虚無のルイズと異世界の魔王さま   作:乙丸

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33話『暖かな黎明Ⅲ』

「まさか、あの魔法衛士隊の隊長さまが、ねえ」

「アルレットが警戒していましたから、怪しいとは思っていました」

「そりゃ、ご主人さまを取られて妬んでたのかと」

 

 ルイズがアニーとマチルダにワルドのことを伝えると、考えていたよりも軽い調子で、あっけらかんとした声が返ってきた。

 同じロビーに居たシエスタは、昨晩アルレットからワルドについて聞き及んでいたため、驚きもなくその報告を飲み込む。

 

「わたしは必要でしょうから残ります。元の世界でもずっと、そうしてきましたから。マチルダさんは?」

「まあ、アニーの隣で見物していこうかね。面白そうだ」

「け、見物なんて、そんな軽々しく言えるものじゃないわ! 相手は5万よ!」

「返しきれない恩があるんだよ、あの子には。王家への恨みを忘れたわけじゃないが、それとこれとは別だ」

 

 ルイズの非難に、マチルダは大人の表情で返す。これからどんな危険があるかわからないというのに、堂々と言い放つその姿が、言葉に表せないほど頼もしく感じた。ルイズはしぶしぶ引き下がりながら、自分はどうにも姉という存在に弱いのかもしれない、と思った。

 

「危なくなったら、あんたらを城から逃してやるくらいはできるさ。それに知ってのとおり、とんずらには自信がある」

「……分かったわ。シエスタ、あなたは」

「足手まとい、ですよね。でも、わたしは……おふたりのすることを、見届けたいです」

「逃がすのがひとり増えたくらいどうってことない。支えてやんな、勝てる算段があるならあとは心の問題さ」

「は……はい!」

 

 マチルダに背中を押され、シエスタは決意を固めた表情でルイズを見やった。仕方なく頷く。わがままでこの城に残るのは、ルイズも同じだった。

 

「結局のところ、みんな帰らないのね」

「人望、ですね」

「なんだか嬉しそうね、シエスタ。こんなときだっていうのに」

「当たり前です。ここに残るということは、アルレットさまが想われている証拠ですから」

「……そうね。わたしも、あなたも。だから残ったんだもの」

 

 

 

   33話『暖かな黎明Ⅲ』

 

 

 朝食の時間は、静かに、そしてどこか晩餐の名残を感じさせながら過ぎていった。

 その後、ウェールズに話を通したというアルレットが、城に残った王党派の重役とルイズらを食堂に集めていた。白いテーブルクロスの席にシエスタの淹れた紅茶の匂いがたちこめる。

 

「お、お口にあうか、どうか……」

「ありがとう」

 

 紅茶を受け取ったウェールズがシエスタに微笑む。まさに王子さま、という笑みに、アンリエッタのことが少しだけ羨ましくなるような気持ちに駆られた。

 けれど、命を落としてしまえばそんなことも言えなくなってしまう。シエスタには、アルレットの選択が自分のことのように誇らしく思えた。

 

「ルイズ、魔法はどのくらい使える?」

「わからないわ。虚無の魔法は、ほとんど使ったことがないし……でも、フーケのゴーレムに使った魔法なら、まだ何度か打てるはず」

 

 昨晩、アルレットには容赦なく精力を持っていかれた。それでも人並み以上の貯蔵量を維持している。これまでの努力を怠らない姿勢が、魔法に目覚めたあとのルイズをさらに一段階上へと押し上げていた。

 

 シエスタが長方形のテーブルをぐるりと回り、紅茶のカップをすべて配膳し終えた。

 

「ありがとう、シエスタ。今日も、とても美味しいわ」

「恐縮です、アンリエッタさま」

 

 集められた王党派の重役らの視線を集めているのは、最奥の上座に座るアルレットよりも、トリステインの王女、アンリエッタだった。

 

「それにしても、なぜこの場にトリステインの姫が居られるのだ。一刻も早く、脱出の手引きを」

「父上、それは――」

「アルビオン王、それは私が説明いたします」

 

 アルレットがウェールズを制して、アルビオン王のジェームズ1世へ声をかける。王党派の重役たちが、ようやくアルレットへと視線を向けた。

 背の高い椅子に小軀をすっぽりと納めている。ローブもマントも身につけていない、漆黒と真紅のドレスに身を包んだ、昏い瞳の少女。

 一声で食堂が静まり返る。その振る舞いひとつひとつが気品を帯びて、存在の尊さを見る者に顕示している。静かでいて、その瞳の奥に心を揺さぶるようなざわめきを感じさせる。

 

 貴い身に許された、場を支配する間合い。王族すらその雰囲気に呑まれて言葉を忘れる。

 

「私はトリステインの使者にして遠い異国の王、アルレット・ド・ゲヘナ。ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズの使い魔をしております」

 

 人を引きつける堂々たる姿勢と、ゆったりとした話し方。この場において必要な、人を従わせるだけの威厳を小さな体にまとわせていた。隙をまるで感じさせない。目尻や口角の片隅にすら、一片の弱さも残していない。

 演じるのは得意だと言い張っていたものの、まさかここまでだとは、とルイズやシエスタは舌を巻く。

 

「今ここで、トリステインとの同盟を結んでいただきたくこの席を用意いたしました。すでにアンリエッタ女王とウェールズ皇太子には、話を通しております」

「女王とは、まさかアンリエッタ姫は――」

「はい。私は空位となっているトリステインの王座に、即位することを決断いたしました。その上で、ウェールズ皇太子と婚姻を交わし、アルビオンと末永く手を取り合う未来を望みます」

 

 室内がにわかにざわめき出す。今日にも消えてしまうかもしれない王室に持ちかけられた、同盟の提案。理解が追いつかない、という者がほとんどだった。

 

「レコン・キスタはいつ狼煙を上げてもおかしくありません。事は一刻を争います。今ここで、婚姻と同盟を」

「しかし、トリステインの軍が間に合うはずもない。この同盟に一体何の意味があるというのだ」

 

 ジェームズ1世がアルレットに鋭い視線を向ける。それに対して、アルレットは顔色の一つも変えず、淡々と言葉を続ける。

 

「アルビオン王であれば、存じ上げておりましょう。私は王家の血筋であるヴァリエール公爵家の三女と契約した使い魔であり、ガンダールヴのルーンを持つ者」

「まさか、そのような!」

 

 王党派の内、ジェームズ1世だけがその意味を理解し、声を荒らげる。そしてすこしの静寂の後、ぽつりとアンリエッタが口を開いた。

 

「軍が間に合わずとも、この同盟には意味があります」

「なぜだね、アンリエッタ王女」

「……私、アンリエッタ・ド・トリステインは、虚無の奇跡がここにあることを、始祖ブリミルに誓います」

 

 虚無の奇跡。その言葉が、ふたたび室内がざわつかせた。同盟の話を持ち出したときよりも騒々しく、話の荒唐無稽さを表していた。

 しかし、動揺の矛先を王女に向けることは、ひとりを除いて誰もがためらわれた。アンリエッタはまもなく女王となる身であり、現王であるジェームズ1世と並ぶ身である。

 

「……失礼を承知で伺おう。そなたは、本物のアンリエッタ王女かね」

「……はい。これがその証明になります」

 

 アンリエッタが左手を胸元に掲げる。その薬指にはめられた空色の宝石の指輪が、確かな輝きを放ちはじめる。そして輝きは、向かいの席に座ったウェールズへ向かって伸びていった。

 ウェールズは示し合わせたように、左手を胸元に掲げた。そして、同じく薬指にはめられた、今度は新緑色の宝石の指輪が輝きを放つ。

 ふたつの輝きが、アンリエッタとウェールズの間に光の虹をかけた。

 

 王家に伝わるふたつの指輪。その証明は共鳴によって現れる虹を見て行われる。王族であるからこそ否定することのできない、なによりの証明だった。

 

「水のルビーと、風のルビー……どうやら、邪推であったようだ」

「閣下、すでに追い詰められた我々に対して、このような奸計をかける必要などあるますまい。我々にできるのは、奇跡にすがるくらいなものでしょう」

 

 ウェールズの隣に座る、老将軍のパリーがジェームズ1世へ言葉をかける。それに対して、ジェームズ1世は深く頷いた。

 

「しかし、レコン・キスタも虚無の奇跡を名乗っているとの噂もございます。もっとも、真偽は怪しいものですが」

 

 王党派のひとりが言う。アルレットは落ち着きを払った態度でそれに応える。

 

「ラ・ロシェールで聞き込みを行いました、彼らは虚無の威光を借りて反乱軍を作り上げたと。しかし、私の知る虚無の魔法であれば、王党派の数がわずか300になるまでニューカッスルを攻めあぐねているというのは考えがたいでしょう」

「……虚無の魔法とは、いったいどのような」

「ひとつに閃光の魔法があります。精神力に大きく左右されますが、ルイズであれば、戦場の半分を焼き切ることも難しくありません」

 

 戸惑いながらも、おお、と王党派が沸き立つ。

 300の兵では戦場の一角すら落とせないだろう。たったひとりの魔法で戦場の半分を焼き切るというのが事実なら、なるほど奇跡に違いない。

 

「威光を示して民を従わせようと言うなら、レコン・キスタが使わぬ手はありません」

「だというのに、風の噂に留まっているということは……やはりペテンか」

 

 そのとおりだ、とアルレットが頷く。

 

「私どもの国も、レコン・キスタの脅威は他人事にございません。ニューカッスルという絶対要塞をハルケギニアの敵に渡してはならないのです。今、レコン・キスタを討たねば」

「身から出た錆だ、他国には申し訳なく思う。アルレット殿」

「では」

「飲もう、同盟を」

 

 その一言で、場の雰囲気が一変する。元々憂う未来もなかった者たちは、その希望に身を委ねて喝采した。

 虚無の奇跡。伝説では、王家の血筋に現れるという英雄の再来。

 万の軍勢をどうにかできるかはわからない。それでも、来るはずのなかった明日が望めることを喜んだ。

 

「伝説の再来とは言え、大使殿御一行はお若い方ばかりだ。パリー」

「ええとも、ウェールズ殿下。では、さっそく作戦会議をせねばなりませんな。この老骨が力を貸してしんぜましょう。その間、殿下は」

「手早く婚姻の儀を。我々も部屋を移しましょう」

 

 アルレットが指示を出すように言い放って、席を立つ。それに付き従うようにして王党派の人間も席を立った。

 そんな様子を前にしても、一貫してアルレットの表情に変化はない。そこにあるのは、胸の奥で静かに燃え続ける炎。

 「これで最後にする」。アルレットはそう言った。その言葉と決意がどれほどのものであるか、ルイズには手に取るようにわかった。

 

 

 

 

   ♪

 

 

 

 

 奇襲作戦という提案に、アルレットは首を振った。提案主の老将軍パリーの言では、王党派に十分な大義があり、後に責められるものではないという。

 この戦に、トリステインが加わる理由。それは、この戦を終えた先にあるレコン・キスタや他国の脅威を取り除くこと。

 

 トリステインとの同盟関係を明らかにし、王党派は改めて宣戦布告をする。この戦を制したのが誰であるか明白にすることを、アルレットは作戦の第一条件にした。

 望むのは、レコン・キスタの完全なる崩壊とトリステインが有する戦力の誇示。わずか300の軍が正面から5万の兵を打ち破るさまを、敵将の目に焼き付け、王党派は後に虚無の奇跡を他国に喧伝する。

 

 そして敵対するものすべての意思をくじき、始祖ブリミルの加護を受けた虚無の杖が、平和を望むトリステインと王党派の大義とともにあることを示す。

 

 アルレットがその考えを伝えると、王党派の人間はこぞって笑いを上げた。嘲笑ではなく、今の今まで考え得なかった、勝利の展望に対するおかしさだった。半信半疑ながらも笑みを浮かべて奇跡に身を委ねられるのは、見られる夢は見ようと、最後の瞬間まであがく覚悟があればこそかもしれない。

 

 その後、アルレットの考えを汲み取りながら、パリーを中心に作戦が練り上げられた。

 わずか300の人員を散らすことはできない。城に残ったすべての者をアルビオンの艦体に乗員させ、陸地を捨てる。レコン・キスタの誇る万の陸兵はすべて意味を成さなくなる。

 そして空に躍り出た王党派は、アルビオンで最も堅牢とされる艦体『イーグル号』に虚無の担い手を置き、そこを司令塔とする。王党派の艦隊はニューカッスルの上空を飛び、虚無の力を借りてレコン・キスタの艦隊を打ち倒す。

 

 綱渡りではあるものの、制空権さえとれば、消耗を回復する時間が生まれる。あとは残った万の陸兵に対して一方的に攻撃を加え、降伏へ追い込むことができる作戦だった。

 ニューカッスル城を占拠されたとしても、エクスプロードの魔法であればレコン・キスタ兵だけを一網打尽にできる。

 

「虚無の担い手の他に、私も空戦に出ます」

「しかし、そなたは武器を扱うガンダールヴとやら。砲撃でも担当しますかな?」

 

 食堂と同様、会議室の上座に着いたアルレットは首を横に振る。代わりに、指先に小さな炎を宿してみせた。

 両手に杖はなく、見て分かるのはそれがメイジの扱う魔法ではないということだった。

 

「先住魔法と……!」

 

 王党派に湧き上がる動揺と、畏怖。ある者は恐怖を、ある者は侮蔑の感情を示す。

 アルレットはそれをアメジスト色の瞳で受け止める。そらさずに、強く見つめ返す。

 

「アルレット、どうして」

 

 教える必要があったのか、とルイズはアルレットに問う。この世界で先住魔法の存在が忌避されていることを、知らないはずなんてない。開戦前に結束が崩れようとしている。

 

「知られてしまえば忌み嫌われると、分かっておりました。しかし隠し通せぬこと」

「ガンダールヴの力ではありますまい。そなたは一体」

「パリー、私が何者であるかはどうか、詮索しないでいただきたく思います。でなければ」

「……力を貸さぬと」

「はい。のちに彼らがトリステインに攻め入っても、私が討ち果たすまで。どれほどの代償を支払ってでも、私は遂げます」

 

 耳を疑うような内容の言葉。しかし、その声音と表情を見れば、それが嘘やハッタリであると微塵も感じさせない。

 宝石を埋め込んだような双眸は、わずかばかりも揺らがない。その決意の色は、ウェールズが見せたものに似ていた。

 

「……同じフネに乗るということは、生死を共にするということ。覚悟は同じです。

 私は虚無の担い手、ルイズ・フランソワーズによって召喚され、使い魔となりました。始祖ブリミルの手によるめぐり合わせを、どうか信じていただけませんか」

 

 アルレットの言葉を受けてしんと静まり返る中、ジェームズ1世は深く頷く。

 

「もはや、賽は投げられた。我々は誇りとともに剣を振るうまで。その奇跡が真実のものであるかは、始祖ブリミルのみぞ知るところであろう」

「さようでございます、王よ。成せることを成すまで。どのような結末が待ち受けていようとも」

 

 ジェームズ1世の言葉に、パリーが続く。

 そうなれば早かった。王党派は沸き立ち、戦へ挑もうと士気を上げる。あとは剣を取って戦うのみ。

 

「通達を。正午より、我らは狼煙をあげる」

 

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