虚無のルイズと異世界の魔王さま   作:乙丸

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17話『伝説の剣(?)Ⅰ』

 ルイズの部屋に戻ると、アルレットはこんなことを言い出した。

 

「今日からシエスタの部屋はここ」

 

 学院の使用人ではなくなったのだから、居場所がないといえばない。しかし、学長に取り合えばそれまで使用していた平民の宿舎のスペースを据え置くことはできたはずだった。

 

 寮とはいえ、貴族の子が住まう場所。三人が住もうが問題ない広さがある。

 しかし、当然ながらベッドはひとつしか用意されていない。

 

 アルレットは夕方に買ったネグリジェをシエスタに押し付けた。

 上質なシルクで編まれたネグリジェの肌触りの良さに、シエスタはお姫さまになったような気分で浮かれていた。それも、アルレットがベッドに潜り込んで手招きをするまでは、である。

 世紀の大仕事をするかのように真剣味と覚悟の灯った瞳で、シエスタは貴族のベッドへと潜り込んだ。文机で勉強をしていたルイズは、ああまたベッドが狭くなるのか、くらいにしか考えていなかったが、シエスタとしては、そこは恐ろしい貴族さまの領域である。同時に、触れがたいまでに憧れているアルレットの横で寝そべるというのがシエスタの緊張を増長させていた。

 

「ルイズは」

「まだ勉強してるから」

「そ」

 

 アルレットは、少し距離を離したところで仰向けに固まっているシエスタに抱きついた。

 

「おやすみ~」

「……まって、わたしも寝る」

「ふふん」

 

 アルレットは勝ち誇ったような表情をルイズに向ける。

 ちょっと嫉妬心をくすぐられたくらいでルイズは折れるつもりはなかったが、これではシエスタが一睡もできないだろうと勉強道具をしまうのだった。

 

 

 

   17話『伝説の剣(?)Ⅰ』

 

 

 朝食の席では、『土くれのフーケ』が獄中死したとの噂が広がっていた。

 巨大な獣が牢の格子を破壊してフーケを食い散らかしたという眉唾らしいものだったが、件の決闘を観戦していた一部にはアルレットと結びつけて考える者もおり、ルイズやシエスタなど彼女をよく知る者であれば、誰の仕業であるかは言わずともわかっていた。

 

 ルイズは隣を見る。黒と赤のドレス姿に、貼り付けたような無表情。流麗な所作で食事を口へと運んでいく様は絵になっているが、近寄りがたい印象があった。ルイズ自身も黒いドレスを身につけているが、真似は出来そうもない。

 

 アルレットの姿を見れば見るほど耐え切れなくなっていく。ルイズは食事の手を止めて口を開いた。

 

「ねえ、アルレット。昨日、何してたの? シエスタは知ってる?」

 

 突然名前を呼ばれたシエスタは、アルレットの後ろで肩を驚かせる。

 シエスタは今日も赤いリボンが特徴的なメイド服のようなドレスを身につけていた。アルレットは隣で同じように食事をさせようとしたが、反感を買うからとルイズが止めた。当人らが納得したとしても、貴族のひんしゅくを買って強い風当たりを受けるのはシエスタである。

 

「昨日は、ルイズさまが授業を受けている間に街へ行っただけですよね?」

「その後」

 

 アルレットはシエスタよりも遅れてホールへと入っている。その遅れた理由をルイズは問いただしているのであった。

 シエスタは分からないといったように首を傾げる。

 

「ルイズの心配しているようなことはない」

「それじゃあ……」

「マチルダは生きている。『土くれのフーケ』は死んだ」

 

 言葉の意味がわからずに考えこむも、理解が及ぶとルイズはほっと息をついた。アルレットが嘘を言うことはない。なら、マチルダと呼ばれたあの女性は生きているし、『土くれのフーケ』という大盗賊は死んだのだろう。

 アルレットは人を処刑台へと送る手助けはしなかったし、牢獄で人の命を奪ったわけではなかった。ルイズの中にあったもやもやとした罪悪感が、霧が晴れるように消えてなくなった。

 

「でも、大丈夫なの? また盗賊になったりとか……」

「心配ない」

「それって、あの剣で切りつけたから?」

「そう。ヴォーパルの剣は賢者によって編み出された、偽りを斬り払う聖具。それがゴーレムであろうと、人の心に巣食う嘘であろうとも虚無へ還す」

「……またよく分からないかっこよさげな言い回ししてるけど、ようするに改心させたってことでいいのね?」

「そうともいう」

 

 ルイズは肩の荷が下りた気分だった。これでフーケの件はすべて丸くおさまり、何も背負うことなく元の日常へ帰っていける。

 しかも、これからはラインクラスのメイジとして。それはルイズがずっと望んでいたことだった。普通の貴族と同じように、勉強をして、魔法の鍛錬に励み、使い魔の世話をする。ただひとつ、魔法の才能がないという欠点のおかげで叶わなかったもの。

 

「ルイズ?」

「……ううん、なんでもない」

 

 愛しい使い魔の声に、ルイズは穏やかな表情で答えた。

 

 

 

 

   ♪

 

 

 

 

 まだ生徒たちが授業を受けている昼の時間帯。アルレットとシエスタのふたりは、王都トリスタニアにある図書館にいた。

 普段なら、アルレットはルイズとともに授業を受け、シエスタは召使の仕事をしている時間である。しかし、アルレットがどうしても調べたいことがあると言い出したので、ルイズはそれを許可し、シエスタはそれに同伴した。トリステイン最大規模の図書館と言われるフェニアのライブラリーは利用に制限があるため、次に規模の大きいと言われる王都の図書館まで足を運んだのだった。

 

 平日の昼間でも、館内にはちらほらと人が見える。貴族も平民も入り混じっているために、アルレットとシエスタのふたりはどうどうと中央のテーブルに腰を下ろし、目立つことなく調べ物に集中できていた。

 

「ねえ、この単語はどういう意味?」

「ええと……ちょっと、待ってくださいね」

 

 シエスタは分厚い辞書を開いて、アルレットの指す単語を探した。

 

「たぶん、自分の内側を見つめること……みたいな、反省とはまた違うんですけど……」

「うーん、なんとなく分かった。これもダメ」

 

 不満そうに言ったアルレットは、手にとっていた本を読みかけのままテーブルの上に積み上げる。

 調べ物は、思った以上に難航していた。そもそも、ハルケギニアとアルレットの居た世界とでは言語が違う。普段アルレットは魔法やルーンの力を用いて意訳を得ているものの、本来であれば文字はおろか言葉すらわからない。そうなれば当然、文章中の伝わりづらい表現や、理解しづらい概念が出てくる。

 とくに、平民のシエスタには読めない難しい本がずらっと並んでいるため、ふたりで四苦八苦するはめになっていた。

 

「こちらの本は、なんて書いてあるんでしょう?」

「……『精霊信仰』って書いてある」

「信仰ですか……なんだかオカルトっぽいのばっかりですね」

「うん……でも、これ」

 

 そう言いながら、アルレットはシエスタから受け取った本を開く。

 

 今まで開いていた本と同様に、系統魔法に関しての内容だった。テーブルに積んであるのは、魔法の本質を論じる本ばかりである。しかし、魔法というのは原理として解明する手段がないもので、論じる書籍はどれも内容が異なってくる。著者の憶測でしかない持論を、本一冊分の論拠で埋めようというのが限界らしい。

 ただ手に取った中でも、精霊という概念を用いているものは初めてだった。

 

 アルレットがしばらく中身を読んだ後、シエスタが声をかけた。

 

「どうでしょう?」

「まだわからないけど、一度持ち帰ってみる価値はあるかも」

 

 アルレットは本を閉じて、ふう、と息を吐く。

 

「じゃあ今日はこのくらいにしましょうか。このまま調べていても埒が明きませんし」

「うん。お腹すいた」

「……あ、ごめんなさい。お昼の時間、こんなに過ぎていましたね」

 

 シエスタは懐中時計を見ながら言う。普段学院で取る昼食の時間から、二時間も遅れていた。あまり空腹に耐えられないアルレットも、今日はよく集中していたのだろうか、と思う。

 

「では、テーブルの本はわたしが片付けておきますね。アルレットさまは休んでいてください」

「んー。つかれた……」

 

 両手を膝において背もたれに寄りかかり、アルレットは体を休める。

 上品な仕草が白いワンピース姿とよく似合う。シエスタは、思わず見とれていた。

 

「どうしたの?」

「……あ、なんでもありません。急ぎますね」

「ねえシエスタ、お昼はパイがいい」

「わかりました。良いお店、王都で一緒に探しましょうね」

「ううん。わたし、いいお店知ってるの」

「……そうなんですか?」

 

 アルレットが王都を訪れたのは3度目のことである。初めて訪れた際に、コルベールを伴って利用した店があった。

 

「うん、シエスタも連れて行ってあげる」

「楽しみ!」

 

 舌の超えたアルレットが言うのだから、それはおいしい店なのだろうと、シエスタは笑顔をこぼした。

 

 

 

「つかれた……足いたい……」

 

 都合4度目の台詞だった。アルレットはシエスタの腕に抱きつきながら、とぼとぼと歩く。

 太陽が稜線近くまで降りてきたため、建物に囲まれた裏路地の通路は影に覆われて薄暗くなっていた。時々アウトローらしい平民を見かけていたものの、奇跡的に襲われるようなことはなかった。アルレットが選んだ道という理由でシエスタは口を出さなかったが、女二人で歩くには好ましい場所ではない。

 それもこの薄暗さなら尚更で、危険に巻き込まれるのも時間の問題かもしれないとシエスタは考え始めていた。

 

「あの、アルレットさま、他のお店探しましょうか。このままだとお夕飯になっちゃいますし」

「…………うん」

 

 図書館を出た後、アルレットのおすすめするパイの店へ向かおうとしたものの、この有様だった。

 歩けど歩けど、店には着かない。王都を一周するくらいは歩いた気がする。どんどんアルレットの表情が曇っていくのを、シエスタはなにも言えずにいた。もしかして場所がわからないのだろうか、と察していたものの、指摘すれば恥をかかせてしまうかもしれない。

 しかしとうとう疲れきってしまったのか、アルレットは白状した。

 

「場所、忘れちゃった……」

「……その、あの……はい」

 

 見るからに落ち込んでいるアルレットを前に、シエスタはいたたまれない気持ちでいっぱいだった。シエスタにとっては、もはやパイのことはどうでもよくなっていた。

 

「わたし気にしてませんから! 大丈夫です! それよりたくさん歩かせてしまってごめんなさい、もっと早くに言えば良かったですね」

「……ごめんなさい……」

「わたしはアルレットさまとたくさんお散歩ができて良かったです」

 

 返事をする代わりに、アルレットはシエスタの腕に抱きつきながら、ぐっと体を寄せた。

 

「では、どこかおいしそうなお店、ふたりで見つけましょう?」

「うん、甘いものがいい」

「そうですね、たくさん頭使いましたから」

 

 王都をさんざん歩いて飲食店を見て回ったあとなので、シエスタもアルレットもある程度の土地勘ができていた。これからどこへ足を運ぼうか。疲れているし近場がいいけど、どうせなら奮発して美味しいものを食べたい。

 そうシエスタが思案している時だった。

 

 ごん、と低い衝撃音が、狭い裏路地に反響した。

 音のした方向、後ろを振り返っても裏路地の道に変わった様子はない。なんだったんだろう、と首を傾げながら前を向き直ろうとしたところで、腕にしがみついていたアルレットが、シエスタの元を離れた。

 

「アルレットさま?」

「危ないからちょっと待ってて」

 

 そう言ってアルレットはひとりで来た道を戻って、足を運んだことのない道へ曲がっていった。

 王都の裏路地は入り組んでおり、もしかすればはぐれてしまうかもしれない。シエスタは見失ってしまう前にアルレットの後ろを追った。

 

 何やら男の声が聞こえた。曲がり道の壁から顔を出して様子をうかがうと、そこにはアルレットの姿の他に、黒いマントの貴族と、身なりの良い平民の姿があった。

 平民の後ろには大きな荷台があり、鉄くずのようなものが積み上げられてる。平民が金属をかき集めて売りさばくことで日銭を稼いでいることは、聞かずとも見て取れた。問題は、金属売りを生業にしている平民の前に立つ、黒いマントの貴族だった。

 

 貴族は杖を抜いていた。そして、平民は怯えて体を震わせていた。

 

「そこの」

 

 アルレットが声をかけた。貴族はそこではじめてアルレットの存在に気付いたようで、一瞬驚く表情をした後、すぐに外向けの貼り付けたような笑みを浮かべた。

 

「こんな場所になんの用だい、貴族のお嬢さん。こんなところに来ちゃ危ないじゃないか。私が保護してやろう」

 

 整えられた三日月型のひげを上下させながら、貴族は下卑た声を出す。そのままアルレットに近寄り、その肩をつかもうとした。

 

「アルレットさまに触れないでください」

 

 シエスタはアルレットに触れようとする貴族の手首をつかんで、放り投げるように手放した。貴族に対してこんな行動に出るなんて、自分自身でも信じられない気持ちだった。けれど、どうしても許せないという気持ちがシエスタの中にはあった。

 汚いものと扱われた貴族は笑みを崩し、みるみるうちに顔を赤くして憤りを露わにしていく。

 

「なんだ、君は! どこの貴族だ! 私が家ごと潰してやる!」

 

 怒号のような声にシエスタは身を縮こませる。そんな様子を見て、アルレットはシエスタを後ろにかばった。

 

「あの荷台の鉄は、おまえのもの?」

「そんなわけないだろう、あんなガラクタ!」

「そう、ならいい」

 

 激昂して赤くなった貴族の顔を、アルレットは無表情に見つめた。その態度に貴族はますます憤慨し、とうとう杖を突きつけようとした。

 

 アルレットは動かない。しかし、ふらりと貴族の体が揺らいた。杖が手から離れ、裏路地の土の上に落ちた。

 そして、貴族は意識を失ってその場に倒れこんだ。

 

「……なに、したんですか?」

「忘却の魔法。目を覚ましたら全部忘れてる」

「そうですか……お優しいですね、さすがアルレットさまです」

 

 諍いらしい諍いを起こしたにも関わらず、互いに怪我のひとつもなかった。穏便に済む手段があれば取ってもおかしくないものだったが、シエスタは感動していた。

 その間に奥で震えていた身なりの良い平民が起き上がって、低い腰でアルレットのそばに寄っていた。

 

「あ、ありがとうございます、貴族様! 私どもが鉄を溶かして使うからって、土のメイジの仕事が減るとか、それで……」

「わたしはべつにどうでもいい」

「そ、そうですか、なにかお礼を出来るものがあればいいのですが」

「なら、それ。もらってもいい?」

 

 アルレットが指差したのは、荷台に積まれた鉄くずに混ざっていた、サビだらけの大きな剣だった。

 

「ん? よくみりゃ、あのときの嬢ちゃんじゃねえか! とうとう俺をもらう気になってくれたか!」

 

 武器屋で出会った時と同じように、鍔の部分をかちゃかちゃと鳴らして大剣が声を発していた。

 

「……やっぱ、やめようかな」

「おいおい待ってくれ! 貰ってくれねえと俺は溶かされちまうんだよ! 助けてくれ!」

「わ、私はまったく構いませんが……これで礼になるなら」

 

 アルレットはこくりと頷く。それを見た平民が、鉄くずの山から大剣と鞘を引き抜いてアルレットに差し出した。

 

「こいつは鞘にしまえば静かになります。かなり重いですが、大丈夫ですか、貴族様」

「……うーん」

「わたしが持ちます。任せて下さい、こう見えても仕事で鍛えられてますから」

 

 そう言って、シエスタが大剣と鞘を受け取る。予想以上の重さに「うっ……」と声を漏らしてしまったものの、アルレットに気を遣わせないためにも必死で平気な顔を取り繕った。平民はそんな様子を苦笑いで見て見ぬふりをした。

 

「助けてくださってありがとうございました、貴族様」

「うん」

 

 アルレットは再びシエスタの腕に抱きつく。そして、元来た道を歩き出した。しかしシエスタが両手に大剣を抱えているため、歩く速度はずいぶん落ちていた。

 

「ところでアルレットさま、このボロ剣、なにに使うんです?」

「俺はボロ剣なんて名前じゃねえ、デルフリンガー、もといデルフと呼べ」

「知らないことは年寄りに聞くのが一番」

「俺を年寄り呼ばわりするな、まあ、6000年は軽く生きたがな」

「なるほど、さすがアルレットさまです。古い剣は古い剣でも、知能を持った剣なら知ってることもあるかもしれませんね」

「おい娘っ子ども! 俺を無視するな!」

「ねえシエスタ、うるさい、これ……」

「そうですね……鞘にしまっちゃいましょう。けどこれ、サビだらけでうまく入るんでしょうか」

「待った待った、もうちっと静かにしてやるから、勘弁ーー」

 

 ガチャ、と大剣が鞘に深くまでしまわれる。

 

「あ、黙った」

「ちゃんとしまえましたね」

 

 静かになって満足した二人は、また店探しを再開した。当たりも薄暗くなって、橙色の街頭がちらほらと見え始めている。店に入っても、昼食というより夕食になってしまいそうだった。

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