虚無のルイズと異世界の魔王さま   作:乙丸

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短編です。本編の進行とは関係ありませんので、飛ばしても問題ありません。


in deep darkness "Leviathan"

 その村は病に侵蝕されていた。

 地域一帯に灰色の曇天が覆い被さって三年が経つ。その三年、一度たりとも地上へ陽が降りてくることはなかった。史実にも前例のないその災厄は、悪魔の仕業だと囁かれた。

 やがて村の人々は太陽を忘れた。作物を育んだ農地は荒野と化し、やせ細った大地からはあらゆる生物が姿を消した。稜線の向こうに太陽が登らなくとも、人々は金銭があれば生活できる。

 その地域には、巨大な鉱山があった。鉱山を独占することで外部の地域からは多額の金銭が舞い込んでくる。その多額の金銭で大量の家畜を入手し、同じく金銭で手に入れた飼料で飼育する。小麦などの作物は一つの備蓄庫に集められた。太陽が登らず荒廃しきった地で、人々は手を取り合って食糧問題を解決した。

 しかし、その困窮した事情を図った外部の人間が、それが当然の権利であるかのように家畜や作物の値段を釣り上げた。どれだけ値段を釣り上げようと、村人たちは生きるために金銭を家畜や作物に変える。やがて村から飢餓死する者が現れるまでに生活は困窮した。鉱山の独占状態を疎まれ、村人たちは食料という命の手綱を握られたのだった。

 村の人々は、青白くやせ細った不健康な身体に鞭打って炭鉱を掘り進める他になかった。家畜はカビの生えた飼料を口にした。外部の人間は労働力を殺すつもりはなく、すぐに過度な搾取を取り止めたが、病魔はすでに蔓延していた。

 

 身体の弱い年寄りと子どもの多くは病に耐えられず先立ち、村は若者ばかりになってしまう。

 そんな中で、母親を失った娘がいた。母親は娘の弟となるべき赤子を産んだばかりだった。その弟も、母親の後を追うように亡くなった。

 病魔が蔓延してから人口も半分以下に減り、墓地は畑のあった土地にまで広がっていた。墓標が立ち並ぶその一画に掘り返された穴の中、母親と弟は二人が折り重なるように埋められた。

 死体がその場所へ運ばれる際、五歳になる娘は不思議そうな表情で母親の顔に触れようとしたが、分厚い軍手をした男に止められた。人の死を理解できなかった娘は、母親が穴に放り込まれた時にようやくその意味に気付いて、泣き喚いて暴れたのだった。

 それから、娘は些細なことでたびたび癇癪を起こしては泣き喚くようになり、二人暮らしの父の手を煩わせた。妻を失ってからずいぶんと頬の痩せこけた父は、炭鉱での重労働の疲労を押して娘をあやし、娘もそんな愛情を感じ取ったのか、やがて癇癪を起こさなくなった。聞き分けもよく、自ら家事を手伝うようにもなり、父の目にはそれが良いことのように映った。

 父が仕事で出払っている間、娘は昼間の薄暗い曇天の元で年の離れた子供とよく遊んだ。夕方に差し掛かると辺りが暗くなり、夜になれば前が見えないほどの暗闇が広がる。遊び相手の子供は皆、日が傾く前が家の門限だった。一人遊びに辛さを覚えた娘は、隙間風の吹く部屋で震えながら父の帰りを待つようになった。何時間も、何時間も待ってようやく、やつれた顔の父が帰ってくるほどだった。目元を真っ赤に腫らした娘が父を出迎えるのは、毎晩の事だった。

 娘が六歳になる頃にはますます村の人口も減り、幸か不幸か村の食料に余裕が生まれてくる。そのために村へあれだけ蔓延した病も静まりかけていた。しかし、すでに娘と年の近い子供は一人として生きておらず、遊び相手もいなくなっていた。

 娘はそのことを気に留めるわけでもなく、なによりも父の血色も良くなったことを泣いて喜んだ。しかしそれでも父の帰りは早まることはなく、それどころか遅れて帰ることが増えたのだった。時おり妙な口臭をして帰るので、娘は余計に心配した。

 やがて父は、ある一つのことを除いて家事のすべてを娘一人に任せるようになった。父を待つ時間を費やすことができるからと、娘はそれを厭わず、むしろ歓迎した。ただ唯一、家畜の屠殺と解体だけは父が自らの手で行った。父は娘に屠殺の現場を見せることを避けた。娘はそれを愛情と受け取り、ますます聞き分け良くなって、決して家畜小屋の隣にある屠殺場へ足を向けることはなかった。

 ある日、父は娘に一人の女性を紹介する。父は娘に、自分の新しいパートナーになる人だと告げた。その女性は同じ炭鉱で働く同僚らしく、その日から父は女性を伴って帰宅するようになった。普段より遅れて帰ることも、妙な口臭をして帰ることも増えた。加えて父は、娘と別の部屋でその女性と寝るようになってしまった。

 娘は隙間風の吹く部屋で、震えながら父の帰りを待つ。深夜に夕食を振る舞うと父と女性は消え、今度は震えながら朝の訪れを待った。その家の夕食と朝食は、日を増すにつれて手の込んだものになっていった。

 冬が訪れると、食料の値段が跳ね上がる。日を遮る曇天と吹き荒ぶ寒風は人々から容赦なく体温を奪い、病はまた爆発的に蔓延した。遊び仲間の子どもは誰もいない。娘はいよいよ、昼間の内も部屋の隅で震えて父の帰りを待つようになった。

 目を真っ赤に腫らして父を出迎えることもなくなった代わりに、全身に引っかき傷や打撲痕を残していた。その自傷痕に、父は気づかなかった。

 手が空いてしまえば孤独に苛まれる。娘はもう、ほとんどその暗闇から逃れるために生きていた。とうとう手を出したのが鶏を屠殺するための包丁だった。娘は父の言葉を無視し、屠殺場へ赴くことにした。

 暗闇の中、娘は乾いた咳をしながら橙のランプが灯った屠殺場へ辿り着く。屠殺場の横にある倉庫の窓からは光がこぼれていた。扉の向こうを覗くと、娘はしばらく茫然自失とした様子でその場に立ちすくみ、不愉快な嬌声に耳をふさいだ。

 そして足元の酒瓶を蹴り飛ばし、ふと何かを追いかけるようにそこへ飛び込んでいった。娘は父に覆いかぶさる女性に向かって、手に持った包丁をまっすぐに振りかざした。

 そこには、癇癪を起こし泣き喚く娘と、女性の亡骸を見下ろす父の姿があった。

 

in deep darkness "Leviathan" END

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