虚無のルイズと異世界の魔王さま   作:乙丸

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19話『親友』

「武器は人を傷つけるものだから」

 

 デルフリンガーを所持する気はないと、アルレットは言った。

 アルレットの発言はデルフリンガーの存在を否定するようなものだった。これにはルイズも、さすがにデルフリンガーの気持ちを考えたほうがいいとアルレットを諭す考えが湧いたものの、当のデルフリンガーは文句も言わずすんなりと受け入れた。

 「使う必要がないならそれでいい」というデルフリンガーの言葉に裏はなく、自虐を込めた様子もなかった。必要ないなら必要ないで喜ばしいと、簡単に笑い飛ばせるのは年の功が成せる振る舞いかもしれない、とルイズは思った。

 

 しかし翌日、デルフリンガーは激しい後悔に襲われていた。所持する気はない言ったアルレットが取った行動は、デルフリンガーをコルベールに譲る、というものだった。

 デルフリンガーに魔法を吸収する特性があることを伝えるとコルベールは喜々として受け取り、これは素晴らしい研究材料だ、と興奮を露わに研究室にこもってしまった。

 

 夕方、シエスタは研究室のある棟から、悲鳴を聞いた。誰の悲鳴かは、言うまでもない。

 

 

 

   19話『親友』

 

 

 ベッドの上、ネグリジェ姿のふたり。夜も更け、窓の外の闇はますます深まっている。

 いつもよりずっと長いキスだった。いつもより、お互いの顔が赤くなって、息が上がっていた。

 アルレットの額に滲んだ汗が、ルイズの額に落ちた。アルレットはルイズに覆いかぶさったまま、ふたたび桜色の唇に自分の舌を割り入れる。ルイズはまぶたを閉じ、湿ったまつげを揺らしながら、なすがままにそれを受け入れた。

 

 もう何度目か知れない。唇が離れると、アルレットは火照った体をルイズに擦り付ける。体がうずいて仕方がないというふうに、ルイズの上で息を荒くする。そうして疼きが収まるとまた、唇にキスをする。

 まるで動物のように、直情的に欲する。ふたりのあいだに言葉はなく、あるのは熱っぽい息遣いだけだった。

 

 きい、と蝶番が小さく音を立てた。わずかにあいたドアの隙間から、シエスタがそろりと部屋に入ってくる。手に持った盆には、ルイズお気に入りのティーセットの乗っていた。

 扉に鍵をしてから、音を立てないようにテーブルに紅茶の準備を始める。3つめのカップに紅茶を注ぎ終わると、シエスタはテーブルの席に座った。そのまま横目でベッドの方をちらちらと盗み見ながら、顔を耳まで真っ赤に紅潮させて、ふたりの行為が終わるのを待った。

 

「や……もう、だめ……」

 

 ルイズがか細い声を上げて寝返りをうち、毛布に頭をうずめる。ようやく行為が終わったらしいことを知って、シエスタはちいさく息を吐いた。安堵のような、落胆のような、自分でも判然としない複雑な気持ちだった。

 

 頬の赤いアルレットが機嫌よくベッドから降りて、シエスタの隣に座る。ルイズに逃げられてしまったものの、十分満足したらしい。

 

「今日はなんだか、ずいぶんと長かったですね。ルイズさまは大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫。これも、ルイズにとって大事なこと」

「魔法に必要なこと、ですか?」

「うん。わたしの精気をあげて、ルイズの精気をもらって、お互いを混ぜあったの」

「そ、それはまた、なんてうらやましーー」

 

 シエスタは言葉を止めた。視線の先に、毛布の隙間からこちらを睨むルイズの姿が見えた。

 

「……これからも『混ぜ合う』の、するんですか?」

「ううん。とりあえずは、しないつもり」

「そ、そうですか……」

「ちょっとシエスタ! なんで残念そうにしてるのよ!」

 

 がばっ、とルイズが毛布を退けて起き上がった。そして、これみよがしに大きなため息をつく。

 のそのそとベッドから這い出ると、アルレットの向かいの席に座り、シエスタの用意したティーカップに手を付けた。

 

「アルレットも調子のりすぎなのよ」

 

 ふん、と赤く染まった顔を逸らして言う。

 

「でもルイズ、ああするの好きでしょ? 知ってるもの」

「……もう! あのねアルレット、そういうことを人前で言わないで、絶対に。わたしだって恥ずかしいの!」

 

 ふたりだけの状況なら、お互いが知っていることを口に出しても問題はない。ただ、この部屋にはシエスタも住んでいる。ルイズはまた羞恥に顔を赤くして、頭をぶんぶんと横にふった。

 

「いいえルイズさま。わたしはおふたりのこと、誰かに話したり、笑ったりしませんから、大丈夫です」

「……ええ、そうでないと困るんだけど…………はあ、シエスタはいいわよね」

「な、なんでですか。わたしだっておふたりがうらやましいんです。ちょっとだけ……いえ、すっごく。アルレットさまにあんなふうにされて、キスだってあんなに長く……」

「う、う、うるさい……」

「わたし別に、うるさくないです。おふたりがしているあいだはいつも静かにしてますよーだ」

 

 シエスタはすこしむっとしたような表情をする。

 

「ま、魔法に必要なことなの。好きでやってるんじゃないわ」

「そんなのわかっています。そうじゃなかったら、わたし……」

 

 同じ部屋で暮らしているのにひとりだけ除け者のような形になるのは、せめて理由がなければ耐えられない。せざるを得ないからそうしている、という経緯がなかったら、嫉妬と疎外感に狂って死んでしまいそう、とすら思えるのがシエスタだった。それは、ルイズ自身も理解して気にかけていることでもある。

 

「納得できるように説明するとね、アルレットが見ているもの……仮に精霊として、その精霊をわたしも見れるようになるために、この子の精気をもらっていたの。でもそれじゃ、この子は倒れちゃうから、いつもどおりわたしの精気を与えて」

「そ、それで、『お互いを混ぜあった』ですか……」

「うー、うん……そうなるんだけどね」

 

 シエスタがアルレットの何気ない言い回しに執着しているところを見るに、そうとう溜まるものが溜まっているのかもしれない、とルイズは苦笑を浮かべた。

 

「精霊が見えるようになったなら、ルイズさまもアルレットさまみたいに魔法が扱えるようになるんでしょうか?」

「そうよ。フーケ討伐のときみたいに。でも、この子からもらった精気も自分の中に溶けてすぐに消えちゃうし、それって自分の力にはならないから。消えちゃう前に魔法を使う感覚を覚えて、消えたあとも自分で使えるようになろうっていうこと」

「なるほど……」

「わたしね、やっと、自分にできることが分かったのよ」

 

 魔法学院に入学してからずっとそうだった。がむしゃらに杖を振るって、失敗魔法という分かりきった結果を繰り返すだけの日々。教師に尋ねても失敗の原因は分からず、どの本にも解答が書かれていない。出来ることといえば、使えない魔法の勉強をして、爆発に身構えながら杖を振るうだけ。

 今までは、暗闇の中を歩いていた。けれど、今は違う。ようやく先の見える努力ができる。容易い道ではないかもしれないけれど、道なりにずっと歩いていけば、きちんと答えにたどり着くことが出来る。

 

「シエスタとアルレットが持ってきてくれた本と、剣のおかげよ。ありがとう」

「……応援してます、ルイズさま」

 

 幸せそうに微笑むルイズを見て、シエスタは心からの言葉を送った。

 

 

 

 

   ♪

 

 

 

 

「ねえタバサ」

「ん」

「最近あの子、授業に出てないわよね」

 

 ヴェストリの広場を見渡す。演習の授業の一環で、教師である『疾風』のギトーが風のトライアングルスペルの実演を始めようというところだった。トライアングルスペルというのは誰もが憧れを持つところで、広場にいる生徒たちは真剣な眼差しでそれを見守っていた。

 しかし、このタバサとキュルケのふたりは違った。学生の身にしてすでにトライアングルクラスのメイジにまで上り詰めており、目標として見ているのは最高位のスクエアクラス。トライアングルスペルの実演にも、退屈さを感じていた。

 

 気になるのは、ルイズのこと。

 ツェルプストー家とヴァリエール家は隣り合う領地でいざこざも多く、犬猿の仲と言っても差し支えなかった。そのいざこざの中で最も大きな亀裂を生んでいたのが、代々ツェルプストーの者がヴァリエールの恋人を横取りしてきた、というものだった。

 幼いころからヴァリエールとの因縁を聞かされてきたキュルケは、トリステイン魔法学院に留学して、さあヴァリエールと張り合ってやろう、と息巻いていた。しかしフタを開けてみれば、そのヴァリエールは『ゼロのルイズ』。魔法の才能もなければ、恋愛に興味を持たず、張り合うところもないと思えた。

 

 けれど、ただひとつだけ。ルイズは芽の出ない魔法の才能を、どれだけ笑われようと、失敗して怪我をしようと、決して諦めなかった。その貴族としてのひたむきな姿勢だけは、今の自分ではとうてい敵わないと敗北感さえ覚えた。

 張り合いがないと感じていたはずなのに、いつの間にか、ルイズは親友のタバサに並んで気にかける存在になっていた。自分にはないものを持っている。だから、応援したくなったし、いつしか負けたくないと思うようになっていた。

 

「あなたの使い魔は、ルイズについてなにか知らないの?」

 

 そういえば、タバサの使い魔はルイズの使い魔にべったりだった。もしかすると一緒にいるかもしれない、とキュルケは考えた。

 

「最近、雑木林のほうに向かうの見たって」

「一緒にいるわけではないのね。それで?」

「なんか、魔法の鍛錬をしてるって」

「……へえ。あのルイズが授業をサボるなんておかしいと思った」

 

 ルイズといえば、努力家。座学の成績はトップを譲らず、品行もさすがは公爵家の娘というもの。ただし魔法の才には一切恵まれず、生真面目さしか取り柄がないと言っても過言ではないような人物だった……少し前までは。

 キュルケの頭に浮かぶのは、フーケ討伐の際に放った、ゴーレムを打ち倒した光の魔法。ルイズの生真面目さが貴族としての向上心から来ているのなら、確かに学院の授業を欠席してもおかしくないかもしれない。杖も持たずに一撃で巨人のようなゴーレムを打ち倒す魔法を、学院の教師が教えられるはずがない。それよりも彼女の使い魔、アルレットから教わるほうが身になるに決まっている。

 

 前を向き直ると、ギトーはまだ生徒たちに得意の風のスペルを見せびらかしていた。名目である演習授業というよりもギトーによる見世物に近い様相を呈している。

 

 キュルケは横目にタバサを見た。すでに本を広げて、読書で時間を潰そうという体勢に入っている。

 

「授業抜けるけど、タバサも来る?」

「……雑木林?」

「そう。あなただって気になるでしょ?」

「行く」

 

 タバサが短く返事して、ぱたん、と本を閉じる。

 ギトーを囲う生徒たちを尻目に、キュルケとタバサはヴェストリの広場を後にした。

 

 

 

「つまりは魔法に必要なのは精霊との対話。けれど人間と精霊とではまず波長が合わない。そこでこの世界のメイジは、精霊と契約した杖で無理やり波長を合わせ、精霊に命令を下す」

「ふむふむ、なるほどね」

「すごくためになる。先生」

「さすがなのね! 魔王さま!」

 

 タバサとキュルケ、途中で加わったイルククゥの3人は、雑木林で臨時に開かれたアルレットの講義を受講していた。

 教師を褒める生徒たちの言葉に、ふふん、とアルレットは薄い胸を張る。

 

 アルレットはルイズに話した内容をふたたび滔々と語っていく。それは、ここ数日のあいだ自身の特殊な感覚と本やデルフリンガーから得たハルケギニアの魔法知識を統合し、時間を掛けて獲得した魔法の解釈だった。

 

「だから、それぞれの細かな波長の違いが、魔法資質の有無と扱える魔法の種類を選ぶ。キュルケとタバサが同じトライアングルであってもまったく別の性質を持つように」

「わたしとタバサでは元々持ってる波長が違うってことよね。私は火の精霊に近い波長で、タバサは風と水、イルククゥは先住魔法」

「……それで、ルイズの波長はいったいどんなもの?」

 

 失敗爆発で地形が変わりかけていた秘密の練習場。そこに四属性のドット・ラインスペルを使い分けるルイズの姿があった。

 アルレットの臨時講義が行われているのは、その場所から少し離れた木陰である。キュルケは今までの癖で、ルイズが杖を振るたびに爆発が起こるのではないかと身構えてしまう。それほど、ルイズが魔法を成功させているというのが信じがたい光景でもあった。

 

「ルイズの波長は……この世界では、『虚無』と呼ばれるものに当たる」

 

 キュルケとタバサが絶句する。まさか、伝説の魔法系統が実在していて、しかもそれが同級生だというのだから、驚かないでいるほうが無理というものだった。ただ、イルククゥはそれより、無表情のままめったに表情を崩さないタバサの驚き顔を、物珍しさで眺めていた。

 

「だから系統魔法には波長があわないし、いままで失敗し続けてきた……というのが最近わかったこと。ちなみに余も『虚無』に当たるらしい」

 

 アルレットはふたたび薄い胸を張る。

 

「でも、あの子もあなたも系統魔法使ってるじゃない」

「その理由は……絶対に内緒。ルイズが恥ずかしいから言わないでって言ってたから」

「……? 恥ずかしいことってどういうこと? 恥ずかしいことで系統魔法が使えるように成るのかしら」

「内緒」

「まったく検討つかない」

「それはもう、いつものキスに決まってるのね! きゅいきゅい!」

「あ……」

 

 イルククゥの言葉を受けて、アルレットが気の抜けたような声を出す。それでキュルケとタバサのふたりは、なるほど分かったというようにうなずいた。

 

「キスには不思議な力がある」

「ふーん……またしてたのね、アレ」

 

 タバサは頬を染めてわずかに鼻息荒く、キュルケは意地悪を思いついたような顔で言った。

 

「し、知らない……わたし何も言ってないもん……」

「きゅい? 魔王さま、わたし正解? 正解なのね、きゅい!」

 

 両手を上げてはしゃぐイルククゥを見て、アルレットは気まずそうにドレスの生地をいじる。ルイズの嫌がることをしてしまった、という思いが湧き上がってきて、後悔が頭をもたげる。

 

 ごつん、とイルククゥの額にタバサの大きな木杖が当たった。

 

「すこしは人の気持ちを考えて」

「い、いたい……お姉さま……」

 

 それを見て、キュルケが小さく笑みをこぼした。

 

 すう、と緩やかな風が吹いて、キュルケの赤髪が横に流れる。キュルケは自然とルイズの方へ視線を向けた。ルイズが風の魔法を使っているようだった。

 その鳶色の目は、この学院に来てから見続けてきたものと同じ。変わらずひたむきで強い表情をしている。魔法が成功するようになっても、同じだけの力が込められている。

 虚無や韻竜はたしかに伝説の存在かもしれない。ただそれを知ったところで、今までとはなにも変わらない。少なくともこの学院を出るまで変わらずそばに居られるし、張り合い続けていられる。

 

「タバサ、イルククゥ、そろそろ行くわよ。昼食の時間」

「ん」

「やったー! おひるなのね!」

「罰としてあなたはごはん抜き」

「……………………え゛」

 

 その後、やかましいイルククゥを抑えるために、結局のところ『ごはん抜き』は撤回された。

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