金の十倍というのはシエスタにとって頬の緩むような数字だった。オスマンにとっても、王室からの謝礼を考えればまったく痛くない額である。

 

「ありがとうございます!」

「うむ。それで、そちらは?」

「うーん……」

 

 アルレットは顎に指を当てて悩む仕草をする。ふと横を見ると、ほっとしたような様子のシエスタが見えた。アルレットはシエスタの手を取る。

 水仕事で荒れてしまったその指は、ルイズやキュルケ、アルレット自身のようにすべやかで柔らかいものではない。爪の表面だってよく見ればでこぼこしている。それを、アルレットは大切なものを愛おしむように指先でなぞった。

 決めた、とうなずいて、アルレットは口を開く。

 

「わたしは、シエスタをもらう」

 

 予想外の言葉に、アルレットを除く全員が驚きを露わにしたが、それもすぐに納得へと変わる。

 学院に雇われている彼女では世話係として十分に仕事ができないのを、自身が雇い入れて解消しようというのだった。あるいは、単に気に入っているからという理由かもしれない。

 

「まあ、よいじゃろう」

 

 魔法学院で貴族に仕えるのは、街場で働くよりも多くの給金が貰える。人出を募ればシエスタの代わりも明日には入ってこられるだろうと、オスマンは二つ返事で承諾した。

 

「しかし、人の管理もミス・ロングビルがおらんと大変じゃなあ……」

「学長。もしや、人事は彼女に任せっきりで?」

「……なんじゃあ、老人を攻めるような言い草しおって」

 

 もしフーケの仲間に潜入されていたらどうするというのだろう。人事を盗賊に任せていたと聞いて、コルベールは頭が痛くなった。

 

「これで、名実ともにシエスタはアルレットの専属メイドってことかしら」

「あの、あの、わたし、いいんですか?」

「ええ」

 

 浮かれた様子のシエスタに、ルイズは微笑んでうなずいた。

 

「シエスタ。これからもちゃんとお給料払うから。ルイズが」

「……そうよね、わたしが払うことになるのよね」

 

 ルイズは決して多くない小遣いの額を思い出して、大きく肩を落とした。

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