キルヒアイスさん   作:キューブケーキ

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1 金髪との出会い

 帝国暦487年2月、フレーゲル准将率いる銀河帝国軍練習艦隊は新兵の錬度向上の一環としてイゼルローン要塞を出港。敵勢力圏に侵入した。

 実戦に勝る訓練は存在しない。自由惑星がどうのとほざく賊軍の鼻っ柱を叩く威力偵察が練習艦隊の任務に入っている。

 フレーゲル閣下が将旗を揚げる旗艦「山田ゴンザレス」。舷側のスクリーンに広がる天体の煌めきに視線を向ける俺がいた。

 アニメやコミックでは視覚効果の演出から僚艦が密集しているが、現実の艦隊は数キロメートルの間隔を開けている。これは宇宙空間でも同じで遠くに光が見えるだけだ。

 戦場で命に貴賤はある。優秀な者が生き残り、そうでない者が死ぬ。

 上官が阿呆でも上手く支える事で道は開ける。努力しない者はそれなりの人生だ。

(思えば遠くに来たな……)

 なんやかんや転生して20年、感慨深い物があった。

「キルヒアイスさん、星を眺めておいでですか」

 金髪の青年が声をかけてきた。周りに他の者もいないので俺も砕けた口調だ。

「ん、ああ。まあな……」

 話しかけられて答える俺は、ジークフリード・キルヒアイス。銀河帝国軍フレーゲル艦隊司令部幕僚の末席を占める大尉だ。

 話しかけてきたのは同僚のラインハルト・フォン・ミューゼル大尉。幼年学校、士官学校の同期で幼馴染みでもある。皇帝の寵姫の弟と言うことだが、あまり出世はしていない。

 しかし、この貴族世界だとその気に成れば直ぐに出世出来る。出来レースなだけに試験も簡単さ。人脈が物を言う。

「そうですか。キルヒアイスさんも緊張なさっているのかと思いましたよ」

「ふん」

 さて、なぜ『フォン』の称号を持つ貴族様のラインハルトが、平民出の俺にさん付けで話しかけるかと言うと、古い話になる。

 

     ◆◆◆

 

 帝国暦467年1月14日、帝都オーディーンの下町に俺は生まれた。

 下町とは言え皇帝陛下のお膝元。汚物が放置され腐敗臭がするという劣悪な衛生環境ではない。万が一、そんな環境だったら伝染病が流行っていただろう。最低限の文化レベルで安心した。

 両親は平凡な平民、愛情に恵まれた生活で親子関係は良好。一緒に山や海に行ったり、キャッチボールもやった。

 転生に至る経緯はテンプレなので割愛する。神様転生では無いことだけは確かだ。

 子供の体だが経験は大人。そこらの子供より判断力があり落ち着いていた俺を、両親や教師は手のかからない良い子供だと思っていた。

 子供と言うのは好奇心旺盛で落ち着きがない。わがままも言うし喧嘩もする。俺は中身、大人なので落ち着いていて当然だ。

 帝国公用語を覚えるのに苦労したが、そこは馴れ。学校の授業でトップレベルをキープした。

「キルヒアイス君は学業優秀で、今の学力なら将来は官僚も目指せるでしょう」

 家庭訪問で来た時、担任はその様にべた褒めをしてくれた。

 これは、あまりよろしくなかった。教師陣から期待で贔屓にされる俺を、他の子供達は疎ましく思った。出る杭は叩かれる。子供なら直接的だ。

 放課後、家路を歩く俺をクラスメートの男子達が俺を取り囲んだ。

(早く帰って魔法BBAリリカル般若が見たいんだが……)

 軍警察の精鋭、第1落下傘連隊の般若たんがサイオキシン麻薬を巡って他の魔法BBAやフェザーンのマフィアと戦うアニメで、夕方に放送している人気番組だ。

「何か用か」

 そう言いながらも、大体の予想はついていた。

「おい、キルヒアイス。お前、調子にのってんじゃないか」

 先生のお気に入りで生意気だと絡んできたガキ大将。体格は同年代より大柄だが肥満した脂肪の塊にしか見えない。

「俺のチンコ●しゃぶるなら許してやるぞ」

 自分で言うのも何だが俺はイケメンだ。女子には人気がある。そっち系の趣味な同性にも邪な視線を向けられる事があった。しかしホモォはお断りだ。

「はぁ……」

 この年で男色に走るとはぶっ飛び過ぎだ。下らなくてため息も出るさ。

 逃げるか戦うか。敵の数は20人近い。

 同級生の中で俺って結構、嫌われていたと知りショックだ。ぼっち人生は寂しすぎる。

(どうする……)

 ただ単に勝つだけなら可能だ。

 多数の敵と戦う場合、宮本武蔵なら有利な地形まで誘い込んで戦うのだろう。

 子供の喧嘩は違う。背中を見せれば逃げたとからかわれる。

(それに今後の学校生活も考えないといけない)

 リスクとリターンを考えて妥当な選択肢を導き出す。敵は徹底的に叩き潰す。

 鞄を下ろした俺。荷物に注意が行く。

 同時にダッシュした俺はガキ大将の顔面狙って正拳を放った。

「ホァターッ」

「ひぐぅ!」

 先手を打たれた敵は狼狽する。

 馬乗りになって顔面をぼこぼこに殴った。鼻血と涙を流して悲鳴をあげるガキ大将に俺は容赦しない。俺の拳が叫ぶ。こいつをぶちのめせと。見敵必殺、1億突撃火の玉、大和魂だ!

「や、やめ……」

 その言葉で立ち上がり、怯えるガキ大将に笑みを向けた。終わりと思ってホッとしてるな。だけど、まだだ。

(インドネシアのバリ島にはキンタマーニ村ってあったな)

 俺はホモは嫌いだ。今後は俺に絡んで来ない様に絶望と恐怖教えてやる。

「痛いぞ」

「はい?」

 怯えて理解出来ない所を股間を蹴って悶絶させる。

「ぎゃああああああ」

 激痛からの逃避か、小便漏らして気絶しやがった。

「──で、次は誰が相手だ?」

 拳の血を拭いながら告げた俺の言葉に取り巻きは逃げ出す。完膚無きまで叩きのめした。当然だな。

 一対一の喧嘩ではなくリンチをしに来たつもりだったのだろうに、大将をやられると逃げ出すなんて本当に烏合の衆だ。俺なら一対一何て気にせず、背中から襲うけどな。

 ガキ大将の顔がえらいことになっていたが、俺をリンチしようとした後ろめたさから誰も親や教師に告げ口しなかった。勿論、普段から素行の良い俺が疑われる事もなかった。

 初陣は俺の勝利に終わり、最初に萎縮させるとクラスメートも大人しい物で「キルヒアイスさん」と顔色を窺い出した。

 

     ◆◆◆

 

 クラスメイトを舎弟にしたいとは思っていないが、男子は腫れ物を扱う様に俺との距離を取った。

 糞、ボッチだからって寂しくなんか無いんだぞ。

 女子は手作りのお菓子をプレゼントしてくれたり、何かと気を使ってくれる。やっぱり女の方が男より大人って本当だな。

 ある日、隣に貧乏貴族一家が越してきた。

「お隣のミューゼルさん、奥さんを亡くされてお子さん二人を男手で育てているのですって」

 昼間、挨拶に行ってきた母が仕事から帰ってきた父に早速、報告している。

「へえ、大変だな」

 そう言いながらも俺の心臓は鼓動を早めていた。

(ヤバイ! マジでヤバイ!)

 この一家とかかわり合いになると俺の人生は録な事がないと知っている。

 物語の主要キャラクター。そして原作キルヒアイスの人生を縛った姉弟だ。

(あいつらは死神だ……)

 出来るだけ遭遇しない様に注意払って生活する事にした。

 だけど近所に住んでいれば嫌でも顔を逢わす機会がある。金髪の小僧と遭遇したよ!

「俺はラインハルト・フォン・ミューゼル。貴様は?」

 フォンの称号を持ってるから一応、敬語を使ってやったが、なんか、こいつ生意気なガキだな。

「ジークフリード・キルヒアイスです」

「ジークフリードって何だか俗な名前だな──」

 は? こいつ俺の両親が付けてくれた名前を侮辱しやがった。父さんと母さんを馬鹿にするって事だ。

「ミューゼル様、ちょっとよろしいですか?」

「うん?」

 新参者のくせにご近所に早速喧嘩売るとか馬鹿だね。

「年長者には口の聞き方を考えましょう」

 物陰に引き寄せて股間を膝蹴りしてやった。嫌な感触だ。続けてうずくまった所に追撃を放つ。

「良いですか。これは指導です。悪い事をしたらお仕置き当然です」

 いつかのガキ大将と同じ様に小便を漏らしていた。二ヶ月先に生まれた年長者への敬意を教えてやった。今後は気を付けてくれると思う。

 夕方、アンネローゼが弟の無礼をわびにうちにやって来た。顔面を腫らして涙目で姉の背中に隠れたラインハルト。

 負けず嫌いのラインハルトが告げ口したとは考えられない。飯の時は嫌でも姉貴と顔を会わすからな。それでばれたのだろう。

 視線を向けるとびくついている。なるほど、スカートの大将だな。

(シスコン野郎、マジで気持ち悪い。近親相姦の願望でもあるのか?)

 俺の中で金髪の印象は最悪だった。フラグはへし折ったはずだ。

「ジーク、ラインハルトと仲良くやってあげてね」

 小娘の言葉に表面上は取り繕った。

「フロイライン・ミューゼル。弟君が求めるのなら」

 俺の言葉遣いに目を丸くするアンネローゼ。こっちとしては、お前ら姉弟とかかわり合いになって死亡フラグはごめんだ。

(こっち見るんじゃねーよ金髪。次は川に沈めるぞ)

 金髪を睨み付けていると小娘は優しく話しかけてきた。俺が緊張でもしてると思ったようだ。

「そんなに畏まらないでジーク。私の事はアンネローゼで良いわ」

「はい、アンネローゼ様」

 アンネローゼは俺達と5才年齢が離れている。可愛いと言っても所詮はガキで、なんで原作のキルヒアイスがそこまで恋慕の情を抱いていたのか疑問だ。初恋と遠距離で理想化されたのだろうか。別にやらしてくれる訳でも無いのに、純愛を貫くのも理解出来ない。

 以来、ラインハルトは俺の舎弟の一人として行動する様になった。

「キルヒアイスさん、そこに犬の糞が落ちてます」

「見えてる」

 気を使ってくれてるのは分かるが、此方が疲れる。

「キルヒアイスさん、キルヒアイスさん」

「うるせえよ、馬鹿野郎」

 性格変わりすぎだろ。姉より俺に依存しやがった。

 

     ◆◆◆

 

 俺の人生は金髪小僧と出会う事で変動した。原作どおりに477年、アンネローゼが後宮に入ったあとラインハルトは幼年学校に入学し、俺も付いていく事になった。

 皇帝陛下ってチン●たつのかな? 爺さんなのに、孫ほどの歳の差の相手を寵姫に迎え入れるって、やべえよ。

 さて、新しい生活を頑張るぞい、と俺は校門をくぐった。

「キルヒアイスさん、ご迷惑かけます」

 ラインハルトは俺に頭を下げる。本当そうだよ。

「ミューゼル様、私に迷惑はかけないで下さいね」

 幼年学校は貴族の子弟の巣窟。ただでさえ平民と寵姫の弟は目立つから念を押した。

 だが、問題は望まなくても向こうからやって来る──

「これはこれは寵姫の弟殿と平民殿ではないか」

 入校して早々にフレーゲル男爵や門閥貴族の方々と遭遇した。事前に寵姫の弟と平民が入ってくると情報を得ていたのだろう。

 嫌味をラインハルトが言い返す前に俺は動いた。

「ああ、フレーゲル閣下!」

 ラインハルトを連れてフレーゲルの元に走りよった俺。権力者には媚を売るべきだ。

「え、閣下?」

 フレーゲルさん、思考がついてきていないようだ。

「閣下、失礼致します!」

 きょとんとするフレーゲルの足元にひざまづき靴を磨き始めた。

「私のような下賎な者が、名門ブラウンシュヴァイク家に連なる閣下のご尊顔を拝し身に余る光栄です。これから、お目を汚すかもしれませんがご容赦お願いいたします」

 文法が変? 良いんだよ、この程度の馬鹿にはへりくだった態度をして敵ではないと示しておけば納得する物だ。

「ははは。平民、良い心がけだぞ」

 自分の靴を磨かれると言う予想外の反応に一瞬、唖然としていたフレーゲルだったが機嫌よく笑った。取り巻き連中も、所詮は平民と軽んじてくれている。

 ラインハルトも唖然として俺を見ていた。

「気に入った。何かあれば、このフレーゲルを頼れ」

 よし、ここでたたみかけだ。

「はい閣下! 閣下が元帥府を開く折には何卒、末席にお加え下さい」

 元帥府は軍人として最高の栄誉。馬鹿の自尊心をくすぐるには十分だ。俺が促すとラインハルトもぎこちない笑みを向けた。

 ラインハルトが微笑むと見映えが良い。ホモでなくても心を揺さぶられる。ほぉ、っと周囲の連中が溜め息ついた。

「ははは、私が元帥か! その時があれば考えておいてやろう」

 機嫌よく去っていくフレーゲルと金魚のフン。

「阿呆が」

 俺の言葉にぎょっとするラインハルト。

「キルヒアイスさん、言われた様に愛想笑いを向けましたが……」

「良いですかミューゼル様。矜持や誇りでは生きていけません。相手を言葉の通じる対等な人だと思うから腹が立つ、人語を話す豚だと思えば良いのです」

 世の中には、逆らってはいけない物がある。それが貴族だ。下手に波風立てるよりも相手を立てた方が丸く収まる事もある。

「まずは出世する事です」

 俺の説明に少年らしい潔癖性を持つラインハルトは不満そうだった。

「地位を持たなければ何も出来ない。出世したければ上に気に入られる事です」

 それに貴族連中が本気で俺達を始末しようとしたら、事故や病気に偽装する事も簡単だろう。

 危険な人生はごめんだ。俺は平凡でも穏やかに過ごしたいんだ。

「それに、幼年学校で得るのは人脈と言う物もあります」

 知己を得るのは大切だ。敵を作って人脈構築に失敗するのは、営業戦略として不味すぎる。

 周りと上手く折り合いを付ける事をラインハルトは学ばねばならない。

 そんな感じで幼年学校をフレーゲルの腰巾着として無難に過ごした俺達は、原作ルートとは違い士官学校に進んだ。

 他の平民出に顰蹙を買わなかったかと言うと、そこは社会の底辺である階層。貴族に逆らわない方が良い事をラインハルトと違いきっちり理解している。

 さて、幼年学校を終わるとラインハルトは即任官する気だったようだ。

「キルヒアイスさん、士官学校に進むよりも戦場に出て武勲をあげる方が昇進の近道じゃないですか? 豚共の相手は疲れますよ」

 ラインハルトの問いかけに俺は呆れた。

「はぁ、君は相変わらず世間とずれていますね」

 ラインハルトは、どれだけ自分に自信があると言うのだろう?

 士官学校で学ぶ指揮官としての基礎は大切だ。それに、今すぐ戦場へ出ても原作の覚醒ラインハルトでない以上、戦場での武勲は難しいかもしれない。下手をすればあの世行きだ。

 少尉任官するにしても得れる知識は得て準備しておきたい。

 シュターデン教官の講義に俺は満足していた。一部の頭の切れる連中と違い、一般的な大多数は基礎から学ばねばならない。ラインハルト陣営の若手提督連中は、シュターデンを馬鹿にして舐めすぎだ。仕事もできないうちから手抜きを覚えてどうする。応用は後からだ。

 俺は安定生活でこの激動の時代を乗り切る。その為にこいつを軌道修正してやる。


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