虚無のルイズと異世界の魔王さま   作:乙丸

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6話『ふたりの秘め事Ⅲ』

 歴史は繰り返す。過ちを繰り返す。連綿と続く血が、遺伝子へと刻むのだ。

 もちろんのこと、ヴァリエールの遺伝子にもそれは刻まれていた。

 

 

 

   6話『ふたりの秘め事Ⅲ』

 

 

「あ、あのー、ルイズ……? さっきは、お邪魔だったかしら?」

 

 ルイズがベッドの上で呻いていると、再び扉が開いた。キュルケとタバサと、もう一人、ルイズの知らない学生服の少女が、影から恐る恐る顔を出す。アルレットの風の魔法で吹き飛ばされたためか、三人とも髪が乱れていた。

 

「きゅい! このおちびなのね、雑木林で食べられてたのは!」

「誰がおちびよ、失礼ね」

 

 見知らぬ少女の放った雑木林という言葉に、ルイズはぎくりとした。そして、おちびという単語も聞き逃していなかった。

 

「それでルイズ、身体は大丈夫なの?」

「まあ、うん」

「……で、なにやってたの?」

 

 答えに窮して、ふて寝する使い魔を見やった。まるで役に立ちそうにないことを察したルイズは、仕方ないと嘆息した。

 

「この子が、ちょっと節操なくてね」

 

 誤魔化すように、答えになっていない答えだった。ルイズはそうする以外になかった。

 タバサとキュルケはイルククゥの証言とあの場の血液の量からルイズの身を案じたものの、今の様子は血色もよく健康そのものだった。秘薬を湯水のように使い、水のスクエアメイジが治療したのだろうと強引に納得する。

 

「彼女、吸血鬼なの?」

「……えーと、違うんだけど似たようなもの? そうよねアルレット」

「違う。余はまお――」

 

 ルイズは急いでアルレットの口をふさいだ。もごもごと抗議するも、彼女の細腕ではルイズの手は解けなかった。

 

「なんでもないわ。吸血鬼と似たようなものよ」

「そ、そう……人を襲ったりはしてないわよね?」

「わたし以外にはね。そこは安心して」

「ならいいんだけど……よくないんだけど、気をつけなさいね? ルイズ」

「あはは……そうね」

 

 哀れみのこもった眼差しに、ルイズは乾いた笑いで返すしかなかったのだった。

 

 そして、ようやく戻ったらしいシエスタが三人の影からひょっこりと顔を出す。

 

「あら? ミス・ヴァリエール、ご学友ですか?」

「あら、あなたはさっきの」

「あ――」

 

 キュルケとシエスタが見つめ合う。シエスタは苦笑して、何事もなかったように部屋へ入っていった。

 カップに注がれる液体へ吸い寄せられるように、アルレットがテーブルの席へ着いた。目の前に用意されたアップルティーを優雅な仕草で飲む。なんとも微妙な空気の中でほっと息をつくと、部外者の三人へ向かって言い放った。

 

「そこへ直るがいい」

 

 有無を言わせぬ無表情の貫禄に三人は従い、アルレットの席の向かいに並び立つ。単に、この空気の中でなにもせず立ち尽くしているのが気まずいというのもあった。

 アルレットは動揺する三人の顔を泰然と眺める。

 

「そこのは、以前余に杖を向けようとした愚か者だな」

 

 アルレットがタバサへ視線を送る。

 タバサは目をそらした。召喚の儀で、ただならぬ気配に思わず杖の柄を握ったのが知られていた。

 間髪入れずに、アルレットの視線が右へ移る。

 

「その隣は、雑木林で覗き見をしていた竜ではないか。なんたる無礼」

 

 三人の表情が驚愕に染まり、ルイズとシエスタは耳を疑った。

 さらに視線が右へ移り、キュルケが息を呑む。

 

「おまえ、今日はサラマンダーを連れておらんか。気を利かせよ」

「……え、ええ。そうね」

 

 キュルケはひとりほっとした。

 

「それと、先ほどの会話について弁明しておこう。余は理性なき獣ではない」

 

 ルイズがアルレットのことを「節操がない」といった件だった。アルレットがティーカップをソーサーに置いて、ふんぞりかえる。

 うそをつけ。ルイズは間髪をいれずに心のなかで突っ込んだ。弁明にしてはまるで根拠にかけている。

 

「度重なる非礼を不問にしてやろう。そのかわり――」

「……そのかわり?」

 

 勿体ぶるアルレットに、イルククゥは目を泳がせながら恐る恐る尋ねる。

 

「余にかしずくがいい」

 

 三人は呆然と顔を見合わせた。

 アルレットの魔法によって一度は部屋を追い出され、髪をボサボサにしている彼女たちである。彼女に対しては、強力な先住魔法を扱う亜人、という認識だった。威圧感もあれば、下手に刺激しては身が危ないとの考えがあった。

 しかし、貴族や韻竜のプライドは、時に命の危険よりも先立つ。どうしたものか、と沈黙する。

 

 やめさせよう、とルイズがため息混じりに立ち上がろうとするも、その前に空気を読まないメイドがいた。

 

「アルレットさま。美しい髪が乱れてしまっています」

 

 シエスタが机の引き出しから無断でルイズの櫛を取り出して、アルレットのブロンドを梳かしはじめた。ベッドに寝転んだ際に、わずかに絡まってしまった後ろ髪を直していく。

 学院の使用人が、生徒である自分たちよりも目の前でふんぞりかえるアルレットを優先した。タバサとキュルケは唖然とする。しかし、使い魔であるイルククゥはぼーっとそれを眺めているだけだった。

 

「うむ。ありがとう」

「いいえ。いつでもお美しい魔王さまでいて欲しいのです」

 

 タバサが「魔王」という言葉に反応する。それは、シエスタが意図して選んだ言葉だった。

 そして、アルレットが召喚された際に、タバサとコルベールの耳にだけ届いた言葉でもあった。

 

「魔王、というのは?」

「あのね、ちょっと痛い子なの。この子。気にしないで」

 

 ルイズがベッドの上から投げやりに答えた。

 

「そんなこと。アルレットさまは、異国の王さまなのですよ」

「……シエスタ」

 

 学院に入ってから使用人に意見されたのは、ルイズも初めてのことだった。このメイドはこんなに粗相ばかりして左遷されたりしないのか、と不安になる。

 シエスタといえば、髪を梳くのも、ルイズの言葉を正すのも、アルレットが軽視されるのが我慢ならないと行動した結果だった。

 

「ま、魔王って、本当? お姉さま……やっぱり、従わないと食べられるのね……言うとおりにかしずくのね……」

「吸血鬼とか魔王とかもそうだけど、主人に向かってかしずけと言う使い魔もそうそう居ないわよねえ」

 

 タバサの腕にイルククゥがすがりつく。

 タバサは身体を揺らされながらも無表情に、同じく無表情で佇むアルレットへと相対していた。かたや感情をうまく表現できない故の無表情と、かたや相手を威圧するためにある無表情だった。

 もちろん、タバサが表現できていないのはイルククゥへの苛立ちだった。

 

「それで、異国って?」

「ハルケギニアではない場所だ」

「そこで魔王だった?」

「そう。ただ一人、魔族の地を統べる者が呼ばれる、栄誉ある名だ」

「……そんなの、信じろって言われて、かしずけなんてねえ……」

「待って」

 

 キュルケが不満を漏らすのを、タバサが制した。

 

「韻竜を使い魔にしてても、あんな先住魔法は知らない」

「竜とはまた違うんじゃないの?」

「お姉さま、あれは系統魔法なのね!」

 

 三人の中で唯一、魔王という言葉を真に受けていたイルククゥが、図らずも二人の認識を改めさせた。イルククゥをそうさせるのだから、ことはエルフを相手にする事態にも匹敵するかもしれない。

 

「それでも、かしずくなんてごめんよ!」

 

 キュルケは貴族だった。そんな様子を見て、タバサも頷く。

 

「お姉さま~! お願い、かしずいて! キュルケも~!」

「無理」

「酷いわね、イルククゥ」

 

 タバサはすがるイルククゥを冷酷に引き離す。イルククゥは涙目になっていた。

 

「ならば仕方ない。力で服従させるしかないようだ」

 

 タバサとキュルケは手汗をかきながら杖を握りしめた。

 ベッドに腰掛けて無気力に事態を傍観していたルイズが、いよいよ立ち上がってアルレットに歩み寄る。

 

「ど、う、し、て! そうなるの!」

 

 席に座るアルレットの後ろから、両頬をつねった。なんと恐れ知らずな、と震えるイルククゥと対照的に、ルイズは引きつった笑みで青筋を立てている。

 

「いふぁい! いふぁい!」

「痛い? 痛いわよね? じゃあもうやめなさい。いい?」

「わふぁった~!」

 

 三人は何が起こったのかわからない様子で、呆然とその光景を眺めていた。

 ルイズの手が離れると、シエスタは急いでハンカチを取り出し、涙目になったアルレットの瞳を優しく拭った。その姿は妹を心配する年の離れた姉のようでもあった。

 

「それとあんたたち、さっきのことは黙ってなさい! いいわね!」

「ベッドでしてたこと?」

「そこ、言葉にしなくていい!」

 

 タバサに向かってびしっと指をさす。にやにやと笑っているキュルケに関してはなんとか怒りをこらえて踏みとどまった。事態の収拾が目的であることをルイズは忘れていない。同じ過ちを繰り返したルイズは、痛烈にそれをかみしめていた。

 

「それでアルレット。本当はどうしたいの? あなたの言葉で聞かせて」

「……部下がほしい」

「部下、ね」

 

 元の世界では、アルレットと対等な立場にある存在がなかったことを、ルイズとシエスタは知っていた。部下という言葉も、本来の意味で使われたのではないことを理解していた。

 

「アルレットさま。そういう時は、お友達になってください、と言うんですよ」

 

 アルレットの脇に控えたシエスタがにっこりと微笑む。

 ひとりでこの場所を訪れたアルレットには、ルイズ以外に親しくできる人間がいない。まるでこの学院に雇われたばかりの頃の自分だと、シエスタは思った。

 

 ルイズにつねられたからか消沈した様子のアルレットだったが、シエスタがその場で身をかがめてアルレットの手を取ると、見るからに表情が柔らかくなった。

 

「わたしがついてます」

「うん……わかった」

 

 シエスタが三人の方を見た。その時、シエスタは「うむ」ではなく「うん」というアルレットの返事に歓喜していた。だから、どうか断らないで、というような鬼気迫る懇願の眼差しを送っていた。

 

「お友達になって……ください?」

 

 疑問符の付いたような言葉だったが、それもかしずけ、なんてものよりずっと伝わる言葉。しかし、状況がわからず首を傾げるタバサ、まだ引け腰のイルククゥ。

 アルレットの言葉に答えたのは、キュルケだった。

 

「そうね。うちのフレイムちゃんと遊んでくれる?」

「言われなくても遊ぶ」

「じゃあ、部下ではないけど、いつでも遊びに来ていいわよ」

「うむ」

「ほら、タバサ。イルククゥも」

 

 タバサはどうしたらいいかわからない様子だった。どうすれば友人として接することができるか、どう応えてやればいいのか。生真面目な性格から、無責任に頷くことに抵抗があった。

 ルイズが、アルレットの表情が曇り始めていることに気付く。

 

「ねえ。割り込んで悪いんだけど、その子ってシルフィードなの?」

 

 タバサを慕っている少女に対して、アルレットが竜と呼んだ時、三人が一様に動揺した。先住魔法には姿を変えるものもあるという。であれば、彼女はタバサの使い魔であるシルフィードなのでないかと予測を立てた。ルイズの言葉に、三人がまた一様に揃って視線をそらした。

 案の定の反応にしめた、とほくそ笑む。切実な目的のために頭をフル回転させているルイズだった。

 

「黙っててあげるから、頷いてあげて。ね?」

「……ルイズ。黙っててあげるのは、こっちも同じじゃない? ベッドでのこと」

「勝手に言えばいいじゃない。もうさんざん恥ずかしい思いしたもの。この子は隠す気さらさらないし。覗き見されてたのに気付いてて言ってくれないし。知らないわ、勝手にしなさい」

 

 キュルケは何を言うのも無駄だと悟り、諦めて引き下がった。

 機微に疎いタバサもルイズの放つ黒いオーラに気付いたのか、どうすればいいか分からなくてもとにかくやるしかないと頷いた。シルフィードの正体は、普段からちょっとやそっとじゃ動じないタバサにとっても致命的な弱みだった。

 

「期待に添えるか分からないけど、分かった」

「よし、次」

 

 強引だけど、まあいいかとルイズは頷く。キュルケとのように、ゆっくりと関係を築いてもらえればいい。

 今度はイルククゥに対して視線を向ける。

 

「きゅい……お姉さま」

「ダメ」

「でも、でも、魔王」

「あなたなら平気」

「無理なのね~!」

 

 イルククゥは幻の古代種、韻竜である。それ故にプライドも高く、召喚されたばかりの頃は主人であるタバサにすら見下した態度を取っていた。理由は、おちびだから。タバサとそう変わらないアルレットも見下すかとおもいきや、野生で育った生き物というのは力の脅威に敏感だった。

 

「キュルケの使い魔とも仲良くしてたじゃない。どうしてできないの?」

「……ルイズが嫌がるから」

「わたしが?」

「人間の目を見るのを」

「……もう」

 

 フレイムとの意思疎通は、瞳を通して行った。けれど、イルククゥは人の姿をしている。アルレットの瞳を覗いたシエスタに嫉妬するルイズの表情を、彼女はきちんと覚えていた。

 言葉は少なくとも、ルイズはアルレットの話す意味をきちんと汲み取ってた。それと同じように、ルイズのことならばアルレットも汲み取れる。それは、アルレットの瞳を通してお互いを知っているからだった。

 

 もっと別のところに敏感になってほしい、とルイズは思う。例えば、盗み見されていたなら場所を変える、とか、もっと人目を気にしてほしいとか。我が強くて、欲望に素直なアルレットに求められることではないけれども。

 

 ルイズはアルレットを立ち上がらせ、肩を押してイルククゥの前へ押し出す。

 ちょうど、向き合う形になった。アルレットは身長差のあるイルククゥの顔を見上げる。怯えた萌木色の瞳が揺らいだ。それを、アメジストを埋め込んだような双眸がとらえる。

 言葉を介さずとも、互いを覗き見ることが出来る悪魔の瞳。それが人であろうと、魔族であろうと、竜であろうとかわらない。

 

 徐々にイルククゥの表情が柔らかくなるのを、その場にいる全員が見守っていた。

 

「アルレットさま、よかったですね」

「さ、これで満足したでしょ?」

 

 シエスタとルイズの言葉に、アルレットは頷く。そんなやりとりを、明るい顔でイルククゥがじっと見つめる。

 これで事態は収拾した。目的は果たされたと、ルイズは再びベッドへ腰掛けて、大きく息を付いた。

 

 しかし、ルイズは過ちを犯したことに気付かない。

 

「きゅいきゅい! これから魔王さまとたくさんおしゃべりするのね!」

 

 身体を倒してぐったりとしたルイズに、タバサとキュルケは気の毒そうな視線を向けていた。

 

「あー……ルイズ」

「なによ」

「どうしてか使い魔同士通じ合ったみたいだけど、その子、おしゃべりだから気をつけてね」

「知らないわよ、わたしが話すんじゃないから」

「……二次被害」

 

 タバサとキュルケは不穏な言葉を残してさっさと部屋を出てしまった。残されたのは、ルイズとシエスタ、それから使い魔の二人。

 それから、ルイズが怒鳴りつけて首根っこを掴むまでイルククゥは部屋に居座り、おしゃべりというなの騒音を鳴らしつづけた。怒鳴られた理由は言うまでもない。

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