虚無のルイズと異世界の魔王さま   作:乙丸

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26話『女神の杵Ⅰ』

 何度目か、会話が途切れる。

 トリステイン魔法学院からラ・ロシェールまでは、グリフォンと言えど半日を要する距離である。ルイズにとって物珍しい空の旅といえど、目的地に到着するまでに間、とくに何をする用事もない。時間は有り余っていた。

 

「ワルドさま」

「なんだい? ルイズ」

「ついに魔法衛士隊の隊長にまで栄進なさったのですね。遅ればせながら、おめでとうございます」

「……ああ、ありがとう。とはいっても、何も変わらなかったよ。一番上まで登りつめても……なにひとつとして……」

「ワルドさま……?」

 

 ワルドはなにか考えごとをするように黙りこんでしまった。少しして、わずかにトーンを落とした声で言う。

 

「でも、君に祝ってもらえてよかった。もしかすれば、少しは頑張った甲斐があったのかもしれない」

 

 

 

   26話『女神の杵Ⅰ』

 

 

 微妙な空気感は、マチルダとシエスタが世間話の話題を振るなど払拭しようと努めたおかげで、ほとんど取り払われた。アルレットとアニーの間にはわずかな隔たりのようなものが残っているものの、初対面のアニーとシエスタも打ち解け、おおむね食事を楽しむことができた。

 4人がトマトオムレツを食べ終わり、アルレットとシエスタは紅茶、アニーとマチルダはコーヒーを片手に食休みを始める。そろそろ込み入った話をしてもいいだろうか、とシエスタはアニーに疑問を投げかけた。

 

「アニーさんも、こちらに召喚されてきたんですか?」

「はい。マチルダさんの妹に」

「なら、すごい偶然ですね。姉妹揃ってなんて……」

「偶然ではないですよ。わたし、アルレットを探しに来たんです」

「あ、そうなんですか」

 

 そもそも召喚魔法とはどういうものなのだろう。魔法をよく知らないシエスタは、曖昧に相槌を打った。

 メイジが使い魔を召喚することは知っているが、使い魔も自らの意志で召喚されることを望めるらしい。

 

「えと、それじゃあ、アルレットさまを元の世界に連れて帰るために来た、とか」

「それは……いいえ。今さら帰っても、仕方ないですから……」

 

 アニーは不満を漏らすような口調で言う。シエスタに向けたわけではなく、アルレットに向けたわけでもない。言葉通り、「仕方ない」というような調子だった。

 

「彼女の体質は知っていますよね?」

「あ……はい」

 

 今朝、噛まれたばかりの首元が痛む。アルレットの体質と言われて思い当たるのは、精力を与えてもらわないと生きていけないことだった。

 

「じゃあ、こちらに来る前はアニーさんが?」

「そういうことになります。以前はわたしがアンジュの城に通って」

「それでアニーさんは、アルレットさまが異世界に消えてしまって、心配だったんですね」

「はい……でも、良かったです」

 

 人から精力をもらうには、なにより同意と相性が必要になる。同意があったとしても、たとえば相性の悪いメイジに召喚された場合には、すぐに精力が足りなくなってしまう。相性が良くとも、同意がなければアルレットは諦めるだろう。

 

 だから、生きていてよかった。

 マチルダは話の内容がわかっていない様子だったが、アニーの安堵の表情を見て、満足気にコーヒーを飲んでいた。

 

 しかしもうひとつ、シエスタの中に疑問が浮かび上がる。

 元の世界にいた時は、アニーが精気を与えていた。なら、精力に困ることもなく、苦労せずに生きていけるはずだった。だというのに、なぜアルレットはわざわざアニーと離れて、ハルケギニアに渡る危険を冒したのだろう。

 

「アルレットの顔色も悪くないですし、シエスタさんと相性が良いんですね」

「あ、いえ、わたしはメイジではないですし、ただの使用人というか……」

「わたしを召喚したのは、ルイズ」

「そうでしたか。ルイズ……ルイズという方なのですね、覚えました。お世話になっているのですからあとで挨拶をしましょう、アルレット」

「……むう」

 

 シエスタは故郷のタルブ村での生活を思い出していた。自分も年の離れた妹に、こんな態度をとっていたような気もする。やっぱり、アニーは妹というよりも、年の離れた姉かもしれない。

 少しむっとした顔を出来るのも、その人に甘えているからだ。故郷で弟や妹の面倒を見てきたシエスタには、そんな甘え方も見慣れたものだった。

 

「そういえば、ヴァリエールの嬢ちゃんは一緒じゃないんだね」

「はい。ルイズさまとは、夜に『女神の杵』亭で合流する予定になっています」

「ふうん、あそこか。ひとまず、尋ね人がこんなに早く見つかってよかったよ。すごい偶然だね、これから魔法学院の方へ向かおうと思ってたんだけど」

 

 マチルダがコーヒーカップを傾けながら、上機嫌に言う。

 

「ところであんたらは、ラ・ロシェールに用事でもあるのかい? アルビオンは今ごろ内乱で観光どころじゃないし、ここらもだいぶ物騒だよ」

「えっと……」

 

 どう答えたものか、とシエスタは言いよどむ。向かいに座るアルレットも同様に事情を話していいのか図りかねていた。信頼できる相手とはいえ、密命は密命。情報を漏らしてしまえばルイズの信頼にも関わってくる。

 どうやら話が進まないらしいのを察して、助け舟を出すようにアニーが疑問を口にする。

 

「……内乱状態、なんですか?」

「ああ、あんたには話してなかったっけ。近ごろレコン・キスタなんていう戦争したがりの貴族連合が現れてね、内憂で不安定だったアルビオン王室を謀略にかけて内乱状態。保って三日、そろそろ王室のあるニューカッスル城も落とされるころさ」

「……そうですか。この世界には、戦争があるのですね」

 

 アニーは胸に手を当て、悲しげに目を伏せる。修道服の格好と相まって、その姿はまるで本物のシスターのようだとマチルダは思った。

 

「まるであんたの世界では戦争がなかったみたいな言い方だけど」

「ええ、そのとおりです。わたしとアルレットの居た世界には、人や国よりも恐ろしい存在がありました」

「戦争どころじゃなかった……ということは、災害などが多い地域だったのでしょうか?」

 

 アルレットは元いた世界のことをあまり語りたがらない。シエスタにとって強く興味を惹かれる内容の話だった。

 シエスタの質問にアニーは少し悩んでから、小さくうなずいて肯定する。

 

「たしかに災害と言えるかもしれません。正確には、悪魔と呼ばれるものです。軍隊などを国の外へ持ちだしても、他国へ侵攻する前に、悪魔の手に呑まれて壊滅するでしょう」

 

 マチルダはラ・ロシェールまでの道のりで遭遇した悪魔を思い出していた。

 たしか、アニーはアルラウネと呼んでいた。アルラウネの声には強い催眠効果があるらしく、彼女の指示に従って耳をふさいでいなければ、精神を蝕まれてまともではいられなくなっていただろう。

 悪魔の一匹が悲鳴を上げただけで、声の届く範囲にいるすべての人間が行動不能になる。そんなものが蔓延る世界なら、たしかに戦争どころではない。あるいはそのおかげで、人と人とが争うこともなく、手を取り合って生きているような世界なのかもしれない。

 

「ただ、ここはハルケギニアだ。元の世界に帰る気がないなら、戦争とも付き合っていくしかない。しかも目下にあるレコン・キスタとやらの目標は、『ハルケギニアの統一』と『聖地奪還』。どうやったって身近なところで血が流れる」

「……とても苦しいですが、受け入れなくてはならないのですね」

「とくにこの世界の貴族っていうのは兵士だからね。もしトリステインが戦火に巻き込まれれば、魔法学院の生徒ですら戦力として徴集するだろうし。たとえ逃げたとしても、ヴァリエールの嬢ちゃんほどのメイジなら王室は血眼になってでも探しだして戦場へ送り出すさ」

 

 生き残りたくば力を振るえ、と。国は貴族のためではなく、大多数の平民のためにある。少数の貴族の犠牲で多くの平民が助かるのだから、個人の意志は徹底的に黙殺される。

 

「戦争、なんですよね……」

 

 シエスタがぽつりとつぶやく。アンリエッタの密命は、戦場をこえてアルビオンの王子……つまり、レコン・キスタにとっての敵将に接触すること。この密命を受けた時点で、すでに戦争の渦中にいることになる。

 今回の任務を除いても、ルイズがメイジである以上、切っても切り離せない。

 

「アルレット、シエスタさん。危ないことに巻き込まれているなら、どうぞ話してください。わたしはアルレットを助けるためにこの世界に来ましたから」

「アニー……でも」

 

 アルレットはなにか言いたげな様子でアニーの顔を覗きこむ。心配そうに、相手を案ずるような目だった。それに対して、アニーは穏やかな表情で首を横に振り、アルレットの手を握った。

 

「……ごめんなさい」

「いいんです、アルレット。マチルダさん、そういうことなので、少しご迷惑をお掛けするかもしれません」

「いいや。あんたたちには返しきれない借りがあるからね、わたしも協力するよ。

 まあ、つもる話もあるだろう。ただ、このラ・ロシェールはアルビオン行きの船が停泊する港町になってるから、レコン・キスタの連中もそこらをほっつき歩いてるかもしれない」

 

 だから話し合いは場所を移してからにしようと、マチルダは席を立つ。

 入店したころから時間も経って、店内にもちらほらと客の姿が見え始めていた。

 

 

 

 

   ♪

 

 

 

 

 風石を利用した『空飛ぶフネ』も、暗闇での航行は危険を伴う。

 つまり、フネを走らせるのは明朝から夕方まで。日が落ちてしまえば仕事を終えた船員たちがラ・ロシェールの街並みにごった返す。この街の夜が騒がしいのは、酒場の賑わいがあるからだ。

 

 酒場から漏れる橙色の明かりが、ルイズの不安げな横顔を照らす。喧騒が遠く聴こえた。

 

「不安かい?」

「……不安でないはずがありません。戦場なんて見たことありませんから」

 

 返ってきた素直な答えに、ワルドはふっと笑う。

 

「変わったね、ルイズ。昔のキミはあんなに負けず嫌いだったのに」

「え……そうでしょうか」

「ああ。ずいぶん柔らかくなった。まるでキミの姉――カトレアみたいだ」

「……それは」

「言葉遣いもあるだろう。しかし、中身がそっくりだよ」

 

 頬が熱くなるのを感じた。メイジの落ちこぼれと言えど、公爵家の娘として生まれた。両親譲りの容姿を褒められることは多かった。貴族としての姿勢や努力を褒め称えられることも、少なくはなかった。

 けれど……ここまで気持ちが舞い上がることは、一度もなかった。

 それは、大好きな姉の名前が出たからかもしれない。思ってもいなかった。自分が、あんなに大きな暖かさを持った人に、似ているだなんて。

 

「……すまない。なんというか……彼女と比べるべきではなかったね。ルイズはルイズなのだから」

「いいえ、いいえ。わたし、とても嬉しくて。言葉を失ってしまいました」

「そうか、ならよかった。嫌われてしまったかと思ったよ。しかし、ルイズは本当にカトレアのことが好きだったからね」

「……ええ、大好きです。でも、気付きませんでした。好きというのは、憧れの裏返しだったのですね」

 

 誰かに似ていると言われて気持ちが舞い上がるのは、それが憧れの人だからだ。

 

「ワルドさまは、本当にわたしのことが好きですか?」

 

 ワルドの顔から、ふっと表情がかき消える。青みがかった瞳が街の明かりを反射していた。その色からは、何も読み取れない。

 

「……ああ。僕はキミにあこがれているんだ」

 

 

 ラ・ロシェールの街はそう広くない。お目当ての宿、『女神の杵』亭にはすぐにたどり着いた。

 一階は広々とした酒場兼食堂になっており、顔を赤くした貴族たちが談笑していた。しかし、あくまで貴族の利用する建物らしく、ラ・ロシェールの他の酒場よりいくらか落ち着いている。

 

 すぐに宿の亭主が現れ、宿泊する部屋に案内される。2階の隅にある小ぢんまりとした一室だった。空き部屋はほとんどなかったらしい。

 ただ貴族ご用達と言われる宿だけあって、調度品は小奇麗で、ベッドも上質なものだった。

 

「長旅で疲れただろう。今日は早く休んで、明日の明朝出立しよう」

「はい。それとワルドさま、ご存知でしょうか。ラ・ロシェールの方に、今回の密命に協力してくれる方がいらっしゃると。姫殿下から、同じ『女神の杵』亭に泊まると聞いております」

「それは本当かい? 聞いていなかったな」

 

 訝る様子もなく、ワルドは肩をすくめた。

 

「不確定なことですから、姫殿下も簡易の封書には載せなかったのでしょう」

「なるほど。なら、夕食の席で挨拶を交わそうか。顔はわかるのかい?」

「ええ、わたしの知り合いです」

「そうか。姫殿下も、顔見知りのほうが協力しやすいと判断したんだろうね。それにキミの初めての任務だ」

 

 重大で過酷な任務だというのに、人員はすべて顔見知り。アンリエッタの配慮がはっきりと感じ取れた。

 ルイズは今さらながらに、人に恵まれていることを実感する。自国の姫とスクエアメイジの許嫁を味方につけて、さらには誰よりも強力な使い魔もいる。カトレアやシエスタのように心を支えてくれる人は、一見誰にでも務まるように見えて、決して替えが効かない。

 

「お腹が空いてしまいました。もう夕食は準備されているのでしょうか?」

「分からないが下に降りてみるのもいいだろう。何もなくとも、酒瓶ならすぐに開けてくれるさ」

「ええ」

 

 ワルドの後に続いて部屋を出て、一階に降りる。

 面積としては学院の食堂の半分ほど。それでも酒場として利用する客と宿泊客、両方が押し寄せても、十分に収まる広さをしている。

 今日は席の半分が客で埋まっている。これだとアルレットとシエスタを探すのも一苦労かもしれない、と考えたところで、こちらに手を振る女性の姿が見えた。

 

「……ミス・ロングビル?」

 

 そして、その横にはタバサに似た青髪の女性と、向かいにアルレットとシエスタの姿が見える。

 

「あの席にいる女性たちかい? 協力者というのは」

「あ……はい。そうなると思います」

 

 ワルドを先置いて、ルイズは急ぎ足でテーブルに向かう。椅子はちょうど2席空けられていた。

 

「あの、ミス? どうしてここに?」

「久しぶりじゃないか、ヴァリエールのお嬢ちゃん。あとあたしはただの平民なんだ、ミスなんてやめて、マチルダと呼んでおくれ」

「は、はあ」

 

 ロングビルという名前は伏せたほうがいいのだろう、ということを察したものの、どうしてここにいるのかが分からない。それと、マチルダの隣にいる青髪の女性も。

 

「はじめまして、お嬢さん方。僕はワルド。こんな場所だから詳しくは伏せるが、風のスクエアだ」

「どーもご丁寧に。堅苦しいのは嫌いだ。とりあえずそこに座って酒でもどうだい、好青年」

「っはは、剛毅な女性も嫌いじゃない。ではお言葉に甘えて、そのワインを頂こうかな」

 

 そう言ってワルドは金貨を5枚ほどマチルダの手前に積み上げ、音を立てながら荒っぽく椅子に座る。ルイズもそれに習って、萎縮しながらもいそいそと席についた。

 

「いいね。わたしも嫌いじゃないよ、そういう金払いのいい男はさ」

 

 マチルダは金貨を懐に収めると、グラスのワインを一気に煽った。

 そして空になったグラスとテーブル端に積まれた新しいグラスの2つを並べると、それぞれにワインを注ぐ。

 

「さて、名乗ってもらったことだしこちらも簡単に自己紹介しようか」

 

 マチルダはワインの注がれたグラスをワルドに差し出す。

 

「ああ、よろしく」

 

 そう言ってワルドは受け取ったグラスを低く掲げ、乾杯のポーズを取った。

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