虚無のルイズと異世界の魔王さま   作:乙丸

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18話『伝説の剣(?)Ⅱ』

 そろり、と部屋の中に足を踏み入れる。文机に向かうルイズのうしろ姿が見えた。

 シエスタの後に続いて、アルレットも扉を潜り抜けて部屋に入る。

 

「ずいぶん遅かったじゃない」

 

 ルイズが振り向かずに、後ろのふたりに声をかけた。びくりとふたりが肩を驚かせる。

 王都から返ってきたころには、すでに夕食の時間も過ぎていた。本来なら学院の授業が終わる前には帰る、という約束のはずだった。

 

 アルレットは以前、虚無の曜日にルイズになにも言わずコルベールと王都に出掛けてしまったことを思い出していた。また怒らせてしまったかもしれない。恐る恐るルイズの顔色を伺った。

 

 

 

   18話『伝説の剣(?)Ⅱ』

 

 

「夕食、厨房に言って残しておいてもらってるから。今からちゃんと謝ってきなさい」

「……すみません、ルイズさま」

「いいわよ、事情はわかったから」

 

 ルイズは夕食の席に出ないふたりを気遣って、ふたり分の食事を残していた。しかし、アルレットとシエスタは王都で食事を済ませてしまっていた。気遣いが無駄になってしまったこともあって、ルイズの不機嫌は尚更だった。

 

「で、あの鉄くずみたいな剣はなに?」

「ああ、あれはデルフリンガーと言って、アルレットさまが……」

 

 そう言ってシエスタが視線を送ると、アルレットはすでにネグリジェに着替えてベッドの上に突っ伏していた。静かに肩を上下させているところを見るに、眠ってしまったのだろう。普段よりもずっと早い就寝だった。

 そんな様子を見るとルイズの不満もやり場が無くなって、苦笑に変えるしかなかった。

 

「大変だったのね。まあ、いいわ。説明は明日で」

「……すみません。では厨房に行ってきますね。それと、アップルティーも淹れてきます」

「ありがとう、シエスタ」

 

 シエスタが一礼して部屋を出る。ルイズは文机に向き直って、アルレットが持ち帰ってきた分厚い書籍を手にとった。

 タイトルは『精霊信仰』。精霊という言葉に聞き覚えはあるものの、それが『敬うべきなにか』であること以上の知識はない。精霊と魔法にどんな関係があるのだろうかと首を傾げながら、ルイズは表紙を開いた。

 

 

 シエスタから受け取ったアップルティーを口にしながら、本の内容を要約して羊皮紙に書き出していく。

 精霊という不確かな存在に頼った論述がされているものの、書いてある内容はそれなりに説得力があった。長いページをかけて慎重に論拠を重ねているため、結論とされる部分はルイズの中で非常に短くまとめられた。ただ、やはり魔法というのは証明の手段がないらしく、結局のところ推論止まりでしかない。

 内容としては、『魔法という奇跡は、すべて精霊の所業である』という突飛な一文から始まる。そして系統魔法、先住魔法についての基礎を前提に、精霊と魔法との結びつきを論じていく。最終的に『系統魔法は精霊を術者の意思に従わせることで、先住魔法は精霊との対話を経て精霊の意思によって行使される』という短い結論が述べられる。

 著書は、精霊が見えるという亜人の少年との出会いから、『精霊信仰』の執筆に至ったらしい。

 

 ルイズは共感のようなものを覚えながらその本を読みきった。

 先住魔法については詳しくないものの、『精霊を術者の意志に従わせる』という表現は、ルイズの中でしっくりとくるものだった。

 捜索隊としてフーケを捕らえた前日の夜、ルイズはアルレットからある魔法を教わった。フーケのゴレームを一撃で葬り去ったエクスプロージョンである。アルレットが言うにはただの爆発魔法ではなく、人の意識だけを刈り取ったり、兵器だけを破壊したりと特殊な攻撃魔法らしい。ぜひ習得したいとルイズは扱い方を尋ねたものの、アルレットの解説はちんぷんかんぷんだった。

 

 しかし、初めてエクスプロージョンの魔法を使った時、確かにルイズには何かが見えていた。それを精霊と呼称していいのかは分からない。アルレットの言う『彼ら』が、薄っすらと見えていた。そして、ルイズが爆発を意味する言葉を口にすれば『彼ら』はそれに従い、見事にゴーレムを打ち倒した。

 見えた理由は、きっとアルレットから受け取った精気。彼女にとって『彼ら』は当たり前のように見えている存在なのだろう。その彼女の命をもらって、一時的にはあるものの、ルイズも『彼ら』を見ることができた。

 

 あの魔法を自在に使いこなすには、『彼ら』を理解しなければならない。そのための『精霊信仰』という本なのだろうと、ルイズは理解した。

 大きくの伸びをしてその場を振り返れば、シエスタが目を眠そうにこすりながらテーブルに座っていた。ルイズが勉強を終えるのを律儀に待っていたらしい。時計を見ると、普段の就寝時間を大きく過ぎてしまっていた。

 

「あなたも疲れているんでしょう? 先に寝ていればよかったのに」

 

 うつらうつらとしていたシエスタは、ルイズの声をかけられてハッとしたように背筋を伸ばした。

 

「あ……ルイズさま。お勉強、お疲れ様です」

「本、ありがとう。とても勉強になったわ」

「それはよかったです。アルレットさま、ルイズさまのためだって、本当に頑張って探していましたから」

「……ええ」

 

 アルレットは以前、ルイズに言った。

 ーー魔法をあげる。ルイズが、本来使うべき魔法。わたしと同じもの。

 エクスプロージョンの魔法を成功させたのもアルレットのおかげであり、それから先の段階、アルレットと同じ魔法を扱えるようにするまでがふたりの約束だった。

 しかし、アルレットはこの世界の魔法を知らない。ルイズに魔法を教えるための共通言語が無いような状態だった。

 そこでアルレットは『精霊信仰』という本を持ち帰って、ルイズに読ませた。世界は違えど、魔法の本質は変わらない。つまり、『精霊信仰』に書かれた魔法の解釈は、アルレットの持つ魔法の解釈に近いものであると考えられる。

 

「シエスタは先に寝ちゃっていいわよ」

「……まだ続けるんですか?」

「ごめんね。興奮しちゃって、眠れそうにないから」

 

 このまま勉強と鍛錬を続ければ、アルレットの見ている世界が分かるかもしれない。そうすれば、自分も彼女と同じ魔法を使えるようになるかもしれない。

 ルイズは充足感を噛み締めながら、新しい羊皮紙を取り出して、ペン先をインキに浸した。

 

 

 

 

   ♪

 

 

 

 

 夕暮れ時の静まり返った雑木林に、弱い風が吹き抜ける。木から伸びた枝々がゆらいでささめきを鳴らした。ひらひらと葉が落ちて、ルイズの頭の上にちょこんと乗る。

 ルイズは杖をぶんぶん振り回しながら、興奮気味に言った。

 

「もしかして今の魔法、成功した!? 風、吹いたわよね?」

「……なわけあるか。たんなる自然の風だ」

 

 デルフリンガーがかちゃかちゃと鍔の部分を動かしながら、呆れたような声を出す。今しがた吹いた風が自分の手によるものではないとわかると、ルイズはがっくりと肩を落とした。

 

「……ねえアルレット、なんでこんなボロ剣持って帰ってきたの?」

「ごめんルイズ……なんか、思ってたのとちがう、失敗だったかも」

「あん? 勝手に期待して勝手に裏切られた顔すんな!」

 

 学院の授業が終わり、3人(うちひとりは剣)でルイズの魔法の特訓をはじめたものの、ことは停滞していた。

 デルフリンガーの言い分は正しいかもしれないが、その前に魔法の特訓と聞いて「俺が指導してやる!」と豪語したのも彼である。その責任は十分に問いつめなければならなかった。

 

「だいたい、どうやったらこんなのが6000年も生き残るの? 冗談でしょ」

 

 自称6000年前から存在するというインテリジェンスソード。

 しかしデルフリンガーの見た目はボロ剣。錆びついて脆くなっているような恰好で、一振りで折れてしまいそうな頼りなさだった。

 

「この剣、魔法がかかってる」

「へ?」

 

 デルフリンガーは気の抜けたような声を出す。そして数秒の静寂の後、大声を上げた。

 

「あーーー!!」

「うるさいわね!」

「思い出した! いやー思い出した! あんまりにもろくな使い手が現れねえんで、倉庫の奥で腐ってるつもりでボロ剣の恰好してたんだった!」

「はい? これが本当の姿じゃないってこと?」

「たりめえだろ、このデルフリンガー様が錆びつくはずがねえ!」

「うるさい……」

 

 アルレットが耳をふさいでデルフリンガーの騒々しさに抗議する。

 この剣、4000年も生きているとか、本当の姿があるとか、うさんくさいことこの上ない。ルイズはすでにデルフリンガーを胡乱げな目で見ていた。

 

「静かにしなさいよね、それで本当の姿って? あるんなら早く見せなさい」

「おし待ってろ、すぐこんな姿とはおさらばしてやる! ……えーと」

「どうしたの?」

「いや、どうやんだっけな……」

 

 デルフリンガーがかちゃかちゃと鍔を動かすのをやめて、沈黙する。

 

「忘れちまった」

「あ、そ」

 

 とうとう見限ったルイズはデルフリンガーに背を向けて、魔法の鍛錬に戻ろうとする。

 

「おい! 本当だからな! 俺の本当の姿はこんなんじゃねえ!」

「うるさい……アルレット、それ鞘にしまっちゃって」

「わかった」

 

 アルレットはルイズの言うとおりに、デルフリンガーの柄を掴んで鞘にしまおうとする。その瞬間、騒がしかったデルフリンガーの声がぴたりと止まった。

 

「……こりゃおでれーた。嬢ちゃん、使い手ってだけじゃねえな。使い手で担い手なんて、前代未聞だこりゃ」

「担い手?」

「おい嬢ちゃん、俺の魔法を解け。担い手にできないなんて言わせねえ」

「できるけど……まあいっか」

 

 そういってアルレットはデルフリンガーに手をかざす。

 そして、数秒と経たないうちだった。音もなくデルフリンガーの刀身が真っ白な光に包まれていく。光はやがて収まり、黄金色の輝きとともにデルフリンガーの刀身がふたたび外にさらされる。それは、光に包まれる前とはまったく違った姿をしていた。

 

 傷一つない、不思議な輝きを放つ大剣。わずかな汚れも見当たらないというのに、6000年前から存在すると言われても疑いが持てない。この剣が傷付くところがまるで想像がつかないほど、圧倒的な存在感を放っていた。

 姿を変えていたというのも納得ができる。人を狂わせるほど位の高い宝物だ。ろくな使われ方をしないなら、倉庫で埃をかぶっていたほうがマシというのも言い過ぎではない。

 

「アルレット? これ、なにしたの?」

「ディスペル・マジック。魔法を消すやつ。本当はあとでルイズにこれをやって欲しかった」

「おい、俺は実験台か! ……いやーしかし、こりゃ気分がいい。どうだ娘っ子、見たかこれが俺の本当の姿だ!」

 

 見た目は変われど、口はまったく変わらない。ルイズは今までのぞんざいな扱いを謝罪しようか迷ったが、褒めれば図に乗ってますます騒がしくなるのが安易に想像できたため、言葉を吐き出さずに飲み込んだ。

 

「……すごく見えやすくなった」

 

 アルレットがデルフリンガーを両手で持ち上げて、正面に構える。そうしてアメジスト色の瞳で、輝きを放つ刀身をじっと見つめた。

 

「お、おい、なにしてんだ」

「黙って」

 

 聞きたいことはあったが、ルイズはアルレットが集中しているのを見て、それが終わるのを静かに待った。

 やがて満足したのか、アルレットがデルフリンガーを下ろして雑木林の土に突き刺した。そして足元をもつれさせて、ふらり、と倒れかける。

 

 ルイズは慌ててアルレットの華奢な肩を支えた。そのまま顔を覗き込むと、少し熱が出たような赤い顔が見えた。

 

「もしかして、デルフリンガーの中を覗いたの?」

「……うん。疲れちゃった」

「無理しないでいいのに……もう」

「ん……」

 

 精気が足りないと、アルレットはルイズにキスを求めた。ルイズはデルフリンガーの目を気にしたが、これからもしなければならないことなので、所詮は剣だからと割り切ることにした。

 

 

 

「ありがと、ルイズ」

「ん」

「いやあ、娘っ子たち。ずいぶんと情熱的なキスだっーーふがっ!?」

 

 ルイズは土に突き刺さったデルフリンガーを無言で蹴りつけた。

 あの行為はアルレットが生きるために必要なことで、笑われていい気はしない。ただ、そもそもアルレットが熱に浮かされたような目でルイズを見るので、そう見られるのも仕方ないといえば仕方なかった。

 

「からかわないで。お願い」

「……あー悪かった悪かった。そんな顔すんなって」

「で、アルレット。この剣、本当に6000年も前のものなの?」

「うん……始祖ブリミルの使い魔が愛用してた武器みたい。頑丈だし、魔法を吸収する特性もあるし、まあまあすごいやつ」

「それは……」

 

 始祖ブリミルの名前が出てきて、ルイズは言葉を失う。それに相当する威容は、確かにある。

 アルレットの瞳は人だけでなく悪魔の中身まで見通すもので、剣に対しても正確に働くことに疑問はない。そしてなにより、彼女は嘘をつかない。

 目の前で光る大剣は、正真正銘、伝説の剣だった。

 

「おお、おお、そうだ! 魔法を吸収するみたいな特技もあったな! つーことで、嬢ちゃんみたいな使い手が俺様と組んだら文字通り一騎当千よ」

「それって相当すごいじゃない。それに、始祖ブリミルを知っているってことよね、あんた」

「おうおう! 懐かしい名前だなあ。そういや娘っ子、誰かに似てんなと思ったらブリミルのねーちゃんだ」

「そんな恐れ多いこと、あるはずないでしょ。伝説といえど、長く生きてると頭はそうとうボケてるのね。

 あと気になったんだけど、なんでその子の呼び方が嬢ちゃんで、わたしが娘っ子なのよ」

「そら気品の違いよ、見たところ娘っ子と比べるべくもないだろ」

 

 デルフリンガーの冗談っけのない言葉に、「うっ……」とルイズは声を漏らす。自分がアルレットにいろいろと負けてしまっていることは重々自覚しているところだった。

 ただ、アルレット自身の中に位付けはない。ルイズやシエスタは自分と隣り合うもの、という考えをふたりは十分に知っていたため、劣等感を覚えることはなかった。

 

「大丈夫、ルイズ。わたしより素質あるのよ?」

「……え、ほんと?」

「んなわけあるか、どうみてもへっぽこじゃねえか」

 

 ルイズは無言でデルフリンガーのそばにより、ふたたび刀身を蹴りつけた。

 

「ねえアルレット、こいつの中身、もう覗いたのよね。ってことは用済みよね、こんなボケた老人」

「なあ、老人は言いすぎじゃねえか?」

「だって、いろいろ忘れすぎてるから話しても実りがないもの」

 

 剣を振る使い手もいなければ、自分の能力すら忘れていたというのに、なんの役に立てるというのか、とルイズは考えていた。加えて、すでにアルレットがデルフリンガーの中身を見通してしまっているために、デルフリンガーの話せることはすべて知っている状態でもある。

 

「うん。用済みだしデルフリンガーは今度街に返してくる」

「ちょいと待て! そらねえだろ!」

「……冗談。結構つよいみたいだし」

 

 そう言いながら、アルレットはデルフリンガーの柄をつかみ、鞘に挿しはじめる。

 

「しまうのも無し! 話せば分かる、ちょっとだけ俺の話をーー」

 

 ガチャリ。

 

「やった、黙った」

「よくやったわ」

「この剣のおかげでいろいろ分かった。虚無の担い手のこととか、ハルケギニアの魔法のこととか」

「……それはすごい成果ね。いくらで買ったの? あれ」

「タダ」

「ま、あんなサビだらけじゃそうよね」

 

 肩をすくめてから、ルイズは鍛錬を再開するべく杖を握り直した。

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