虚無のルイズと異世界の魔王さま   作:乙丸

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5話『ふたりの秘め事Ⅱ』

 女子というのはどうにも群れたがる生き物だ。買い物をするにもトイレへ行くにも誰かと行動する。仲間外れ、という言葉を蛇よりも恐れるのだ。

 しかし、貴族としての誇りを胸に育った淑女は違う。ここトリステイン魔法学院は紳士淑女を教育する場であり、例えばキュルケやタバサのように一人でずんずん自分の道を進んでいく人間に対して、周囲の人間は仲間外れなどと蔑んだりはしない。それは仲間外れなのではなく、人とは違う特別な道であると尊重し、誇るのだ。

 では幻の古代種、韻竜としての誇りを胸に育った彼女はどうか。

 

「仲間外れなんて許さない! わたしも連れていくのね!」

 

 人間の姿に変身し、キュルケの制服を借りたシルフィード――イルククゥは、主人の頭を大いに悩ませるのだった。

 

 

 

   5話『ふたりの秘め事Ⅱ』

 

 

 教室では授業が行われているころ、捜査隊は人のいない廊下を歩いていた。

 

「それで、被害者の背格好は?」

「う~ん。吸血鬼のおちびと同じくらいおちびだったのね」

「分かることは、それだけ?」

「おちびがおちびに覆いかぶさってておちびが見えなかったのね。たぶん」

 

 おちび、おちびと言葉を繰り返すイルククゥの主、『雪風のタバサ』の眼差しは凍てついていた。

 人間の姿になったイルククゥのスタイルは抜群であり、キュルケとイルククゥに挟まれて歩くタバサはまるで分厚い両壁に囲まれた気分だった。

 

「たぶんって?」

 

 タバサの問いにイルククゥは目を閉じ、うんうん唸って考える。覆いかぶさって見えなかったとは言うが、実のところイルククゥはその被害者の姿をばっちりと見ていた。その姿を忘れてしまったから、ていのいいように覆いかぶさって見えなかったことにしたのだった。

 結局、イルククゥは考えても思い出せなかったので、開き直ることにした。

 

「たぶんはたぶんなのね! きゅいきゅい!」

「わかった。あなたはもう当てにしないから」

 

 ふい、とイルククゥからそっぽを向く。キュルケはタバサらしからぬその仕草を疑問に思った。

 

「待つのねお姉さま! すぐに思い出すのね!」

「なんだ、見てたんじゃないの」

 

 キュルケの指摘にイルククゥはうぐ、と声を上げて口元を両手で覆った。

 

「思い出して、被害者の姿。大事なこと」

「うぅ……お姉さまは当てにしないって言った。騙したのね……」

「嘘をつくのが悪い」

 

 なるほど演技か、とキュルケは納得する。

 知能レベルの差でいいように遊ばれているようにも見えるが、元はといえばイルククゥが捜査を遅らせるのが悪いのである。彼女自身もそのことに気付いていたが、どうしても素直になることが出来ないのは、彼女が寂しいのとお説教が嫌いな甘えたがりだからだった。

 

「あの場所、あの時間、あの出血量……加害者も被害者も、人の多い方へは行けない。

 つまり……授業のある教室付近と、使用人のいる場所へは近づけないことになる」

 

 タバサはメガネをくい、と持ち上げる。

 

「空き教室を虱潰しに回って、血痕一つ見当たらなかった。この棟に潜伏している可能性は限りなく、ゼロ。

 つまり……残るは、学生寮」

「……タバサ、楽しんでない?」

 

 ふい、と顔をそらす。

 

「そんなことない」

 

 頬がわずかに朱に染まった。今度は演技ではないのだろう。キュルケは、そんな親友の姿を見て嬉しくなるのだった。

 

 

 

 学院を回りに回ってから、ようやく訪れた寮。授業で生徒が出払っているため、建物内はしんと静まり返っている。この真っ昼間に身を隠すなら、この場所以外にありえない。タバサはへとへとになった足をかばいつつ、いよいよ確信した。

 

「怖いよ、お姉さま……」

 

 イルククゥがタバサの腕を取って、身を縮こませた。

 昼の静まりかえった寮の姿を知っているイルククゥも、そこに吸血鬼が隠れ潜んでいるとなれば、この静けさが恐ろしいものに感じてくるのだった。

 

 しかし、タバサは顔色を変えず、堂々と廊下の真ん中を歩いて行く。

 

「妥当に考えるなら、ルイズの部屋」

「……そうよね。あの子の死体が転がっていなきゃいいけど」

 

 本人が聞いたら怒り出しそうな言い草で、キュルケが不安げにつぶやいた。

 

 何事もなく目的地まで辿り着く。キュルケの自室の隣、ルイズの部屋の前で立ち止まった。

 

「ここ?」

「しずかに」

 

 首を傾げるイルククゥに、キュルケが人差し指を唇に添えた。

 タバサが扉の前に膝をつき、目を閉じて耳を澄ませる。魔法には、遠くの音を拾うことができるものがある。しかし、タバサはその魔法を用いず、音に敏感と言われる風のメイジの優秀な聴覚に頼った。

 

「……わからない。少なくとも、動いているものはない」

「魔法を使えばはっきり分かるんでしょ?」

 

 扉を離れ、捜査隊は小声で話し合う。

 

「気付かれるかもしれない。もしかしたらトラップがあるかも」

「……あるわけないじゃない、そんなの」

「先住魔法をなめちゃダメ」

 

 キュルケの聞きかじった先住魔法にそんなものはなかった。さらに言えば、先住魔法を扱えるイルククゥも同様だったが、彼女は必要以上に怯えていた。

 

「お、お姉さまの言うとおりなのね、油断は大敵なのね」

「じゃあなにタバサ。不意打ちとかしてみるの?」

「……なるほど名案」

「これって名案……なのかしら」

 

 キュルケは苦笑する。そもそも、音がしないのなら中に誰も居ないのでは、と思っていた。

 珍しく活き活きとしている親友に付きやってやる程度の心持ちで、作戦を提案する。

 

「まあいいわ。タバサがエアハンマーで扉を飛ばした後、わたしが影から躍り出てフレイム・ボールを突きつけるわ。

 そこから、怯んだ相手をイルククゥが取り押さえて身動きできないようにする。これでいいかしら?」

 

 タバサは無表情で、イルククゥは覚悟を決めた顔で頷いた。

 

 

 

 拍子抜け、というほど期待していなかったキュルケも、気が抜けたように肩を落とした。扉の修理に疲れた、というのもあるかもしれない。

 ルイズの部屋が外れなら、一体どこへ行ったというのだろう。捜査は行き詰まって、やがて日が傾き夕暮れどきになってしまった。

 教室のある棟から生徒たちがぞろぞろと出てきて、寮へ向かっているのが見える。

 

 中庭の芝にぐったりと座り込むイルククゥと、難しい顔で考え続けているタバサに、キュルケは掛ける言葉が見当たらなかった。仕方ないので、通りがかった仕事中のメイドに聞きこみをすることにした。

 

「ねえあなた」

「わ、わたしですか?」

「ええ。この辺りで、不自然な血痕とか見かけなかった? それか、怪しい人物」

「ええっ!?」

 

 そのメイド――シエスタは、手に持っていた木箱を取り落として驚いた。それはもう、天地がひっくり返ったような驚きようだった。

 木箱に入っていたりんごたちがごろごろと転がっていく。その一つが座り込むイルククゥの手にあたった。りんごに気付いたイルククゥは、それを呑気に食べ始めた。とても幸せそうな笑顔だった。

 シエスタは額に汗を浮かべた笑顔でりんごを拾い集め、木箱に戻した。

 

「さぁ? 存じ上げませんが」

「そ、そうかしら。突然変なことを聞いて、ごめんなさいね?」

「いいえ、それではわたし、失礼しますね?」

「え、ええ、どうぞ?」

 

 メイドはいかにも重そうな木箱を持って、すたすたと素早く去っていく。

 あれは触れちゃいけない笑顔だった。触れてしまうのは可哀想だった。キュルケは引き止めることができずに、メイドの後ろ姿を見送る。

 

「怪しい」

「え、ええ。そうね」

「問い詰めないと」

「……いいのかしら」

「わたしがやる」

「あ、そう。助かるわ」

 

 タバサとキュルケはメイドが向かった方角にある、学院の厨房へ向かった。イルククゥはタバサらが移動しているのに気づかず、いつのまにやら懐にたくわえたりんごをその場で頬張っていた。

 

「ええ、黒髪のメイドですかい?」

「そう。どこ?」

「シエスタのことなら、ヴァリエール嬢の使い魔の世話があるってんで、寮の方へ行っちまいましたが」

 

 マルトーの話を聞くと、二人は駆け足にUターンして中庭へ戻った。立ち上がってオロオロと辺りを見渡していたイルククゥが、二人の姿を認めると腰に手を当てて鼻息荒く怒りだした。マシンガンのように放たれる文句の言葉を無視し、手を引いて寮へと足を向ける。

 シエスタの行く先に、ルイズの使い魔がいる。今がチャンスだ、とタバサは張り切っていた。

 

 

 

 

   ♪

 

 

 

 

 シャク、シャクとりんごを咀嚼しながら、アルレットはチェスを打っていた。相対するのはルイズの白の駒。長いまつげを揺らしながら、真剣な眼差しで的確な一手を積み重ねていく。

 

「ところであなた、魔王なのにこんなところにいて大丈夫なの?」

 

 ルイズが素朴な疑問を投げかける。王を名乗るならば、玉座にいるべきではないのか。魔王というのも平穏な学生寮には似合わない名前だと思う。

 

「この局面を見るがいい。勝利に、キングは必要ない」

 

 盤面はアルレットの圧倒的優勢だった。黒の駒が、白の駒を食いつぶしている。

 最後に白のビショップを盤上から追い出し、アルレットは高らかに宣言した。

 

「チェックメイト」

「あーあ、つまんない。わたしの負け」

 

 そう言ってルイズはテーブルに置かれたワイングラスにフォークを伸ばし、四角くサイコロ状にカットされたりんごを突き刺す。

 二人分の紅茶と、りんごの盛りつけられたワイングラスを持ってきたのは、傍に控えるシエスタだった。ほとんどアルレットの専属のメイドになったと言ってもいい扱いである。

 アルレットもルイズと同じように、りんごを口にした。十分に咀嚼して飲み込んでから、口を開く。

 

「ゲヘナの大陸でも、同じこと」

 

 フォークをグラスの中にあずけ、チェス道具を収納する黒いケースに盤上の白い駒をしまい始める。

 チェスの盤上に残ったのは、黒の駒だけ。そしてアルレットは、黒のキングをつまみ上げた。

 

「黒と白は、はっきりと分かたれた。ゲヘナには魔族しかいないし、別の大陸には人間しかいない」

 

 アルレットはさらにケースに入った白のキングをつまみ上げて、テーブルの上に黒のキングと共に並べ立てる。

 チェスの盤上には黒い駒、収納ケースには白い駒だけが並んでいる。キングが盤上、ケースのいずれからもはじき出されていようと、そこに支障は生じない。黒と白は決して交わることはない。

 

「もう全部、終わったこと。ひとつの大陸を犠牲にして、人間は魔族から逃げ延びた。魔族もまた、安寧の地を手に入れた」

「ふうん」

 

 ハルケギニアにも始祖ブリミルの複雑な歴史があるように、アルレットの居たゲヘナという地にも同様に歴史があったのだろう。

 

「まあ、よく分からないけど」

 

 アルレットは人間だろうか、魔族だろうか。どちらとも言えないアルレットの居場所はどこだろう。ルイズの中には、そんな考えが浮かんだ。

 けれど、アルレットは「終わったこと」と言った。なら蒸し返す必要もない。

 

 アルレットはワイングラスのフォークに手をのばして、サイコロ状のりんごを口に入れる。その様子を眺めながら、ルイズが呟いた。

 

「お夕飯、食べられなくなるわよ? そんなにりんご食べてたら」

「わたし、すぐにお腹が減るもの」

「あなたの食べ残しなんて食べてあげないから」

「……キスはいいのに?」

「そういう話じゃない」

 

 ルイズはアルレットの食べ残しに手を付けることに対して抵抗はなかった。もっと単純に、胃の大きさの問題がある。ルイズと同じく胃の小さいアルレットは、つまらなさそうな表情でしぶしぶフォークを置いた。

 

 ルイズがちらりとアルレットの側仕えへ視線を移す。ハルケギニアでは珍しい黒髪を肩口まで伸ばした、そばかすの愛らしいメイド。柔らかい表情で二人のやりとりを見守っているが、そのやりとりの内容にルイズは気恥ずかしさを覚えていた。

 このメイドは、どう思っているのだろう。キスだとか魔王だとか普通じゃない言動の一つ一つと、それを受け入れている自分について。せめて、使用人の間に妙な噂を作るのだけはやめて欲しい。

 

 ルイズからそんな風に見られていたシエスタは、まったく別のことを考えていた。それはアルレットの態度についてだった。

 ルイズと会話するときだけ、素のアルレットが現れる。シエスタにあるのは、嫉妬と羨望だった。アルレットの主観には貴族と平民に違いはないことを理解しており、それは彼女の瞳を通して得た事実である。だからこそ、対等な一人の人間として湧き上がる感情があった。

 

「アルレットさま。ものたりないのでしたら、甘いアップルティーを用意いたしましょうか? それならお腹にたまることもありません」

 

 アルレットの表情が明るくなる。シエスタはそれより何倍も明るい表情になった。

 

「早く」

「承知しました。わたし、急ぎますね」

 

 言葉通りに、テーブルのティーセットを抱えて忙しく部屋を後にする。

 

「シエスタって、あなたのこと好きなのね。一体彼女になにをしたの?」

「……うーん、厨房に案内してもらった?」

「その話はもう聞いた。お腹へってたんでしょ」

「そうそう」

「そういうのじゃなくて……好きになるにも理由があるでしょ」

 

 うーん、とアルレットは考える。

 

「わたしはシエスタの、純朴で優しいところと、水仕事で荒れてる手が好きかな」

「別に、あなたのことは聞いてないけどね」

 

 しかしルイズは、なるほどと思った。あの瞳の奥を覗いて、覗かれた。過ごした時間や行動ではなく、その人の中身を好きになったのだと、シエスタと同じ経験をしたルイズには分かった。

 

「そんなことよりルイズ。わたしが勝ったから、約束は守って?」

「はいはい。それで、どうしたらいい?」

 

 チェスで勝ったほうがひとつ言うことをきく。

 それが暇を持て余していたアルレットの発案だった。使い魔の手綱を握りやすくするチャンスだとルイズは勝負を受けて立ったが、結果は惨敗に終わってしまった。魔王をやっていただけあってアルレットの指揮は相当に手ごわかった。

 アルレットは席を立ってルイズへ歩み寄り、その手を取る。

 

「こっち」

 

 ルイズを立ち上がらせると、そのままベッドへ押し倒した。黒いリボンのローファーを無造作に脱ぎ捨てたアルレットが、ルイズへ覆いかぶさる。

 

「ちょっと……まってよ」

「シエスタが戻るまで口さみしいから」

 

 昼間、あんなに吸われたのに。これ以上はきっと耐えられない。心臓が血液を送れなくなってしまう。

 ルイズは怯えた目でアルレットを見た。アルレットの白くて小さい手が、ルイズの前髪を撫でる。潤んだ瞳にキスをした。

 

「大丈夫」

「それって――」

 

 今度は、唇へキスをした。アルレットは舌を伸ばして、口内の薄い粘膜からルイズの命を奪っていく。

 命と言っても、回復するもの。今失っても問題ないものだった。ルイズは安堵して、アルレットの行為に身を任せた。

 

 ルイズは徐々に意識が遠のくのを感じていた。心地の良いまどろみに身を任せて、アルレットの体温に包まれる。

 それから、何かがルイズの中に何かが降りてきた。心地よくて暖かいものだった。雑木林でされたことと、ほとんど同じだった。

 

 ルイズの意識が、またはっきりしてこようかという時。

 

 ――部屋の扉が、暴風によって勢い良く開いた。

 

 部屋に轟音が響いて、アルレットのドレスがばたばたとはためく。風がルイズの首筋を強く叩いた。これは、風の魔法に違いない。

 しかし、アルレットは行為をやめない。アルレットに覆い被されたルイズには、何がなんだか分からなかった。赤と黒のドレスの向こう側には、三つの人影が見える。

 

「そこまでよ!」

 

 聞き覚えのある声と、ぼうぼうと炎が燃える音がする。あれは火の魔法に違いない。

 それでもアルレットは行為をやめない。

 

「その子から離れ――」

 

 ごう、と再び暴風が吹いた。今度は逆方向の風だった。

 風圧によって三つの人影が部屋の外へ吹き飛ばされ、そよ風とともにばたんと扉がしまる。そして最後に、ガチャリ、と鍵が施錠される音がした。

 今度ははっきりと分かった。アルレットが風の魔法を使ったらしい。

 

 部屋がとたんに静まり返る。

 ルイズは思った。ああ、終わった、と。

 

 行為をやめようとしないアルレットを引き剥がして、ルイズは身を起こした。

 

「今……誰か、来たわよね」

「そう? 気のせいだと思う」

 

 アルレットは怪訝そうな顔で首を傾げる。

 

「絶対来たわ。来た」

「来てないって」

「じゃあどうしてワイングラスが倒れてるの?」

 

 テーブルの上を見ると、そこには倒れたワイングラスからりんごがこぼれていた。チェスの駒も横倒しになっている。

 

「さあ……元からじゃない? それより続けよう?」

「とぼけんじゃないわよ!」

「いだっ」

 

 ルイズの手刀がアルレットの額にヒットした。アルレットはその箇所をさすると、不満そうにベッドへ寝転がる。シーツにブロンドの金色が広がった。

 

 ルイズはベッドに腰掛けて大きくため息を付く。それから、見られた、見られた、見られたと何度もつぶやき、両手で顔を覆ってうめきだした。

 騒いでいたわけでもないし、鍵もかけてあった。バレる要素なんて、どこにもなかった。

 どうしてこんな目ばかりに遭うのだろう。不満気なアルレットを見て、こっちがふてくされたいわ、と思った。

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