虚無のルイズと異世界の魔王さま   作:乙丸

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4話『ふたりの秘め事Ⅰ』

 タバサは自身の使い魔を誇りに思っていた。彼女が召喚したのは、すでに絶滅したと言われている太古の幻種、韻竜である。使い魔でも最高位の生物とされる火竜や風竜をも凌ぐ力と知能を兼ね備え、果てには先住魔法まで操ってみせる。並のメイジよりはるかに強力な、まさに規格外の使い魔だった。

 しかし、それを見せびらかせて騒がれては困る理由がタバサにはあった。故に、学院内では言葉と先住魔法を封印し、ただの風竜と偽って過ごしていた。

 

 その使い魔が、昼食の時間になっても現れない。自由奔放なのはいつものことであったが、食い意地の張ったあのやんちゃな使い魔が食事をすっぽかしてどこかへ行ってしまうなんて尋常ではない。

 学院の裏庭で、タバサはやきもきしながら空を見つめていた。

 

 

 

   4話『ふたりの秘め事Ⅰ』

 

 

 ごまかしようのない、血に濡れた制服。

 苦肉の策は、シエスタに知らせることだった。アルレットの瞳を覗いた人物は、この学院でルイズとシエスタの二人である。であれば、頼れる人物は限られていた。

 

 「ねえアルレット。どうしてシエスタに目を見せたの?」と尋ねたら「お腹が減っていた」という理解し難い答えを返されたルイズは、わずかに芽生え始めていた独占欲やら嫉妬心やらの気持ちを雑木林の土にまとめて捨てた。

 やがてシエスタを呼びに行っていたアルレットが帰ってきた。身を隠していた木の影から出ると、アルレットの手に引かれてやってきたシエスタが、小さく悲鳴を上げた。

 ハンカチで汚れを丁寧に拭いていったアルレットと違い、口元を少しばかり拭いただけのルイズは、さながら大怪我を負って血まみれになった人間だった。今にも卒倒しそうなシエスタに、ルイズは心の中で平謝りした。

 

「は、はやく着替えて下さい!」

「まるでわたしがふしだらな格好をしているみたいな言い草はやめて……」

 

 ルイズは怯えるシエスタから替えの制服を受け取って、再び木の影に隠れた。

 

「あれ? わたし、部屋に鍵をかけたわよね?」

「うん。さっそく、覚えた魔法を使って開けたの」

「……覚えた魔法って? まさか錬金なんて言うんじゃないでしょうね?」

「まったく失礼な」

 

 ルイズがサモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントの次に成功させた魔法が、今日の特訓に出かける際に唱えたロックとアンロックだった。傍でそれを見ていたアルレットは、さっそく覚えたとおりにルイズの部屋の扉を解錠したのだった。

 決して彼女の考えていた非常識な行動ではない。アルレットは非常識な言動こそするが、考えは真っ当なものがある。ルイズはその非常識な言動に振り回されて、ひどく臆病になっていた。

 

「わたし、濡らしたタオル持ってきたから、使って?」

 

 アルレットがそう言って、ルイズの隠れた木の影に近寄っていく。

 

「シエスタが、でしょ」

「わたしが持ってきた」

「……そ」

 

 ルイズは木の影から手を伸ばして、濡れたタオルを受け取った。そのタオルの感触から、アルレットの言葉が本当だとわかった。メイドがこんなものを持ってくるはずがない。

 

「なによ、ぜんぜん絞れてないじゃないの」

 

 アルレットの渡したタオルはたっぷり水を吸っていて、ただ持っているだけでもぼたぼたと雫が落ちるほどだった。これでは、廊下の床まで濡らしてしまったに違いない。

 そのまま拭いては水浸しになってしまうため、タオルをもう一度絞ってから汚れを吹くことにした。横1メイルほどのそれを四回に折って、冷たい手を我慢しながらぎゅっとひねると、じわりと水が溢れてきた。ワイングラスいっぱいに入りそうな水の量を見て、同じ体格だというのにこうも力に差があるのか、と思う。

 

 汚れを落とすのと、替えの制服に着替えるのを終えて、ルイズはようやく一呼吸つくことができた。

 

「シエスタ。ちゃんとアルレットに手を貸してあげなさいよね。タオル、びしょびしょだったわよ」

「……申し訳ありません。頑張っているアルレットさまに、水を差したくなかったといいますか」

「これじゃあ水を差すまでもなく水浸しよ」

 

 

 

 

   ♪

 

 

 

 

 タバサは読みかけのページに栞を挟んで、読んでいた本を閉じた。持たれていた煉瓦の壁から身を起こすと、大きく伸びをする。

 そろそろ授業が始まってしまう。主をほっぽり出してどこかへ行ってしまったのだから、ご飯を抜かれても仕方ないだろう。壁に立てかけた身の丈ほどある杖を手に取ると、タバサはズレたメガネを直して芝を歩き始めた。

 

 そして建物の角を曲がろうという時だった。

 女性の小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、やわらかくあたたかなものに弾かれて、タバサは数歩後退った。曲がり角で何かと衝突したのだった。

 

「なんだ、タバサじゃないの。こんなところに居たのね」

 

 ふたたびズレたメガネを直して、声の主を確認する。

 

「キュルケ」

 

 弾かれたのはそれか、とタバサは複雑な気持ちでキュルケの胸を見つめる。

 

「どこ行ってたのよ、心配したじゃないの」

 

 そう言って、キュルケはタバサの頭を抱きしめた。タバサは今しがた見つめていたそれに圧迫され、苦しさを覚えながらも、認めたくない心地良さに目を細める。一人でいることの多いタバサにとって、キュルケの温度は微熱のように心地いい暖かさをしていた。ただ、香水やシャンプーのにおいが混じった独特の女臭さはどうにかして欲しい、と思った。

 

「探したのよ。部屋にも図書館にも居なかったから」

 

 タバサは時々学院から居なくなる。親友であるキュルケにも告げず、唐突にふっと姿を消すのだ。それが、キュルケには心配でたまらなかった。今日もまたどこかへ行ってしまったのかと諦めがちに裏庭を歩いていたところで、偶然にも出会うことができた。

 

 犬みたいに直情的な彼女のスキンシップから開放されて、タバサはふたたびズレたメガネを直した。

 

「メガネ、合ってないんじゃないの?」

「あなたのせいでズレただけ」

 

 タバサがキュルケのそれを見た。

 

「あら、ごめんなさい」

 

 そうして二人並んで歩き出す。タバサは己の使い魔のことをすっかり忘れ、自分の顔を圧迫したキュルケのそれについて思い巡らせ、キュルケは無表情のタバサを姉のような眼差しで見守った。同い年のキュルケとどうしてここまで差があるのか。もう一方は、この子はこんな無表情でどんな小難しいことを考えているのだろうか、と。何かの決まりがあるかのように、決して考えを口に出さない二人だった。

 そんな風に、二人はまったく別の世界に行っていた。こんな出来事が起こるだろうとは、つゆほども思っていなかった。

 

「お~ねぇ~さまぁ~!」

 

 その声を聞いて、タバサが固まった。

 

「あっ! 間違えたのね!」

 

 二人の背後に降り立った己の使い魔、シルフィードに向かって、タバサは背後を振り向かないまま杖を振り上げた。タバサの身の丈ほどあるそれは、シルフィードの頭にごつんとミートした。

 

「きゅい~~! ひどいのね!」

 

 そのタバサと同じく、キュルケもまた固まっていた。声のした方を振り向けば、タバサの使い魔である風竜がいた。そして、その風竜が言葉を発していたのだ。

 

「…………シルフィードって、喋れるの? もしかして韻竜ってやつ?」

 

 タバサは無言で頷いた。無表情ながらも、キュルケにはわかっていた。これは苦虫を噛み潰した顔だと。

 あのタバサをしてそうさせるのだから、シルフィードが韻竜であることは、露呈してはいけないことなのだと察した。

 

「誰にも言わないわ。ね? 許してあげて」

「……わかった」

「きゅい~! お姉さまのお友だち、やさしいのね!」

「キュルケでいいわよ。シルフィードちゃん」

「イルククゥのことは、イルククゥって呼んでほしいのね!」

「イルククゥ? わかったわ」

 

 シルフィードはしっぽを振って喜んだ。この学院には主人のタバサ以外に口をきける人物がおらず、日々退屈な思いをしているのが、ようやく解消されようというのだ。

 タバサはキュルケの友人思いの硬い口を信じて、シルフィードの失敗を受け入れることにした。

 

「それで、どうしたの?」

 

 タバサはシルフィードを睨みつけた。どんな重要な要件があってこんな失敗をしたのか、と責める目だった。

 

「そ、そうだったのね! 大変、お姉さま!」

「……なにが大変なの?」

「うぅ~……怖いのね、お姉さま……」

「そうよー。こんなに可愛いのに」

 

 怯えるシルフィードを、キュルケが頭をなでて慰める。キュルケも竜と言葉をかわすことが新鮮で面白いのか、シルフィードの肩を持っていた。

 

「キュルケはやさしいのね~。お姉さまも見習ってほしいのね」

「……いいから早く」

 

 これだから喋らせたくないのだ、とタバサは苛立ちを覚えながら問いただす。

 

「そう、大変なのね! 見ちゃったのね!」

「なにを?」

「さっき、ここでお昼寝してたら、森の方から血の匂いがしたから飛び起きたのね!」

 

 キュルケが驚いた顔をする。対照的に、タバサはその報告を淡々と聞いていた。

 

「もちろん人間の血! 怖かったから、空からこっそり覗いたの」

「それで、何だった?」

「あれは吸血鬼なのね! お姉さまとおんなじ服のちびがやられてたのね! 今ごろあのおちび、死体なのね!」

「案内して」

「きゅいきゅい!」

 

 タバサは杖を握りしめ、雑木林へ向かって歩き始めた。後を追うように、シルフィードが翼を羽ばたかせる。

 吸血鬼を放っておけば危ないのは自分の身である。外見上人間と区別の付かない彼らは、気付かぬ間に人の群に紛れ込み、コミュニティを支配する。吸血鬼を退けるなら早いうちに手を打つべきだというのを、百戦錬磨のタバサは経験で知っていた。

 

「ちょっと、タバサ! 危ないんじゃないの!?」

「問題ない」

「も、問題ないって、ちょっと!」

 

 死体、という単語に顔を青くしたキュルケは、それでも唇を噛み締めてタバサの後を追った。

 そんなキュルケを、タバサは意外そうな目で見つめた。

 

「付いて行ってあげるわよ。これでも火のトライアングルなんだから」

「危ない」

「それはタバサの方でしょう? 心配しないの」

「……ありがとう」

 

 タバサはその言葉を聞いて、何があってもキュルケだけは守ろうと心に決めた。

 

 

 

 空のシルフィードを追って雑木林を進んでいくと、やがて拓けた場所へとたどり着いた。シルフィードが地上に降りて、あたりを見渡す。

 

「きゅいきゅい? たしかにこの場所……においもする」

「……こっち」

 

 タバサがひとつの大木の幹に足を向けた。

 目を凝らしてみれば、幹の直ぐ側にある土の部分が赤黒く染まっていた。キュルケが息を呑む。タバサは動じた様子もなく、その場でしゃがみこんで変色した土を指で摘んだ。

 土を指で擦ると、だまになってぽろぽろとこぼれ落ちた。それが水気を含んでいることはキュルケとシルフィードにもはっきりと感じられた。

 

「かなりの量。まともに動けるとは思えない」

「それじゃあ……どこに行ったのよ」

「きゅい……遅かったのね」

 

 シルフィードの無駄話が余計だった、とタバサは嘆息した。

 

「今日中に見つけ出す」

 

 相手はいわば、絶好の餌場を見つけたハイエナだ。ひとつ獲物を得たくらいで消えたりはしない。

 この学院にひとり、生徒でも教師でも、使用人でもない人の形をした吸血鬼がいる。そして、閉鎖されたコミュニティの中で異物を見つけ出すのは難しくない。隠蔽もしない相手なのだから、ずっと前から潜伏しているとは考え難い。見当たらなければ聞きこみをして、新顔をあぶり出すだけだ。

 

 タバサは考えを纏め、意を決して立ち上がった。そんな様子を見ていたキュルケは、小柄で人形じみた容姿のタバサがなんだかかっこ良く見えてくるのだった。

 

「それで、吸血鬼の背格好は?」

「お姉さまとおんなじくらいのおちびなのね!」

 

 暗に自分をおちび呼ばわりされ、タバサは眉間にしわを寄せた。

 けれど、文句を言えばまたシルフィードが騒がしくして場を遅らせることになる。話を進めるため、タバサは耐えた。

 

「……ということは、制服?」

 

 年の近い使用人、というのは少ない。人の群に紛れるなら、それは生徒の姿をしている可能性が高い。

 

「なんか、派手なドレス?」

 

 タバサとキュルケはお互いを見合った。

 

「……それは」

「……そうね」

 

 二人はその派手なドレスを、今朝の食堂で見ていた。

 

「あれ、演技だと思う?」

「思えない」

「じゃあ捕まえるのも簡単なのかしら?」

「おそらく」

 

 吸血行為も、場所を雑木林に選んだだけで隠蔽もできていない。先住魔法は脅威だが、押せば泣くような細い少女。頭も力も無いなら組み伏せてそのまま縛ってしまえばいい。

 タバサとキュルケは、シルフィードの証言だけで肩から重荷が降りたような気分だった。

 それでも表情は明るくない。今度は、主であるルイズの身が心配になるのだった。

 

「演技ってなんの話! 二人だけずるいのね!」

 

 シルフィードがしっぽを縦に振った。どうやらのけ者にされているのが気に食わないらしい。

 

「ルイズが召喚した使い魔がそんな格好してたのよ。しかしまあ、あのルイズが吸血鬼なんてものをねえ……」

「手綱を握れないなら持ち腐れ」

「そのルイズって誰なのよ~! きゅい~!」

 

 自分はシルフィードの手綱を握れているだろうか。もしかすれば、人のことを言えないかもしれない。タバサは思った。

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