キルヒアイスさん   作:キューブケーキ

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2 新米は入って3日で辞めなければOK

 帝国暦483年5月、第5次イゼルローン要塞攻防戦が始まった──

 と言っても、俺やラインハルト、フレーゲルは士官学校にいた。

 学校生活はアイロンと靴磨き、予習、復習、体力錬成と忙しいが、慣れれば課業外も楽しく過ごせる。

 食堂で現品給与な夕食を食べた後、売店でアイスや菓子を買ってカロリーを補給する。

 デブになるやつは運動量が少なく自己管理が出来ていない。消費カロリーが食事カロリーより少ない奴で、結局は食った分動けば良い。簡単な四則演算だ。

 思春期の男子に付き物のリビドーは情報端末持ってトイレの個室に駆け込むか、休日の外出で娼館に行く事で晴らす為、軍隊はホモがいる等と言う「アッー!」な出来事は遭遇していない。

「叛徒の奴等、またイゼルローンにやって来たそうですね」

 娯楽室で電子新聞を眺めるラインハルトが記事を見せながら話しかけてきた。軍の広報を通し制限された情報で誇張された戦果もあるだろうが、我が軍優勢であるのは真実だとおもう。

「連中は力攻めでイゼルローン要塞をどうにか成ると思ってるらしいな」

 俺が答えると、取り巻き相手にだべって居たフレーゲルが話しかけてきた。

「──キルヒアイス。卿が叛徒の指揮官ならどうする?」

 軍人として士官を目指す以上、軍事情勢にはやはり興味があり話題になる。

「はい、フレーゲル閣下」

 俺はフレーゲルに閣下の敬称を付けて普段から言葉を交わす。

 門閥貴族を敵に回すのは馬鹿だ。幼年学校からの付き合いと言う事で、比較的親密な関係を築いていた。

 フレーゲルは思っていたほど悪いやつ出はなかった。一度親しくなると、相手を馬鹿正直に信じきってしまう。この前も、親の手術代と言う事で取り巻きに金を貸していたし、街に出れば美術商に変な絵を高額で買わされると言う失敗をしていた。

 良いとこのぼんぼんだから、根が素直で騙されやすいと言う事だ。

 フレーゲルを利用しようとやって来る有象無象の取り巻き。俺も基本的には同じ穴のムジナだと自覚している。

「そうですね……」

 少し考える。周りの視線が俺に集まるのを感じた。平民が何と答えるか注意を払っている。

 ヤン・ウェンリーの奇策が通じるかはともかくとして、現実的に実現できる範囲から考えてみる。

「私ならイゼルローンには目もくれず、フェザーン回廊から侵攻します」

 意見を聴いていた周りの反応は分かれた。

 平民らしいと笑う貴族連中と、フェザーン侵攻の意味に気づいて顔色を変える一部の者。ラインハルトは後者だ。

「他にもサイオキシン麻薬の流通を支配して、金と薬で有力者を懐柔や洗脳する。宗教を利用する。戦う以外の手段は幾らでもあります」

「しかし姑息な手だな」

 その後、金の力に付いて論議が始まった。貴族の皆さん、お金の話は大好きですからね。

「戦争は結局、勝てば良いのだから、相手と同じ土俵でやる必要はないな」

 要塞があるから攻めねばならないと言う理屈はおかしい。戦わずに済むならそれが一番だ。

 俺の囁きにラインハルトは頷く。

 結局、今回も叛徒の軍勢はイゼルローンを落とす事が出来ずに敗退していったそうで、大筋に変化は無し。

「味方もやるものですね」

「皇帝陛下から艦艇と将兵をお預かりしているんだし、下手打つわけにはいかんでしょう」

 ラインハルトの言葉に答えながら考える。俺が戦場で死なない為にも帝国軍には頑張って貰わねばならない。

 今後の事を考えておくと、アンスバッハさんとかを先に始末しておくべきだろうか?

 しかし予想外の相手が敵になっても困る。しばらくは様子見だ。

 

     ◆◆◆

 

 帝国は叛徒との戦争を内政問題で、ただの反乱としか認識していなかった。

 やってる事は本物の戦争なのに本気で相手をしていない。戦力の逐次投入と言う意味ではあほ過ぎる。

 偉い人にとっては、スポーツ感覚の娯楽なのかもしれない。だから何年経っても戦争が終わらない。

 小規模戦闘は数え切れないほど発生しており、カイザーリング艦隊がアルレスハイム星域で叛徒の艦隊を撃破したと新聞に乗ってたのもその一つに過ぎなかった。

 だが俺にとって意味する事は違う。

「あー!」

「キルヒアイスさん、どうかしましたか?」

 俺の声に反応してラインハルとが新聞に視線を向けてきたので渡してやる。

「アルレスハイム会戦ですか。これが何か?」

「ああ、ちょっとした知り合いが居てな……」

 そう答えながらも内心は落ち着かなかった。

 おかしい。ここでは薬物中毒の帝国軍はラリってぼろ敗けするはずだった。

 調べてみると、表沙汰にはなっていないが大規模な麻薬密売組織の摘発があって人事面が一新されていたらしい。

 俺の存在が、歴史の流れを変えている。それはカイザーリングにも影響を及ぼしていた。

 俺が薬物事件を調べていた事は、違う所から注目を浴びる事となった──

 年末年始休暇。実家に帰る荷造りをしていると、同期のイケダが話しかけてきた。

「キルヒアイス、ちょっと良いかい」

「うん。どうした?」

 真面目で人付き合いの良いやつだが、人間臭い感情の発露を見た事が無い。

「君となかなか話す機会がなくてね……」

 眼鏡のずれを直しながらイケダは笑顔を見せるが、何だか胡散臭い。

「そうか」

 いつもはラインハルトが付いてくるが今日は一足先に姉に会う為、新無憂宮に出かけておりここにはいない。俺も誘われたが、お前の姉貴に興味は無いと断った。

「君は今の帝国をどう思う。堕落した貴族の支配、皇帝は酒浸りだ。自由惑星同盟を名乗る叛徒にしても、建国の理念は薄れ汚職や腐敗にまみれている。このままで良いと思うか?」

「はい?」

 唐突な話に理解が追い付かない。

 人の荷造りを邪魔して訊くほど重要な事は何かとおもえば、何を危険な話を一方的に言ってるんだ。俺とこいつは、こんな話をするほど親しくはない。

「今の人類社会は間違った方向に歩んでいる。これを止めるのは魂の救済しかない」

 地球教の信者はこんな近くにも居たようだ。一匹見かけたら百匹は居ると思えって言うしな……危険思想で通報するべきだろうか。

「はぁ……」

 薬物事件を調べていた事で、俺を貴族に盲目的に従う愚者では無いと判断して宗教の布教活動に来たと言う事らしい。

「地球教?」

「そう、聖地地球を中心に人類を平和的に導いていこうと言う教えさ」

 宗教には興味がない。どちらかと言うと俺は拝金主義の俗物だからな。

「君のそう言う素直な所は大切だと思うよ」

 イケダが言うには、自分達を肯定しなくても否定や弾圧さえしなければ、いつかわかりあえると言う事らしい。

「そうか?」

 別に解りたいとも思わない。

「いつか君に協力を頼むかもしれない」

 俺を巻き込もうとするな、狂信者め。

「ああ、出来る事と出来ない事があるから期待するなよ」

 部屋から追い出すと、急いで休暇証を当直から受領して学校を後にした。

 宗教野郎の訪問は一度話を聞くと際限無いと言う。悪寒が走った。

 

     ◆◆◆

 

 帝国暦485年は大切な節目になる。

 3月、卒業を目前に控え士官学校は行事が目白押しで忙しい。

 世間では、ヴァンフリート星域会戦が始まった頃だ。

 結果的に帝国軍はラインハルトの存在が無くても勇戦した。

 グリンメルスハウゼン爺さんは精力的に艦隊を指揮し、敵将官を捕虜にしたと言う。

(――と言う事は地上軍の指揮はヘルマン・フォン・リューネブルクか)

 ラインハルトは機会を逃したと悔しがっていたが、俺はほっとしている。

 薔薇の騎士連隊。こいつらと戦うには今の俺では力不足だ。シェーンコップ氏と一騎打ちなんて不可能。死ぬのは確実だ。

 原作イベントをスルーして昇進機会を逃したと考えるべきなのか、今はまだわからない。

 さて、俺達に辞令が届いた――

「ガイエスブルグ補給所勤務を命ず」

「ガイエスブルグ?」

 卒業後の任地となるガイエスブルグ要塞と言うと、貴族連合軍の拠点となりキルヒアイスが死んだ場所だ。現時点ではヴァルハラ星系を守る防御拠点の一つで、イゼルローン要塞を抜かれるまでは用の無い安全な後方拠点に過ぎない。

 輸送艦に乗り向かったガイエスブルグ要塞。出来る事なら行きたくはなかったが、命令である以上は仕方がない。

「申告します。ラインハルト・フォン・ミューゼル曹長他一名は、帝国暦481年4月1日付けを以て、ガイエスブルグ後方支援連隊本部管理中隊への配属を命じられました」

「着任を歓迎する」

 事務所で敬礼するラインハルトと俺に答礼する本管中隊長のフェルナー少佐。なかなかハンサムな男で、こいつは仕事が出来ると言う風格を漂わせていた。

「移動で疲れただろう。今日は私物の整理と体調管理で休んでいてくれ。終礼の時に自己紹介を頼む」

「はい」

 さっきから背中に視線を感じている。同僚となる女性士官、下士官の物だ。

 中隊長から解放され振り返ると周りを囲まれた。

「可愛い!」

 そう言って飛び付いてくる御姉様方。

(うほっ……)

 男ばかりのむさ苦しい士官学校に缶詰だったから、恥ずかしがるフレーゲルやラインハルト達を外出で風俗に連れて行った事もある。

 俺自身、女性にはそれなりの免疫があるつもりだったが甘かった。柔らかな触感に包まれると顔が自然とにやけそうになる。あと、健康的な男子である俺の下半身が反応して来てヤバい……。

 俺とラインハルトが揉みくちゃにされている状況を止めもせずにフェルナーは静観していた。

 というか、あいつ楽しんでる? 不敵な笑みを浮かべるフェルナーや、周りの目もあるし何とか耐える。

「私は副中隊長のハンナ・フォン・マントイフェル大尉。困ったことがあればいつでも相談しなさい」

 巨乳、安産形。この胸に包まれるなら最高だな。──っと、視線をそらすがマントイフェル大尉は気付いていたようで口元に微かな笑みを浮かべていた。

「中隊付准尉のハイジ・シュメデス曹長です」

 貧乳、小柄。これはこれで中々。

「私は──」

 全員の名前と顔を覚えるのにしばらく時間がかかった。

 後で知ったが、全員が貴族のお手つきの愛人と言う。可愛い顔して恐ろしい……。

 一ヶ月もすると環境に慣れたもので女性への幻想は打ち砕かれた。

 下ネタは平気で言うし、セクハラはしてくる。

 洗練された俺とラインハルトは、整理用品が目の前を飛ぼうと無駄毛処理をして様と気にしなくなった。これはこれで問題あるだろうな。

 女性関係はどうかと言うと、相手がいる事だしほいほいと声をかける事はできない。

 こっちから声をかけなくても、新米士官候補生に気を使ってかマントイフェル大尉が士官クラブに連れていってくれた。

「ミューゼル曹長、キルヒアイス曹長。仕事には慣れたかな」

 豚キムチをつまみながら、韓流やキムチはアフィステマかなと考える俺。

「覚えることがたくさんあって、まだまだですよ」

 グラスを口元に運ぶ回数が増えると饒舌になり、瓶を幾つか開けた頃には記憶が酩酊していた。

「マントイフェル大尉をお持ち帰りしても良いですか?」

 あわよくば美女としっぽり夜を楽しむ。何て期待から出た言葉だった。

「それよりも、ミューゼル曹長の面倒を見てあげなさい」

 その言葉にラインハルトを思い出す。

「ああ……」

 飲み慣れていないラインハルトはトイレでげーげーと吐いていた。

 ゲロを喉に詰まらせて窒息死なんて最後は嫌だろうな。

 掛け売りで給料から天引きされると言う事で、マントイフェル大尉は中隊と名前を伝票にサインしていた。

「送りますよ」

 ラインハルトに肩を貸しながらクラブを出た俺はマントイフェル大尉に声をかけた。

「うん、ありがとう」

 と言っても大した距離ではないが、女性官舎まで送りながらとりとめもない話を交わした。

 平民が士官学校を無事に出れた事の珍しさ、俺とラインハルトの出会い。

「──つまり、ミューゼル曹長に付き合わされたと」

「ええ。こいつは疫病神ですよ。せっかくマントイフェル大尉とお近づきになれるチャンスも潰してくれましたしね」

 その時、俺は少し口が滑った。

「マントイフェル大尉。貴女のような方なら相手も選り取りだったのでは?」

 彼女は絵に書いたように美女で容姿端麗、頭脳明晰。だが相手は貴族のヒヒ爺だった。

「だって、生活力でしょ」

 俺の不躾な質問に憤慨することなく笑って答えてくれた。

「貧乏男爵家の次女が生きていくには、養ってくれる相手が必要じゃない」

 富豪のイケメンが迎えに来る何て素敵な出会いは確率が低い。それならば妥協点を探す。

 いかにも現実的で、男にはわからぬ価値観があるらしい。

 とりあえずその後も飲み会はあり、酔った彼女を世話する機会があり、送り狼どころか逆になんやかんやとあって食べられる俺であった。

 

     ◆◆◆

 

 乙女の園で二ヶ月と短い配属期間が終わり6月14日、フレーゲルが手を回してくれてブラウンシュヴァイク公爵家の私領の警備隊に呼ばれた。

 この部隊がクロプシュトック侯討伐や貴族連合として駆り出される事になるブラウンシュヴァイク公爵の私兵だ。

「よく来たな。キルヒアイス曹長、ミューゼル曹長」

「お久しぶりです、フレーゲル閣下」

 既に中尉の階級章を付けているフレーゲル。メールである程度やり取りしてフレーゲルの昇進は知っていたが、この早さはブラウンシュヴァイク公爵家の権威からだろうか。

「閣下の馬前で戦えるのは我が名誉です」

 ラインハルトと俺の腐れ縁をフレーゲルは知っており二人一緒の任地だ。

 今のラインハルトなら俺と別れてもそれなりに周りに合わせてやっていけると思う。

「はっはは、相変わらずだな。貴様らは平民にしては使える奴だからな、これからも使ってやろう」

「御意」

 頭を下げる俺とラインハルト。これから戦場に立つ機会も増える事を考えると、気分は乗らない。

 下手に前線出るよりマシか。この後はフレーゲルの側近として勤務を学ぶ傍ら、将校の初級課程の教育で入校したり特技教育に行かされたりした。少尉は一日で出来る物ではないと言うことだ。

 乙女の園で鍛えられた俺は、早速、周りの女性を口説き回る事にした。

「シュビリ伍長、君の名前は? ……アーデルハイト? うん、可愛い名前だ」

 コネと地位は使ってなんぼだ。

 そんな風に職場に溶け込み、休みの日は休みの日でガールハントに忙しい俺だが、フレーゲルが開いたパーティーに呼び出される事もしばしばあった。

 で、今回の獲物は上物だった。

 カルーアミルクを飲んでいた俺は、不思議そうに俺の飲み物に視線を向ける何処かの令嬢を見かけた。

 女を一発こますには、がっつかないで穏やかな表情で近付くのがコツだ。

「貴女も飲まれますか? 私の故郷に伝わる特製カクテルです」

 物欲しそうにしていた事を自覚して恥ずかしそうにするのも可愛らしい。

 退屈していた俺は彼女に話しかけ、名前を聞き出して二人っ切りに成るまで時間はかからなかった。優れた雄は時間と場所を選ばない。

「エリザベート。君に相応しい美しい名前だ」

 どんな名前でも誉める。これはマナーだ。

「貴方と私は出逢ったばかりじゃない。私の事を何も知らないのに」

 俺はエリザベートの頬を手で撫でた。

「これから知り合えば良いじゃないか。君の知らない俺を教えてあげる」

 演出と雰囲気は大切だ。彼女の手に口づけを騎士の様にした。

 俺が口説き落として一夜を過ごした相手はハルテンベルク伯爵とか言う奴の妹だった。何処かで聞いた事がある名前だ。

 著名人の親族や知り合いだと死亡フラグを立てたかもしれない。だが後悔はしない。ベッドの上でエリザベートは十分に俺を楽しませてくれたからだ。

 パーティーでラインハルトは熟女のババアにモテていたが、先に帰った俺は知らん。

 そんなこんなでエリザベートとは何度かデートを交わした。


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